捨てられ令嬢は屋台を使って町おこしをする。

しずもり

文字の大きさ
421 / 425
ハドソン領 花街道(仮)編 ワトル村

診察

しおりを挟む
 護衛騎士がイベリスから連れてきた医者は、白髪混じりの五十代ぐらいの男性で、いかにも『私が医師です』というような雰囲気のお医様だった。

イベリスには貴族向けの高級宿屋が一軒あり、その宿屋と専属契約を結んでいるお医者様とのこと。

 スコティッシュ子爵御一行もその宿屋に宿泊する予定だったそうだ。ワトル村に急遽、泊まることになってしまったので、事情説明と宿泊代の支払いも護衛騎士の人に任されていたらしい。

 宿屋で医者の手配の話をする際に、アシュトンさんから渡されたハドソン伯爵家の家紋入りの手紙が大いに役立ったと護衛騎士が感謝していた。

 騎士服姿ではなかったけれど、スコティッシュ子爵家の使いだという事は、宿屋側もなんとか信じてくれたらしい。昨日の分の宿代をその場で支払ったからかもしれないけれど。

だけど医者の手配については、最初は町医者の住所をメモされた紙を渡されただけだったとか。

 不慣れな町でメモ書きを頼りに医者の家を探すのは時間が掛かる。それに訪ねたところで、ワトル村まで診察に来てくれる保証もない。

護衛騎士が、せめて医者の家まで案内を頼みたいと受付の人間に頼めば、『持ち場を離れるわけにはいかない』と、あっさりと断られてしまったそうだ。

そりゃそうだ。けれどだからと言って急病人がいるから診てくれる医者を探しているのに、その対応もちょっと、いや、かなり微妙。他の従業員に代わってもらったり誰かに案内させるぐらいの対応は出来たはず。

 護衛騎士は医者の家の住所は教えて貰えたのだから、と仕方なく引き下がろうとしたところでアシュトンさんから渡された手紙の存在を思い出した。アシュトンさんからは『困った時に宿屋の店主に渡すように』と言われていたらしい。


「実はイベリスの町の町長がその貴族向けの宿屋の経営者なのですよ。代々、イベリスの町で貴族向けの宿屋を経営していて、先々代の時に王家より爵位を賜って準男爵になったそうです。その後、イベリスの町長にも名乗りを上げて、今は息子から孫へと引き継がれています」

『やりたい!』と手を上げれば町長になれるものなのか。以前のイベリスの町長が世襲制だったとしても、準男爵とはいえ、身分でいったら貴族になった人から言われてしまえば・・・という感じかな。

 まあ、町長という役職にどれほどの旨みがあるのか?と考えると、それもまた微妙ではあるよね。イベリスの町はこの街道沿いの町村の中では一番人口も多く、貴族も多く宿泊している町だそうだ。

 だけど所詮は田舎の町で、そもそも宿泊客もイベリスを目的としてやって来るわけではない、アターミへ観光に行く途中の宿泊場所でしかない。イベリスの地名は知っていても町に観光名所があるわけでもない。

田舎の町長よりも貴族相手の宿屋を経営している方が収入は良いと思うけど、名誉職的な感じで町長になりたかったのかなぁ。


「貴族の中には町医者に診てもらうのを嫌がる方もいますし、ましてや診てもらいたいのは子爵夫人です。

 町医者を連れてきて診察を拒否されるような事があった場合、万が一、夫人の容体が悪化した際に取り返しのつかない事態になる危険性もあります。

言及される事はないのかもしれませんが、やはりハドソン領内でそのような事が起こる可能性は避けたいですからね。

 貴族向けの宿屋でしたら、常駐ではなくともお抱えの医者がいるはずです。普通はその医者を紹介するものですが、万が一を考えて私の方で手紙を用意させて頂いたのです。 

 但し、スコティッシュ子爵の名ですぐに紹介されれば手紙は不要になります。ですから困った時のみ渡すように、と伝えていたのです」


子爵夫人の診察が終わるまで、食堂で待機していた私たちにアシュトンさんが教えてくれた。

町医者に診てもらうのを拒否する貴族もいる、というのが驚きだったけれど、実際にそういう事があるからアシュトンさんは手紙を渡したのだろう。

結果的にハドソン伯爵家が関係している、となって宿屋側が快く?お抱えの医者を送り出してくれたわけだ。


そして診察の結果はというと、『旅の疲れが出たのだろう』と言われ、『よく休み、栄養があり消化の良いものを適度に食べさせてください』という言葉だけだったらしい。

子爵はなんとも言えない微妙な表情で、イベリスの街へと戻るお医者様を見送っていた。


え?

これ、私、大丈夫?

無駄に心配させるような事を言った、と罰せられたりしないよね?



ーーーーーーーーーーーーーーー


ここまでお読みいただきありがとうございます。

「いいね」やエールでの応援もいつもありがとうございます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

完結 殿下、婚姻前から愛人ですか? 

ヴァンドール
恋愛
婚姻前から愛人のいる王子に嫁げと王命が降る、執務は全て私達皆んなに押し付け、王子は今日も愛人と観劇ですか? どうぞお好きに。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

処理中です...