本日、総支配人に所有されました。~甘い毒牙からは逃げられない~

桜井 響華

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社内恋愛の事情を知ってしまいました!

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───翌日、お昼の休憩が優月ちゃんと一緒になった。

「久しぶりだねー。休みも中々会わないし、恵里奈ちゃんは夜遅いから会えないもんね…」

「メッセージではやり取りしてるけど、会って話すのが一番だよね!」

シフトの関係上、中々会えない優月ちゃんと一緒の時間が過ごせて、心から幸せだと思う。

「昨日、吉沢さんが熱を出しちゃったでしょ?歩けない程にフラフラだったから支配人が車で送ってくれたんだよ。私も付き添いで一緒に行ったんだ」

「そうだったんだね、知らなかった!」

一颯さんから吉沢さんを送って行ったとは聞いたけれど、優月ちゃんも一緒とは初耳だった。星野さんも何にも言ってなかったな。優月ちゃんだからヤキモチは妬かないけれど。

「メッセージ入れようと思ってたんだけど、昨日の夜は寝落ちして早く寝ちゃった。ごめんね。でもでも車の中のBGMは恵里奈ちゃんが好きなバンドの曲だったよ」

「何かねー、支配人もあのバンドの曲が好きなんだって」

周りに聞こえても不自然じゃない程度の内容で会話を進める。それにしても、早めに寝落ちした割には優月ちゃんの瞼は腫れぼったい。あまり熟睡出来なかったの?

「……それでね、諦めた方が良いって言われた。あの人の事…」

「え、支配人に話したの?」

「何となくね…。でもね、バツイチで奥さんとは嫌いで別れた訳じゃないって言われて、籍は抜いても今も関係は続いてるんだって…。その辺の事は大人の事情だから私には理解出来なかったけど、それなら割込む隙間はなかったのかな?って諦めもついた」

「優月ちゃん…」

「諦めがすぐつく位だから、本当の好きじゃなかったのかな?格好良いなとは思ってたし、優しくしてくれるから好きだなって勘違いしてただけだったのかな……」

優月ちゃんの目には涙がじんわりと浮かんでくる。優月ちゃんの言っている"あの人"とは星野さんの事だ。職場で話す時は名前は伏せて話している。昨日は寝落ちなんかじゃない、優月ちゃんは落ち込んで泣いていたんだ。

優月ちゃんの気持ちは偽りなんかじゃなかった。恋している間は毎日が楽しそうで、キラキラ輝いていた。私が一番よく知ってるよ。星野さんは私達よりも大人で、歩んで来た道も違うし経験値も違う。優月ちゃんは星野さんの事情を知って、自らが身を引く事にしたんだ。気持ちを伝えても叶わない、と思って……。

「今の職場が心地良いから恋沙汰で辞めたくないし、心の奥底にしまっておく事にする」

ニコッと可愛らしく微笑んだ優月ちゃんの頬には、両目からの涙がポロリと流れ落ちた。男性恐怖症が少しずつ治ってきたのに叶わないと諦めてしまった優月ちゃんだけれど、相応しい相手が現れる時がきっと訪れる。その運命の日まで暖かく見守りたいと思う。

自分で恋の終わりを決断した優月ちゃんは涙さえ零してしまったものの、前向きでひたむきな強さを感じた。

私は優月ちゃんと別れた後、高見沢さんからのメッセージが来ていた事に気付いた。

"吉沢は扁桃腺が腫れてて、点滴してから帰る。一颯君にも伝えといて"

吉沢さんはやっぱり扁桃腺からくる熱だから、あんなにも高熱だったんだ。高見沢さんが無事に病院に連れて行けたようで安心した。私は職場の携帯から一颯さんに電話連絡をすると、支配人室まで来るように言われた。何だろう?と浮き足立ちながら向かうと昨日の優月ちゃんの件だった。

「……中里から聞いたかもしれないが、星野は諦めた方が良いって言ってしまった」

一颯さんは、私が支配人室に入るとわざわざ近くまで来て、応接用のソファーに座らせて自分も隣に座った。

「どうして優月ちゃんの気持ちが分かったんですか?」

「吉沢を寮まで送るのに付き添いしてもらった帰り道、二人きりは気まづいから何となく星野との話をしたんだ。珍しく中里から星野の彼女について聞かれて、話をしていく内に気持ちに気付いたから諦めろと言ってしまった。その後、中里には会ってないのだが様子を見て来てくれるか?」

「偶然にも先程、従食で会えて今の話の一部始終を聞いたところでした。落ち込んでる様子はあったけど、吹っ切れたみたいですよ。その後に高見沢さんからメッセージがあったのに気付いたの」

「そうか、なら良かった。星野と元奥さんは嫌いで別れた訳じゃなく、生活リズムが合わずにすれ違ってばかりいたからなんだ。離婚した今でも関係は続いている。夫婦よりも、もっと気楽な感じなんだろうな?」

「そんな関係もあるんですね……」

星野さんの奥さんってどんな人なのだろう?

「中里には内緒だけど、星野の元奥さんは披露宴の時のアデンダーな。だから、ほら、息もピッタリだっただろ?」

「あー、なるほど!確かに息ピッタリで素敵でした!」

ヘルプに行った披露宴では、星野さんが披露宴を指揮するバンケットマネージャー、元奥さんがアデンダー、つまりは花嫁の介添人をしていた。阿吽の呼吸と言えるピッタリな身のこなしで、披露宴はとても素敵なものとなったのを覚えている。

「……昨日、部屋に来れなくても電話は来るだろうと待って居たんだが来なかったな。寝てたのか?」

「吉沢さんの部屋に寄ったら遅くなってしまったから遠慮してしまいました。明日がお休みなので、今日はお邪魔したいのですが…」

「明日は生憎、俺も休みだから充分に構ってやる」

目が合った後、後頭部に右手を添えて、ソファーの肘掛けの部分にゆっくりと倒された。一颯さんは私を見下ろすように見ては、視線を外さなかった。私は恥ずかしくなり、目線を外すと「職権乱用も悪くないな……」と言って、そっぽを向いて無防備になっている左の首筋にキスをされた。

「……っん、」

首筋はとても敏感に反応してしまうので、身体が縮こまった。

「恵里奈は可愛いな。今すぐにでも食べてしまいたい」

妖艶な微笑みに負けてしまいそうになる。

「……今はコレで我慢して下さいね。夜は沢山構ってあげますから…」と言い、一颯さんのネクタイを引っ張り、右頬に右手を触れて自分からキスをした。甘い毒には甘い毒を持って制す、はずだったのに………!

「楽しみに待ってる。夜が待ち遠しいな」

一颯さんは舌を絡めて、キスは深みを増した。罠を仕掛けたつもりが一颯さんは余裕綽々で、毒牙に侵食されたのは私自身だった。

「……ほとぼりが冷めてから行きなさい」

一颯さんの甘い毒牙から解放された私は顔も火照っているし、髪型も乱れてしまった。支配人室でキスしちゃった!こんな事、駄目なのに!当の本人と来たら…何事もなかったかのように平然とした態度でコーヒーを飲んでいる。

「……ほら、冷たい烏龍茶」

「有難うございます…」

烏龍茶を受け取った後、支配人の職場用の携帯から着信音が鳴った。支配人は何やら話して、この部屋に副支配人が来るから見つからないように出なさい、と言われて咄嗟に追い出された。もう、さっきはほとぼりが冷めてからって言ったくせに!……まぁ、仕事中だし、誰かに見つかったら大問題だけれどね。

少し乱れた髪型を直す間もなく追い出され、仕事に戻る途中に副支配人と鉢合わせしそうになり、心臓が飛び跳ねた。

歩いて来る姿が見えた時に別な部屋に上手く隠れたから見つかってはいないと思われる。

自分の恋愛事情も皆の恋愛事情も合わせて、社内恋愛って難しい───……





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