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冒険鍛冶師編
第27話 君が思う理想
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窓の殆どを鉄で覆われている工房内は非常に暗い。足元には工具も散らかりっぱなしだし気を付けないと転びそうになる。
「おっとっと!」
何かを蹴飛ばしてしまってカランカランと甲高い金属音が転がっていく。やっぱり危ないな、暗い場所は。……と、どうしようかと考えた僕の背後でパチンと指の鳴る音がした。振り返るまでもなくジレッタだ。僕の影が前に伸びていくのをみて火を付けてくれたのだと理解出来る。
「これくらいは出来るようになってもらわないとね」
溜息交じりに言うが、実際出来たらめちゃくちゃ便利だ。
「仕組み的には発火、燃焼、維持って感じ?」
「そうだね。それ程難しいことじゃないよ。周囲の魔素を取り込み続ければ、それだけ維持出来るし。今度教えてあげる」
「助かるよ」
術式というのは巷に溢れてはいるが、極々平凡なものばかりだ。有用なものは秘匿されているか、或いは個々人が研究して生み出さないといけない。ヒルダさんの【術式:火矢五連】なんかがそうだ。できればそういった攻撃的な術式も学べたらいいのだが、なかなか難しい。研究もしたいところだが、今は鍛冶も楽しくてしょうがない時期なので、どちらにしても後回しだ。
「さて、と。菖蒲さん達は何処かな」
「母屋の方に行ったけれど、帰ってこないね」
「探しに行くか」
ということで僕達も揃って母屋の方へとやってきた。しかしまぁ、厳重に囲ったものだ。工房と母屋の間には中庭のような空間があるのだが、その上空も鉄でしっかり囲まれていた。敷地内をまるごときっちり囲っている。この工房がどういうものかは分からないが、それ程までに覆う必要があるのだろうか。
庭から見える母屋は二階建てだ。石材と木材を組み合わせて作られた建物はとても頑丈そうだ。何事もなく庭を抜け、母屋へと入る。中もやはり暗い。
「菖蒲さん? デンゼルさーん」
「……返事がないね」
「外に出た訳ではないとは思うんだが……」
首を傾げつつ、1階を捜索するが見当たらない。しかし造りは別に特別性も何もない、普通の家屋だ。残された家財道具からしてもその辺の一般家庭と大差はない。特段、気になることもないし、誰も居ない。なら2階か。
探索中に見つけた階段をギシ、ギシ、と鳴る木にこっそりビビりながら上る。上り切った先は窓だ。折り返した廊下の並びに部屋が幾つかある。まずは手前の部屋から開けることにした。
ドアノブを掴み、ガチャリと開く。すると其処には何もない……と思っていたら普通に菖蒲さんとデンゼルさんが居て思いっきり肩が跳ねた。
「びっ……ビックリしたぁ……! 居るなら居るって言ってくださいよ! 声掛けたじゃないですか!」
照れ隠しからか、普段以上に声が大きくなってしまうのを抑えきれず、バックンバックンと跳ねる心臓を胸の上から抑えた。
「すまない。聞こえてはいたんだが返事をする余裕がなかった」
対照的に酷く静かに返事をする菖蒲さんの手には1冊のノートがあった。見ればデンゼルさんの手にも似たようなノートがある。
「それは?」
「ベノハイムの日記だ」
「!?」
予想外の物に声が出なかった。何でそんな代物が、こんな鍛冶屋に……いや、これだけ厳重に鉄で覆われた場所……異常なまでに鉄を使用していることと、このナカツミ村がベノハイムの出身地であることを考えると、どうして気付かなかったんだろうと思うくらい単純で明快な答えが浮かぶ。
「此処がベノハイムの生家、ってことですか?」
「そうらしいな。強大な魔力と才能に恵まれて鍛冶師の息子として生まれ、幼い頃から鉄に触れて生きてきたベノハイムが鉄魔法を操るというのはなるほど、当然とも言えるな」
合点がいった。そりゃ日記もあるだろう。こんな情報の宝庫、返事に意識を割けなくなるわ。僕も日記を見たくて周囲を見ると、机の上に乱雑に積まれた日記があった。
「そっちはもう目を通したから好きにしていい」
「了解です」
僕も手に取って中を読み始める。人の日記を読むというのもなかなか無い体験だ。だが罪悪感よりも興味の方が大きかった。人の秘密というのはこうもワクワクするものだとは。いかんな、悪い方向に育ちそうだ。
日記の内容は普通の少年の人生、という感じだった。しかしある時を境に、魔法の才能に目覚めていた。それはモンスターに襲われたところだった。窮地で覚醒という何とも主人公な流れだったが、力及ばず殺されそうになったところを助けた人物が居た。
「サイソン……この時にもう出会ってたんですね」
「あぁ、つまり200年前に存在した魔王も、やはりサイソン……ニシムラであることが確定した」
確定してしまった。これで奴が時間を飛び越えていることが確定してしまった。1000年前にも存在していたし、200年前にも存在していたし、100年前にも存在していたのだ。
日記を読み進めていくとサイソンとの旅の様子が書かれていた。特に目を惹く内容はなかったが、流石に鉄魔法の使い手と【無限の魔力】というチートスキル保持者の旅だ。向かうところ敵なしというか、危険そうな場所でも危なげのない旅をしているうようだった。
「なんか、勝手に読んでしまってあれですけど、ベノハイムに聞くことなくなっちゃいましたね」
「知りたいことは最初の1冊で知れてしまったしな」
後は何だ、成仏させてやれば良いだけか?
「この日記、どうします?」
「目だけ通して元に戻しておこう。他人の物、それもプライバシーの塊だ。必要だから読みはしたが広めるのもあまり気分の良い話ではない」
「ですね」
ふと疑問に思ったのだが、ベノハイムを成仏させたらダンジョンはどうなるのだろう? 消えてしまうのかな。
そうなるとこの彼の生家も、故郷も消えてしまうのだろうか。それは……少し、淋しい。日記を読んで彼の人と為りは多少理解したつもりだ。だからこそ、殺してしまうのは少し気が引けた。だが死して尚、現世に留まり続ける彼を成仏させないというも自然の摂理から外れてると言える。死後の世界に導いてやるのも生者の義務だとは思うが……うーん、悩ましい。
「……さて、全部頭に入った。君はどうする? まだ読むか?」
「いえ、僕は大丈夫です。それより今後の事なんですが」
僕は自分の中に芽生えた苦悩を菖蒲さんとデンゼルさんに打ち明けた。生き死にの世界ではとても甘い話かもしれないが、2人は黙って聞いてくれた。
全部話し終えて、菖蒲さんがゆっくりと口を開いた。その最初の一声は、
「甘い」
だった。まぁ、当然です。自分でもよく分かっています……。
「だが、その気持ちは分からなくもない。というか、私の中にも同じ感情はある。彼は悪い奴ではなかった。だが、今は侵入する冒険者を手に掛ける悪い奴だ。現世に留まり続けるのも良い話ではない」
「ですよね……」
「君ならどうする?」
逆に聞かれてしまって、言葉に詰まった。それをどうしたら良いかという質問だったのだが……だが菖蒲さんの気持ちを聞いて思ったことがあった。
「殺さずに話し合うことは出来ませんかね?」
元々、僕は戦いが好きではない。転職し、天職だと思える鍛冶師になれた。侘助という名もそれっぽいし、大好きだった祖父と同じ仕事に就けて嬉しく思っている。金槌を振るって【鍛冶一如】で創意工夫を凝らした作品を作ることに喜びを覚えてしまった今は、以前、城で訓練していた頃よりも戦いから離れたいと思うようになった。
金属を自由自在に操る権能を手に入れ、魔竜の加護で上がった身体能力で無類の強さを得て、しかしそれでも戦わずに済むなら、戦わない方が良いと思った。
「君が思う理想は、君にしか叶えられない」
「はい」
「それは相手が鉄魔法の使い手で、君が金属を支配する者だからじゃない。この場に限らず、だ。何かを叶える為には、必ず君が叶えなくてはならない。そうでなければならない」
菖蒲さんの言葉は、それだけの重みがあった。本来なら、此処に居るはずのない人間が、剣も矢も弾も飛び交わない国で生まれ育った人間が、傷付き、戦いながら今日まで生きてきた。それだけの人生を歩んできた重みがあった。
「菖蒲さんは……」
「うん?」
「自分の理想を叶えられたんですか?」
だからこそ、聞きたかった。彼女の望む理想は、一体どんなものなのか。
菖蒲さんは真面目な表情を崩し、くすりと笑う。そして左手に付けていた皮手袋を外し、手の甲を此方へ向けた。傷しかない戦う女性の綺麗な手を僕に見せた。
「私もまだ努力中であり、そして募集中だよ」
「おっとっと!」
何かを蹴飛ばしてしまってカランカランと甲高い金属音が転がっていく。やっぱり危ないな、暗い場所は。……と、どうしようかと考えた僕の背後でパチンと指の鳴る音がした。振り返るまでもなくジレッタだ。僕の影が前に伸びていくのをみて火を付けてくれたのだと理解出来る。
「これくらいは出来るようになってもらわないとね」
溜息交じりに言うが、実際出来たらめちゃくちゃ便利だ。
「仕組み的には発火、燃焼、維持って感じ?」
「そうだね。それ程難しいことじゃないよ。周囲の魔素を取り込み続ければ、それだけ維持出来るし。今度教えてあげる」
「助かるよ」
術式というのは巷に溢れてはいるが、極々平凡なものばかりだ。有用なものは秘匿されているか、或いは個々人が研究して生み出さないといけない。ヒルダさんの【術式:火矢五連】なんかがそうだ。できればそういった攻撃的な術式も学べたらいいのだが、なかなか難しい。研究もしたいところだが、今は鍛冶も楽しくてしょうがない時期なので、どちらにしても後回しだ。
「さて、と。菖蒲さん達は何処かな」
「母屋の方に行ったけれど、帰ってこないね」
「探しに行くか」
ということで僕達も揃って母屋の方へとやってきた。しかしまぁ、厳重に囲ったものだ。工房と母屋の間には中庭のような空間があるのだが、その上空も鉄でしっかり囲まれていた。敷地内をまるごときっちり囲っている。この工房がどういうものかは分からないが、それ程までに覆う必要があるのだろうか。
庭から見える母屋は二階建てだ。石材と木材を組み合わせて作られた建物はとても頑丈そうだ。何事もなく庭を抜け、母屋へと入る。中もやはり暗い。
「菖蒲さん? デンゼルさーん」
「……返事がないね」
「外に出た訳ではないとは思うんだが……」
首を傾げつつ、1階を捜索するが見当たらない。しかし造りは別に特別性も何もない、普通の家屋だ。残された家財道具からしてもその辺の一般家庭と大差はない。特段、気になることもないし、誰も居ない。なら2階か。
探索中に見つけた階段をギシ、ギシ、と鳴る木にこっそりビビりながら上る。上り切った先は窓だ。折り返した廊下の並びに部屋が幾つかある。まずは手前の部屋から開けることにした。
ドアノブを掴み、ガチャリと開く。すると其処には何もない……と思っていたら普通に菖蒲さんとデンゼルさんが居て思いっきり肩が跳ねた。
「びっ……ビックリしたぁ……! 居るなら居るって言ってくださいよ! 声掛けたじゃないですか!」
照れ隠しからか、普段以上に声が大きくなってしまうのを抑えきれず、バックンバックンと跳ねる心臓を胸の上から抑えた。
「すまない。聞こえてはいたんだが返事をする余裕がなかった」
対照的に酷く静かに返事をする菖蒲さんの手には1冊のノートがあった。見ればデンゼルさんの手にも似たようなノートがある。
「それは?」
「ベノハイムの日記だ」
「!?」
予想外の物に声が出なかった。何でそんな代物が、こんな鍛冶屋に……いや、これだけ厳重に鉄で覆われた場所……異常なまでに鉄を使用していることと、このナカツミ村がベノハイムの出身地であることを考えると、どうして気付かなかったんだろうと思うくらい単純で明快な答えが浮かぶ。
「此処がベノハイムの生家、ってことですか?」
「そうらしいな。強大な魔力と才能に恵まれて鍛冶師の息子として生まれ、幼い頃から鉄に触れて生きてきたベノハイムが鉄魔法を操るというのはなるほど、当然とも言えるな」
合点がいった。そりゃ日記もあるだろう。こんな情報の宝庫、返事に意識を割けなくなるわ。僕も日記を見たくて周囲を見ると、机の上に乱雑に積まれた日記があった。
「そっちはもう目を通したから好きにしていい」
「了解です」
僕も手に取って中を読み始める。人の日記を読むというのもなかなか無い体験だ。だが罪悪感よりも興味の方が大きかった。人の秘密というのはこうもワクワクするものだとは。いかんな、悪い方向に育ちそうだ。
日記の内容は普通の少年の人生、という感じだった。しかしある時を境に、魔法の才能に目覚めていた。それはモンスターに襲われたところだった。窮地で覚醒という何とも主人公な流れだったが、力及ばず殺されそうになったところを助けた人物が居た。
「サイソン……この時にもう出会ってたんですね」
「あぁ、つまり200年前に存在した魔王も、やはりサイソン……ニシムラであることが確定した」
確定してしまった。これで奴が時間を飛び越えていることが確定してしまった。1000年前にも存在していたし、200年前にも存在していたし、100年前にも存在していたのだ。
日記を読み進めていくとサイソンとの旅の様子が書かれていた。特に目を惹く内容はなかったが、流石に鉄魔法の使い手と【無限の魔力】というチートスキル保持者の旅だ。向かうところ敵なしというか、危険そうな場所でも危なげのない旅をしているうようだった。
「なんか、勝手に読んでしまってあれですけど、ベノハイムに聞くことなくなっちゃいましたね」
「知りたいことは最初の1冊で知れてしまったしな」
後は何だ、成仏させてやれば良いだけか?
「この日記、どうします?」
「目だけ通して元に戻しておこう。他人の物、それもプライバシーの塊だ。必要だから読みはしたが広めるのもあまり気分の良い話ではない」
「ですね」
ふと疑問に思ったのだが、ベノハイムを成仏させたらダンジョンはどうなるのだろう? 消えてしまうのかな。
そうなるとこの彼の生家も、故郷も消えてしまうのだろうか。それは……少し、淋しい。日記を読んで彼の人と為りは多少理解したつもりだ。だからこそ、殺してしまうのは少し気が引けた。だが死して尚、現世に留まり続ける彼を成仏させないというも自然の摂理から外れてると言える。死後の世界に導いてやるのも生者の義務だとは思うが……うーん、悩ましい。
「……さて、全部頭に入った。君はどうする? まだ読むか?」
「いえ、僕は大丈夫です。それより今後の事なんですが」
僕は自分の中に芽生えた苦悩を菖蒲さんとデンゼルさんに打ち明けた。生き死にの世界ではとても甘い話かもしれないが、2人は黙って聞いてくれた。
全部話し終えて、菖蒲さんがゆっくりと口を開いた。その最初の一声は、
「甘い」
だった。まぁ、当然です。自分でもよく分かっています……。
「だが、その気持ちは分からなくもない。というか、私の中にも同じ感情はある。彼は悪い奴ではなかった。だが、今は侵入する冒険者を手に掛ける悪い奴だ。現世に留まり続けるのも良い話ではない」
「ですよね……」
「君ならどうする?」
逆に聞かれてしまって、言葉に詰まった。それをどうしたら良いかという質問だったのだが……だが菖蒲さんの気持ちを聞いて思ったことがあった。
「殺さずに話し合うことは出来ませんかね?」
元々、僕は戦いが好きではない。転職し、天職だと思える鍛冶師になれた。侘助という名もそれっぽいし、大好きだった祖父と同じ仕事に就けて嬉しく思っている。金槌を振るって【鍛冶一如】で創意工夫を凝らした作品を作ることに喜びを覚えてしまった今は、以前、城で訓練していた頃よりも戦いから離れたいと思うようになった。
金属を自由自在に操る権能を手に入れ、魔竜の加護で上がった身体能力で無類の強さを得て、しかしそれでも戦わずに済むなら、戦わない方が良いと思った。
「君が思う理想は、君にしか叶えられない」
「はい」
「それは相手が鉄魔法の使い手で、君が金属を支配する者だからじゃない。この場に限らず、だ。何かを叶える為には、必ず君が叶えなくてはならない。そうでなければならない」
菖蒲さんの言葉は、それだけの重みがあった。本来なら、此処に居るはずのない人間が、剣も矢も弾も飛び交わない国で生まれ育った人間が、傷付き、戦いながら今日まで生きてきた。それだけの人生を歩んできた重みがあった。
「菖蒲さんは……」
「うん?」
「自分の理想を叶えられたんですか?」
だからこそ、聞きたかった。彼女の望む理想は、一体どんなものなのか。
菖蒲さんは真面目な表情を崩し、くすりと笑う。そして左手に付けていた皮手袋を外し、手の甲を此方へ向けた。傷しかない戦う女性の綺麗な手を僕に見せた。
「私もまだ努力中であり、そして募集中だよ」
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