【R18】逃げ出した花嫁と銀の伯爵

星彼方

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第5章 奪還作戦

64話 奪還作戦⑹

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 エドガーは、マックスを撃った銃を懐に隠すと、剪定バサミを持っておろおろと戸惑う下男を演じる。

「どうした、何があった!」

「わ、かりません」

「見たことを話せ!」

「金髪の若い、見たことのない軍服の人が、あ、あんたら海軍さんから撃たれた、俺は、見た」

「どっちに行った!」

「それ、それは見てないがよ、俺、怖くて」

 エドガーを引っ捕まえて怒鳴るように聞いてきた軍人が、短く舌打ちをする。

「俺、こんなところ、辞めてぇがよ!」

 うずくまって喚くエドガーに、軍人は唸ると腹いせのように尻を蹴り飛ばしてきた。地味に痛いが、我慢するしかない。すると、屋敷の方から「裏切り者だ!」という声が聞こえてきた。

 ――この声は、ダニエルか。

 その声に一目散に駆け出した軍人を見送ると、エドガーはこっそりと使用人用の入り口から屋敷の中に入る。騒動に気を取られて、誰にも見られてはいないようだ。
 入ったそこは、乾物や野菜などを保管しておくちょっとした倉庫になっていた。奥に進むと台所になる。そこにはソルダニア帝国海軍の制服を着た男と、執事が待っていた。エドガーは少し表情を緩めると、軽く腰を折って挨拶をする。

「オフラハーティ閣下、首尾よくいったようでなによりです」

「オーウィンでいいよ。君には何から何まで世話になった。ありがとう」

 顔の傷をオーウィンは、厳しい顔はそのままに礼を述べた。そして無口な執事――元家令のカハル・マクマーンから銃剣を受け取ると、混乱を極める屋敷内に視線を戻す。

 この男こそ、第十六代ソランスター伯オーウィン・ディアミッド・オフラハーティその人だ。カハルが秘密裏にソルダニア帝国はエーレグランツへと逃し、匿っていた男。入国時の書類にナイオルと記載されていた人物は、この男だった。
 エーレグランツでカハルに会いに行った時、エドガーはオーウィンが生きていることを見破り、事情を聴いていたのだ。もっとも、腰骨を骨折していた関係で、歩けるようになったのは最近のことらしい。カハルの話では、今もあまり調子はよくはないという。

「では、閣下、と。お身体の方はまだ万全ではないのでしょう。ここは我々にお任せ下さい。閣下は予定通り、援軍の指揮を」

「しかし、あの男はレインリットを」

「そのお気持ちはわかりますが、貴方がここで倒れてしまえば、レインリット嬢の努力も、決意も全て無駄になってしまいます」

「そ、それは」

「旦那様、煙突から合図の煙を焚きました。まもなく、援軍が到着します……旦那様のご無事な姿を見せてあげてくださいませ」

 カハルがエドガーの肩を持つ。この忠実な家令は、オーウィンの看病をしていたので、接近戦では不利になると知っているのだろう。
 情報がどこから漏れるかわからなかった関係から、オーウィンの生存についてはエドガーとマックス、カハルにルットルフ大佐しか知らない。エファにも知らされておらず、取り乱してはならないのでレインリットにまで秘密だった。

「閣下、閣下には、相応しい軍服がおありでしょう」

 エドガーの言葉に、カハルが用意していた公国海軍総督の制服を誇らしげに掲げ持つ。オーウィンが懐や腰から取り出した銃や短剣を差し出してきたので、エドガーはそれらを素早く装備すると、屋敷の中へつながる扉をそっと押し開けた。

「時間がありません。私は先に行かせていただきます!」

 エドガーは、天井へ向けて一発弾丸を発射する。それから下町訛りの言葉で大声を出した。

「や、やめてくだせぇ、あんた、海軍の軍人さんだろ!」

「そっちにもいるのかっ!」

「何がどうなってるんだ……うわぁっ、俺じゃない!」

 バタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえ、数人の軍人たちが駆けてきた。曲がり角で待ち伏せをしたエドガーは、単独でやってきた軍人の襟首とベルトを確認してから足払いをしかける。

「なるほど、お前が裏切り者だな」

「何をするっ、俺は違」

「違わないさ。お前はソランスター伯を裏切った」

「ぐっ」

 難なく仕留めたエドガーは、こと切れた軍人を放置して怯える下男のふりをしながら屋敷の中を進んで行く。すれ違う軍人たちの間ではお互いを牽制し合う姿が見られ、エドガーは統制の取れていない烏合の集に酷薄な笑みを浮かべた。すると今度は、一階の応接間の近くから情けない声を出すマックスの声が聞こえてきた。

「ぼ、僕はソルダニア帝国海軍の使者だぞ! どうしてくれるんだよ、ヒギンズ殿」

「わ、私は知らん、海軍が、公国海軍が勝手に!」

「そんな、閣下! 我々を見捨てるおつもりですか!」

 パンっと銃声と悲鳴が響く度に、お互いを汚く罵り合っている。所詮は金で買われた信頼である。エドガーは床にしゃがみ込んで、今度は倒れた軍人に腰を抜かす下男になりきった。

 ――あいつも大した演技力だ。

 横目で応接間の方を窺うと、そこには迫真の演技ですがりつくマックスと、それを邪険にあしらうウィリアムがいる。しかしウィリアムの性根は、エドガーが思うよりもさらに腐りきっていたようだ。

「そ、そうだ! これはソランスター伯の娘、レインリットが仕組んだことだ!」

 あろうことか、ウィリアムがとんでもないことを口走る。責任のなすり付け合いの末に出てきた言葉に、ウィリアムの息がかかった軍人たちが騒めき立つ。

「そうだ、あの娘だ!」

「あの令嬢が仕組んだんだ!」

「お前たち、あれを連れてこい!」

 皆の視線が二階に集まり、エドガーは一気に冷や汗をかく。レインリットの部屋にはルットルフ大佐の部下を向かわせたが、これだけの数が集中すればひとたまりもない。援軍はまだか、と思う間も無く、エドガーは銃を構えた。

 一人、二人、三人。

 四人目を外してしまい、エドガーは空になった銃を敵の顔に叩きつける。突然動き出した下男に遅れを取った軍人たちが銃やサーベルを構えるも、その時は既に遅かった。

「ウィリアム・キーブル! 貴様、閣下やファーガルだけではなく、レインリットにまで手をかけるかっ!」
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