尻拭い、のち、リア充

びやヤッコ

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偽恋人作戦 4

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 「これ」

 「ありがとうございます」

 手渡されたホットココアを両手で持ってフーフーと冷ます。

 黒永先輩に抱えられた俺はそのまま先輩の部屋に連れられた。

 すぐに先程の感覚を忘れるためにシャワーを浴びて、用意してくれた部屋着に着替えたところだ。

 「俺があそこにいるってよく分かりましたね」

 「……何となく嫌な予感がしたんだ」

 黒永先輩は俺の横に腰をかけると、遠い目をしながら話し出す。

 「今日は悠里と東が指導室から出る日だっただろ?しかもクラスメイトの寮長から聞いた話だと、何故か悠里の同室の生徒が今日の朝突然部屋替えを申し出たんだ……そして今日に限って君は春夏冬に会いに行って俺の視界の範囲外にいるし」

 「視界の範囲外って……」

 確かに最近はずっと一緒にいたけども……

 「それで中庭に行ったあとも気になったから、メッセージで春夏冬に君が帰ったか聞いて、帰ったと言っていたから部屋まで見に行ったんだ」

 「え?!俺の部屋に??」

 「……確認のためだ」

 黒永先輩はきまり悪そうに答える。

 俺の事を心配して部屋まで来たのか?勉強会が終わった時は声をかけても振り返ってくれなくて、興味がなさそうな態度だったのに?

 「それで……部屋には東しかいないようだから、まさかと思って寮長に頼んで悠里の部屋のスペアキーを借りたんだ」

 黒永先輩は「ほら」とスペアのカードキーをポケットから取り出す。

 「悠里は初めから俺を部屋に連れ込んで色々やるために、同室の子を追い出したんですね?」

 「恐らくそうだろう」

 先輩は続ける。

 「あと君には悪いが、少し写真を撮ったんだ。だからそれを証拠として提示すれば悠里は少なくとも停学処分を免れないはずだ」

 ……停学処分……

 少し冷めてきたココアをひと口飲んで心を落ち着かせる。

 そしてずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。

 「……先輩は……何でここまでするんですか?」

 「え?」

 「こんなの、先輩が望んでた平穏とかけ離れてますよね?前回の掲示板の件もそうだし、今回も知らないふりをしようとすれば、出来ましたよね?そうすれば俺はきっと一連のことを自分の中で封印してたし、いつも通り先輩の平穏を守りながら過ごせましたよ」

 「……それは……」

 こんな質問をするとは思っていなかったのか、黒永先輩は珍しく戸惑ったような表情をする。

 「それに悠里の処分について毎回気にしてるようでしたけど、それって前に悠里が先輩にしたことへの復讐ですか?」

 「違う」

 「なら俺のためですか?」

 「…………分からない」

 分からない、か…………

 心のどこかで期待していた返答を得られず、少しガッカリとする。

 しかし先輩の次の言葉によって俺は希望を持たずにはいられなかった。

 「ただ、君が何か酷い目に会うのを俺が見たくないんだ。それに、悠里のせいで一緒に過ごす時間が少なくなるのが嫌なんだ。だから……たぶん、自分のためだと思う」

 「……そ、それって……」

 自分のためって言うけど、かなり俺のことが大事なのでは??

 「今日は君が春夏冬に会いに行ったから、中庭に一緒に行けなかっただろ?もし悠里のための偽恋人作戦がなければ、俺は今日中庭で寂しく感じることはなかった」

 「先輩、寂しかったんですか?……俺がいなくて」

 「君と一緒にいるのに慣れたからね。前だったら1人が当たり前だったのに、今では君が別の予定を入れてると残念に思う」

 手探り状態でありながらも、自分の気持ちをまっすぐと述べる黒永先輩に俺はソワソワとする。

 「先輩、それって友達に対してもそんな感情が湧くんですか?それとも俺だけですか?」

 君にだけだ」

 「万喜先輩にも感じない?」

 「ああ、ないな」

 「…………」

 先輩、それって俗に言う「好き」ってやつじゃないですか?

 そう言ってやりたいが、これで否定されたら俺もショックを………………ん?ショック?なんで?

 なんで黒永先輩が俺を好きじゃなかったらショックを受けるんだ?俺は別に男に興味ないし、ただ先輩と一緒にいれたら嬉しいってだけで…………

 あれ?これって言い方は違うけど、気持ち的には先輩と同じなのでは??

 先輩と一緒にいれると嬉しい、もっと一緒にいたい。先輩と別れると寂しい、振り向いてくれないともどかしい。先輩が俺にだけ特別な感情を抱いてるんじゃないかと思うとドキドキする、でもそれが恋愛感情じゃなかったら悲しい。

 これって………………………

 ……………………………………………………あ。

 そっか、俺黒永先輩のこと好きなんだ。

 そう自覚した途端に顔が熱くなる。

 「緒里、どうした?」

 さっきまでずっと君、君、だったのに、ここにきて名前を呼ぶのは追い討ちすぎる!

 激しく高鳴る鼓動に悶えていると、黒永先輩は優しく笑う。

 「それにしても良かった、無事で。腕を見せてごらん。赤くなってる」

 「見た目が大袈裟なだけですよ。痛くないし、平気です」

 先輩は俺の手首を自分の方に引き寄せると、赤くなった部分を労わるように軽くさする。

 「ふくらはぎと太ももの方も見せてくれ」

 「え?!ふ、ふとももはダイジョウブデス……」

 短パンの裾からスルッと入ってきた手にゾクッとしてしまう。

 ダメだ……なんか今触られたら変な気を起こしちゃいそう。

 悠里にレイプ紛いなことをされてついさっきまで最悪な気分だったのに、俺って呑気すぎるのか?

 裾を軽く捲られてあらわになった太ももには、ベルトの痕がくっきりと赤く残っている。

 「他に酷いことはされてないか?俺が入っていった時にはその……手でやられていたけど、それ以上はされなかったか?」

 「他はないですよ!心配しないでください。まあ本当に惨めな気分になりましたけどね」

 こうなったら絶対に偽恋人作戦は成功させてやる。そして東に抱き潰されるがいい。

 「停学にしなくて大丈夫か?」

 「そ、そうですね……」

 停学処分はさすがに人聞きが悪すぎる。

 父さんや母さんの社交の場では必ずと言っていいほど俺たちの話題が上がる。もし悠里が停学にでもなってみろ。恥をかくのは本人じゃなくて父さんと母さん何だ。

 俺は尻拭いをしに来たのだから、最悪を回避しなくてはならない。

 だから……

 「停学はとりあえずなしで」

 「続けるのか?作戦を」

 「はい。これが1番円満に解決する方法なので」

 「……分かった。でもくれぐれも無理はしないように。なるべく悠里との接触も避けてくれ」

 不安げに俺を見つめる瞳にくすぐったいような気持ちになる。

 黒永先輩って案外表情豊かだけど、これも俺に対してだけだったらいいのに。

 俺は言われたことに対してコクコクと頷くと、先輩の膝に頭を乗せる。

 「重いですか?」

 「いや」

 細長い指が俺の髪の間を伝う。

 またナデナデしてる。この前の寝ぼけてた夜みたい。

 「先輩、今日は一緒に寝てもいいですか?」

 「ああ、もちろんだ」

 躊躇なくもちろんって言っちゃうんだ。

 俺はこっそりとニヤける。

 「じゃあお言葉に甘えて」

 黒永先輩と過ごす時間は心地がいい。

 ソファーで膝枕をしてもらいながら、他愛もない話を2人でぽつりぽつりと話しているうちに、1日の記憶が最悪なものから最高なものへと徐々に塗り替えられていった。
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