麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第1章:出発編

第1話②

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 重い瞼をゆっくりと持ち上げた。うつ伏せの視界に入るのは、真っ白いシーツ。ノリが効いていて気持ちが良い。新しい物と交換されているのだろう。
 全身怠いものの、汗や精液などによる気持ち悪さはなかった。意識を失った後、アレクが風呂に入れてくれたことは分かる。
 腰を中心に全身が痛い。圭の体が柔らかいからと言って、アレクはいつも無茶をし過ぎる。目覚めた後、悶える羽目になるのはいつでも圭ばかりなのだ。
 しばらくの間、ベッドの上で腰を擦ったりゴロゴロと体を動かしたりしていたが、意を決して起き上がろうと努力する。プルプルと震える両腕をベッドへと突き、緩慢な動作で上半身を起こした。たかがこれだけの動きなのに、随分と時間がかかった気がする。
 そして、ここからが難関だ。無茶をされ過ぎた腰はズキズキと痛い。這ってベッドサイドまで行き、大きく深呼吸を一つ。そろりと右足を出してみた。

「てやっ!」

 精神統一をして立ち上がろうとするも、やはりその場にくずおれた。尻だけが上がる情けない姿のまま静止する。痛みの中心部でもある臀部だけは守れたのが幸いだが、ベッド横で突っ伏したまましばらく身悶えていた。
 心の中でアレクへの罵詈雑言を並べ立てた後、サイドテーブルなどに手を突いてヨロヨロと起き上がる。ジクジク痛む腰を擦りながら、ベッド横に落ちていたバスローブを掴む。窓から差し込む光と太陽の位置で、何となく昼すぎだろうことを察していた。真昼間から全裸というのはさすがにどうかと思い、ノロノロと緩慢な動作で身に着ける。
 何とか壁に手を当てながら寝室を歩き、居室へと辿り着いた。使用人の部屋へと通じる紐を引っ張ると、馴染みの執事が訪れた。朝食代わり程度の軽めの昼食を頼み、ダイニングテーブルへと腰を下ろした。
 たかだかベッドから降りて食事をお願いしただけだというのに、随分と時間がかかった気がする。通常であれば、30秒もかからないことだというのに。

 運ばれてきた食事に口を付けながらこの後の予定を考える。ここ最近、ユルゲンは毎日忙しそうで、自習ばかりを言いつけられていた。課題はたんまり与えられているため、暇を持て余すということはないが、ずっと勉強ばかりの毎日というのも飽き飽きする。
 少しばかりの反抗心で、今日は読書デーにでもするかとボンヤリ考えていた。勉強机に座っているのもこの腰では長くもたないだろう。それなら、ソファでダラダラしながら本でも読んで過ごす方がマシだ。満足に外に出してもらえない圭には、城下で話題の本が常に山積みになっている。ビジネス書などは手に取る気すら起きないが、活劇小説の類は圭でも楽しめる。元の世界にいた頃は読書なんてほとんどしなかったのに、ところ変わればというやつだ。

 食事を終えて好きな作家の最新作を読みながらソファに寝そべっていると、トントンと扉を叩く音がする。返事をすれば、盛大に疲労の表情を浮かべたユルゲンが入ってきた。

「……ユル、大丈夫?」

 圭自身も大丈夫かと言われればダメと答えるくらいには倦怠感に包まれているが、自分よりも程度の酷い相手を前にすると、その痛みなども少し和らぐように思える。

「ケイ様、助けてください……」

 圭のいるソファの近くで膝をついたユルゲンに目を瞠りながら駆け寄ろうとする。しかし、ピキリと腰が痛み、ユルゲンに辿り着く前に圭もくずおれた。2人して床で身悶えるという地獄絵図のような惨状が広がる。

「ケイ様、いかがなされましたか?」
「性欲大魔神に腰ぶっ壊されたぁ~」

 床に転がりながら身を捩らせていた圭を見て、ユルゲンが呆れたような顔をする。ユルゲンはそのまま立ち上がり、圭の傍まで来て腰を下ろすと、圭の腰へと手を当てる。徐々に痛みの取れて行く腰。手が離れる時にはすっかり普段通りとなっていた。

「ユル、ありがとぉ~」
「いえ、これも陛下のせいでしょうから」

 ユルゲンの言葉にウンウンと盛大に頷いた。

「で、ユルの方はどうしたの?」
「ああ、そうでした! ケイ様! 陛下のご説得を! お願いいたします!!」

 ガッシリと手を握られる。少し痛いくらいに。驚きに目を見開いていると、そのまま立ち上がらせられる。ドレスルームで服を着替えさせられ、今度は廊下へと連れて行かれた。廊下にいた使用人に茶の用意を指示し、アレクの部屋の前で待つこと約5分。焼き菓子やティーポットなどの載った盆が手渡される。

「陛下、失礼いたします」

 ノックの後、部屋へと入ると、不機嫌な顔をしたアレクが机に向かいながら書類を確認していた。しかし、ユルゲンの後ろにいる圭の姿を見ると一気に顔が綻ぶ。

「ああ、もう茶の時間か。ケイ、ちゃんと起きれたか?」
「誰かさんのせいで、さっき起きた」

 今度は圭の方がムスリとしていると、苦笑しながらアレクが近づいてくる。顔を撫でられるも、仏頂面は崩さない。アレクの指先が圭の頬を擦る。気持ち良いが、顔には出さない。怒っているのだと態度でしっかりと示す。

「アレク、ちゃんとユルの言うこと聞かなきゃダメだよ」
「きちんと聞いて、こうして働いているだろう」

 少し呆れたような表情をしながらアレクがソファへと腰を下ろした。圭とユルゲンもソファに座る。ユルゲンが茶の支度をしてくれる間中、アレクは隣に腰かけた圭の顔や頭を撫でていたが、アレクの言葉にユルゲンの額に目に見えて青筋が浮かんだ。

「きちんとしている人は、当然公務を嫌がりなどしませんよね?」
「それとこれとは話が別だ」

 薄茶色の液体の注がれたカップを手に取り、アレクは不機嫌面に戻りながら茶を啜る。空いた手で圭の体を撫でさすりながら。
 アレクとユルゲンの攻防はティータイム中ずっと続いていた。話の内容が分からない圭を置いてけぼりにして。
 しばらくは圭も淹れてもらった茶を飲んだり菓子を食べたりしていたが、あまりにも疎外感があってつまらない。

「ねえねえ、何の話してんの?」

 普段は仕事の話には口を挟まないようにしているが、さすがに退屈すぎてつい口に出してしまった。

「来月の公務の話です。陛下が行かないと駄々をこねてばかりいるんですよ」
「何で?」
「ケイに逢えないなど、冗談じゃない」
「え? アレク、ずっとどっか行っちゃうの?」
「ずっとじゃありませんよ。たったの3日間です」
「それだけで?」

 アレクに睨まれ、ビクリとする。手にしていたカップを握ったまま動けなくなった。

「ケイは3日も俺に逢えなくて平気なのか?」
「いや、寂しいとは思うけど、だって仕事なんだろ? 仕方ないじゃん」

 元の世界に戻っていた間を除き、確かにアレクと何日も離れたことはない。もちろん、これが1週間とか1か月とかいうなら話は変わるが、たかだか3日くらいのことなら我慢できない訳じゃない。

「どっか遠くに行くの?」
「隣のヘルボルナ大陸です」
「へー、シルヴァリアじゃないんだ。良いな~」
「……良いか?」
「え? 良いじゃん。別の国ってことだろ? 楽しそうじゃん」
「至って面白いことなど何にもないぞ?」
「どっか遠くに行けるっていうのが良いんだよ。あーあ、俺も行ってみたいな~」
「ケイも行きたい?」
「そりゃ、行けるなら行きたいに決まってんじゃん」

 圭の一言に執務室内の空気が変わる。アレクとユルゲンに凝視され、ビクリとする。

「ユルゲン、ケイの支度はどれくらいかかる」
「急げば、何とか会議までにはギリギリ間に合うかと」
「何をしても急がせろ。金ならいくら使っても構わない」
「かしこまりました」

 突然立ち上がった2人に圭は驚いたまま動けなくなる。アレクは颯爽と執務机と戻り、書類の束へと目を通し始める。

「さあ、ケイ様もモタモタしている時間はありません。これから忙しくなりますよ?」
「な、何が?」
「準備に決まっているでしょう! シルヴァリア帝国の皇后陛下による、初の外交です。覚えることはたくさんありますよ! のんきに茶など飲んでる場合ではありません!」
「が、ががが外交~!?!?」

 ユルゲンに引きずられるように部屋から出て行く。目を白黒させている圭をよそに、その日から新たなレッスンや勉強などに忙殺される日々が始まった。
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