俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

収穫祭③

　……まあ、これも想定内っちゃ想定内の罵倒ではあるが。
　これ聞いても、なおヘラヘラ笑ってたんじゃ、反獣人派を調子に乗らせちゃうのよね。

「っ！」

　重力魔法で、軽く首元を圧迫しながら罵倒した奴を宙に浮かせ、笑みを消した顔でまっすぐに睨みつける。
　こう、魔王が手を使わずに、超能力的な奴で脅しつける感じのイメージで。
　途端にざわめいていた聴衆が、静まり返った。

「ーー子を孕まされたくらいで、私の誇りは汚されない」

　ついでに指でちょいちょい魔法陣書いて、広場全体の空気をちょっと重くしておく。この重さを、俺の威圧と勘違いしてくれればいい。
　俺のように魔力感知が得意な奴向けの牽制に、魔力もたっぷり放出させておくか。
　最小限の被害で、最大限の恐怖を感じさせられるように演出したい。

「私の誇りが汚されるのは、辺境伯領とこの地に住まうものが害された時だけだ」

　とどめにキュッと首周りを一締めして、浮かせていた男の体をドサリと地面におろす。
　途端に咳き込み出した男は、恐怖に震えながら後ずさった。
　……よしよし、いい感じにみんなビビってるな。

「ーー私が嫁ぐ予定の、アストルディア殿下は、全ての魔法も物理攻撃も打ち消すことができる、強力な無属性の持ち主だ。セネーバでは、獣人達を我が国の支配から開放した【建国の英雄】の再来だと言われている。他の獣人はともかく、私は彼にだけはけして勝てないのだと、留学中に嫌というほど思い知らされた」

　ちなみにちゃんとこの情報を公開することは、アストルディアから許可をもらってます。
　だって、公開されたところで、アストルディアのヒーローチートに対抗できるわけないし。
　マジで、あいつの強さはデタラメなんだよ。勝てる策すら思いつかない。

「獣人は人間より高い戦闘能力を持つ場合が多いが、それでも戦い方次第では対抗できる。だが、アストルディア殿下だけは別だ。彼が全力を尽くせば、ただ一人でも、この国を滅ぼすことができるだろう」

　途端に、集まっていた人達が次々と恐怖の声をあげたが、俺は再び空気を重くすることによってそれを牽制した。
　聴衆からすれば、俺からひと睨みされただけで、体が重くなったように感じただろう。実際は重力魔法による小細工だが、まあこう言う演出も大事だ。

「だが、最強の敵は、味方にできれば最強の後ろ盾だ。そして私は一年をかけて、彼を味方にできるだけの環境を整えた。狼獣人は、生涯ただ一人しか番にできない。そして私は既に、彼の番だ。アストルディア殿下は、もう、けして私のことを裏切れない」

　恐怖に染まっていた顔が少しずつ希望を取り戻しはじめたのに合わせて、空気も軽くしていく。
　できるだけ指は背中に隠して見られないようにしてるけど、魔法じじいあたりには小細工もバレバレだろうなー。まあ、いいけど。

「私は、この地に戦乱を生じさせない為ならば、なんだってする。そのなりふり構わぬ姿を軽蔑するならば、すればいい。それでも私は、あなた達が我が辺境伯領の民である限り、命を懸けて守り抜くと約束しよう。それが【国境の守護者】である私の役割なのだから」

　できるだけ慈悲深い、包み込むような笑みを浮かべながら、ついでに聖魔法で周囲一帯を浄化しておく。
　魔法の効果で、ちょっとキラキラエフェクトがかかったみたいに見えるはずだ。
　本当は魅了魔法が、一番手っ取り早いんだけどね。闇魔法は、いくら軽くしても後が怖いから。回りくどいが、やっぱり他の魔法を使った演出が一番いい。
　こっちの世界にはアニメとかない分、こう言う地味な効果に引っかかってくれやすいし。

「ここまで言ってもなお納得できないものは、明日の昼、領主館に来るといい。闘技場で、私は私の言葉の正しさを貴方達に証明しよう。同時に何人でも、何十人でも構わない。私は望むもの全てと、木刀と魔法でもって戦い、私が他の誰よりも【国境の守護者】として相応しいことを示そう。そして束になっても私に勝てないものが、アストルディア殿下に敵うはずがないと、体に教え込んでみせる」

　ここまで言ってもわからない人は、結局は体でわからせるしかないわけで。下手に内心で不満を溜められるより、ここで一度ガス抜きしてもらった方がいい。
　やはり、暴力。暴力が全てを解決する……とまでは言わんが、今回の件で俺を舐め腐った奴らを矯正するには、暴力が一番なことは間違いない。


「もちろん仮に私を死傷させたとしても、それが罪に問われることはないと約束しよう。ーーできるものならな」

　見せつけてやんよ。俺の悪役チート。
　俺はセネーバの獣人達の、「抑止力」にはなれないけど、辺境伯領の民の「抑止力」にはなれるのだから。