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5話(4)自分の気持ちが認められない?! 突然の元カノ?!
しおりを挟む観覧車が目の前まで降りてくると、スタッフの指示に従い、タイミングに合わせてゴンドラの中へ入った。如月に背中を押され、兄が同じゴンドラへ乗ってきた。
「背中を押すな!!!」
「いってらっしゃ~~い」
如月は星奈の肩に手を乗せ、星奈がゴンドラに乗らないように押さえながら、片手で手を振った。
兄妹二人きりの時間を作ってくれたのだろうか。扉は閉められ、ゴンドラはゆっくりと昇っていく。私は兄の方を見た。
兄は外を眺め、ぼんやりとしている。どことなく、うわの空だ。正面に座っていた席を離れ、兄の右隣へ座った。
「久しぶりに2人きりだね」
「……そうだね」
兄の見つめる景色と同じ方向を見つめる。どことなく元気がない。私は思い当たることを遠回しに聞いてみることにした。
「お兄ちゃんは誰かに恋して付き合ったことある?」
兄は景色から視線を外し、私を見た。
「んーー、高校生の時、彼女は、いたかな?」
へー。彼女とか居たんだ。知らなかった。
「本気で好きだった?」
「どうかな。告白されて、なんとなく付き合っただけだし、本気で好きだったわけじゃないかもね。でも曲がりなりにも、大切にしたつもりだよ」
軽く笑いながらも、兄は意外と真面目に話すので、私も兄の方を見た。
「なんで別れたの?」
「んーー。なんでこの人と付き合ってるのかな? なんで一緒にいるのかな? って突然思っちゃって。振った。やっぱり好きじゃなかったのかもね。あ、でも体は好きだったなぁ~~」
「さいてーー!」
ぎゅむ。
左腕で兄の首を軽く絞める。
「ちょっとぉ~~やめて? 男とはそういうものなのだ……」
兄は私の腕を掴んで、首から離した。
やっぱり兄はいつもより元気がなく、話が途切れると、またどこか遠くを眺め始めた。話していてもどこか、心ここに在らずだ。
「お兄ちゃん。私には、家族はお兄ちゃんしかいないよ」
兄をじっと見つめる。
「ばーちゃんがいるだろ」
祖母は健在だが、田舎に住んでいて、殆ど会ったことがない。夏休みくらいは会ってみたいな。
「ほとんど会ったことないもん。だからお兄ちゃんだけ。お兄ちゃんが悩んでいたら、私も苦しい。何か私に言いたいことあるんじゃないの? 話、聞くよ?」
兄は外の景色から私に目線を戻し「よく分かったね」と、話し始めた。
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「しないよ。そういう時代だしね。それにどうしようもないじゃん?」
私は兄に寄りかかった。向かい側の窓から上昇する空を眺めながら続ける。
「だって、どうにかできるものじゃないし。恋愛は個人の自由じゃない?」
「何を分かったようなことを……まぁどうしようもないか~~確かにそうだなぁ」
兄は頭をぐしゃぐしゃっと掻き、如月とお揃いの黒いスタッドピアスに触れた。
この兄の質問と、その行動が、私には如月を想っているように見えた。兄にとっては、この問題は受け入れ難く、とても深刻なものなのだろう。
「お兄ちゃん。相手がどんな人でも、私はお兄ちゃんを応援するよ!」
これは私が、ずっと心に決めていることだ。
「男の人を好きになったの?」
『如月』とは触れずに訊く。
「分かんない。雰囲気にのまれて欲情しただけかもしれないし。自分でもハッキリとは言えないね」
「ふーん?」
「ちょっと聞いてみただけ、意味はない! 気にするな!」
スッキリしたのか兄に笑顔が戻り、安堵する。良かった。いつものお兄ちゃんだ。兄は私の頭を無造作に撫でた。
明るい夕陽が兄の顔を照らす。兄は空を指差し「頂上」と笑った。
「なになにそんなに俺の恋が気になるの~~?」
「気になるさぁ~~お兄ちゃんのこと大好きだからね~~ふふ」
的外れな質問だなぁ。私はこんなにも心配してるのに。だがそれも兄の良いところ。
兄は優しく私を抱きしめた。窓越しに感じる夕陽の暖かさが、じんわりしみる。私も腕をまわし、兄を抱きしめる。囁くような小さな声で「ありがとう」と聞こえた。
大きな腕で抱きしめてくれるお兄ちゃんが大好き。いつもそうやって、小さい頃から私を安心させてくれる。兄もまた、私を抱きしめることで、安心しているのかもしれない。
兄に抱きしめられ、温かい気持ちになりながら、外の景色にふと目線を移す。ゴンドラは地上へ着実に近づいている。
私は兄からそっと離れた。窓の向こうで如月と星奈が手を振っている姿が見える。
「お兄ちゃん、手でも繋ぐ?」
ゴンドラを降り、兄に手を差し出した。
「繋ぐか、ばーーか!」
差し出した手が振り払われる。ペシっ。
「ひどーー! 昔は繋いでくれたのに~~」
「如月にでも繋いでもらえばぁ」
あんなに嫌がってたくせにぃ。心の中で愚痴る。
日も暮れ始め、人の流れは、出口へと向かっていく。私たちも自然に出口へ足が赴いた。
「あ~~それにしても元カノの名前が思い出せない」
「それだけ好きじゃなかったんじゃね」
腕を組みながら考える兄に呆れてしまう。
「へーー彼女ですか」
「なんかぁ、カラダ目的で付き合ったんだって」
「うわ、サイテーですね」
如月にこっそり告げ口をする。如月と一緒に白い目で兄を見る。
「そんなこと言ってないだろ!! 嘘を吹き込むな!!」
ふふ。そんな攻撃は当たらない!!! 兄が私を叩こうしたので避け、星奈と如月の手を取り、車まで走った。
「逃げろ~~」
帰りの車の中はみんなぐっすりだ。私は、疲れて眠たいはずなのに、色んなことがあったせいか、頭の中で考えが巡ってしまい、上手く眠れなかった。
流れていく外の景色を見つめ、楽しむ。
途中、兄が疲れ果て、如月と運転を代わった。アクセルの踏み込みが強い如月の運転に、少し死ぬ思いをした。
帰りは道が混み、3時間ほどかかって家に着いた。兄は事前に大家さんへ空きの駐車場を1日借りれないか頼んでおいたらしい。
如月は駐車場に車を停め「着きましたよ」と寝ている兄と星奈を起こした。
「星奈はお迎えがうちに来るんだよね?」
「そだよ~~卯月ちゃんちにおねぇが迎えにくる」
駐車場からアパートの方へ歩いていくと、車が一台、路上に停まっていた。
「おねえ!」
「星奈、迎えにきたよ~~」
星奈は車に駆け寄った。星奈の姉は車の窓を開け、星奈に手を振る。そして、兄をみて驚いた。
「ーー睦月くん?」
「蒼?」
星奈の姉は恋焦がれるような視線を兄へ送っている。どうやら顔見知りのようだ。
(まさか、ここに来て元カノ……?!)
世間は広いようで狭い。蒼が車から降り、兄の方へ歩いてきた。星奈は疲れたのか、早々と助手席に乗ってしまった。
*
「私、ずっと会いたかったんだよ?」
「あーー、え~~と」
蒼がじりじりと俺へ近寄ってくる。なんだかこわい。気まずいし、会いたくない。目線が泳いでしまう。圧迫感に思わず後退りする。
「星奈さん、またね。じゃ、私先に部屋入りますので、ごゆっくり」
如月が助手席に座る星奈に軽く手を振り、この場を離れようとするのを見て、後ろから如月のシャツを両手で引っ張った。
「行くなよ」
「空気読め」
如月が振り向き、俺の胸ぐらを掴んだ。グッと如月に引き寄せられる。そんなに怒るなよ。
「ねぇ、俺どうしたらいい?」
如月をじぃっと見つめる。サッと目線が逸らされた。
「知らないですよ。連絡先交換して、ご飯でも行けばいいじゃないですか」
イライラしているのか、如月が冷静さを欠いているように見える。
胸ぐらが離されると、如月は舌打ちをして、後ろに下がった。後ろを見ると、壁にもたれかかり、腕を組み、こちらを見ている。
部屋へは行かないようだ。卯月も如月の隣にしゃがみ込み、俺の方を見始めた。何もぉ、2人して。
「睦月くん、少し雰囲気変わったね」
胸まである髪を耳にかける蒼の仕草が目に入る。機嫌は良さそう。
「そんなことないよ。ごめんね、今日疲れてるから、また今度でもいいかな?」
「大丈夫だよ。連絡先変わってないよね? また連絡するね」
蒼が俺の頬に触れる。何故だか分からないが、嫌だと思った。触れた蒼の手を頬から離す。
「睦月くん、またね」
「え……あ、うん」
蒼が車へと戻っていく。やっと帰った。あ、如月。後ろを振り向くと、家に続く階段へ、足早に向かっていた。先、行くなよ。
卯月と一緒に車の出発を見送る。2階を見上げると、階段の手すりにもたれながら、如月が星奈に手を振る姿が見えた。
はぁ。変な約束しちゃったな。
*
兄の表情が暗い。だったら約束しなきゃいいのに。
「私だけを見ろとか言えばいいのにな」
小さな兄の呟きが耳に入る。それ言うの、どっちかと言うと兄の方では。
「絶対言うタイプじゃないでしょ」
「聞いてたの?」
「どっちかというとお兄ちゃんが言うタイプじゃない?」
兄と一緒に階段を登る。
「別にそういう関係じゃないし。はぁ~~両方とデートして、自分の気持ち一旦考えようかな」
兄がう~~ん、と背伸びをした。
まぁ、その方がいいかもしれない。私にはもう決まっているように見えるけど。
今日はお化け屋敷も、ジェットコースターも楽しめ、とても有意義な誕生日を過ごすことが出来た。兄にとっては、自分を見直すきっかけになったのかもしれない。
「お兄ちゃん、如月! 早くおうち入ろ!」
私は2人の腕を引き寄せ、家の中へ足を踏み入れる。
兄と如月が「はいはい」と笑うのを見て、私も釣られて笑みが溢れた。
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