猫と嫁入り

三石一枚

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七話

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 許嫁との同伴、もといデートは想像していたものより早めのお開きとなってしまった。
 なってしまった、というと少しばかり残念さが拭えないので少しだけ訂正すると、なってくれた、と言うべきか。
 相手方には実に悪いが、早々の解散となってくれて嬉しい自分もある。街を練り歩くのも楽しかったし、何より相手側のエスコートなるものも悪くはなかった。
 というか、あそこまで気を使ってもらえると逆に悪い気がするまである。女性である私に対してあそこまで気を使ってくれる人なんて、そうそういないのではないだろうか。それとも、実はあれこそが世間一般の接し方で、家の方針に握られ続けてきた私が常識を失っているだけなのかもしれないが。とにかく面白かったのだけは認めざるを得ない。
 しかし、同伴をし続けるというのも、疲れてしまう本音がある。
 楽しい半面、長いこと雑多に身を晒され続けるのは、慣れてない私からすると少しばかり疲労がたまる。
 女性たるもの佳麗にして瀟洒たれとは、父の言う言葉だ。気がよく回り、かつ美しい佇まいをしろと言いたいのだろうが、それを実行するとなると、どうしても口少なくなり気も落ち着かなくなる。
 楽しさを惜しげなく伝えようとするにはかなり邪魔になる文句だろう。
 この関係性だって、全てが全て私の意に反した決定だということも忘れてはならない。

 さて、彼と道を分かたれた私は、今や一人で帰路にあった。宿を持たない野良猫のように、さっきのごった煮返す人通りと打って変わって、寂れた路地裏をのたりのたりと彷徨う。
 いつぞやあったあの猫もこんなふうに世界を見ていたのだろうか。人目につかない狭い路地はかくも心地よく、居やすいだなんて。
 少したったらまた会いに行こう。空は少しずつ不安げな顔をし始めていた。

 同伴が少々早めに終わったことに対して私は、さっさと家に帰ってしまおうとは思わなかった。いや、思えなかったし、思おうともしなかった。というか思っていたのならまっすぐ帰っているし、思わないからこそこんな淋しい道を散策してるのではないか。何を今更。
 これ以上一人でふらついていたとしてもなんの成果にもなりゃしない。
 時間つぶしにはなるが、丸々残り半日をぶらつくだけで費やすのはあまりにもったいない。というか無理だ。高難度すぎる。過度な退屈は精神的な疲れを生みやすい。詰まる所、私にはうろつく以外の画期的な時間の潰し方を考える必要があった。
 まあ、既に一つ名案があった訳だが。
 暇つぶしに一人で影踏みなんかするよりも、もっと実になる事を私はひとつ知っている。特に今のように、早めに切り上げられた現状。言ってしまえば、父も母も私の動向など知る由もない。
 未だ街で二人の時間を過ごしていると思われている今、私は一つだけよからぬ思考をはたらかせていた。

 母の言っていたあの事を、私は反芻して少しだけ笑む。
 久しぶりだ。あの人は私のことを覚えているのだろうか。

※※※※※※※※※※※

 相葉家は実は立花家から歩いて半刻も経たないうちに着けるほど近かった。近いという情報は以前も伝えた気はするけれど。
 八百屋に行くついでに顔を出すことすら容易である。
 とはいえ立花家と相葉家の両家にあるヒビが(一方手に立花家が悪いだけだけど)近所付き合いの仲を揺すり、普通なら良好な関係性を保てるはずでろうはずなのに、めっきり相葉家との交流は絶たれた。
 絶交の最たるきっかけは、唯一残ってた私と相葉家の一人息子、相葉花道、もとい花道の兄さんとの間にある交友関係が、花道の兄さんの上京によって自然消滅したことによりほぼ断交と言って過言でない今に至る。
 ほぼ立花家の毛嫌いがヒビの起因だけれども。

 とまあ両家のしこりはともかく、かくも近くに住む私達は幼少時代から互いの環境に憂慮してきた身でもある。幼なじみと言ったら妥当か。
 花道の兄さんの家は母子の家庭だ。
 子が産まれて直ぐに他界してしまった父親の代わりに、花道の兄さん自身が母の助けをする役割を背負っていた。
 彼の持つ正義感や論理観念は何れにせよそういった他人とまた違う環境の中に結ばれた果実のようなものであって、やはり同年代の人達と比較しても頭一つ垢抜けていてしっかりとしている印象を受けていた。
 もちろん私も彼の気苦労は察するにあまりある。
 当時幼かった私も、子供ながらに彼の放つ大人びた雰囲気は機微に触れるものがあった。
 私のように、人から言われて親から抑え込まれて、成るようにして成ったものではなく、それこそ自主的に成長しようとして成る可くして成った本物の紳士みたいな感じである。
 どちらが格上かは言うまでもなかろう。父上よ。

 また、花道の兄さんも私に気を使ってくれる面もあった。
 幼少時代より成金呼ばわりされ続け学友との友好関係ひとつも築けない中、自宅でも縛りに近い生活をかけられてきていた私に、花道の兄さんは気楽に接してくれてた唯一の人であると言ってもいい。
 あんだけ張り詰めた弦のようにピシッとした人が、私の前ではよく破顔するし、おちゃらけた態度なんかも取ってくれていた。明らかに他者と関わる時の花道の兄さんより、柔らかく接触していたのを覚えている。
 寝込んでいた私に対して見舞いに来てくれていたこともきっとそのためだ。下心有無に関わらず、なにより私を立花家の人間としてではなく、一人の人間として見ていてくれたことが何より嬉しかった。彼なりの配慮と憂慮とも受け取れる。
 あの頃はよく敷地に入ってきていたものだ。
 立花家に潜入するということは、勿論父に見つかれば、ゲンコツが降ってくるのは目に見えている。それでも来てくれるのだから、こればかりは心が暖かくなる出来事だろう。五右衛門見舞いは私に効く。

 上京するという事を聞いた時は悲哀のあまり数日は食事が喉を通らなくなってしまった。
 母はそれを心配してくれてはいたが、父は面白くなかったようで、悲しみで心身共に憔悴し、擦り切れていた私に怒号を飛ばす暴挙を成し遂げている。なんなんだあの人は。人の感情すら操ろうとしてるんだなと当時は心の底から恐怖していた。
 父からすれば気に食わぬ相手が失せる事でせいせいするというのに、自分の娘が胸を痛めた事にご立腹だったところなのだろう。
 今だから冷静にそう考えられるが、当時の私はただ父が何故そこまで頭に血を登らせたか理解出来ずにいた。理解しようとすらしなかった。

 見つかれば父の叱責は免れない。ある種の賭け事。子供特有の悪戯や悪事に似る。
 妙な高揚感が胸に響く。高鳴りがやまない。花道の兄さんは良く立花家(というよりも私に対してだが)に顔を出してくれていたが、こういう心境だったのだろうか。
 立花家と相葉家の仲違いの現状は両家の親がお互い認めあっているところなのだから、私が父に戒められたように、当時の花道の兄さんも私に会いに行こうとした時は同じように身内に止められていたのかもしれない。
 なんにせよ、ある程度時間を潰して帰ろうという魂胆が胸の奥に設立された。
 向かう先は見慣れた団地。忌られし立花家への帰路から、少しばかり道を外した場所にある民家へ。
 
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