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五十 ようこそ
しおりを挟むホストクラブ通いをしなくなって、半年が過ぎた。あれから、清の生活は変わった。毎週末の夜遊びがなくなった清に、寮の仲間は半ば冷やかし気味だったし、その代わりに頻繁に外出するようになったのを、「彼女が出来たんだ」と勘ぐられた。
清はその度に「彼女じゃなくて彼氏だ」と言ったのだが、可哀想な目で見られただけで相手にされなかった。
(なんでかねえ)
清は唇を曲げ、カレンダーを見る。今日の日付には、赤い丸がデカデカとついていた。
「もうそろそろかな」
ソワソワしながら、部屋を出る。慣れ親しんだ夕暮れ寮の景色は、少しずつ変わっている。隣の部屋は先輩の吉永律が出ていってから入居者がいない。なんとなく、空いた空間は物寂しい。
一階まで降りてラウンジに行くと、同期の田中が居たので声をかける。
「うっす。何してんの?」
「夜タコパしようと思って、準備」
「へー、良いじゃん」
「確かここにあったと思うんだけど、たこ焼き器」
戸棚をゴソゴソと探す田中を見上げる。ホットプレートやタコ焼き器などの機材は、先住人たちが置いていった置き土産であることが多い。そのため、やたらと数がある。
(うーん。タコパかあ。タコパ良いなあ。夏音、たこ焼き好きかな。お好み焼き好きだし、好きだよね)
夏音と一緒にタコパをする想像をする。二人も良いが、これからは他の仲間も交えてやるのも良いかも知れない。
「あった! ところで、吉田は今日はどうしたの? 休みなのに出かけないの?」
と、田中が首を傾げる。
「今日は引っ越しだから! 手伝い!!」
笑顔でそう言った清に、田中は思い出したように「ああ」と目を丸くした。
「今日だっけ、新しい人来るの」
「だよ!」
そう言っているうちに、玄関前に車が停車したのが解った。どうやら、到着したようである。寮長の藤宮も玄関ホールの方へ出迎えにやって来る。新人が到着したのに気づいた他の寮生も、チラホラと顔を出し始めた。
玄関の自動ドアが開き、緊張した様子で新人が入ってくる。清はニマニマと笑いながら、正面玄関に立った。
スニーカーにジーンズ。パーカーの下に着こんだダサい猫のTシャツは、実は結構良いブランドの商品だ。金色だった髪は、すっかり黒くなっている。少し緊張した表情は、元ホストの面影はあまりない。
「えっと、今日からお世話になります。露木夏音です。……よろしくっす」
「露木くん、いらっしゃい、部屋は405号室――」
藤宮が挨拶するのを遮って、清が叫ぶ。
「夏音! いらっしゃい!! 待ってたよ!!」
大声に、寮生の視線が向く。夏音は顔を引きつらせながら笑った。事情を聴いていた他の寮生たちが、クスクスと笑っている。
「ともかく、いらっしゃい」
諦めたように藤宮が笑い、鍵を手渡す。清は荷物を運ぶのもそこそこに、夏音の腕を引く。
「寮内案内する!」
「ちょ、オイっ。まだ荷物が」
「そんなの任せとけば運んでくれるって!」
エントランスを抜け、ラウンジや食堂を紹介し始める清に、夏音は呆れながらため息を吐く。
「オイオイ。一応、期限付きだからな。研修合格しなきゃ、クビだし、出ていくから」
「合格すりゃあ良いんだよ! それに、夏音なら大丈夫だし!」
「根拠なさすぎ。はあ……」
「危険物取扱者も取ったじゃん。あとは機械保全技能士と機械加工技能士でしょー」
「これから勉強かぁ……」
夏音は憂鬱そうだが、清は心配していない。夕日コーポレーションの研修制度で入社した社員は、大抵ちゃんと資格を取得して技術者になっているし、社員に昇格して働いている。それに、夕暮れ寮には同じく製造現場で働く先輩たちが多いのだ。
(しかし、まさか夕日コーポレーションに入って来るとはなあ)
清は感慨深い気持ちで、夏音を見上げる。
ホストを辞め、てっきり表の舞台からは消えても、夜の仕事に近い場所で働くものだと思っていたのに、夏音は思い切りよく清の居る千葉の方へと引っ越して来た。当初はバイトをしながら資格取得の勉強をして、危険物取扱者の資格を取ると、夕日コーポレーションの募集していた研修制度を利用しての社員登用に応募した。研修期間中は給与が安いものの、衣食住の面倒は見てくれるし、勉強にも集中できる。研修期間が無事終われば、正式採用が待っている。
清も聞いた時は「そう言えばそんな制度あったな」程度の認識だった。それが、夕暮れ寮に入ってくることになると知った時は、驚きと同時に喜びが大きかった。寮は不便で、つまらないと思っていたが、これからを思うとワクワクして溜まらない。
「夏音」
「ん?」
清はニマニマしながら、寮の様子を眺める夏音の腕にしがみ付いた。
「夕暮れ寮へようこそ!!」
終わり
※もう一話おまけが入ります
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