麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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番外編アツメターノ

お疲れの元暴君サマに癒しの時間をお届けします。②

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「んっ……」

 目が覚めると、突っ伏していたはずの体はソファで仰向けに寝かせられていた。体の上にはアレクに掛けていたはずの薄手の羽毛布団。

「ああ、起きたか」

 カリカリと響いていたペンの音が止まる。上半身を起こし、まだボンヤリとする頭のまま寝ぼけ眼を擦る。

「あれー? 俺、寝てた?」
「先に寝たのは俺の方だがな」

 クスクスと笑いながらアレクが手を止め、圭のいるソファへと近づいてきた。眠りに落ちるまで座っていたクッションに今度はアレクが腰を下ろした。

「ケイに癒してもらったおかげで、随分と快適になった。お陰で仕事が格段に捗る」
「俺、上手いだろ~」

 ワキワキと手の指を蠢かせれば、アレクは蕩けるような笑みを浮かべる。

「天才的だ」
「やっりぃ! 天才いただきました~」

 そこまで絶賛する程の腕前ではないと分かっている。それでも褒められればやっぱり嬉しい。ワシャワシャと頭を撫でられ破顔した。

「でも俺以外の者にはやってくれるなよ?」
「え? 何で?」
「ケイが他の者に触るのが面白くない。ケイだって、そいつに俺が何かするのは見たくないだろう?」
「ひぇっ……」

 昏く笑ったアレクの顔を見て、体中の血の気が引いた気がする。ギョッとした顔のまま何度もコクコクと首肯を繰り返した。
 アレクがそっと圭の体を抱き締める。

「もう戻ってしまうのか?」
「ん~、どうしようかな。……あっ、そうだ。ここで俺も自習してて良いか?」
「もちろんだ」
「やった。じゃあ、勉強道具持ってこよっと」

 腕を解いてもらい、パタパタと部屋へと駆け戻った。勉強机の上に積んでいたノートや教科書、それに筆記具を抱えてアレクのいる執務室へと戻る。
 窓から見える太陽や空の色などから、それなりに眠り込んでしまっていたことを察した。ここからまた授業を再開しても中途半端で終わりそうだ。それならいっそのこと、今日の勉強終了までは自習と割り切った方が良いだろう。
 別にサボるわけではない。ユルゲンもアレクの部屋にいるというのならば絶対に文句も言わないだろうし反対だってしない。
 執務机の端に勉強道具を置けば、アレクが机上の書類などをどかしてスペースを作ってくれる。先ほど座っていた椅子の上にフカフカのクッションを置いて高さを調整した。シルヴァリアの語学の教科書を開き、書き取りを始める。その隣ではアレクが再び書類へと目を通し始めた。
 何だか自習室みたいで一人で勉強するよりも楽しい。数か月前の高校受験が懐かしくなってきた。

「ここは違う。こうだ」

 アレクが圭のノートの片隅にスペルを綴った。まだ慣れない圭とは違い、教科書に書かれている文字のように美しい。

「ありがとう」

 笑みを浮かべながら礼を伝える。アレクも微笑みながら圭の髪をクシャリと撫でた。
 窓からは徐々に夕景へと変わりゆく光が部屋の中へと差し込んでくる。カリカリとペンを走らせる音だけが響く中、互いにやるべきことを行う。
 言葉はないが、この空気感が心地良かった。たまにはこういうのも良いかもしれない。

「陛下、ケイ様、そろそろ湯浴みとお食事の時間にございます」

 ユルゲンが書類片手に入室してきた。未決の箱の中にドンと増える書類の山。多分、明日のアレクの執務ということだろう。

「今日の晩飯何だろな? 俺の予想は魚! 昨日肉だったから」
「そうか。楽しみだな」

 持参した勉強道具を片付けながら雑談に興じる。アレクも書類の束を片付け始めていた。どうやら今日はもう執務を終了するようだ。圭の顔がニンマリと自然に笑む。
 アレクが今、何の執務に手を焼いているのかは分からないが、無理はしない方が良い。人間余裕がないと何事も上手くいかないし、ミスへと繋がる。それは、体操教室で教えてもらったことだった。ベストパフォーマンスを出したいと、闇雲に練習に打ち込むだけが全てではない。精神面や肉体の調子にも左右される。心身共に健やかでいることこそが試合での結果に繋がる。

 もちろん、それは生活においても言えること。ゆとりがないと、精神がささくれ立って見えるはずの物も見えなくなってしまう。そう言っていたのは祖母だった。お金持ちになるとそれを妬んだり、利用したりしようとする人が必ず出てくる。お金がたくさんなくても、平穏で楽しく過ごせるのが一番だよと縁側で茶を啜りながら話してくれた。
 祖母と過ごす時間は穏やかで好きだった。いつでも優しく、圭のことを肯定してくれる。しかし、いけないことはいけないとはっきりと言う人だった。言い方はとても優しかったが。

「なあ、今日もう終わりなんだろ? 風呂にオモチャ浮かべて遊ぼうぜ!」
「オモチャを?」

 キョトンとした顔をしているアレクに対し、大きく頷いた。
 風呂でオモチャを使って遊ぶなど、幼い頃にしかしなかったが、母が何を思ったかアヒルのオモチャを買ってきて入浴中に浮かべて楽しんでいた。何故かと聞けば「ぷかぷか浮いてる動きに癒される」と話していたのを思い出した。

「水に浮く動物のオモチャとかないか?」
「確か、城下の玩具店にあるとは思うが」
「おっし! 大至急誰かに買ってきてもらって、今日は風呂入る前に飯食おうぜ!」

 入浴後はまたマッサージをしてやろうと画策する。風呂の後は血行も良くなるし、筋肉の凝りがほぐれやすい。肩を始め、全身が凝っているアレクにはピッタリだ。
 体のメンテナンスは生活において大切だ。体を整えてあげられれば、今日のように不機嫌になることも少なくなるだろう。
 そうすれば勉強中に呼ばれることも減るし、周囲の人たちもビクビクと怯えなくて済むはずだ。全てが丸く収まる。

「オモチャでレースしようぜ! あっ、魔法使うのはなしでな?」
「ははっ、そんなことに魔法など使わないさ」
「よーっし! ぜってー勝つ!」

 まとめた勉強道具を持ちながらアレクと共に執務室を出た。茜色に染まっていた空はいつのまにか濃紺との見事なグラデーションを描いていた。

「なあなあ、この世界には温泉ってあんの?」
「ああ。山岳地帯の麓の方まで行けばある。ケイは温泉が好きなのか?」
「俺? 大好き!」

 祖父母が温泉好きということもあり、安達家では数年に1度のペースではあるが家族旅行で温泉に行っていた。広い風呂も好きだし、打たせ湯や寝湯、壺湯などの変わった風呂もこぞって入る。サウナ好きの兄や父とサウナに入ると、大体は暑さに耐えられず先に出てしまうが。
 風呂上がりに買ってもらえるコーヒー牛乳やフルーツ牛乳も大好物だし、みんなで対決する家族対抗の卓球大会も盛り上がる。なかなか兄や姉に勝てなかったが、高校生になった今なら、勝機はありそうな気がする。
 それに、浴衣を着てそぞろ歩きするのも楽しい。温泉地ならではの土産物を見たり、温泉卵を作ったり。食事はなるべく一緒にとっていても、なかなか家族全員で出歩くということは多くない。そのため、気兼ねなく話しながら散策できるのは温泉旅行の楽しみの一つでもあった。

 城の風呂も通常の家の風呂よりも何倍も大きいし、日々変えてくれる香り高い入浴剤も心地良い。でも、やっぱり温泉の魅力には敵わない。

「ケイが行ってみたいのなら、今度連れて行ってやるか?」
「良いの!? やったー! 超行きたい!! ……あっ、でも転移で行って風呂だけ入って帰るとかはナシな?」
「ダメなのか?」
「全っ然ダメ! そんなの、温泉の流儀に反する!!」

 温泉とはたまの贅沢なのだ。そんな勿体ないことをしてはならない。きちんと向かう道中ではお菓子を食べながらゲーム大会をしなければならないし、到着したら道中の疲れを癒すためにお茶と茶菓子を食べながらダラダラしなければならない。疲れが癒えたら今度は好奇心を満たすために旅館の中を探検するもよし、早速温泉に入るもよし。そして、温泉を満喫したら今度は街へ繰り出してそぞろ歩きをする。小腹が減れば名物を摘まみ、帰りに買う土産物の物色も欠かせない。
 そして、やっと夕飯だ。豪勢な夕食を和気あいあいと囲んで舌鼓を打つ。食後、少し休んでからの温泉も欠かせないし、とにかくやることは多い。温泉だけ入って終わりなんてそんな風情の欠片もないことは絶対に許せない。温泉への冒涜だ。
 鼻息荒く力説すれば、キョトンとした顔をしながら圭の話を聞いていたアレクがプッと吹き出した。

「何だよ、そ、そんな笑うようなことかよ」

 少しばかり前のめりで話すぎたかと顔が火照り始めた。
 よくよく考えれば、アレクは生まれた時から皇族だ。圭のような一般家庭とは違う。温泉くらい入ろうと思えばいくらでも入れるだろうし、旅行だって特別なことではないだろう。

「いや、すまん。とても楽しそうでな。そんな経験したことないから、想像したら、あまりに楽しそうで、ついニヤけてしまった」

 その言葉通り、アレクは蕩けたように笑んでいた。僅かに頬を赤らめている。その表情がとても綺麗で、なぜか胸がドキドキした。

「ケイといると本当に退屈しない。もちろん、その旅行だって共に行ってくれるのだろう?」
「当たり前だろ? アレク一人で行っても、温泉の流儀全然守れなそうだし。そもそも旅行は誰かと一緒に行くから楽しいんだから」

 一人旅の楽しみというものもあるだろうが、誰かと共にその場で感動を分かち合いたい。それが圭にとっての旅の楽しみ方だった。

「じゃあ、その流儀とやらを存分に教えてもらうとするか」
「おう、任せとけ!」

 フンと鼻息を荒く吐き出せば、アレクの顔が更に緩む。出逢ったばかりの頃は顰め面ばかりだったというのに、随分と変わったように思う。

「……日々の生活に、楽しみができるというのは良いものだな」
「むしろ、俺は楽しみのない生活の方が考えられないけどな」

 そんなことを言いながら歩いていれば、あっという間に部屋へと辿り着いた。食事の手配を先にすることと、至急城下で風呂用のオモチャを買ってくるようアレクが従者へと伝えると、すぐさま行動へと移してくれる。本当に何不自由ない生活だ。

 窓の外はあっという間に濃紺が広がり、山裾に少しばかりオレンジ色が残る程度になっていた。その光景を見ながら、美しいと思うことができる。それはきっと、圭の心に余裕が少し生まれたからなのだろう。悩んでばかりいると視野が狭くなる。ついつい、うつむきがちになってしまうから、見えるはずの景色も見えなくなってしまうよと教えてくれたのは、父だった。
 持っていた勉強道具を机の上へと戻し、ボンヤリと外を眺めていると、背後からアレクに抱きすくめられた。

「何? 急に」
「……いや、なんだか、ケイが夜の闇に誘われてしまいそうな気がしてな」
「あはは、そんなはずないじゃん。詩人だな、アレクは」

 軽快に笑い飛ばしていると、顎を取られて上を向かされる。そして、キスで口を塞がれた。当然のように入り込んでくる舌。既に慣れてしまった濃厚なキス。

 正直、こういうのは困る。体が反応してしまうから。

「め、飯! 先に飯だから」
「ああ、そうだったな。夕食にしよう」

 アレクの腕から抜け出してキスから解放してもらう。緩く笑みながらアレクは圭の体から離れた。
 ドキドキと跳ねる心臓。
 そして、その隅には、ひっそりと存在するチクリとした痛みがあった。
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