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おまけのお話
レリアの最愛 4
しおりを挟む顔を覆ってうずくまる私のうえから、魔族の言葉が降ってくる。
「その様子を見るに、真実なんだろう。
ろーは、この家から殆ど出ていない。遠見の魔法も使えない。
生まれたばかりでも、ろーは言語を理解し、読み書きさえできた。
前世の記憶というのは、虚言ではないと思う」
「僕、くすぐられるのが苦手だなんて、ひめさまに逢うまで知らなかった!
僕も知らない僕を知ってるなんて、相当だよね」
魔法使いの言葉が続いた。
「僕は、レトゥリアーレさまを殺す者。
決して、お傍に近づいてはならぬ者なのです」
きみの瞳が、涙に濡れる。
「遠くから、お慕いしています。
僕をたすけてくださって、名をつけてくださって、ありがとうございました」
遠くから──
…………今、なんて……?
「……私は、ルルを、たすけられなかった。
ひどく虐められ、傷つけられていることさえ……知らなかった。
私が守っているエルフは、私が大切にする者を害することはないと、信じ過ぎて……」
同胞に罪を擦りつけようとした私は、首を振った。
もう、きらわれてる。
もう、憎まれてる。
ほんとうを、告げなくては。
きみに、もっと、憎まれても
「ルルが傍にいてくれるのが、たまらなく、うれしかった。
こんなに愛らしい者がいるのかと、驚嘆したんだ。
ちいさな指で、私の手を握ってくれる。
私に、笑いかけてくれる。
そのたび私は、舞いあがって。
ルルのことしか、考えられなくて。
……ルルが殺されそうになっていることさえ、気づけなかった」
涙に、きみが、滲んでゆく。
「……ルルは……私を……憎んで……」
声が、砕ける。
「それは、ゲームの世界の僕です。
レトゥリアーレさまを信じて、心から愛していたから、どんなに虐げられてもエルフの里に留まってた。
でもゲームのレトゥリアーレさまは、クロを殺したエルフたちを罰することさえしなかった」
げーむ。
ルルの前世にあるという遊戯の一種らしい。
自分が主人公になったようにお話を体験できるという。
小説とはすこし違うものらしかった。
ルルは、泣いていた。
クロと呼ばれ、抱きしめられた仔馬に、息をのむ。
ずっとルルの傍にいた、犬か。
こんなに巨大になったのか。
ルルを護ろうと、ちいさな身体で吠えていた。
やさしい犬を、憶えてる。
──私よりずっと、ルルを想って
ルルを、解って
ルルに、愛されてる。
──私が、間違えなければ
きみが受けた痛みに、苦しみに気づいていたら
きみを、護れたら
傍にいられたのは、私だったろうか。
夢のように揺らめいた虚像が、掻き消えた。
「僕の唯一のともだちを見捨てたレトゥリアーレさまは、僕も見捨てる。
僕はレトゥリアーレさまを心の底から愛しているのに、レトゥリアーレさまにとって僕は、その他大勢のうちのひとり。
愛してもらえないなら、憎んでもらえばいい。
レトゥリアーレさまの一番の憎悪の対象になるには、レトゥリアーレさまが大切にしているエルフを、皆殺しに」
目の前にいるのは確かにきみなのに、きみの向こうに、もうひとりのきみが立ち昇るようだった。
陽炎のように、きみの唇から、もうひとりのルルが想いを紡ぐ。
「誰より憎らしい者になれれば、僕は、レトゥリアーレさまの視界に入れる。
レトゥリアーレさまは、僕のことを、考えてくださる。
だから、ちょろちょろして、鬱陶しいことばかり言って。
僕を、憎んでくださるように。
僕を、視界に入れてくださるように。
僕を、思い出してもらうために。
僕は、必死で」
きみが、もうひとりのルルが、涙に揺れる。
「それでも、僕を見てくださらない、僕を有象無象として扱うレトゥリアーレさまが、愛しくて憎らしくてたまらなくなって。
僕だけのレトゥリアーレさまに、なって欲しくて。
ゲームの僕は、レトゥリアーレさまに、剣を突き立てた」
……ルル
そんな風に言ってくれたら、勘違いする。
きみが、私を、想ってくれるんじゃないかと。
それはきっと、もうひとりのルルの気持ちで
きみの気持ちじゃ、ない。
「最期に、レトゥリアーレさまは、僕を愛していたと仰った。
酷いことばかりしたのに、僕はレトゥリアーレさまの愛に包まれて、レトゥリアーレさまの腕のなかで死んだ。
この上ない、しあわせでした」
過去形だ。
「ゲームの僕は、間違った道ばかり歩んで、エルフを滅ぼし、レトゥリアーレさまを傷つけたことを、とても悔やんで。
もう一度、やり直したいと願ったんです。
レトゥリアーレさまに、さいわいを。
レトゥリアーレさまに、生きて欲しかった。
決して叶えられることのない筈の願いなのに、ゲームの世界はリセットができるから。
ルルはすべての闇の魔力と、魂を捧げて祈った」
もうひとりのルルの想いが、沁みてゆく。
──その世界の私は、愚かで、果てしなく愚かで、絶望と悔恨に呑み込まれ、ルルに貫かれ、息絶える。
『あなたが一番、憎かった』
告げられ
『きみをずっと、愛してた』
ささやいて、きみを殺す、もうひとりの私が、私に重なってゆく。
私のいない世界で生きるきみが許せなくて、殺した。
なんて歪んだ、なんて醜い、なんて最低な、愛なんだろう。
なのに、その想いが喉に迫る。
──私のいない世界で、ほかの誰かに、笑わないで。
ちいさな子どもみたいに頑是ない、愚かしい、おぞましい思いを実現するために、きみを、殺してしまうだなんて。
最悪な私が、私のなかに息づいてる。
真っ暗な闇に呑まれそうな私に、きみの声が降る。
「だから異界で死んだ僕の魂が、消えかけたルルの魂を補うように、ルルの身体に入ったんです。
ゲームの知識を持ち、レトゥリアーレさまを世界一愛する僕を、ルルが選んだ。
レトゥリアーレさまを、生かすために。
レトゥリアーレさまが、しあわせになるために」
涙の瞳で、きみが微笑む。
「だから僕は、レトゥリアーレさまに、決して近づいてはいけないのです。
どれほどレトゥリアーレさまを、愛していても」
──夢が聞こえた。
幻が聞こえた。
なのに、きみが泣いているから
まるで、ほんとうみたいで
「レトゥリアーレさまが生きてくださることが、僕のしあわせだから。
レトゥリアーレさまが、しあわせになってくださることが、僕のしあわせだから」
胸に手をあて、膝をつき、駆け去ろうとしたきみに、手をのばす。
のばしても
のばしても
届かなかった手で
今度こそ、きみを、抱きしめる。
「ルル」
あふれる涙で、きみが、見えない。
「私のしあわせは、きみだ」
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