麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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番外編アツメターノ

新婚の元暴君サマはラブラブ性活をのろけたい。②

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「たまには、騎士団の視察でもするか」

 主が大きく伸びをした。ゴキゴキと首を鳴らし、腕のストレッチなどをしている。
 以前は頻繁に訪れていた騎士団への視察だが、今は随分と頻度が減った。主の執務の量が増えたこともあり、書類仕事に追われる日々が続いていたためだ。
 しかし、今はそんなに急を要する案件もない。まだ午前中だし、少し体を動かして午後から馬車馬のように働いてもらうのも良いだろう。今の主はきちんと夕方までには片付けておいてくれる。どれだけ量を置いておいたとしてもだ。以前の気分屋な頃に比べれば大変助かっている。

 部屋に置いていた長剣を腰に差し、騎士団の訓練場へと向かう。近づいて来ると活気溢れる声が聞こえてきた。
 ユルゲン自身はあまり騎士団とは馴染みがない。武芸に関してそれなりに鍛錬は積んだつもりだし、そこらのゴロツキ連中くらいなら相手にならないが、騎士団の精鋭たちには当然敵わない。文官と武官の差だ。それに、汗臭いのがあまり好きではない。
 訓練場に入れば、主の来訪に気づいた騎士たちが敬礼をする。主は片手を上げて制する。騎士たちは再び鍛錬へと戻った。

「アルじゃないか。久しいな」

 訓練場を歩いていると、新人騎士たちに指導をしていた大柄な体躯の男性が笑顔で近づいてきた。ディーター・ゲオルク・シュタール。騎士団の団長を務め、主の学友でもあった。主を「アル」なんて気安く呼べる人物はそう多くない。彼自身も高位貴族の出身であり、学園時代からという付き合いの長さと、その実力を主自身が認めているから許されるのだろう。

「たまには体を動かしたくなってな」
「ははっ、昔はよく来てたもんな」
「付き合ってくれるだろう?」
「そりゃあ、アルの相手できるのなんて、そういないからな」

 ディーターは苦笑しながら頬をかく。その言葉通り、主の剣術の相手をできる者は多くない。ただ、それは純粋に剣術というものに限定すればという話だ。

 主にはの追随を許さない魔力がある。それを発揮されたらディーター団長と言えども歯が立たない。彼が対等に相手をできるのは1対1での剣術の対決においてのみである。

 主が腰に差している長剣を抜いた。構えただけでも様になっている。
 ディーターとの鍛錬が始まった。剣が交わる度にガキンガキンと重い金属音が響く。火花が出そうな程の迫力がある。

 相応の武力を持っているユルゲンでさえ、太刀筋を追うので精一杯だ。1メートル近い長剣をあれ程の速さで振れる主の力は衰えを知らない。長剣ゆえに大きく振り回すだけになりがちなのに、相手の攻撃に合わせて細かく振るえる器用さには脱帽する。

 いつの間にか、訓練場にいる他の騎士たちもその立ち合いに見入っていた。これほど高レベルのやり合いなどそう頻繁に見られるものではない。気持ちは十分すぎる程に分かる。
 近くで見ていると剣圧すらも感じる。震える空気はビリビリと痛いくらいだ。この迫力を前に堂々と立ち向かえるディーターは、やはり大国の精鋭たちの頂点に君臨する団長だけある。正直、ユルゲン自身は主とやり合える気が全くしない。むしろ、何秒もつかくらいのレベルの話だ。

 比較的大振りでの立ち合いが続いたかと思うと、今度は互いに剣を素早く振り乱す。更に剣を交える速度が増した。これでは、精鋭が集まっているとはいえ、どれだけの者が太刀筋を追えるかすら分からない。それでも鳴り響く音の力強さで威力が衰えていないことを悟る。もはや化け物級の2人の応酬に、学べる者など何人いることか。どちらも敵として相対した時に勝機など見出せない。
 しかも、そのハイレベルな応酬の最中でも2人共にいまだ余裕があるように見える。心底楽しそうに剣を振るう姿を見ていると、彼らは戦闘狂なのだと思う。互いに振るうは真剣。命のやり取りすらいとわないという気概すら感じる。
 これでいて主は頭脳までが明晰なのだから、この世は不平等というものだ。魔法の才能にも優れ、誰もが見惚れる端麗な容姿。地位も名誉もあり、人々が欲しがる物を全て持っている。まさに人類の頂点に君臨していると言っても過言ではないだろう。

 ディーター団長の剣が押されだした。防戦に回り始める。そろそろ頃合いだろう。二人の額にも汗が浮いている。それなりにストレスは発散できたはずだ。

「アル、そろそろお開きとしよう。これ以上やって、あまり部下たちにカッコ悪いところを見せたくないからな」
「もう終わりか? まだ始めたばかりじゃないか」
「最近は書類仕事ばっかりだって聞いてたから、もっと楽に勝てると思って油断したんだよ。全然衰えてないじゃないか。さては、ちゃっかり鍛錬続けてたな?」
「嫌になるほど毎日机に向かってばかりだ。これだけ剣を振るったのも久々だ」

 主が鞘へと長剣を収めた。持ってきたタオルを手渡す。主は額などを拭うと、おもむろに軍服を脱ぎ始めた。そこまで汗をかいていたとは思っていなかったが、ディーター団長の肩で息をしている様子と、その前まで見せられていた次元の違う立ち合いの激しさならば、汗だくになっていてもおかしくはない。
 着ていた軍服の上着を渡される。主はシャツのボタンまで外し始めた。替えのシャツまではさすがに持ってきていない。取りに戻るか思案している時だった。

「おいおい、アル、また随分なもの背中につけてるな」

 ディーターの言葉に促されるようにその場所を見て、ユルゲンは頭を抱えた。

「しまった、見られてしまったか」

 浮ついた主の声。背中には肩から肩甲骨の下にかけて幾つもの引っかき傷がついていた。
 こんな事できる人物など、この国では一人しかいない。

「この国一番……いや、世界一の男にこれだけ派手に傷をつけられるなんて、アルの嫁さんに敵う奴なんてこの世にいやしないだろうな」
「ははは、まったくだ」

 上機嫌で笑いながら肩などを擦っている。そして、おざなりに体を拭いていた。

 今日、訓練場に来たのも、これが見せたかったのだろう。いかに激しい夜を過ごしているかをアピールしたかったに違いない。

「アルの嫁さん、別嬪さんだったからな。あんな綺麗な嫁さんを好きにできるなんて、男冥利に尽きるじゃないか」
「……誰にもくれてなどやらないぞ?」
「俺が既婚者なの知ってるだろ!? それに、こないだ子供が産まれたことも!! 俺がずっと嫁一筋なのも!!」

 ディーター団長の一言に一瞬で殺気すら纏った主を見て、団長はサッと表情を変える。
 確かに、団長が学生時代からの恋人と長く付き合って結婚までこぎつけたことは有名な話だ。城に勤める者なら誰もが知っている。似た者同士の二人で、おしどり夫婦とはまさに彼らのことを指すのだろう。
 ディーターの言葉に安心したのか、主が纏っていた絶対零度の空気が落ち着いた。周囲からも安堵の溜め息が漏れる。二人のやり取りは心臓に悪い。

「なあ、今度嫁さん見せてくれよ。神さんの遣いだろ? 次の子供が今度は女の子を授かれるように拝んどかなきゃな」
「断る。ケイが汚れる」
「アルは今日もキッツイなぁ」

 がははと大きく笑いながら主の背中を叩いている団長をヒヤヒヤしながら見ていた。この二人は付き合いが長い分、やり取りに忌憚きたんがない。また変に逆鱗に触れないか胃がシクシクと痛む。

「まあ、その様子じゃあ心配することはないだろうが、マンネリ防止には気を付けろよ~?」
「マンネリ……??」
「ああ。なんでも、同じようなセックスばっかりしてると、相手が飽きて不倫に走って、それがバレて泥沼……な~んてことがあるらしいぜ? ま、俺もこないだ飲み会で聞いた話だけどな。それに、俺と嫁さんは……」

 ディーターが延々と惚気話をし始めたが、主は至って聞く耳を持っていなかった。真剣な表情で悩んでいる。

「ユルゲン、早急に戻るぞ」
「かしこまりました」

 シャツを肩にかけ、足早に主が歩き始めた。その後を追っていく。

「マンネリ……不倫……」

 渋い表情をしながらブツブツと主が呟いている。不倫なんてする相手などいないだろうとユルゲンは心の中でツッコミを入れた。この人類最強の男を前にして伴侶を奪う命知らずな者などこの世にいるはずがない。
 しかし、これ以上この話題に絡んで巻き込まれたくはない。色恋沙汰に首を突っ込んでも良いことなど何一つないのだから。



 以前に比べて悩んだり呆れたりすることが増えた気がする。
 しかし、昔のように過度に畏怖いふすることはなくなったのも事実である。

 そして、今の方が断然良いことも。

 ただ、もしかしたらまた少年から泣き言を聞かされるかもしれない。何となく、そんな気がしてならない。
 少しばかり多めに胃の薬でも貰ってくるかと画策する。

 自然と苦笑している自分に気づき、それにも小さく笑ってしまう。

 自分たちだけでなく、今や国自体が明るく活気づいたように見えるのも、きっと気のせいなんかじゃない。

 そのきっかけとなってくれた少年に、今度はどんな物をティータイムに出してみようか。

 少年が笑顔になってくれることでユルゲン自身も癒されていることを、ユルゲン本人はまだ気付いていない。
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