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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第2章:クルーズ編
第2話
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ハッとして目覚めた時、アレクを敷き布団代わりにしながら眠りこけていたことに気づいた。
しかも、圭の口があった場所には見事な涎の跡まで残っている。
「うわー!! ご、ごめん!」
服の裾で擦るが、それだけでは当然乾くはずもない。
「き、着替え!」
「別にケイ以外の誰に会う訳でもないし、このままで構わない」
クスクス笑いながら上半身を起こしたアレクは圭の涎の跡を見ながら楽しそうにしていた。
アレクの力を使えば、乾かすことも服を変えることも一瞬でできるだろうに、そんな素振りも見えない。それどころか、どこか嬉しそうにすら見える。不思議に思いながらも本人が良いと言うのであれば良いかと気にしないことにした。
いつの間にやら日は傾き始めていた。昼食をとってから数時間といったところだろうか。照り付ける太陽の暑さも少し和らぎ始めている。洋上の風が心地良い。
「俺、ずっとアレクに乗ってた?」
鷹揚に頷かれ、赤面する。アレクはずっと布団扱いされて、どこも行けず、何もできなかったということだ。
「うっわ~、マジごめん! 重いし、つまんなかっただろ?」
「いや? まったく。むしろ、もっといてくれて良いんだがな」
「うわっ」
アレクが圭の体を抱いたまま再びハンモックへと寝ころんだ。ユラユラと揺れながら、圭の髪を撫でている。
「こうやって何もせずにただ愛しい者を愛でていられるというのは、思っていた以上に至福の時間だ」
アレクの上に乗って、されるがままになっていた。
「以前、ケイが言っていただろう? 旅というのは、その場所へ向かうまでの旅程も楽しむものだと。今までは転移以外での移動などというものは退屈で無駄な時間でしかないと思っていたんだ。しかし、いざケイとこうして一緒に旅をしてみれば、どの時間も至福でしかない。常に傍にケイがいるというのが良い」
チュッと瞼にキスを落とされる。本当にアレクがその言葉通り幸せそうだから、拒む理由なんか微塵も見当たらない。
それに、圭もずっと大好きな人と一緒にいられて楽しいし嬉しい。城でのアレクはいつでも何かの業務に追われていることが多かったから。こんな風に何も仕事をせずにいられるというのが珍しくて堪らなかった。
「だって、この旅行って俺たちにとってのハネムーンだろ?」
「ハネムーン?」
「こっちではそういう風習ってねーの?」
アレクが不思議そうに頷いたため、ハネムーンについて教えてあげた。身の回りでハネムーンに行った人などいないため、よくは分かっていないが、結婚した夫婦同士で海外などに少し贅沢な旅行に行くことだと告げれば、アレクは驚いた顔をしていた。
「なぜそんな旅行に行くんだ?」
「えー? だからぁ、俺、そういう意味的なことは基本的に全然知らないよ。俺やってないし、俺らくらいの歳の頃だと、興味もねーもん」
アレクと元の世界のことを話していると高確率で「なぜ」が付きまとう。そんなことを聞かれても、圭の年齢では分からない。多分、友人らに聞いたところで同様だろう。圭だけではないはずだ。
「知らねーけどぉ、多分、結婚してラブラブな頃だから、ずっと一緒にいたいーとかぁ、素敵な思い出作りたいーとかぁ、邪魔されずにいっぱいHしたいーとかぁ、そんなんじゃねーの? 知らんけど」
所詮は憶測での話だから、大阪人に倣って語尾に「知らんけど」を付けておいた。確か、この言葉を付けてさえおけば、間違っていたとしても許されるはずだ。……そんなことを誰かが言っていたような気がする。知らんけど。
しかし、圭のこの言葉にアレクの瞳がキラリと輝いた。
「なるほど、非常に理にかなったものだな」
「え? いや、あくまで俺が思うには、だからね?」
前のめりで来られても困る。そこまで深い意味があって言った言葉ではない。
「確かに、全てが合理的だ。伴侶との仲を更に深めるにはちょうど良い」
「んっ」
今度は頬にキスをされ、そのままペロリと舐め上げられた。汗などで汚くないか少し心配になるが、言ったところでやめなどしないだろうから、もう言うことさえ諦めた。
ハンモックに揺られながらキスされるのは心地が良い。どちらも癒し効果がある。ともすれば、また眠くなってしまいそうだ。アレクの傍は安心感がある。
「ん~、ヤバい、また寝ちゃいそう」
目を擦りながら上半身を起こした。アレクは少し残念そうにしていたが、寝てばかりいてはせっかくの豪華客船が勿体ない気がする。
ハンモックから降り、伸びを一つ。立ち上がったら少し眠気が醒めたようだ。あまり日中に寝てばかりいると夜眠れなくなってしまう。
「ねー、また甲板とか行こうよ。喉も乾いたし、ジュース飲みたい!」
部屋へと持ってきてくれもするが、館内の至る所にバーカウンターが設置されていた。確か、デッキでも見た。そういう所で自分の好きに選んで飲むのも楽しみの一つだ。
ハンモックに腰を下ろしたまま苦笑しているアレクの手を引き、デッキへと赴いた。ノンアルコールドリンクだけでも数十種類もあるメニューの中からトロピカル系のジュースを選んで注文する。ブルーハワイのような綺麗な青色をした飲み物が提供され、テンションが上がる。
グラスの淵にフルーツを刺してもらい、ストローで飲めば一気に南国気分が高まった。飲み物一つで手軽だと言われようが、こういう庶民感覚は敢えて大切にしていきたいと思っている。アレクといると、経済感覚が狂ってしまいそうになるから。
アレクはアルコールドリンクを頼んでいた。アレクが酒を飲むなんて珍しい。普段、あまり飲まないから。
「珍しいね。アレクがお酒飲んでるの」
「別に仕事もないしな。それに、気分が良い。たまには日中から飲んでも罰は当たらないだろ」
グラスの縁をカチリと軽く合わせて乾杯する。何だかこういうのも楽しい。まだ日も落ちていない時間からこうやってアレクと過ごすのは本当に貴重だ。非日常すぎて、夢みたいに思えてくる。あんなに寝たというのに。
試しに頬をつねってみた。痛い。その痛覚に、これが現実だと実感できてニンマリと笑む。
「どうした。頬などつねって」
「んー、何か、楽しいことばっかだから、これ夢じゃないと良いなぁって」
「ははは、夢だったら困るな。あれだけ前倒しで仕事したんだから、これが全部夢だったらやってられない」
共に船首部分へと歩いてきて、手すりに凭れかかった。広大な海を進んで行くのが気持ち良い。目の前には何もない水平線だけが広がっている。この世界には海しかないような不思議な気分になってくる。
「…………たまに、考えることがある」
「何を?」
「ケイに出逢えず、ずっとあのままだったら俺はどうなっていたか……ってな」
アレクがこんな話をするのは珍しい。酒のせいだろうか。圭は僅かに目を瞠った。手の中のジュースを握り締めながらアレクのことを見上げる。徐々にオレンジがかり始めた空の下、アレクは郷愁に耽っているように遠くを見つめていた。
「誰も信じられず、傍にもおらず。ずっと何かが欠けているような気がしながらも漫然と日々を送り、ただ国を治めるだけの生活。……今思うと、何とも味気ないものだ」
フッと自嘲気味に笑うアレクに、ツキンと胸が小さく痛んだ。
アレクが空いている手で圭の頭を撫でてくる。大きく、頼もしい掌。触れられているだけで心地良い。
「今はケイが傍にいてくれるから、何でもやる気になれる。国が良くなればなる程、ケイにとっても居心地が良くなるだろうし、安心して暮らせるようにしてやれる。〝誰かのために〟というのは今まで考えたことがなかったが、こんなにも頑張れるものなんだな」
「……なんか、ちょっと意外かも」
「何がだ?」
「だって、アレクは何でも全部できちゃうから、あんまりそんなこと考える感じじゃないって勝手に思い込んでた」
「おいおい、俺だって人の子だ。不安にだってなることもあるし、自信がない時だってある。迷うこともないわけじゃないしな」
グリグリと強く頭を撫でられ、圭は目を大きく見開いた。
本当に意外だった。こんな弱音に近いことを滅多に吐く人ではない。
誰からも一目置かれているアレクのこんな言葉に、彼を支えていきたいという気持ちが強くなった。
「うん、なんか、俺もアレクのためにいっぱい頑張ろうっていう気持ちになってきた!」
「どんなことを頑張ってくれるんだ?」
「えーっと、何か、色々いっぱい! 俺、まだまだシルヴァリアのためには全然ダメなとこばっかだから、いろんなこと覚えたり、もっとできることも増やせるようにしたい!」
「随分と殊勝な心意気だが、そこは夜の営みを頑張ると言ってほしかったんだがなぁ」
「ちょ、何でこういう良い雰囲気の時にそういうこと言う!?」
顔を真っ赤にしながらアレクを叩いていると、楽しそうにアレクは圭の攻撃を受けていた。多分、猫のじゃれつきくらいにしか思われていないのだろう。プクリと頬を膨らませた後、ジュースを飲む。爽やかな甘みが喉を通り、怒りなどどこへ行ったのかというくらい美味しさでご機嫌になる。そんな圭を見ながらアレクはにこやかに圭の髪を撫で続けていた。
空に濃いオレンジ色が広がり始める。夕景になっていく景色を見るのは好きだ。全ての景色が赤く染まっていく。船も、人も、全て。目に見える物全部が夕焼け色になり、みんなが同じになるような感覚を受ける。
東の空から染まり出す藍色。自然美が作り出す美しさに見とれていると、アレクに肩へと手を掛けられ、引き寄せられた。
「どうしたの?」
「いや、夜になって、寝たらまた翌朝にケイがいなくなっていたらと思うと、不安で眠れなくなることもあってな」
アレクに植え付けてしまったトラウマは圭の予想よりも大きいものだった。
きちんとアレクへの想いを自覚している今、もうあんな風にいなくなることなんて絶対にありえないのに。
ギュッとアレクの体に抱きついた。
ここにいると、想いを込めて。
「俺、いなくなんないし!」
「ああ、頼む。ケイがいなくなると、俺が俺でいられる気がしない」
強く抱きつきながらウンウンと何度も頷いた。
傍にいることでアレクが穏やかにいられるのなら、いくらでもいたい。
今の圭にはそれくらいしかアレクのためにできることなんて思いつかなかった。
しかも、圭の口があった場所には見事な涎の跡まで残っている。
「うわー!! ご、ごめん!」
服の裾で擦るが、それだけでは当然乾くはずもない。
「き、着替え!」
「別にケイ以外の誰に会う訳でもないし、このままで構わない」
クスクス笑いながら上半身を起こしたアレクは圭の涎の跡を見ながら楽しそうにしていた。
アレクの力を使えば、乾かすことも服を変えることも一瞬でできるだろうに、そんな素振りも見えない。それどころか、どこか嬉しそうにすら見える。不思議に思いながらも本人が良いと言うのであれば良いかと気にしないことにした。
いつの間にやら日は傾き始めていた。昼食をとってから数時間といったところだろうか。照り付ける太陽の暑さも少し和らぎ始めている。洋上の風が心地良い。
「俺、ずっとアレクに乗ってた?」
鷹揚に頷かれ、赤面する。アレクはずっと布団扱いされて、どこも行けず、何もできなかったということだ。
「うっわ~、マジごめん! 重いし、つまんなかっただろ?」
「いや? まったく。むしろ、もっといてくれて良いんだがな」
「うわっ」
アレクが圭の体を抱いたまま再びハンモックへと寝ころんだ。ユラユラと揺れながら、圭の髪を撫でている。
「こうやって何もせずにただ愛しい者を愛でていられるというのは、思っていた以上に至福の時間だ」
アレクの上に乗って、されるがままになっていた。
「以前、ケイが言っていただろう? 旅というのは、その場所へ向かうまでの旅程も楽しむものだと。今までは転移以外での移動などというものは退屈で無駄な時間でしかないと思っていたんだ。しかし、いざケイとこうして一緒に旅をしてみれば、どの時間も至福でしかない。常に傍にケイがいるというのが良い」
チュッと瞼にキスを落とされる。本当にアレクがその言葉通り幸せそうだから、拒む理由なんか微塵も見当たらない。
それに、圭もずっと大好きな人と一緒にいられて楽しいし嬉しい。城でのアレクはいつでも何かの業務に追われていることが多かったから。こんな風に何も仕事をせずにいられるというのが珍しくて堪らなかった。
「だって、この旅行って俺たちにとってのハネムーンだろ?」
「ハネムーン?」
「こっちではそういう風習ってねーの?」
アレクが不思議そうに頷いたため、ハネムーンについて教えてあげた。身の回りでハネムーンに行った人などいないため、よくは分かっていないが、結婚した夫婦同士で海外などに少し贅沢な旅行に行くことだと告げれば、アレクは驚いた顔をしていた。
「なぜそんな旅行に行くんだ?」
「えー? だからぁ、俺、そういう意味的なことは基本的に全然知らないよ。俺やってないし、俺らくらいの歳の頃だと、興味もねーもん」
アレクと元の世界のことを話していると高確率で「なぜ」が付きまとう。そんなことを聞かれても、圭の年齢では分からない。多分、友人らに聞いたところで同様だろう。圭だけではないはずだ。
「知らねーけどぉ、多分、結婚してラブラブな頃だから、ずっと一緒にいたいーとかぁ、素敵な思い出作りたいーとかぁ、邪魔されずにいっぱいHしたいーとかぁ、そんなんじゃねーの? 知らんけど」
所詮は憶測での話だから、大阪人に倣って語尾に「知らんけど」を付けておいた。確か、この言葉を付けてさえおけば、間違っていたとしても許されるはずだ。……そんなことを誰かが言っていたような気がする。知らんけど。
しかし、圭のこの言葉にアレクの瞳がキラリと輝いた。
「なるほど、非常に理にかなったものだな」
「え? いや、あくまで俺が思うには、だからね?」
前のめりで来られても困る。そこまで深い意味があって言った言葉ではない。
「確かに、全てが合理的だ。伴侶との仲を更に深めるにはちょうど良い」
「んっ」
今度は頬にキスをされ、そのままペロリと舐め上げられた。汗などで汚くないか少し心配になるが、言ったところでやめなどしないだろうから、もう言うことさえ諦めた。
ハンモックに揺られながらキスされるのは心地が良い。どちらも癒し効果がある。ともすれば、また眠くなってしまいそうだ。アレクの傍は安心感がある。
「ん~、ヤバい、また寝ちゃいそう」
目を擦りながら上半身を起こした。アレクは少し残念そうにしていたが、寝てばかりいてはせっかくの豪華客船が勿体ない気がする。
ハンモックから降り、伸びを一つ。立ち上がったら少し眠気が醒めたようだ。あまり日中に寝てばかりいると夜眠れなくなってしまう。
「ねー、また甲板とか行こうよ。喉も乾いたし、ジュース飲みたい!」
部屋へと持ってきてくれもするが、館内の至る所にバーカウンターが設置されていた。確か、デッキでも見た。そういう所で自分の好きに選んで飲むのも楽しみの一つだ。
ハンモックに腰を下ろしたまま苦笑しているアレクの手を引き、デッキへと赴いた。ノンアルコールドリンクだけでも数十種類もあるメニューの中からトロピカル系のジュースを選んで注文する。ブルーハワイのような綺麗な青色をした飲み物が提供され、テンションが上がる。
グラスの淵にフルーツを刺してもらい、ストローで飲めば一気に南国気分が高まった。飲み物一つで手軽だと言われようが、こういう庶民感覚は敢えて大切にしていきたいと思っている。アレクといると、経済感覚が狂ってしまいそうになるから。
アレクはアルコールドリンクを頼んでいた。アレクが酒を飲むなんて珍しい。普段、あまり飲まないから。
「珍しいね。アレクがお酒飲んでるの」
「別に仕事もないしな。それに、気分が良い。たまには日中から飲んでも罰は当たらないだろ」
グラスの縁をカチリと軽く合わせて乾杯する。何だかこういうのも楽しい。まだ日も落ちていない時間からこうやってアレクと過ごすのは本当に貴重だ。非日常すぎて、夢みたいに思えてくる。あんなに寝たというのに。
試しに頬をつねってみた。痛い。その痛覚に、これが現実だと実感できてニンマリと笑む。
「どうした。頬などつねって」
「んー、何か、楽しいことばっかだから、これ夢じゃないと良いなぁって」
「ははは、夢だったら困るな。あれだけ前倒しで仕事したんだから、これが全部夢だったらやってられない」
共に船首部分へと歩いてきて、手すりに凭れかかった。広大な海を進んで行くのが気持ち良い。目の前には何もない水平線だけが広がっている。この世界には海しかないような不思議な気分になってくる。
「…………たまに、考えることがある」
「何を?」
「ケイに出逢えず、ずっとあのままだったら俺はどうなっていたか……ってな」
アレクがこんな話をするのは珍しい。酒のせいだろうか。圭は僅かに目を瞠った。手の中のジュースを握り締めながらアレクのことを見上げる。徐々にオレンジがかり始めた空の下、アレクは郷愁に耽っているように遠くを見つめていた。
「誰も信じられず、傍にもおらず。ずっと何かが欠けているような気がしながらも漫然と日々を送り、ただ国を治めるだけの生活。……今思うと、何とも味気ないものだ」
フッと自嘲気味に笑うアレクに、ツキンと胸が小さく痛んだ。
アレクが空いている手で圭の頭を撫でてくる。大きく、頼もしい掌。触れられているだけで心地良い。
「今はケイが傍にいてくれるから、何でもやる気になれる。国が良くなればなる程、ケイにとっても居心地が良くなるだろうし、安心して暮らせるようにしてやれる。〝誰かのために〟というのは今まで考えたことがなかったが、こんなにも頑張れるものなんだな」
「……なんか、ちょっと意外かも」
「何がだ?」
「だって、アレクは何でも全部できちゃうから、あんまりそんなこと考える感じじゃないって勝手に思い込んでた」
「おいおい、俺だって人の子だ。不安にだってなることもあるし、自信がない時だってある。迷うこともないわけじゃないしな」
グリグリと強く頭を撫でられ、圭は目を大きく見開いた。
本当に意外だった。こんな弱音に近いことを滅多に吐く人ではない。
誰からも一目置かれているアレクのこんな言葉に、彼を支えていきたいという気持ちが強くなった。
「うん、なんか、俺もアレクのためにいっぱい頑張ろうっていう気持ちになってきた!」
「どんなことを頑張ってくれるんだ?」
「えーっと、何か、色々いっぱい! 俺、まだまだシルヴァリアのためには全然ダメなとこばっかだから、いろんなこと覚えたり、もっとできることも増やせるようにしたい!」
「随分と殊勝な心意気だが、そこは夜の営みを頑張ると言ってほしかったんだがなぁ」
「ちょ、何でこういう良い雰囲気の時にそういうこと言う!?」
顔を真っ赤にしながらアレクを叩いていると、楽しそうにアレクは圭の攻撃を受けていた。多分、猫のじゃれつきくらいにしか思われていないのだろう。プクリと頬を膨らませた後、ジュースを飲む。爽やかな甘みが喉を通り、怒りなどどこへ行ったのかというくらい美味しさでご機嫌になる。そんな圭を見ながらアレクはにこやかに圭の髪を撫で続けていた。
空に濃いオレンジ色が広がり始める。夕景になっていく景色を見るのは好きだ。全ての景色が赤く染まっていく。船も、人も、全て。目に見える物全部が夕焼け色になり、みんなが同じになるような感覚を受ける。
東の空から染まり出す藍色。自然美が作り出す美しさに見とれていると、アレクに肩へと手を掛けられ、引き寄せられた。
「どうしたの?」
「いや、夜になって、寝たらまた翌朝にケイがいなくなっていたらと思うと、不安で眠れなくなることもあってな」
アレクに植え付けてしまったトラウマは圭の予想よりも大きいものだった。
きちんとアレクへの想いを自覚している今、もうあんな風にいなくなることなんて絶対にありえないのに。
ギュッとアレクの体に抱きついた。
ここにいると、想いを込めて。
「俺、いなくなんないし!」
「ああ、頼む。ケイがいなくなると、俺が俺でいられる気がしない」
強く抱きつきながらウンウンと何度も頷いた。
傍にいることでアレクが穏やかにいられるのなら、いくらでもいたい。
今の圭にはそれくらいしかアレクのためにできることなんて思いつかなかった。
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