如月さん、拾いましたっ!

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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14話(7)真っ当には愛さない、だけど愛して欲しい。私と皐の歪な愛の絆ーー。

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 何が腹立つって、もう言ってること全てに! 


 そこまで言われる筋合いはない! それに衣食住提供してやってるって……毎月金払ってますが、何か? そんなこと言うなら、提供しなくて結構!!


 ノートパソコンの入ったキャンパスバッグとショルダーバッグを持ち、足早に歩み進める。皐の家は行けない。結婚を控えている。


 となると、自分の家に帰るしかない。何年振り? うーん、5年くらいは皐の家に居た気がする。となると6年振り?


 あぁ、そういえば皐が勝手に合鍵を作って、1ヶ月に1回手入れしてくれていたなぁ。今もしてくれているのだろうか。


 持ち家はある。ただ、1人じゃまともに生活が出来なくて、恋人ができると、同棲を繰り返す。放浪作家だなんて言われても仕方がない。


 駅まで辿り着き、タクシーに乗りこみ、行き先を伝える。3日程度離れて過ごし、佐野家に戻ろう。それだけあれば怒りもおさまるはず。まぁ、別に良いんだけどね。


 どうせ書くこと以外、何も出来ないのは事実だし。言ってきたことに対し、色々言いたいことはあるが、もう、どうでもいい。会いたいとは思わない。


 まだ、距離は欲しい。


 左手に、はまる黒い指輪を眺める。好きじゃなくなった訳ではない。好きだからこそ、言われたくなかった。今だけは外したい、この指輪。そっと指から引き抜き、パンツのポケットに入れた。


「着きましたよ」


 運転手に言われ、会計を済まし、タクシーから降りる。久しぶりの自宅。そこそこの高層マンション。エントランスに行くと、見覚えのある黒髪の小さな女性が、鞄をひっくり返して何かを探していた。


 苛つく気持ちを鎮めるように、後ろからぎゅっと、彼女を抱きしめる。


「何してるの?」
「弥生? 何故ここにいる」
「それは私のセリフだと思うけど。ここ、私のマンションですよ」
「それも、そうだな。鍵が見つからなくて、困っていたんだ」


 私を見るなり、安心したように、鞄へ荷物を仕舞い始めた。ふと、自分の足元に落ちているキーケースが目につき、拾う。


「これじゃなくて?」
「あぁ、これだ。ありがとう」


 そっと、皐から腕を離し、散乱した中身を皐の鞄に入れていく。


 こういうことやるから女の子が好きとか言われるのかな。いいよ、もう好きで。どうせ全性愛パンセクですから。私は睦月さんが好きなのに。


 カギを差し込み、ロックを解除して中へ入る。皐も当たり前のように着いてきた。


「うちに来るの?」
「あぁ、そうだよ。あそこは私の秘密基地だからね」


 部屋に入るとすぐに分かった。手入れがされている。埃は積もっていないし、ゴミもない。皐がずっと家を維持してくれていたのだろう。


 私が最後、家を出た時は、服は脱ぎ捨て、食べたものは放置し、床には本と原稿が散らばり、とても人を呼べる状態ではなかった。


「手入れ、ありがとう」
「どう致しまして」


 持ってきた鞄を椅子の上に置く。まるで自分の家みたいに、皐がキッチンへ向かい、戸棚を開けた。


「何か飲むか? 弥生」


 皐が戸棚からいつのか分からない紅茶を引っ張り出した。何飲むって、紅茶でしょ? お湯を沸かし始める皐を見て、食器棚からティーセットを取り出し、キッチンカウンターに置いた。


「紅茶しか飲む気ないくせに」
「そんなことはないよ」


 沸いたお湯をティーポットに入れ、カップへ注いでいく。はぁ。何かあると皐に行き着いている気がする。紅茶が入っているティーカップを持ち、ソファに腰掛けた。


「ここに居るということは、あの男とケンカでもしたのか?」
「そうだね。まだ睦月さんは精神的に幼いから。距離を置きたくなる時もある」


 皐の手に握られている、蛇腹じゃばらになった原稿が気になり、紅茶に口付けながら覗き込む。私の原稿ではないな。


「そうか。私は気後れしてしまったよ。結婚に。湊は歳の割には、しっかりしている」


 皐が紅茶をコーヒーテーブルに置くと、私に原稿を押し付けてきた。致し方なく、原稿に目を通す。


「……弥生はもし私と結婚することになって、私が両親に挨拶をしたくないって言ったらどうする?」
「何急に……。しないよ。必要あるの? 挨拶とか」


 私に常識を求めてるのか? そんなもの問われても困る。


「あはははっ!!」
「え……何か変なこと言った?」


 普段あまり声を出して笑ったりすることがない皐が、笑い出して驚く。何か皐の結婚に対して、余計なことを言ってないか心配になる。


「私と同じことを言った。面白いね、弥生は。買った指輪が要らなくなったらどうする?」
「付けない。不要なら売ったらいいんじゃない」


 何この質問。ふと、皐の薬指を見る。指輪をしていない。神谷はしていた気がする。なんだか質問に答えるのが怖い。飲んでいたティーカップをテーブルに置いた。


「私が式を挙げたくないと言ったらどうする?」
「んーー、挙げない。式とか今時、必要あるの?」
「今更結婚をやめたいと言ったら?」


 こ、これは……答えたら何か影響があるのでは?!?! 慎重に答えなければ!!!


「……私は……別に独身貴族で構わないので……。ただ、進めている結婚を愛している人にやめたいと言われたら、やめるかもしれない。お互いが愛しているなら、結婚という形にこだわらなくてもいいし、事実婚はアリだと思う」


 どうせ私は睦月さんとは結婚できない。その辺は寛容なつもり。まぁ、睦月さんが私となんらかの形を結んで、一生一緒に居たいなんて考えるとは思えないけど。


「弥生、結婚しよう」
「ぇえ……やだ……」
「ひどいなぁ。弥生が結婚したいって言ったら、すぐ湊と別れるのに。原稿返せ」
「貴女が私に押し付けたんでしょ」


 原稿でぽんっと皐の頭を叩く。皐はシワくちゃになった原稿を、両手で綺麗に伸ばした。


 本当に? 結婚したいと言ったら、別れるつもりなのか? 私への気持ちは消え失せ、神谷に気持ちが移ったと思っていたが、まだ私のことを愛しているというのか?


 もし、私に気持ちが残っているのなら、皐を手放したくはない。隠されていた嫉妬の欠片が、心の奥からこちらを覗く。


「何言ってるの。神谷さんと結婚するんでしょ」


 醜い気持ちを抑えながら、皐の頭を優しく撫でる。皐が瞳を閉じて、私の肩に寄りかかった。


あいつとは価値観が合わない」
「所詮、他人なんだから、全く同じ価値観は無理でしょ」


 苦しいのは皐も同じ。悩んでることは違うが、以前は感じられなかった、葛藤する人間らしさを感じ、愛おしく思える。


 性別、セクシュアルマイノリティに問わず、好きになった人が好き。


 likeとloveの混同。皐へ感じるとても複雑で歪んだ気持ち。睦月との距離。指輪が外れたことで想いの抑制が効かなくなる。もう、夜は遅い。深夜が気分を高揚させ、私の理性を狂わせた。


「皐、なんで結婚するの? 嫌ならやめれば。私のことを愛してるんじゃなかったの?」


 あぁ、なんて醜い嫉妬。皐をソファに押し倒し、問う。皐の手からティーカップが床へ落ち、静かに割れた。


 ぱりん。


 割れる音と共に自分の中で眠る、抑え付けていた汚い感情が目を覚ます。皐が私に執着しているように、私もまた、皐に執着しているのだ。


「私だけを愛し、生涯独身を貫くんじゃないの?」


 見つめていると飲み込まれてしまいそうな、漆黒の瞳を見つめる。皐が薄く笑い、私の頬に触れた。


「私を捨て、あの睦月と付き合っておいて、今更何を言っている。弥生」
「それはそれ、これはこれ」


 頬に触れた手をぎゅっと握り、口元まで運び、手の甲に口付けする。


「ねぇ煽ったの? 私のことを」
「さぁ? どうだろうね」


 ソファに溢れてしたたる紅茶の水滴を、皐が指先で掬い、自分の頬に擦り付けて、妖しく笑った。


「結婚なんてしないで、一生私だけを愛してよ。皐」
「……私が愛したところで、お前が愛するのは、あの睦月に変わりはないだろう?」


 皐の頬につけられた紅茶のしずくを舌で優しく拭き取る。口内に紅茶のすっきりとした味わいが広がった。


「そうだね、私からは愛さない。体を重ねることもない。それでも、想い焦がれて私だけを愛し続け、手に入らない愛を、ずっと捧げてよ」
「理不尽過ぎやしないか、弥生。だが私は弥生からの真っ直ぐな愛は要らない、それでいい」


 ふ。皐の口元が弧を描き、歪んだ笑顔を私に見せた。


「……湊は常識に囚われる。やっぱりこれぐらいの愛を表現してくれないと私には物足りないよ」
「私の前で他のの話をしないでよ。皐はずっと私の想いの人モノだ。誰にも皐の気持ちは渡さない」


 あぁ、私の可愛い皐。皐の頬に自分の頬を触れ合わせる。


「歪んでいるな、弥生は。何色でも染まりやすい睦月あの男の前では隠しておいた方がいい」

「悪いが、事実婚程度はするよ、弥生。私は 死ねばいいと言った湊あいつの狂気が見てみたい」


 皐の足の裏が、私の下腹の膨らみを押し上げた。押し殺していた歪んだ愛を吐き出したせいで、下腹が昂っている。


「ちょ……ん……何して……やめて」
「立ってるなぁって。お互い恋人がいるからセックスは出来ないからなぁ。マスターベーションのし合いでもする?」
「んーー……久しく1人でシてないから抜けないと思う……」


 もうやり方イキかたとか忘れた……。


「いいよ、口でしてあげよう」
「……じゃあ、扇情的に色欲を求めながら艶やかに乱れてシて?」


 皐の上から降り、ソファに座ると、皐が私の前でしゃがみ込んだ。下腹が膨れ、苦しくなった、テーパードパンツのボタンを外す。


「難しい要求だな」


 真っ当には愛さない、けど、愛して欲しい。愛している、けど、純真に愛されたくはいない。私たちを蝕み、ずっと縛っているもの。


 お互い恋人が出来、一瞬薄れたかと思ったが、その捻じ曲がった絆は消えはしない。


 2人の時間を積み重ねれば、積み重ねる程、関係は歪み、深く、深く、結びつく。愛するから、愛される。いびつな愛の絆。


 身に纏うもの全てを乱し、心までもかす婀娜あだやかなマスターベーションと口戯が目の前に繰り広げられる。


「ーーーーっ」


 女性の口に出すのは失礼な気がして、避けているが、今日はこれも一興。


 全てが終わると失われた理性が戻り、冷静になる。心の中に潜む黒く醜い魔物は、ひっそりと姿を消した。


「皐、ごめん。結婚して大丈夫だから!! ほんと、ごめん。変なことやらせた。き、気持ち……よ、良かったけど……ぁあああぁあ!!」
「さっきとは別人格だな」


 最悪、本当に最悪。私には睦月さんがいるのに!!! 私は一体何を!!! 自己嫌悪で頭を押さえる。皐が乱れた服を整えながら口を開いた。


「ねぇ、弥生。今日の言葉に嘘偽りはないのか?」
「ないけど、何か?」


 上から見下すような笑みを浮かべ、皐と見つめ合う。


「あぁ、結構、結構。安心したよ、弥生」


 無邪気に笑う、皐の笑顔の瞳の奥に、愛への狂気が垣間見えた気がした。


 
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