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三章
籠の中の鳥
しおりを挟む「せいかさい?」
ある日の昼下がり。
手が空いたノーチェはメアリーの掃除を手伝い、一緒に2階の窓ガラスを拭いていた。
仕事を交換していた期間に散々磨いていたのですっかりお手のものである。
掃除をする手は動かしつつ雑談を交わしていると、メアリーが不意に「今日は星花祭ですね」と聞き慣れない言葉を発したのでノーチェは首を傾げた。
音を口に出しても何のことか全くわからない。
「って、何だそれ」
「手止まってますよ」
「あ、悪い」
「星花祭っていうのは毎年この時期に開かれる帝都全体のお祭りです。ご存知ないですか?」
「あー、帝都には初めて来たから」
「そうなんですね。同日に皇宮でもパーティーが開かれるので貴族の方々などはそちらに参加されるのですが、街の方は身分に関係なく誰でも参加できるようになっています」
「へえー、随分デカい規模なんだな。で、せいかってのは?」
二度目の注意が飛んでこないように手を動かしながら会話を続ける。
「星の花という意味です。皇宮の庭園で育てられる天使の祈りと呼ばれる花のことで、毎年決まった日の太陽が落ちる頃に一斉に咲くんです。それが今日ですね。天使様の祈りが込められて咲くと言われるその花びらは星のように光り輝いて、朝が来る前に枯れてしまう一日と保たない幻のような花なんですよ」
「朝が来る前にって、短すぎないか」
「美しいものは儚いと言いますから。ですがその花には願いを叶える力があると言われているんです。一つお祈りをしてから手を離すと、花は落ちずに空へ飛んでいきます」
「空に?」
「はい。想いを託した花を空へと飛ばす、それが星花祭です。帝都の街全体から光る花が空へと昇っていく光景は圧巻ですよ。願いが叶っても叶わなくても、その景色に価値があると言われています。興味がおありでしたら行かれてみては?祭りは花が枯れるまで続きますから」
会話が終わるのと同時に最後の窓を拭き終わる。
片付けはこちらでやりますので、と言われてメアリーとはそこで別れた。
「星花祭か」
光る花が次々に空へと昇る光景を想像する。
ノーチェは大して興味もなかったけれど、エリオットはそういうのが好きそうだ。喜ぶのなら見せてやりたいと思う。
花壇の花達に水をあげながらそんなことを考えていると、「何ぼーっとしてるの」と耳元で声がした。
「っ!びっ、くりした…エリオット様こそ、どうしたんですか」
「君が花に水をやっているのが見えたから、散歩がてら見に来たんだ」
「それなら一声かけてくださいよ。でもまあ、ちゃんとコートとマフラーは付けてきたみたいですね」
「付けないと君がうるさいからな」
「はい?」
「ははっ、怒るなよ。心配性な猫を安心させてあげるのも主人の務めだと思ってね」
一時期は部屋に篭りきりで窓の前から動こうともしなかった人間が随分と元気になったものだ。
最近ではこうして自ら外に出ることも増えて、ついでにノーチェを揶揄うような口調も多くなった。
その度に怒ったように見せているけれど実は距離が縮まったようで嬉しいと思っているのはここだけの話だ。
「で?」
「で?とは」
「水をあげながら意識が別のところにいってただろう。何を考えてたの?」
「ああ、さっきメアリーから聞いたんです。今夜は星花祭という祭りがあるみたいですね。エリオット様は知ってますか?」
「星花祭か、もちろん知ってるよ。夢のように美しい光景が広がるんだ。気になるなら行ってみるといい」
メアリーと同じようなことを言われた。
まるで自分は興味がないとでも言うような口ぶりが引っかかる。
「エリオット様は見に行かれないんですか?」
「行けないよ、こんな体だしね。それに父上の許可がないと屋敷の外には出られないから」
平然とした顔でエリオットが言う。
強がりでもなく本当に何も感じていないのだということが見て取れるその態度に、もう何度目になるかもわからない苛立ちとやるせなさがこみ上げる。
果たして慣れというのは諦めなのか防衛本能なのか、どちらだろうか。
一応は不自由のないように整えられたこの箱庭の中で、けれど自由もなくただ日々を過ごしていく。鳥籠に入れられた鳥がやがて飛び方を忘れるように、それを当然のことだと思い込み順応する。
「じゃあ、一緒に行きましょう」
くるりと向き直り、わざと軽い調子で笑う。
飛び方を忘れたのなら、もう一度それを教えてやればいい。
「君、僕の話聞いてた?一人で行っておいでよ。それかメアリーとか」
「エリオット様と一緒に行きたいです。いいじゃないですか、どうせ旦那様は皇宮の方に行かれるんでしょうし、屋敷を抜け出してもバレませんよ」
「そうかもしれないけど、外で体調を崩したら迷惑をかけるから」
「俺こう見えて結構力あるんで、もしそうなったらエリオット様を抱えてすぐに屋敷に戻ります。そうだ、行きも帰りもエリオット様が疲れないように、俺が背中に乗せてお運びしますよ」
「なんだよそれ、そうまでして僕と行きたいの」
「行きたいです。エリオット様は行きたくないんですか?」
「それは…」
エリオットの言葉が詰まる。
ただ一言欲しがってくれさえすれば、どんな手を使っても望みを叶えてやるのに。
エリオットにはきっとそれが一番難しい。
わざわざ言葉を得なくても、力のない人間を一人連れ出すことくらいノーチェには容易い。多少強引なことをしてもこの男はきっと最後には仕方ないと許すだろう。
それでもノーチェは何も言わずにエリオットの言葉を待った。
こちらが籠を開けてやったとて、結局は自ら出てこなければ意味はない。
「……行きたい、けど、」
やがて、ゆっくりと開いた唇から辿々しく言葉が落ちた。
父親に従順に生きてきたエリオットにはその一言を発するのでさえ随分と勇気がいったのだろう。不安を誤魔化すようにカーディガンの袖に伸びた指先をノーチェは上からぎゅっと包み込んで笑った。
「はい、じゃあ一緒に行きましょう」
たった一言だ。
けれど少し前のエリオットならきっとノーチェに対してこんなことは言わなかった。
固く結ばれた糸がゆるゆると解けていくように少しずつ許されていく。それがたまらないと思う。
名付け難い感情が喉の奥から込み上げてきて、つんと痛んで、うっかりこぼれ落ちてしまいそうだった。
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