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第11話 14歳の日常 2
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ユカリノはオーリの髪を梳いている。
灰色の髪は豊かで、肩甲骨くらいの長さだから、放置すればぼさぼさになる。だからユカリノは脇髪を掬い上げ、後頭で結んで顔の周りをすっきりさせるのだ。
髪を梳くと首の後ろに硬い皮膚が見える。オーリの首と胸にある、異形の皮膚のことは、初めて会った夜に彼から見せられたものだ。
その時、彼が疎まれていた理由がわかったような気がした。異形、異質は常に人々から避けられ疎まれる──自分のように。
今まで必死で隠していだろうに、少年は自分を信じて見せてくれたのだ、とユカリノは思った。
この皮膚、髪や瞳と同じ色をしている。
オーリが施設に預けられる時、イニチャに彼のことを話し、なるべく入浴や着替えを人に見られないように配慮してやってくれと、説明した。
セルヴァンテの下っ端役人である彼は何か知っているのか、直ぐに理解したように頷いた。ただ、彼は何も説明しなかったし、ユカリノも尋ねようとは思わなかった。
異分子という点では、ユカリノもオーリも同じだったからだ。
「奴らは出なかったか?」
オーリが作った果実水を飲みながら、ユカリノが聞くのはケガレのことだ。
「ええ。ユカリノ様からいただいた、お守りを持っているおかげですね」
オーリの腕には、ユカリノの髪と翡翠玉を編みこんだ腕輪がはめられている。
森に来るのを止めても聞こうとしないオーリのために、作って与えた物である。
翡翠は古い霊刀に嵌《は》め込まれていたもので、その刀の主だったヤマトは、とおに亡くなっていた。
「おかしいな。こんなものはただの気休めで、大した効果はないと思っていたのに……」
「そんなことないですって! これ、すごく効き目あるんですから!」
「そうかぁ?」
機嫌よく請け合うオーリだが、ユカリノは半信半疑である。
「さぁ、夕飯をいただきましょう。今日は俺が作った羊肉のシチューです! 今あっためますね!」
ユカリノの家には、定期的に神聖セルヴァンテから物資が届く。
だから、衣食住に不自由しているわけではないが、それは判で押したように決まった物ばかりだ。
衣類は上質だが、決まった色や形のものばかりで、食品は魚や肉の乾物や穀物、根菜類と豆だ。新鮮な肉類はない。
だから、オーリが持ってくるこの地方独特の料理や、生活雑貨類は、ユカリノを喜ばせた。
彼女は小柄な割によく食べる。特に乳製品が大好きで、乳酪《にゅうらく》を穀物の粥にぶっかけたものが大好きだ。
「美味しいですか?」
「……美味しい」
羊肉の臭みが取れていて、香料の具合も抜群だ。
「よかった! 試してみたい料理があるんで、また明日持ってきますね」
「だが、森では気をつけるんだ。最近のケガレはどうも性質が変わってきている」
食べ終わったユカリノは、歯を磨いて帯刀した。
ケガレの出現は不規則だ。以前は、禍々しい気配が感じられず、全く現れない夜もあった。
しかし、最近そんな日はめっきりと減っていた。
「ええ。俺も思います。なんか、前のようにペラい感じじゃなくて、大きく重くなってきてますよね」
食器を洗いながら、オーリも頷いた。
ねばねばした悪意の塊、ケガレを誘き寄せるのは、人間の憎悪や恐怖、悲しみという負の感情だ。もしかしたらこの土地、いや大陸に異変が起きていて、それを糧に成長しているのかもしれない。
それはユカリノにもわからないことだった。
ユカリノに感知できるのは、ケガレの滲み出る気配だけで、人々の事情ではない。
「でもおかげで、ユカリノ様を援護しやすくなりましたけど」
「私はお前を危険に晒したくないんだが」
ユカリノは真面目な顔で羊肉にかぶりついた。
かつて、頭ひとつユカリノが大きかった二人の背丈は、今では彼女の方が、オーリを見上げるほどになっている。見かけは、十代半ばの少年と少女だから、何も不思議はないのだが。
しかし、ユカリノの中身は大人なのだ。オーリは早く彼女に追いつきたいと切に願っている。体も、心も。
追いついて……でも、どうしたらユカリノ様をこの戦いから救える? まだ何にもわからない。
「オーリ? 聞いてるか?」
「聞いていますよ。俺だって、衛兵に稽古をつけてもらってます。上達が早いって言われてるんですよ。少しは役に立ちますから」
オーリはユカリノの漆黒の瞳を覗き込んだ。そこに自分が映っているの見るのが好きだった。本当は自分以外を映したくはない。
そのためにオーリは自分にできることを探し、見つけたのだ。
ケガレを祓うことはできなくても、ユカリノを助けることはできる。
それはユカリノがケガレと戦っている間、高所に潜んで、地表から滲み出るケガレの場所や形状を伝えることだ。
おかげで、仕事が早く終わる。その分ユカリノを休ませることができるのだ。
ユカリノはヤマト、オーリは異形の皮膚を持つ忌み子。
俺たちは、人と違うところが似ている。だから一緒なんだ。
「だけど、無理はするな。危なくなったら逃げるんだ。私が援護する」
「俺の役目を取り上げないでください」
オーリは自分で作った剣と矢筒、弓を装備した。
「さぁ行きましょう。今夜は何匹祓えるかな?」
オーリは嬉しそうに言った。
灰色の髪は豊かで、肩甲骨くらいの長さだから、放置すればぼさぼさになる。だからユカリノは脇髪を掬い上げ、後頭で結んで顔の周りをすっきりさせるのだ。
髪を梳くと首の後ろに硬い皮膚が見える。オーリの首と胸にある、異形の皮膚のことは、初めて会った夜に彼から見せられたものだ。
その時、彼が疎まれていた理由がわかったような気がした。異形、異質は常に人々から避けられ疎まれる──自分のように。
今まで必死で隠していだろうに、少年は自分を信じて見せてくれたのだ、とユカリノは思った。
この皮膚、髪や瞳と同じ色をしている。
オーリが施設に預けられる時、イニチャに彼のことを話し、なるべく入浴や着替えを人に見られないように配慮してやってくれと、説明した。
セルヴァンテの下っ端役人である彼は何か知っているのか、直ぐに理解したように頷いた。ただ、彼は何も説明しなかったし、ユカリノも尋ねようとは思わなかった。
異分子という点では、ユカリノもオーリも同じだったからだ。
「奴らは出なかったか?」
オーリが作った果実水を飲みながら、ユカリノが聞くのはケガレのことだ。
「ええ。ユカリノ様からいただいた、お守りを持っているおかげですね」
オーリの腕には、ユカリノの髪と翡翠玉を編みこんだ腕輪がはめられている。
森に来るのを止めても聞こうとしないオーリのために、作って与えた物である。
翡翠は古い霊刀に嵌《は》め込まれていたもので、その刀の主だったヤマトは、とおに亡くなっていた。
「おかしいな。こんなものはただの気休めで、大した効果はないと思っていたのに……」
「そんなことないですって! これ、すごく効き目あるんですから!」
「そうかぁ?」
機嫌よく請け合うオーリだが、ユカリノは半信半疑である。
「さぁ、夕飯をいただきましょう。今日は俺が作った羊肉のシチューです! 今あっためますね!」
ユカリノの家には、定期的に神聖セルヴァンテから物資が届く。
だから、衣食住に不自由しているわけではないが、それは判で押したように決まった物ばかりだ。
衣類は上質だが、決まった色や形のものばかりで、食品は魚や肉の乾物や穀物、根菜類と豆だ。新鮮な肉類はない。
だから、オーリが持ってくるこの地方独特の料理や、生活雑貨類は、ユカリノを喜ばせた。
彼女は小柄な割によく食べる。特に乳製品が大好きで、乳酪《にゅうらく》を穀物の粥にぶっかけたものが大好きだ。
「美味しいですか?」
「……美味しい」
羊肉の臭みが取れていて、香料の具合も抜群だ。
「よかった! 試してみたい料理があるんで、また明日持ってきますね」
「だが、森では気をつけるんだ。最近のケガレはどうも性質が変わってきている」
食べ終わったユカリノは、歯を磨いて帯刀した。
ケガレの出現は不規則だ。以前は、禍々しい気配が感じられず、全く現れない夜もあった。
しかし、最近そんな日はめっきりと減っていた。
「ええ。俺も思います。なんか、前のようにペラい感じじゃなくて、大きく重くなってきてますよね」
食器を洗いながら、オーリも頷いた。
ねばねばした悪意の塊、ケガレを誘き寄せるのは、人間の憎悪や恐怖、悲しみという負の感情だ。もしかしたらこの土地、いや大陸に異変が起きていて、それを糧に成長しているのかもしれない。
それはユカリノにもわからないことだった。
ユカリノに感知できるのは、ケガレの滲み出る気配だけで、人々の事情ではない。
「でもおかげで、ユカリノ様を援護しやすくなりましたけど」
「私はお前を危険に晒したくないんだが」
ユカリノは真面目な顔で羊肉にかぶりついた。
かつて、頭ひとつユカリノが大きかった二人の背丈は、今では彼女の方が、オーリを見上げるほどになっている。見かけは、十代半ばの少年と少女だから、何も不思議はないのだが。
しかし、ユカリノの中身は大人なのだ。オーリは早く彼女に追いつきたいと切に願っている。体も、心も。
追いついて……でも、どうしたらユカリノ様をこの戦いから救える? まだ何にもわからない。
「オーリ? 聞いてるか?」
「聞いていますよ。俺だって、衛兵に稽古をつけてもらってます。上達が早いって言われてるんですよ。少しは役に立ちますから」
オーリはユカリノの漆黒の瞳を覗き込んだ。そこに自分が映っているの見るのが好きだった。本当は自分以外を映したくはない。
そのためにオーリは自分にできることを探し、見つけたのだ。
ケガレを祓うことはできなくても、ユカリノを助けることはできる。
それはユカリノがケガレと戦っている間、高所に潜んで、地表から滲み出るケガレの場所や形状を伝えることだ。
おかげで、仕事が早く終わる。その分ユカリノを休ませることができるのだ。
ユカリノはヤマト、オーリは異形の皮膚を持つ忌み子。
俺たちは、人と違うところが似ている。だから一緒なんだ。
「だけど、無理はするな。危なくなったら逃げるんだ。私が援護する」
「俺の役目を取り上げないでください」
オーリは自分で作った剣と矢筒、弓を装備した。
「さぁ行きましょう。今夜は何匹祓えるかな?」
オーリは嬉しそうに言った。
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