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第4章 いざ、ソランスターへ
57話 攫われた令嬢⑹
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「ふん、さすがのお前でも弱音を吐きたくなったか?」
焦らすようにたっぷりと時間をかけてやってきたウィリアムは、レインリットを嘲笑うかのようにニヤニヤとしていた。
「いいえ。これからのことについて考えたくなっただけです。私も、我が身が可愛いですから」
内心の動揺など微塵も感じさせてはならない、とレインリットは冷ややかに笑ってみせる。どうもこの男を前にすると鼻を明かしてやりたくて仕方がなくなってしまう。何を企んでいる、とばかりに怪しむウィリアムに、レインリットは横柄に告げた。
「私も好んで酷い目には遭いたくありません。それで、私は誰に何と言えばいいのかしら?」
「ない頭で行き着いた答えがそれか。所詮は小娘だな」
「小娘で結構。狭い部屋にも飽きましたので、早くここから去りたいだけです」
あくまでも自己都合であると、レインリットは主張する。本当は結婚など虫唾が走るが、それを受け入れたように見せかけなければならないのは精神的に辛い。しかしレインリットの予想は裏切られ、ウィリアムは意外なことを言い出した。
「お前は、フォルファーン大公殿下に、ソランスター伯の称号をクロナン・ヒギンズに継承させたいと言えばいいだけだ。それが父親の意思だ、とな」
「結婚をすれば、ウェルシュ子爵に継承されるものです。私の意思とは関係なく」
それとも、ウェルシュ子爵に何かあったのだろうか。この間とは言っていることが違うウィリアムに、レインリットは疑問が湧いてくる。何となく口にしてしまったが、それが痛いところをついてしまったらしい。ウィリアムは眉間に皺を寄せて眉を吊り上げると、吠えるように怒鳴り散らしてきた。
「煩い小娘がっ! お前は、俺の言うことを素直に聞いていればいい……痛い目に遭いたくなければ、大公殿下の御前で宣誓書に署名をしろ、いいな!」
「この姿で、ですか? 自分で言うのもなんですが、今の私は病人です。そんな私の言うことを大公殿下が信じると思って? 今のままでは私、とてもじゃないけれど叔父様を心から信頼している演技などできそうもありません」
「このっ、わがままな小娘めっ! 貴様など、貴様など!」
汚く悪態をついたウィリアムは、勢いよく扉を開けると誰彼構わず罵りながら部屋を出て行った。ここまで短気な男だと思っていなかったレインリットは、決してウィリアムが優位な状況ではないということに気づく。もしかしたらウェルシュ子爵との結婚の話がなくなってしまったのかもしれない。逃げ出したことが功を奏したのだろうか。そう考え、レインリットは心に余裕を持ち始める。
ウィリアムは、クロナン・ヒギンズとしてシャナス公国の社交界に顔も出したことがないに違いない。後見人の書類に名前があるだけで、誰も顔も知らない男に爵位を継承させるには、レインリットが認めなければならないとしたら。
――引き延ばすだけ引き延ばして、エドガー様たちのために時間を稼がなければ。
レインリットの予想はそう外れたものではなかったようだ。ソファで身体を休めていたレインリットは、突然起こされたかと思うと、部屋から連れ出された。そして相変わらず無言のままに連れて行かれた部屋は、かつて自分の部屋、二階の一室であった。
――今になって、何故? こちらの機嫌をとる……ということなのかしら。
しかし、逃げ出した時のまま、というわけではなく、部屋からは様々な装飾が消えている。価値の高そうなものから持ち去っているようで、父親や母親からもらった残念ながら装飾品などはすべて失われていた。かろうじて、ドレス類は半分くらい残されている。ひと通り現状を確認したレインリットは、自分の仮定が正しいのか確かめるべく、直立不動の姿勢で立っている見張りの軍人に嫌味ったらしく話しかけた。
「湯浴みくらいさせていただきたいのですが、伍長殿。髪が絡まって匂いの酷い令嬢など、虐待を受けているとしか思われないでしょうね」
父親の部下たちを常に見てきていたので、階級章など全部覚えていた。伍長は口をムッとゆがませて、それでも静かに扉を閉めて出て行く。時計すら外されているので、時間はわからない。しかし、窓の外が暗くなっていることから夜なのは間違いない。レインリットは窓に近寄ると外を眺めた。
焦らすようにたっぷりと時間をかけてやってきたウィリアムは、レインリットを嘲笑うかのようにニヤニヤとしていた。
「いいえ。これからのことについて考えたくなっただけです。私も、我が身が可愛いですから」
内心の動揺など微塵も感じさせてはならない、とレインリットは冷ややかに笑ってみせる。どうもこの男を前にすると鼻を明かしてやりたくて仕方がなくなってしまう。何を企んでいる、とばかりに怪しむウィリアムに、レインリットは横柄に告げた。
「私も好んで酷い目には遭いたくありません。それで、私は誰に何と言えばいいのかしら?」
「ない頭で行き着いた答えがそれか。所詮は小娘だな」
「小娘で結構。狭い部屋にも飽きましたので、早くここから去りたいだけです」
あくまでも自己都合であると、レインリットは主張する。本当は結婚など虫唾が走るが、それを受け入れたように見せかけなければならないのは精神的に辛い。しかしレインリットの予想は裏切られ、ウィリアムは意外なことを言い出した。
「お前は、フォルファーン大公殿下に、ソランスター伯の称号をクロナン・ヒギンズに継承させたいと言えばいいだけだ。それが父親の意思だ、とな」
「結婚をすれば、ウェルシュ子爵に継承されるものです。私の意思とは関係なく」
それとも、ウェルシュ子爵に何かあったのだろうか。この間とは言っていることが違うウィリアムに、レインリットは疑問が湧いてくる。何となく口にしてしまったが、それが痛いところをついてしまったらしい。ウィリアムは眉間に皺を寄せて眉を吊り上げると、吠えるように怒鳴り散らしてきた。
「煩い小娘がっ! お前は、俺の言うことを素直に聞いていればいい……痛い目に遭いたくなければ、大公殿下の御前で宣誓書に署名をしろ、いいな!」
「この姿で、ですか? 自分で言うのもなんですが、今の私は病人です。そんな私の言うことを大公殿下が信じると思って? 今のままでは私、とてもじゃないけれど叔父様を心から信頼している演技などできそうもありません」
「このっ、わがままな小娘めっ! 貴様など、貴様など!」
汚く悪態をついたウィリアムは、勢いよく扉を開けると誰彼構わず罵りながら部屋を出て行った。ここまで短気な男だと思っていなかったレインリットは、決してウィリアムが優位な状況ではないということに気づく。もしかしたらウェルシュ子爵との結婚の話がなくなってしまったのかもしれない。逃げ出したことが功を奏したのだろうか。そう考え、レインリットは心に余裕を持ち始める。
ウィリアムは、クロナン・ヒギンズとしてシャナス公国の社交界に顔も出したことがないに違いない。後見人の書類に名前があるだけで、誰も顔も知らない男に爵位を継承させるには、レインリットが認めなければならないとしたら。
――引き延ばすだけ引き延ばして、エドガー様たちのために時間を稼がなければ。
レインリットの予想はそう外れたものではなかったようだ。ソファで身体を休めていたレインリットは、突然起こされたかと思うと、部屋から連れ出された。そして相変わらず無言のままに連れて行かれた部屋は、かつて自分の部屋、二階の一室であった。
――今になって、何故? こちらの機嫌をとる……ということなのかしら。
しかし、逃げ出した時のまま、というわけではなく、部屋からは様々な装飾が消えている。価値の高そうなものから持ち去っているようで、父親や母親からもらった残念ながら装飾品などはすべて失われていた。かろうじて、ドレス類は半分くらい残されている。ひと通り現状を確認したレインリットは、自分の仮定が正しいのか確かめるべく、直立不動の姿勢で立っている見張りの軍人に嫌味ったらしく話しかけた。
「湯浴みくらいさせていただきたいのですが、伍長殿。髪が絡まって匂いの酷い令嬢など、虐待を受けているとしか思われないでしょうね」
父親の部下たちを常に見てきていたので、階級章など全部覚えていた。伍長は口をムッとゆがませて、それでも静かに扉を閉めて出て行く。時計すら外されているので、時間はわからない。しかし、窓の外が暗くなっていることから夜なのは間違いない。レインリットは窓に近寄ると外を眺めた。
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