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四十一 カノのお使い
しおりを挟む(結婚願望か……)
北斗に言われたことを反芻しながら、グラスを磨く。そんなもの、考えたこともなかったが、指摘され、拘っていた自分に気づく。
そう言うものだと思っていたし、ずっと一緒にいるには、それしかないと思っていた。
思い返せば、カノの母親は、結婚に幻想を抱いていた女だったと思う。母親はソープ嬢で、誰か解らない子供を産んだ。面倒見が良い母親ではなかったが、虐待もされなかった。親子関係は普通だったと思う。
そんな母親が、口癖のように言っていたのが、結婚の二文字だった。
苦しい生活から抜け出すには、結婚するしかないと信じていたし、結婚すれば幸せになれると信じていた。
けれど結局は、誰かの愛人という人生だった。結婚の約束を信じて、騙されて、傷ついて。それでもまた、結婚の二文字に踊らされた。
おとぎ話のお姫さまじゃあるまいし、今日日の女は結婚しても自立している。結婚はゴールではない。
頭は解っていたはずが、母親の幻想がどこかにこびりついていたのだろう。
(オレは、清と結婚したいのか?)
自問しても、解らない。
もし、男でも結婚できるとして、自分が清とそうなりたいのかは、解らなかった。
けれど、自分のものだという証しは欲しくて、ずっと一緒だという保証が欲しくて、そのことだけが、引っ掛かっている。
カノの母親は、ある日失踪した。生きているのか、死んでいるのか解らない。人生に疲れたのかも知れないし、新しい男と人生をやり直すのに、カノが邪魔だったのかも知れない。解らないから、後者だと思うことにしていた。死んでいて欲しくはない。
多分。
ヤクザものの男に、ついていった時も。『ブラックバード』という居場所を与えられた時も。
カノの本質は、変わっていないのだろう。
カノは、ホストだ。カノを訪ねる客の多くは、自分の自尊心や虚栄心を満たすためにやって来る。
彼女たちをカノは可哀想な女だと思ったが、恋に変わることはなかった。彼女たちが見ていたのは、『カノ』ではなかったから。
そんな中、清は違った。
清は、カノのことを見る。裏表も駆け引きも、思惑もなにもなく、まっすぐカノを愛してくる。
そのストレートな感情に、最初は戸惑い、疑い、苛立つこともあった。けれど今は。
グラスを拭いていたカノに、背後から声が掛かる。
「おいおい、グラス割る勢いで拭くな」
「ヨシトさん」
珍しい人物に、目を丸くする。『ブラックバード』の現オーナー、ヨシトだ。
客席ではヨシトの登場に気づいた客たちが、にわかに色めき立った。ヨシトは笑みを浮かべ、軽く客席に手を上げる。
「珍しいですね」
「ちょっと野暮用でね。まあ、カノに」
「オレですか?」
首をかしげるカノに、ヨシトが紙袋を手渡す。
「明日休みだろ? ちょっとお使いを頼もうと思ってね」
「月郞さんですか?」
「ああ」
久保田月郞という男は、元関西柏原組のヤクザである。そして、この『ブラックバード』の前オーナーでのある。カノたちにとってはそれ以上に、仲間意識の強い、『兄貴』である。
紙袋の中を覗けば、桐の箱に入った日本酒が見えた。
「最近顔見せてないだろ?」
「今は千葉って言ってましたっけ」
教員免許を取得した際、元ヤクザを雇うようなところはなかったらしい。結局、事情があって教師を必要として居た千葉の学校に、収まることになった。
教師の仕事は案外、向いていたようで、時折楽しそうなメールが送られてくる。面倒見の良い男だ。学生たちを可愛がっているのだろう。
(久し振りだな。それにしても……千葉か……)
そう言えば、清の会社も千葉だと言っていた。近くに行くなら、どこかで逢えないだろうか。そう考え、(いや)と首を振る。
千葉といっても、広いのだ。気楽に逢えるとは考えにくい。
そう考えたものの、念のため、清の名刺を取り出し、会社名を検索する。企業ホームページが、一番にヒットした。トップサイトに表示された会社の外観に、漠然とした感情が沸く。
カノには会社勤めの経験がない。外側の写真を見ても、会社紹介のページの写真を見ても、想像できるものが殆どなかった。
(ここで、働いてんだ……)
ボンヤリと考えながら、住所を見る。場所は、目的の場所と目と鼻の先だった。
「―――」
マジか。思わず呟く。
偶然が、運命であるような気がして、胸が高鳴る。ただのお使いのはずなのに、重要な使命だったような気さえして、カノは興奮で身体が震えるのを感じていた。
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