俺の悪役チートは獣人殿下には通じない

空飛ぶひよこ

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秘めた想い

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「……そ、んな……嘘よ……だって今まで、そんなこと、一度も……」

「想いを告げれば、私はもう二度と女王に戻れなくなると思っていたの。きっと貴女に縋り、貴女に溺れ、貴女以外が見えなくなる。それは、女王の立場では、けして許されないこと。だから、いつか女王の役を辞す時まで、この想いを隠さなければと思っていた。……でも、こんなことになるなら、ちゃんと伝えるべきだったわ。こんなにも、ルーを苦しめて、追い詰めていたのなら」

 ルルーさんの犯行は杜撰で、どう足掻いても完全犯罪にはなり得ない。ちゃんと調べさえすれば、誰でも簡単にルルーさんが犯人であると特定することはできたはずだ。
 だからこそ、俺と言うスケープゴートが必要だったのだ。真犯人に気づく可能性が高い人間が、より犯人に仕立てあげた方が望ましいと思える存在が。
 エルディア女王が、番を亡くして狂ったふりをして俺を犯人だと糾弾し、邪魔なアストルディアにレンリネドの刺客を送って遠ざけたのは。その癖、不自然に俺への暴行を禁じ、王宮内に徹底した箝口令を敷いたのは。
 全てはただ、真犯人であるルルーさんを大陸から逃がす時間を作るのが目的だったからだ。

「アストルディアに、一刻も早く王位を継がせようとしたのも、自分の役目を終わらせて、残りの人生を貴女と生きる為。ルー。貴女の希望は、私の希望でもあったの。女王ではないただのエルディアとして、貴女に愛を請い、一緒に生きることだけが、私の唯一の望みだったのよ」

 心から愛した相手から思いがけず返された想いに、一瞬ルルーさんの顔に滲んだ歓喜は、すぐに絶望へと染めあげられた。

「それじゃあ……それじゃあ、私は自分で、貴女と生きられる道を潰したの?」

 ルルーさんが殺人に手を染めさえしなければ、老齢のニルカグルは近い将来亡くなっていた。
 番を亡くしたエルディア女王は、それを理由にアストルディアに王位を譲り、ルルーさんと二人で生きるつもりだった。
 ただ何もせずに待っていれば、エルディア女王と二人で生きるという、ルルーさんの望みは叶うはずだったのだ。

「……貴女は、悪くはないわ。ルー。貴女をそこまで追い詰めた、私が悪かったの。だから、私が全ての責任を取るわ」

 黒い瞳から涙を零したまま、女王は微笑みを浮かべてアストルディアに向き直った。

「どうか、どうか、お願いよ。アストルディア。全てを私の咎にして、私の首だけで許してちょうだい。ルーを、殺さないで。私は母としては不十分だったかもしれないけれど、女王としては十分功績を残したはずよ。どうか、それに免じて、私の死で全てを終わらせて」

「っ嫌よ、エル! ニルカグルを殺したのは私なんだから、罪は私のものだわ。エルが愛してくれていたのだとわかったから、もう悔いはない。私は喜んで処刑台にあがるわ。だから、エルが私の身代わりになろうなんて考えないで!」

「身代わりになるわけじゃないわ。ルー。これは、私が負うべき咎なの。女王でありながら、国や後継の息子よりも、愛する貴女を優先しことを、私は命を持って償わなければならないのよ」

「っなら、私も死ぬわ! エルと一緒に死ぬ!」

 緩めた手の中から、白いネズミが飛び出して、まっすぐにエルディア女王のもとへ向かって行った。
 捕まえようと思えば簡単だったが、俺は敢えてそれを見逃した。
 獣化姿から、裸の獣面姿になったルルーさんが、泣きながら女王にしがみつく。

「エルがいない世界なんか、生きている意味がないの……私のことを愛してくれているのなら、どうか連れて逝って」

「……ルー……」

「置いて、逝かないで……私を、一人にしないで……ずっとずっと一緒だったじゃない……何十年も、ずっと」

 女王に縋って、すすり泣くルルーさんと、そっとその肩に手を回して唇を噛む女王の姿は、あまりにも切なくて。
 俺は思わずアストルディアに、二人を許してやってくれないかと、言いたくなった。
 結果的に状況は好転したのだから、良いのじゃないかと、そう思ってしまった。

 だが、喉元まで出かけた言葉は、音になる前に飲み込んだ。
 もし、アンゼがヴィダルスに殺されていたり、腹の子が流産してしまっていれば、俺は彼女達をけして許さなかっただろう。結局の所、俺は自分の大切なものを何も失わずに済んだからこそ、そんな風に思えるのだ。
 一歩間違えれば、戦争になって、多くの罪のない命が奪われていた。結果論で判断して良いことではないし、彼女達の処遇を決めるのは、全てセネーバ次期王であるアストルディアの役目だ。

「…………」
 
 何も言わず、ただ黙って、アストルディアの言葉を待つ。
 険しい表情で暫く目を伏せていたアストルディアは、ややあって、深いため息と共に開かれた金の瞳を二人に向けた。

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