30 / 30
冒険鍛冶師編
第30話 依頼達成
しおりを挟む
手渡された本の表紙を撫でた。日本で見たようなハードカバーの本でもなく、文房具屋に置いてあるようなノートでもない、紙を紐で纏めたメモ用紙の束のような本だった。表紙としてタイトルは書いてあるが、紙は中身と一緒の物だ。こうして見ると表紙というのは偉大だ。柔らかい無防備なページを守る役割もあるし、見た目からして分かりやすい。
それが無いとやはり本というよりはメモの束を纏めた物、という認識になってしまう。しかしこのメモ束は世界中のどんな本よりも価値のあるものだった。魔王の側近、ベルハイムが駆使した鉄魔法を術式化させた、唯一無二の手記。これを読めば誰でも鉄魔法が使えてしまうのだ。
「その表情を見れば、これがどういう物かは分かってるみたいだね。安心したよ」
「こんな、はいどうぞって渡して良い物じゃないぞ」
「そうは言うけれど、じゃあ僕が死んでまで解明したかった自分の魔法は、誰の目にも留まらず消えてなくなってもいいって言うのかい?」
そう言われると何も言えなくなる。僕もまだ新人も新人だが、製作者だ。自分が作った物が世に残ることを想像すると胸の奥が熱くなってくるのが分かる。
それは自分の生き様だ。死に様はどうあれ、生きた証は残るのだ。
そしてこの本は、ベルハイムの生き様そのものだった。
「僕が、貰っていいんだな?」
「君に、貰ってほしいんだ。君になら安心して渡せるって思えたんだ」
受け取った本を大事に抱えた。これは僕の一番大事な物になった。ただ、貰ったから大事なんじゃない。これが世に広まればとんでもない大惨事に繋がる恐れもあるから、大事な物だった。
「重い物かもしれないけれど、君とあの魔竜が居れば安心だと思うんだ。いつか僕が誰かに討伐されてその本が流出するよりもずっといい」
「確かにそれもそうだな……分かった。しっかり補完させてもらうよ」
「うん、ありがとう。補完も大事だけれど、自由に使うと良い。使えるものは何でも使う方が、楽しいからね」
確かに出来ることが増えるのは楽しい。著者がそう言うのであれば遠慮なく使わせてもらうとしよう。何、とんでもないことになってもこっちにはジレッタという心強い味方が居る。僕も無手ではない。そうなった時には鉄魔法で追い払えるだろうしね!
「じゃあ戻ろう。さっきからしてる良い香りに刺激されて久しぶりに食欲というのが湧いてきたよ」
「今日はいっぱい食べてくれ。気の良い人達だから、遠慮なんていらないぞ!」
「そんなこと言われたら、全部食べちゃうよ? これでも生前は大食漢で有名だったんだから。ニシムラ君もいつも言っていたよ。『そんな細い体の何処に入ってるのか調べさせてくれ』って」
それってきっと解剖的な意味だよね……。これまでの話を聞く限り、相当な悪人という訳ではないのは何となく分かったが、ジレッタの件もあるし迂闊に信じることは出来ない。
だがニシムラの人と為りが分かったように、ベルハイムの人と為りも分かった。実際に見てないから彼がこれまでに一度も悪事を働いたことがないとまでは言い切れないが、盗賊とかそういう悪人の類でないことは理解出来た。研究欲のあまり人体実験までしてないことを祈るばかりだが……。
ベルハイムを交えた食事は、それはそれは楽しい食事だった。ずっと隠し部屋で過ごしていたイングリッダとベルハイムの大食い対決にはジレッタ城の食糧庫まで解放されるレベルの量になった。流石に手持ちだけじゃ足りなかった。寡黙なデンゼルさんも声に出してイングリッダを応援していたし、そんな2人を見て僕と菖蒲さんはゲラゲラ笑っていた。
そうそう、菖蒲さんと転移の話もした。菖蒲さんもまた、仕事中に拉致られたようで、その事件を僕は数ヵ月前のニュースで見た記憶があった。しかし菖蒲さんが此処へやってきたのは数年も前ということで、やはり次元の中で時間軸がおかしなことになっているのはほぼほぼ確定だった。宗人の話では転移待ちの人が居るかもしれないとのことだったが、この待ちは、まったく順番通りということではなかった。
この転移に対する怒りは当然、ニシムラの研究失敗に向けられるものなのだが、この場にはその最も近しかった人物であるベルハイムも居た。その彼は今、心からの食事を楽しんでいる。それに水を差すようなことは、僕達には出来なかった。
食後は腹ごなしの運動と称して、本来やるはずだった僕とベルハイムの戦闘を行った。勿論、互いに殺す意志のない模擬戦である。
ジレッタパワーを注入され、現在使える権能をフルで行使する。ベルハイムは鉄魔法での攻撃を行った。粒子から生み出される流動する鉄は、僕に触れる前に錆びて塵と化す。降り注ぐ鉄の雨は溶かして金槌で叩き、傘にしてやった。
「やるじゃない、侘助!」
「ベルハイムも中々だ。今度はこっちから行くぞ!」
緋心を手に突っ込むが、地面から飛び出した幾重もの鉄板が行く手を阻む。僕はそれに向けて手を伸ばし、引き剥がす動作を行う。すると手の届く範囲外にあるにも関わらず、全ての鉄板は水風船のように弾けて溶け落ちた。
更に槍のように突き出る鉄の先端は靴で踏めば丸く溶けて足場へと様変わりする。そうして飛び越え、最後の一本で一気に空中へと飛び上がる。
「はぁあああ!」
掛け声と共に緋心を振り下ろす。ベルハイムの最後の抵抗は自身を覆うように重ねられた鉄板だったが、金属を切る緋心には全くの無意味だった。
ベルハイムの首筋に、ピタリと朱い刃が添えられた。
「参ったよ、降参。君には敵わないよ!」
「ふ、ふふ……あはは……! あぁ、楽しかった……!」
刀を鞘に仕舞うと観客になっていた【三叉の覇刃】から拍手と歓声が飛んできた。すっかり見世物になっていたが、そんなことも忘れるくらいに楽しい模擬戦だった。
菖蒲さん達と一緒に座っていたジレッタも拍手をしてくれていた。それが妙に気恥ずかしくて、でもとても嬉しかった。
模擬戦が終わった頃にはダンジョンの外も深夜に差し掛かる頃ということで、一晩明かすことになった。もっともっとベルハイムと話したいことは多かったが、先程の戦闘での疲れもあって、すぐに眠ってしまった。
そして一夜明けた翌朝。【鐵の墓】を出る為に鍛冶工房裏までやってきた。
「お別れするのは寂しいよ、ベルハイム」
「一緒に行けたらいいんだが……こればっかりはそういう訳にもいかない」
辺りがしんみりとした雰囲気に包まれる。最初は討伐する為と、【罪禍断命】と一緒にやってきた菖蒲さん達も今ではベルハイムを対処すべきモンスターとは微塵も思っていない様子だった。追われて隠れていたイングリッダさんでさえ、目を潤ませていた。
「最初に君達3人と一緒に来たあのパーティー、少し注意した方が良いかもしれないね。あれはいざとなったら味方でも捨てるような連中だ。短い間の手合わせだったけれど、ああいう目をした人間は何人も見てきた」
「あぁ、実際に私達も見捨てられたからな。貴方は追撃してこなかったから助かったが……あの連中と関わることはもうないだろう。仇なすなら殺すだけだ」
血生臭い会話になってきた。が、こうしてイングリッダさんが逃げ遅れることになった原因はそのパーティーだ。僕も気を付けないとな……きっとこうして【三叉の覇刃】に参加して此処へ来ていることもバレているだろう。
「あの連中になんてやられてくれるなよ?」
「大丈夫だよ。この世で僕を殺せるのは侘助とニシムラだけだよ」
「……えっ?」
あっさりとした言葉の流れに一瞬気付けなかった。
ベノハイムはこう言ったのだ。この世で自分を殺せるのは僕とニシムラと。
まだ、この世界にニシムラが居ると、彼はそう言ったのだ。
「ニシムラは……生きてるのか?」
「そうだね。あの人は【無限の魔力】を持ってるから、実現できないような魔法でも使えてしまうんだ。所謂、不老不死の魔法とかね」
曰く、魔法とは何でも出来る力だと王城の授業で習った。しかし何でも出来るかと言えばそれは嘘だ。何重にも構築された魔法や、大規模なものは魔力が足りないから発動することは出来ない。だが逆を言えば魔力さえあれば本当に何でも出来てしまうのだ。
スキルという枠組みを超え、術式という方法からも逸脱した【本当の魔法】は、不老不死の力を得ることも出来るし、もしかしたら時空間すら移動してしまうのかもしれない。
「ニシムラは、今何処に?」
「うーん……あの人の放蕩癖は相当だからね。付き添っていた僕も、ついに死ぬまで村には帰れなかったし。あぁ、埋葬してくれたのはニシムラだって話だよ」
誰から聞いたかは分からないが、何でも出来るなら死体を腐食させずに運ぶことも出来るだろう。何なら死んだ直後にナカツミ村にワープしたっておかしくない。
だがそうか……ニシムラは生きているのか。
そっとジレッタの顔を見る。彼女はニシムラに1000年もの間、幽閉されていた。その枷は今もまだ繋がったままだ。そんな彼女はニシムラに怒りを抱いていたが、今は何かを考えているような表情をしていた。怒っている様子はない。僕が話し合いで解決したいと言ったことを覚えていてくれているのかもしれないな。
「彼女に会えたら、よろしく伝えておいてくれ。気が向いたら僕に会いに来てくれともね。万に一つもないとは思うけれど、再び死ぬ前に会えると嬉しい」
「分かった、伝えるよ。……彼女? ニシムラは女性なのか?」
ジレッタの方を見るとこくん、と頷いた。言えよ。男だと思ってたぞ。
「うん、女性だよ。僕のお嫁さんさ」
「えぇ……っと、そうだったんだな……知らなかったよ」
色んな情報でまーた頭がパンクしそうになる。ニシムラの話をするといつもこうだ。これも無限の魔力が起こす何かの力なのか?
「ではそろそろ行くとしよう。死者であるベルハイムにこう言うのは少しおかしいかもしれないが……達者でな」
「うん、菖蒲さんもお元気で。また暇な時はおいでよ。呼んでくれたら入口まで行くから」
「あぁ、そうする。デンゼル、イングリッダ、侘助、ジレッタ。出発だ」
菖蒲さんが踵を返すと、トライ・エッジの面々はそれに従ってナカツミ村を出ていく。僕もまた、それに付き従った。
少し歩いて振り返ると、ベノハイムが小さく手を振っているのが見えた。それに手を振り返し、また歩く。そろそろ山に差し掛かる時、再び振り返った時にはもう誰も居なかった。
こうして僕の初めての冒険は無事に終わった。メインの目的であるイングリッダは怪我なく救えたし、サブ目的だったニシムラの情報も得られた。おまけで鉄魔法を術式化させた本まで貰ってしまった。
何だかとんでもないことになってきたが、一先ずはこのモヤモヤした気持ちとワクワクした気持ちとを日常にスライドさせよう。溜まった仕事を消化して、日常に溶け込もう。
後の事は、それから考えるとしよう。
それが無いとやはり本というよりはメモの束を纏めた物、という認識になってしまう。しかしこのメモ束は世界中のどんな本よりも価値のあるものだった。魔王の側近、ベルハイムが駆使した鉄魔法を術式化させた、唯一無二の手記。これを読めば誰でも鉄魔法が使えてしまうのだ。
「その表情を見れば、これがどういう物かは分かってるみたいだね。安心したよ」
「こんな、はいどうぞって渡して良い物じゃないぞ」
「そうは言うけれど、じゃあ僕が死んでまで解明したかった自分の魔法は、誰の目にも留まらず消えてなくなってもいいって言うのかい?」
そう言われると何も言えなくなる。僕もまだ新人も新人だが、製作者だ。自分が作った物が世に残ることを想像すると胸の奥が熱くなってくるのが分かる。
それは自分の生き様だ。死に様はどうあれ、生きた証は残るのだ。
そしてこの本は、ベルハイムの生き様そのものだった。
「僕が、貰っていいんだな?」
「君に、貰ってほしいんだ。君になら安心して渡せるって思えたんだ」
受け取った本を大事に抱えた。これは僕の一番大事な物になった。ただ、貰ったから大事なんじゃない。これが世に広まればとんでもない大惨事に繋がる恐れもあるから、大事な物だった。
「重い物かもしれないけれど、君とあの魔竜が居れば安心だと思うんだ。いつか僕が誰かに討伐されてその本が流出するよりもずっといい」
「確かにそれもそうだな……分かった。しっかり補完させてもらうよ」
「うん、ありがとう。補完も大事だけれど、自由に使うと良い。使えるものは何でも使う方が、楽しいからね」
確かに出来ることが増えるのは楽しい。著者がそう言うのであれば遠慮なく使わせてもらうとしよう。何、とんでもないことになってもこっちにはジレッタという心強い味方が居る。僕も無手ではない。そうなった時には鉄魔法で追い払えるだろうしね!
「じゃあ戻ろう。さっきからしてる良い香りに刺激されて久しぶりに食欲というのが湧いてきたよ」
「今日はいっぱい食べてくれ。気の良い人達だから、遠慮なんていらないぞ!」
「そんなこと言われたら、全部食べちゃうよ? これでも生前は大食漢で有名だったんだから。ニシムラ君もいつも言っていたよ。『そんな細い体の何処に入ってるのか調べさせてくれ』って」
それってきっと解剖的な意味だよね……。これまでの話を聞く限り、相当な悪人という訳ではないのは何となく分かったが、ジレッタの件もあるし迂闊に信じることは出来ない。
だがニシムラの人と為りが分かったように、ベルハイムの人と為りも分かった。実際に見てないから彼がこれまでに一度も悪事を働いたことがないとまでは言い切れないが、盗賊とかそういう悪人の類でないことは理解出来た。研究欲のあまり人体実験までしてないことを祈るばかりだが……。
ベルハイムを交えた食事は、それはそれは楽しい食事だった。ずっと隠し部屋で過ごしていたイングリッダとベルハイムの大食い対決にはジレッタ城の食糧庫まで解放されるレベルの量になった。流石に手持ちだけじゃ足りなかった。寡黙なデンゼルさんも声に出してイングリッダを応援していたし、そんな2人を見て僕と菖蒲さんはゲラゲラ笑っていた。
そうそう、菖蒲さんと転移の話もした。菖蒲さんもまた、仕事中に拉致られたようで、その事件を僕は数ヵ月前のニュースで見た記憶があった。しかし菖蒲さんが此処へやってきたのは数年も前ということで、やはり次元の中で時間軸がおかしなことになっているのはほぼほぼ確定だった。宗人の話では転移待ちの人が居るかもしれないとのことだったが、この待ちは、まったく順番通りということではなかった。
この転移に対する怒りは当然、ニシムラの研究失敗に向けられるものなのだが、この場にはその最も近しかった人物であるベルハイムも居た。その彼は今、心からの食事を楽しんでいる。それに水を差すようなことは、僕達には出来なかった。
食後は腹ごなしの運動と称して、本来やるはずだった僕とベルハイムの戦闘を行った。勿論、互いに殺す意志のない模擬戦である。
ジレッタパワーを注入され、現在使える権能をフルで行使する。ベルハイムは鉄魔法での攻撃を行った。粒子から生み出される流動する鉄は、僕に触れる前に錆びて塵と化す。降り注ぐ鉄の雨は溶かして金槌で叩き、傘にしてやった。
「やるじゃない、侘助!」
「ベルハイムも中々だ。今度はこっちから行くぞ!」
緋心を手に突っ込むが、地面から飛び出した幾重もの鉄板が行く手を阻む。僕はそれに向けて手を伸ばし、引き剥がす動作を行う。すると手の届く範囲外にあるにも関わらず、全ての鉄板は水風船のように弾けて溶け落ちた。
更に槍のように突き出る鉄の先端は靴で踏めば丸く溶けて足場へと様変わりする。そうして飛び越え、最後の一本で一気に空中へと飛び上がる。
「はぁあああ!」
掛け声と共に緋心を振り下ろす。ベルハイムの最後の抵抗は自身を覆うように重ねられた鉄板だったが、金属を切る緋心には全くの無意味だった。
ベルハイムの首筋に、ピタリと朱い刃が添えられた。
「参ったよ、降参。君には敵わないよ!」
「ふ、ふふ……あはは……! あぁ、楽しかった……!」
刀を鞘に仕舞うと観客になっていた【三叉の覇刃】から拍手と歓声が飛んできた。すっかり見世物になっていたが、そんなことも忘れるくらいに楽しい模擬戦だった。
菖蒲さん達と一緒に座っていたジレッタも拍手をしてくれていた。それが妙に気恥ずかしくて、でもとても嬉しかった。
模擬戦が終わった頃にはダンジョンの外も深夜に差し掛かる頃ということで、一晩明かすことになった。もっともっとベルハイムと話したいことは多かったが、先程の戦闘での疲れもあって、すぐに眠ってしまった。
そして一夜明けた翌朝。【鐵の墓】を出る為に鍛冶工房裏までやってきた。
「お別れするのは寂しいよ、ベルハイム」
「一緒に行けたらいいんだが……こればっかりはそういう訳にもいかない」
辺りがしんみりとした雰囲気に包まれる。最初は討伐する為と、【罪禍断命】と一緒にやってきた菖蒲さん達も今ではベルハイムを対処すべきモンスターとは微塵も思っていない様子だった。追われて隠れていたイングリッダさんでさえ、目を潤ませていた。
「最初に君達3人と一緒に来たあのパーティー、少し注意した方が良いかもしれないね。あれはいざとなったら味方でも捨てるような連中だ。短い間の手合わせだったけれど、ああいう目をした人間は何人も見てきた」
「あぁ、実際に私達も見捨てられたからな。貴方は追撃してこなかったから助かったが……あの連中と関わることはもうないだろう。仇なすなら殺すだけだ」
血生臭い会話になってきた。が、こうしてイングリッダさんが逃げ遅れることになった原因はそのパーティーだ。僕も気を付けないとな……きっとこうして【三叉の覇刃】に参加して此処へ来ていることもバレているだろう。
「あの連中になんてやられてくれるなよ?」
「大丈夫だよ。この世で僕を殺せるのは侘助とニシムラだけだよ」
「……えっ?」
あっさりとした言葉の流れに一瞬気付けなかった。
ベノハイムはこう言ったのだ。この世で自分を殺せるのは僕とニシムラと。
まだ、この世界にニシムラが居ると、彼はそう言ったのだ。
「ニシムラは……生きてるのか?」
「そうだね。あの人は【無限の魔力】を持ってるから、実現できないような魔法でも使えてしまうんだ。所謂、不老不死の魔法とかね」
曰く、魔法とは何でも出来る力だと王城の授業で習った。しかし何でも出来るかと言えばそれは嘘だ。何重にも構築された魔法や、大規模なものは魔力が足りないから発動することは出来ない。だが逆を言えば魔力さえあれば本当に何でも出来てしまうのだ。
スキルという枠組みを超え、術式という方法からも逸脱した【本当の魔法】は、不老不死の力を得ることも出来るし、もしかしたら時空間すら移動してしまうのかもしれない。
「ニシムラは、今何処に?」
「うーん……あの人の放蕩癖は相当だからね。付き添っていた僕も、ついに死ぬまで村には帰れなかったし。あぁ、埋葬してくれたのはニシムラだって話だよ」
誰から聞いたかは分からないが、何でも出来るなら死体を腐食させずに運ぶことも出来るだろう。何なら死んだ直後にナカツミ村にワープしたっておかしくない。
だがそうか……ニシムラは生きているのか。
そっとジレッタの顔を見る。彼女はニシムラに1000年もの間、幽閉されていた。その枷は今もまだ繋がったままだ。そんな彼女はニシムラに怒りを抱いていたが、今は何かを考えているような表情をしていた。怒っている様子はない。僕が話し合いで解決したいと言ったことを覚えていてくれているのかもしれないな。
「彼女に会えたら、よろしく伝えておいてくれ。気が向いたら僕に会いに来てくれともね。万に一つもないとは思うけれど、再び死ぬ前に会えると嬉しい」
「分かった、伝えるよ。……彼女? ニシムラは女性なのか?」
ジレッタの方を見るとこくん、と頷いた。言えよ。男だと思ってたぞ。
「うん、女性だよ。僕のお嫁さんさ」
「えぇ……っと、そうだったんだな……知らなかったよ」
色んな情報でまーた頭がパンクしそうになる。ニシムラの話をするといつもこうだ。これも無限の魔力が起こす何かの力なのか?
「ではそろそろ行くとしよう。死者であるベルハイムにこう言うのは少しおかしいかもしれないが……達者でな」
「うん、菖蒲さんもお元気で。また暇な時はおいでよ。呼んでくれたら入口まで行くから」
「あぁ、そうする。デンゼル、イングリッダ、侘助、ジレッタ。出発だ」
菖蒲さんが踵を返すと、トライ・エッジの面々はそれに従ってナカツミ村を出ていく。僕もまた、それに付き従った。
少し歩いて振り返ると、ベノハイムが小さく手を振っているのが見えた。それに手を振り返し、また歩く。そろそろ山に差し掛かる時、再び振り返った時にはもう誰も居なかった。
こうして僕の初めての冒険は無事に終わった。メインの目的であるイングリッダは怪我なく救えたし、サブ目的だったニシムラの情報も得られた。おまけで鉄魔法を術式化させた本まで貰ってしまった。
何だかとんでもないことになってきたが、一先ずはこのモヤモヤした気持ちとワクワクした気持ちとを日常にスライドさせよう。溜まった仕事を消化して、日常に溶け込もう。
後の事は、それから考えるとしよう。
33
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
扱いの悪い勇者パーティを啖呵切って離脱した俺、辺境で美女たちと国を作ったらいつの間にか国もハーレムも大陸最強になっていた。
みにぶた🐽
ファンタジー
いいねありがとうございます!反応あるも励みになります。
勇者パーティから“手柄横取り”でパーティ離脱した俺に残ったのは、地球の本を召喚し、読み終えた物語を魔法として再現できるチートスキル《幻想書庫》だけ。
辺境の獣人少女を助けた俺は、物語魔法で水を引き、結界を張り、知恵と技術で開拓村を発展させていく。やがてエルフや元貴族も加わり、村は多種族共和国へ――そして、旧王国と勇者が再び迫る。
だが俺には『三国志』も『孫子』も『トロイの木馬』もある。折伏し、仲間に変える――物語で世界をひっくり返す成り上がり建国譚、開幕!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
外れスキル【畑耕し】で辺境追放された俺、チート能力だったと判明し、スローライフを送っていたら、いつの間にか最強国家の食糧事情を掌握していた件
☆ほしい
ファンタジー
勇者パーティーで「役立たず」と蔑まれ、役立たずスキル【畑耕し】と共に辺境の地へ追放された農夫のアルス。
しかし、そのスキルは一度種をまけば無限に作物が収穫でき、しかも極上の品質になるという規格外のチート能力だった!
辺境でひっそりと自給自足のスローライフを始めたアルスだったが、彼の作る作物はあまりにも美味しく、栄養価も高いため、あっという間に噂が広まってしまう。
飢饉に苦しむ隣国、貴重な薬草を求める冒険者、そしてアルスを追放した勇者パーティーまでもが、彼の元を訪れるように。
「もう誰にも迷惑はかけない」と静かに暮らしたいアルスだったが、彼の作る作物は国家間のバランスをも揺るがし始め、いつしか世界情勢の中心に…!?
元・役立たず農夫の、無自覚な成り上がり譚、開幕!
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる