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第二部
3.共感
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控え室で雑誌をめくっていると、不意に背後に人の気配を感じた。
「その女優さん、オレ、好きだよ」
声を聞いて、それが誰かわかる。
祥也は読んでいた雑誌を閉じて椅子ごと振り返った。
「綺麗だよね。どことなく、君に似ている」
「知らなかったよ、理史が年増好みだったなんて」
「だってまだ二十代でしょ?」
「年齢をごまかしてるんだ。本当はもう34だよ」
「見えないね」
「しかも16の時に生んだ子供がいる。彼女がまだ売れないアイドルだったときね。当然極秘。隠し子ってやつ。生んですぐに他人の手に渡したんだ。その子供は母親に会ったことがないんだって。でも一方的にはずっと見ていた。ドラマや映画でね。さすがに最近は母親役なんかも演ってるけど、おかしくて見てられないね。自分の子供だって一度も抱いたことないくせに。たいした女だよ」
珍しく饒舌な祥也を不思議な表情で理史は見つめる。
同じ年の祥也と理史は、それぞれの持つ性格的なものは違ったけれど、その立場には似たところがあった。
理史は聖を、祥也は司を、干渉せずにいられないという立場が。
それでいて当事者にとっては傍観者でしかないという割に合わない役目を担っている。
そのことを祥也は自覚しながら常日頃から苦々しく感じていたが、理史がどう思っているのかはわからなかった。
それでも、言葉で確認したことはなかったけれど、自分たち二人には秘密を共有しているような不思議な友情があると祥也は思っている。
だから、つい余計なことをペラペラと喋ってしまった。
「ねえ、理史。その子供が成長して芸能界に入ったとしたら、その目的はなんだと思う」
「さあ、なんだろう。お母さんに、会いたかった?」
理史の答えに、祥也はクスクスと笑い声をたてる。
「理史らしい。でもハズレだな。決まってる、復讐だよ。タイミングを図って、隠し子がいることを世間にバラすためさ」
そのために、ここにいる。
祥也の、いつも何を思っているのかよくわからない不思議な眼差しが、今は痛いほどよくわかる。
けれど祥也は知っているのだろうか。
憎しみは愛情の裏返しだ。
祥也は、一度も会ったことのない母親を本当は強く求めている。
その憎しみと同じ強さで。
「どうして、オレに話したの」
祥也はそのことならもう後悔していると言わんばかりの表情を見せて、「同病哀憐ってやつじゃないの」と自分に対する皮肉のように言った。
「祥也はオレとは違うよ。そうでしょう?」
「理史」
祥也は泣きそうな顔をした。
今度こそ本当に後悔した。
理史に言ってはいけないことを言ってしまった。
「オレも、目的があって芸能界に入った。それは君と同じだね。だけどオレは、憎かったからじゃない。愛したかったから。愛せると思ったんだ。でも、自分の愛し方に自信が持てない。オレは間違っているのかな」
愛し方に自信がないと言う理史の言葉に、祥也は不味いものを飲み込んだような、頼りない表情を見せる。
「でも、僕は君のことを好きだよ。君は誰かを憎んだりしないから」
そう、理史は誰も憎まない。
憎しみを糧に生きている祥也には、理史の性質は潔くて美しい。
たとえ、誰も憎まないかわりに誰も愛せないとしても。
祥也は、早くから、理史の性質を見抜いていた。
聖に対する理史の完璧で模範的なように見える献身的な愛情には、人間らしさが欠けていた。
それはどこかが「異常」だった。
理史は、聖の言うことなら多分どんなことでも受け入れる。
自己犠牲だけが最大の愛情表現だと勘違いしている。
だから二人は危うい。
聖と理史は一緒にいるべきじゃないと、祥也は思う。
まるで同じ方向にしか進まない、舵の壊れた船に乗っているようだ。
そう思っても、理史に、その愛し方は間違っていると、そう告げることは祥也には出来なかった。
人はどうして誰かを愛したり、誰かから愛されたいと望んだりしてしまうのだろう。
そんなことをしても辛くなるばかりなのに。
愛を望まなければ理史はそんな悩みを抱えることはないし、自分も、激しい憎しみに捕らわれることはなかっただろう。
「オレたち、足して2で割ったら調度よかったね」
理史が真剣な表情でそう言ったので、祥也は笑った。
理史の言うことは祥也にはいつもユニークに聞こえる。
祥也はメンバーの中でむしろ誰よりも理史に共感を覚え、多分、それなりに愛情を抱いていた。
それを理史からは期待出来ないことを知りながら。
「その女優さん、オレ、好きだよ」
声を聞いて、それが誰かわかる。
祥也は読んでいた雑誌を閉じて椅子ごと振り返った。
「綺麗だよね。どことなく、君に似ている」
「知らなかったよ、理史が年増好みだったなんて」
「だってまだ二十代でしょ?」
「年齢をごまかしてるんだ。本当はもう34だよ」
「見えないね」
「しかも16の時に生んだ子供がいる。彼女がまだ売れないアイドルだったときね。当然極秘。隠し子ってやつ。生んですぐに他人の手に渡したんだ。その子供は母親に会ったことがないんだって。でも一方的にはずっと見ていた。ドラマや映画でね。さすがに最近は母親役なんかも演ってるけど、おかしくて見てられないね。自分の子供だって一度も抱いたことないくせに。たいした女だよ」
珍しく饒舌な祥也を不思議な表情で理史は見つめる。
同じ年の祥也と理史は、それぞれの持つ性格的なものは違ったけれど、その立場には似たところがあった。
理史は聖を、祥也は司を、干渉せずにいられないという立場が。
それでいて当事者にとっては傍観者でしかないという割に合わない役目を担っている。
そのことを祥也は自覚しながら常日頃から苦々しく感じていたが、理史がどう思っているのかはわからなかった。
それでも、言葉で確認したことはなかったけれど、自分たち二人には秘密を共有しているような不思議な友情があると祥也は思っている。
だから、つい余計なことをペラペラと喋ってしまった。
「ねえ、理史。その子供が成長して芸能界に入ったとしたら、その目的はなんだと思う」
「さあ、なんだろう。お母さんに、会いたかった?」
理史の答えに、祥也はクスクスと笑い声をたてる。
「理史らしい。でもハズレだな。決まってる、復讐だよ。タイミングを図って、隠し子がいることを世間にバラすためさ」
そのために、ここにいる。
祥也の、いつも何を思っているのかよくわからない不思議な眼差しが、今は痛いほどよくわかる。
けれど祥也は知っているのだろうか。
憎しみは愛情の裏返しだ。
祥也は、一度も会ったことのない母親を本当は強く求めている。
その憎しみと同じ強さで。
「どうして、オレに話したの」
祥也はそのことならもう後悔していると言わんばかりの表情を見せて、「同病哀憐ってやつじゃないの」と自分に対する皮肉のように言った。
「祥也はオレとは違うよ。そうでしょう?」
「理史」
祥也は泣きそうな顔をした。
今度こそ本当に後悔した。
理史に言ってはいけないことを言ってしまった。
「オレも、目的があって芸能界に入った。それは君と同じだね。だけどオレは、憎かったからじゃない。愛したかったから。愛せると思ったんだ。でも、自分の愛し方に自信が持てない。オレは間違っているのかな」
愛し方に自信がないと言う理史の言葉に、祥也は不味いものを飲み込んだような、頼りない表情を見せる。
「でも、僕は君のことを好きだよ。君は誰かを憎んだりしないから」
そう、理史は誰も憎まない。
憎しみを糧に生きている祥也には、理史の性質は潔くて美しい。
たとえ、誰も憎まないかわりに誰も愛せないとしても。
祥也は、早くから、理史の性質を見抜いていた。
聖に対する理史の完璧で模範的なように見える献身的な愛情には、人間らしさが欠けていた。
それはどこかが「異常」だった。
理史は、聖の言うことなら多分どんなことでも受け入れる。
自己犠牲だけが最大の愛情表現だと勘違いしている。
だから二人は危うい。
聖と理史は一緒にいるべきじゃないと、祥也は思う。
まるで同じ方向にしか進まない、舵の壊れた船に乗っているようだ。
そう思っても、理史に、その愛し方は間違っていると、そう告げることは祥也には出来なかった。
人はどうして誰かを愛したり、誰かから愛されたいと望んだりしてしまうのだろう。
そんなことをしても辛くなるばかりなのに。
愛を望まなければ理史はそんな悩みを抱えることはないし、自分も、激しい憎しみに捕らわれることはなかっただろう。
「オレたち、足して2で割ったら調度よかったね」
理史が真剣な表情でそう言ったので、祥也は笑った。
理史の言うことは祥也にはいつもユニークに聞こえる。
祥也はメンバーの中でむしろ誰よりも理史に共感を覚え、多分、それなりに愛情を抱いていた。
それを理史からは期待出来ないことを知りながら。
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