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60話(4)想い愛。早く貴方に会いたくて。今の自分に出来ることーー。
しおりを挟む足枷が外れるのはお手洗の時、食事の時、入浴の時だけ。外れても、使用人が私に張り付く。もう、出るのは無理だと思ったら、全てにやる気がなくなった。
怒鳴られ、何かで打たれ、服で見えないだけで、痣は増えていく。
生きたいとも思えないような毎日だ。
瞼を閉じれば、ぼやんと、睦月さんの笑顔が浮かぶ。でも、日に日にその笑顔にも霧がかかる。
会いたい。
愛してる。
最後に会ったあの日から何日が経ったのだろう? 睦月さんも私を迎えに行くと言っておきながら、全く迎えに来ない。
「なんで迎えに来ないと思う?」
じゃら。
足首についた鎖を手で引っ掛けて遊びながら、使用人に訊く。使用人が困ったように目線を揺らし、口を開いた。
「……迎えには来ると思います」
「なんでそう思うの?」
「……旦那様のこと……睦月さんは愛してるから……」
「なんで睦月さんの名前知ってるの? 睦月さんとは会ったことないのに」
なんで? なんで? なんで? 気まぐれに話しかけたつもりだったが、疑問ばかりが湧く。何かを知っていて、隠している。使用人をじろりと睨んだ。
「……会ったことはないです……」
「私に何を隠してるの? 教えてよ。貴女が私に話しても、私は澪に貴女が言ったって言わないよ」
「……DM」
「DM?」
「……DMを睦月さんに送りました……」
泣き崩れるように座り込む使用人を冷たく見る。DMを睦月さんに送ったって。悪い予感しかしない。
「旦那様の気持ちが少しでもお嬢様に向けばと思い……旦那様になりすまして別れを告げました……」
「は……」
「でっ…でも……返ってきたDMは旦那様への愛のメッセージで……だから大丈……」
「大丈夫な訳ないでしょ。なんでも信じやすくて、真っ直ぐな人なんだから……間に受けて傷ついただろうなぁ……はぁ」
思わず、溜め息を吐く。迎えに来なかった原因はこれか。バカ正直に私だと思って、足がすくんだのだろう。返信がきたあたり、誰かに相談したのかな。
「こんなの……こんなの絶対間違ってるんですよ……旦那様には愛し合ってる人が居て……なのに……その人から奪ってまで婚約して……嫌がらせだって……そんなことしたって誰も幸せにならないし、旦那様は振り向かないのに……」
「そうですねぇ……」
ベッドから降り、ぽろぽろと泣き始める使用人のそばにしゃがみ、頭を撫でた。結婚を見据えた愛のない同棲生活なんて、お互いが傷つくだけ。使用人のエプロンを摘み、涙を拭う。
「私は両親が居なくて。16歳の時、北条家に来ました。ずっとお嬢様のそばで使用人をしてきて。本当は優しくて、明るくて、頼りになる人なんです……お嬢様には幸せになって欲しい……」
「なら、私と居ても幸せになれませんね。どう? 私の脱獄を手伝ってみない?」
「え……?」
死にかけた心にもう一度、火が灯った。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
*
ーー3日後
仕事を休んだ。(※卯月は学校)休みすぎて、いつか仕事をクビになるんじゃないかと思ってしまう。すみませんすみません、と心の中で謝罪する。
でも今日は如月の実家へ行く!!! 仕事なんかしていられない!!! 小春と義父に協力してもらい、北条家の父親を呼び出してもらった。
この婚約、必ず破棄させる!!!
着なれないシャツとジャケットに身を包み、出かける準備をする。変じゃないかな? それともスーツの方が良いのかな?!?! ダサくない?!?! 俺!!!
鏡の前を行ったり来たり。むむむ!!! 分からん!!!!
「まぁいっか!!! 行こう!!!」
玄関を出て、予め呼んでおいたタクシーに乗り込む。流れる景色を見つめながら、なんて言おうか考える。
う~~ん。何を言えばいいんだ??? 考えても考えても思いつかない。如月のことだけが頭の中を巡る。そもそも、俺のことまだ好きかな?!?! 迎えに行って、もう好きじゃありませんって言われたらどうしよう!!!
婚約破棄自体、余計なことだったりしない?
考えれば考えるほど、不安なことだらけ。
如月からたくさんの愛を囁かれてきたのに、こんなにも俺は脆い。
信じることは自分の弱さとの戦いだ。心から信じ続けることが、こんなにも難しいことなんて思わなかった。
言うのは簡単なのに。
ぐるぐると頭の中で思考を巡らせているうちに、タクシーが如月家の前で止まった。もう着いた?! 早っ!!! そんなに時間経ったっけ? お金を払い、タクシーから降りると、小春が出迎えてくれた。
「睦月ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは……」
「緊張してるね~~顔が強張ってるよ」
「ちゃんと婚約破棄させられるかって考えたら、急に不安に……」
「睦月ちゃんなら出来るよ」
ぐしゃぐしゃと小春に頭が撫でられ、如月を思い出し、笑みが溢れる。如月もこうやって俺の頭をいつも撫でてくれたなぁ。小春から感じる如月の面影に涙が滲んだ。
「……弥生が居なくて寂しい?」
「……はい……俺にとって、親友であり、恋人であり、家族であり、気づいたらいつもそばに居て……特別な存在だから……」
「そっか……本当に大好きなんだね、弥生のこと」
もちろん。硬かった表情が自然と綻びる。大好きだよ、ずっと。家の中に入ると、緊張が余計に増し、朝食を吐き戻しそうになった。もうお父さんは来ているのかな?
「もう北条家のお父さんは来てますか?」
「まだだよ」
リビングに案内され、辺りを見回す。相変わらずの散らかり放題。如月が片付けをやらないのはここから来ているのでは? とすら思う。でも今は、この汚さが自分の気持ちを落ち着かせた。
自分の中にある緊張を解きほぐす、唯一の方法が今目の前にある。
「俺に家事をやらせてください!!!」
「はぁ? 今から?」
きょとんとする小春へ見せつけるように背中のウエストバッグからエプロンを取り出し、装着する。
「なんでエプロン持ってきてるの?」
「この家に来るときは常備してます!!!」
「…………(睦月ちゃんは嫁だな)」
ふむ。リビングだけじゃなくて、キッチンも惨事だな。俺や北条家の人が来るって分かっていながら何故誰も片付けない?!?! でも今日はなんだか腕が鳴る!!!!
「燃えてきたぁあぁああぁ!!!!」
北条家のお父さんが来る前に全てを片付け、綺麗なおうちでお出迎えする!!! ゴミ袋を片手に持ち、テーブルの上のお菓子や紙ごみを片っ端から回収した。
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