麗しの暴君サマに愛され過ぎて困っています。

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【第2部 ヘルボルナ大陸】 第3章:入国編

第3話②

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 結局、悩みに悩み抜いた末にアレクは自分が着ている軍服と同色のワンピースを圭に着せ、午前中と同様にヘアメイクを施してもらった。とはいえ、メイクアップアーティストは船の中にいた人とは別だ。服の色や形に合わせたガーリー系のメイクにされ、やっぱり何度見ても見慣れない自分の顔の仕上がりに驚く。
 支度を終え、淹れてもらった茶を飲みながら待っていると、城門で迎えてくれた女性が部屋へと訪れた。

「あら、お召し物やメイクを替えられたのですね。そちらもとてもお似合いです」

 綺麗にほほ笑まれて照れてしまう。
 先ほど見た時も見惚れてしまったが、何度見てもウットリしてしまう。少しエキゾチックな顔立ちはシルヴァリアともヴァラーラとも違う、どこか別の国の血が混じっているのかもしれない。流麗な流し目に、はっきりとしたアイカラーが蠱惑的で印象に残る。鼻筋も高く、鮮やかな発色の口紅が何とも女性らしく映える。
 そして、こちらの伝統衣装なのか、胸元が大きく開いた服装にもチラチラと視線が行ってしまう。見ちゃダメだと自分に言い聞かせつつも、ついつい目が追ってしまいそうになる。着ているワンピースがふんわりとした形のスカートで良かったと心底思った。もしも勃起してしまったら男だとバレてしまう。それだけはまずい。
 近くに来られると、花のような甘い香りが漂ってくる。鼻孔をくすぐる女性らしい香りに胸がドキドキしてしまう。

「さあ、お二方、どうぞこちらへ。国王陛下がお待ちです」

 廊下へと案内され、マリーの後を着いて行く。彼女が歩いた後の残香にも胸がときめいてしまう。
 実家の姉も美人だとは思うが、彼女の美しさというのはもはや骨格レベルで違うとすら思う。そもそもの出来が違う。他者と比べること自体が失礼だと感じてしまうくらいの造形だった。

 それは、城門で迎えてくれたもう一人……クリストフにも当てはまる。どちらも見目を惹く容姿だ。
 ポーッとしながら歩いていると、何もないところで転びそうになり、アレクに腕を引かれて助けられる。

「しっかり歩かねばならないぞ」
「えへへ、ごめんごめん」

 いつものように笑ってごまかそうとしたが、前を歩いていたマリーの存在に気づき、全身で赤面する。
 ついウッカリ普段の仕草や言葉が出てしまっているが、今は他国の目がある場所なのだ。しっかりせねばと気合を入れ直す。

「足元にお気をつけくださいね。ケイ様がお怪我でもしようものなら、アレクサンダー陛下に城ごと焼かれてしまいかねませんから」
「えっ、アレクそんな酷いことするの!?」
「……する訳ないだろうが」

 溜め息混じりに呆れた顔をして見下ろされた。クスクス笑っているマリーを見ると、どうやら冗談だったようだ。一人だけ本気にしてしまい、恥ずかしい。カーッと更に顔に血が上る。顔の火照りを冷まそうと、手でパタパタと仰いでいると、アレクが手を繋いできた。さすがに他国の城の中でまで繋がれるのは照れくさい。離そうとしたが、全然離してもらえず、手を引かれて再び歩き始めた。
 まるで子供のようで少しだけ不貞腐れる。しかし、転びそうになった前科もあり、大丈夫だと強がっても聞き入れてはもらえないだろう。

 本当なら、もっと颯爽と歩いてカッコよさをアピールしたかった。せっかくヒールも低めにしてもらったというのに、ただ歩くことすらまともにできないようで情けない。
 手を引かれて足元を見ながらトボトボと歩いていると、名を呼ばれた気がして顔を上げた。

「わぁ……」

 アレクが指さしている方を見れば、城の中庭に大きな池があった。そこに浮かぶ幾輪もの蓮に似た花々。まるで桃源郷を模しているかのようだ。

「綺麗だねぇ……」

 思わず感嘆の溜め息が漏れてしまう。

「我が国の国花です。長寿や幸運などを司ると言われています」
「近づいても大丈夫?」
「ええ、もちろん。ただ、池に落ちないようにだけお気をつけくださいませ」

 コクリと頷いて近づいてみる。池を覗き込むと、薄い桃色や紫色など、パステル系の色をした花が咲き乱れ、池を彩っていた。

「わー、すっげー!」

 思わず漏らしてしまった声にハッとして口を塞ぐ。気を抜くとつい、いつもの口調で喋ってしまう。今はシルヴァリア皇后だと何度も心の中で言い聞かせる。

「この花ってシルヴァリアにもあるの?」
「帝都には花屋くらいしかないが、山手の街には咲いている場所もある。ケイが気になるなら今度連れて行くか?」
「うん! 行ってみたい!」

 また行きたい場所が増えた。隣にしゃがむアレクに笑いかけると、柔和に笑ってくれる。部屋を出てから少しピリピリした空気を纏っていたから、アレクでも他国で緊張するようなことがあるのかと思っていたが、ホッとした。

「城下にはこの花を加工して使ったアクセサリーなどを販売する店もあるんですよ」
「それはすっごく綺麗だろうなぁ……あ、じゃなくて、綺麗でしょうね」
「私相手にそんな畏まらなくてよろしいんですよ?」

 クスクスと笑われるが、こんなに綺麗な女性に対して馴れ馴れしく話せるほど心臓がタフではない。いうなれば、ハリウッドスターやトップモデルを相手に気安く口をきくようなものだ。やはり近くに寄られるとドキドキしてしまうし、冷静でいられる自信がない。

(うおー、マリーさん、しゃがまないで! 胸が、胸がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)

 圭の隣にしゃがみ込んだマリーの胸元が覗き込めてしまい、目玉が飛び出そうなほど驚いた。こんな豊満な胸元の人は身近にいない。思春期の男子高校生には刺激が強すぎる。
 胸囲だけで言うのならばアレクも相応にあるが、それに負けず劣らずのバストである。
 ポタリと池に水滴が落ちた。

「あれ?」

 自分の鼻から落ちたようで、擦ってみると、真っ赤な液体で甲が汚れている。

「あれくぅ……………」

 まさかのタイミングで鼻血を出すという絶妙な間の悪さに自分でも呆れてしまう。
 アレクもさすがにバツの悪い顔をしながら額を覆っていた。

「……すまないが、ミシェル国王にあと少しだけ時間をいただきたいと伝えてもらえるだろうか」
「かしこまりました。ケイ様、どうぞこちらで鼻を押さえてお戻りください」
「でも、これ……」

 マリーが真っ白いハンカチを差し出してきた。こんな綺麗なハンカチを血で汚すなんて申し訳ないことできるはずがない。

「受け取っておけ。好意を袖にするのは良くないぞ」

 コクリと頷きながら綺麗に笑むマリーからハンカチを受け取った。生成りの良い生地は高価そうだ。端には洒落たレースがあしらわれている。汚してしまうという心苦しさを抱きながらもハンカチを鼻へと当てた。生地からも彼女の纏う甘い香りがする。

「わっ!」

 フワリとアレクに抱きかかえられた。横抱きにされたまま来た道を戻っていく。
 あまりの居た堪れなさに顔を上げられなかった。
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