イスティア

屑籠

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第一章

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 夢の中で、何かが囁く。
 うぅ、と唸りながら、思考ははっきりしていた。

(精神操作系の、魔法か?)

 体が、下手をすれば乗っ取られるかもしれない、と魔法にあらがうために意識を強く保とうと努力する。
 それでも、姿の見えないそいつは、オーガの内を確実に黒く染めていく。
 息が、出来ない……夢なのにおかしな話だ、と笑ってしまう。

(もう……だめ、だ……)

 ふっと、意識を手放しかけたその時、ぴかっと辺りの黒い靄が消え、そっと何かに抱き留められた。

「危なかったのぅ、オーガよ」

 オーガは聞き覚えのある声に、そっと息を吐く。
 にっこりと、ラジュールがオーガを見て笑った。

「……何で、お前がここに?」
「主が出発する際に印を付けたのよ。こう、面倒ごとを引き込むとは思わなんだが」

 ラジュールの本来の目的は、同じ王族を避けるための印であったが、こうして役に立つとも思わなかった。

「印?」
「口づけ、したであろう?」
「……あれか。なんで俺なんかに……」

 思い出してげっそりとしながら、オーガはため息を吐いた。

「それにしても、魔物狩りの剛腕、ザックスとな。オーガの魔力を辿って逆に精神操作をしようとはな?」

 くくっ、と笑いながらラジュールは一点を見据えている。
 その瞳は、笑ってなどいなかったが。
 オーガもつられてそこを見れば、ちっ、と舌打ちした先ほど捉えた盗賊の頭が居た。

「魔物狩りの剛腕?」
「二つ名を持つ、盗賊よの。さて、オーガに手を出すとは御し難い。が、お主については許さねばならぬ。面倒なものよの。まあ、死する方がましという事も有ろうて」

 にぃっこりとラジュールは笑い、ザックスはさっ、と顔色を悪くした。

「おい、まさかっ」
「オーガよ。この者の部下たちは、次の街で衛兵に預けるとよい。この者については、我が兄、第一王子殿下がご所望だ」
「……王宮まで連れてけって言うのかよ?」
「やめろ!!」
「メッチャ嫌がってるけど?」
「オーガに捕らえられたのが運の尽きよの。観念しやれ」

 冗談じゃねぇ!!というザックスに耳を貸すこともなく、ラジュールが少し手を振ればザックスの姿は消えてしまった。
 オーガと、ザックスの魔力が断ち切られたのだ。

「さて、オーガ」

 ちらり、と目線を向けられ、はぁ、とため息を吐くオーガ。

「……助けてくれてありがとな」
「うむ、素直なのは良いことだ。しかし、そなたは無防備よのぉ」
「そのしゃべり方やめろ」
「ははは、良いではないか。少し、仕置きよ」

 はっはっは、とラジュールが笑うのに対して、オーガは何とも言えず苦い顔をした。

「油断しすぎだなぁ?」
「……精神魔法系は苦手なんだよ」

 言い訳のようにオーガが言えば、ふふふ、とラジュールは楽しそうに笑う。

「我も、其方の役に立とうとはな?」
「はぁ?」

 ちらっと振り返れば、精神体だと言うのに、そっと口づけをされた。
 二度目で、人目もないからはぁ、とオーガはため息をこぼし、ラジュールを睨みつける。

「其方に我が印を付けている間は、我が其方を守ろう。王宮まで、健やかに過ごせ」

 くしゃり、とオーガの頭をなで、ラジュールが消えると同時に目が覚めた。
 オーガは、ラジュールになでられた場所を触ってくそっ、と悪態をつく。

「今、何時だ?」

 アラームが鳴っていない、という事はまだ夜中なのだろう。
 そう思い、ステータスの端を見て驚く。

「なっ!?」

 ステータス上に表示されていた時間は、予定の時間を大幅に過ぎている。
 慌てて起きだして、リビングへと飛び出せば、おはよう、とリカルドが片手をあげた。

「わ、るい、寝坊した」
「あぁ、扉越しにも分かるぐらいに魘されてたからな。アレンが行者を引き受けていたぞ」
「魘されて……あぁ、なるほど」

 オーガが眠ったすぐあとからずっと、仕掛けをしていたのだろうザックスは。
 見かけによらず、繊細な魔法を使うモノである。
 リカルドに出された食事を食べながら、はぁ、とため息を吐いた。

「アレン」

 行者の乗る場所へと通じている小窓を開くと、アレンが起きたのか、と苦笑いしてオーガを見る。

「調子はどうだ?」
「あぁ、何ともない。夢見が悪かっただけだ」
「そうか。まぁ、今日はゆっくりとしとけ。この世界に来てからの疲れも出たんだろうしな」
「……そうさせて貰うか」

 オーガは、アレンに礼を言うとそのままリビングスペースへと戻る。
 そこで、キッチンテーブルや椅子がないのは不便だな、とそっと丁度いい素材がないか、床に座りながらストレージの”資材”の部分を見漁る。
 廃材ばかりで、そのまま使えそうな素材は何もない。
 が、昔ONI時代に買い取ったトレントの端材があることに気が付く。
 長さはまちまちだが、それなりに量がある。
 それだけあれば何とかなるか、とそれをリビングスペースへと広げた。

「オーガ、お前何をするつもりだ?」
「えっ?あっ」

 頭に、怒りマークを携えたリカルドが仁王立ちで腕を組み、オーガを見下ろしている。
 その顔と体格もあり、恐ろしく感じてしまう。威圧感がすごいというやつだ。

「いや、机と椅子が無いと食事時に不便だろう?今のうちに作っておこうと思ってな?」
「”造る”つもりか?」
「ん?あぁ、錬金術でいい具合の大きさにしてから、組み合わせて作ろうと……」
「お前は、動いてないと死ぬのか?今朝、夢見が悪くて起きられなかったのはどこの誰だ?」

 あぁ?とリカルドに睨まれるオーガ。しかし、オーガも殊の外気にしていないようだ。

「いや、夢見が悪かっただけで病気じゃないしな。それに、ポーション飲めば、大抵なんだって治る」
「そりゃ過信っていうもんだろうが!」
「あー、はいはい。無理はしねぇから。大丈夫だって」

 な?と言いつつ、オーガは端材を確認し終えて、いったんストレージに仕舞う。
 はいはい、と適当にリカルドをなだめてさっさと部屋に閉じこもってしまった。
 オーガの部屋はオーガにしか開閉出来ない仕組みになっている。管理者権限と言うやつだ。

「はぁ……少しくっつけるだけだっての」

 さっと大きめの白い紙を取り出し、その上に合成の錬金術式を書いていく。
 今回は、端材同士をくっ付けて、形を少し変えるだけの簡単な作業だ。この馬車を作ったほど、魔力は持っていかれない。

『森の魔木の魔を帯びて
 重なり合う気に木を重ね
 同じ気ならば溶け合わん』

 端材は、光の中で数個のパーツに分かれて出来上がってくる。
 それは差し込む用の凹凸が付いており、透明な毒のないスライムの粘液を接着剤として使うように出し、木材を一つ一つリビングへと運ぶ。
 オーガの持ってきたパーツを見て、リカルドは諦めたようにはぁ、とため息を吐いた。

「リカルド、手伝ってくれ」
「あぁ、わかった」

 それ以上何も言わず、リカルドはオーガの部屋に入ると紙の上に並べられたパーツを一つ一つ運び出す。
 全てがそろったら、リカルドも一緒に工作だ。

「えっと、この穴にこの棒を接着剤を付けて差し込んで」
「……」

 オーガとリカルドの周りには同じ素材が並べられており、まずは椅子から作るらしい、とリカルドはオーガの真似をして作っていく。
 テキパキと接着剤を付けては差し込みを繰り返し、簡単な作業工程で、あっという間に椅子が出来た。
 椅子のパーツは全部で四脚分。
 もう一つずつ、オーガとリカルドで作る。

「よっし、完成。あとは机だけだな」

 椅子よりもパーツが少し多い机だが、やはり差し込むだけなのでそれほど時間はかからないだろう。
 あっ、そうだ、とオーガが思い出したように声を上げた。

「今の部屋で欲しい物が有ったら、作るからいつでも言ってくれ」
「……お前、冒険者なんだよな?」
「いや、基本的には生産者だな。錬金術で攻撃することも可能っちゃ可能だけど、基本的に錬金術って生産をする能力だからなぁ」

 オーガの戦闘職は、そのために魔法剣士となっている。
 もちろん、そのjobにする前には魔法使い、魔術師とjobを上げていたが。

「そうか。なるほど?」(だから職人気質なのか)

 成程、と一つ頷くリカルドに対して、ん?とオーガは一つ首を傾げた。

「あっ、忘れないうちに渡しとく」

 そう言ってオーガが取り出したのは、昨日アレンに渡したポーション。
 そのランクA。
 カッ、とリカルドの目が見開かれた。

「オーガ、お前!!」
「ん?実験に付き合ってくれるんだろう?」

 オーガの実験に付き合ってもらう、という事を承諾しているから、リカルドはどんなに勿体なく思っても飲むしかない。
 それに、オーガにとってはストレージ内の肥やしでしかない。
 ランクBの方が沢山あるのは、まぁ仕方のない事。
 けれど、ランクAが全くないわけでもない。それどころか、錬金術のレベルを上げるために作り過ぎている。
 まぁ、素材もレアなのだが、オーガだ。ONIで生産職をして魔法で相手を吹っ飛ばしていたオーガだ。
 あまり、気にするべくもない。
 それに、作った魔力や体力回復系のポーションは売れても、欠損回復薬などは微々たる売れ行きしかない。
 経験値は入るのに、売れない薬は不動在庫として有り余る。
 実験と称してリカルドに飲ませたところでどこも痛くない。
 それどころか、この世界でどれほどの回復量を誇るか、見て置ける最高のチャンスだ。早々、知り合いが体の一部を欠損しているもんか。
 はぁ、とため息を吐いてリカルドはその薬を飲み下す。
 うぐっ、とうめくのは先日と同じ。
 けれど……。

「おい、肩どうなった?」
「ぐっ……、ん?い、痛みが……」

 リカルドは、その不味さにうめき、だが日々僅かに感じていた痛みがしないことに驚く。
 そっと、リカルドが前をはだけさせ、肩をオーガに見せる。
 昨日、まだ深くあった傷は完全に姿を消していた。

「……BとAで回復量が違いすぎるだろ」

 呆れたようにオーガはその傷跡があった場所を見て、苦笑いする。
 リカルドは唖然としてその場所を見ていた。

「お前、これ売り出すとか言わないよな?」
「流石に、売りには出さねーよ。ただ、薬局みたいな役割も持たせたいからそこで薬として使うかもしれないが」

 オーガのONIとしての店は、偏屈な店主が営んでいると噂になっていたが、それでもポーションの出来も、店主であるオーガの病を見抜く目も確か、という事で結構な評判だった。
 オーガ自身の性格もあり、もうオーガの店しかない、という客しか来なかったし、常連として来るのはそんなオーガが面白いというトップランナーたちばかりだった。
 その店にも、商品を置いているスペースとは別に、NPCたちも診れる診察スペースのようなものがあった。
 そこで、作り置きしていた湿布薬などを渡したり、普通の医者、あるいは薬屋みたいなことをしていたのだ。
 当然のようにそう、併設することをオーガは考えている。

「こんなもん使ったら事件だぞ!?」
「いや……材料さえあれば誰でも出来んだろ」

 材料がレアなものも有るが……この世界に果たしてあるのかどうか。
 あっ、と魔法薬全般について考えていた時だ。
 オーガが声を上げてストレージを見た。

「……わすれった」

 ワイバーン三体の素材と肉。

「どうしたんだ?またやばいモノじゃないだろうな?」
「いや、この間の依頼のワイバーンだけど、血抜きってギルドでしてくれるのか?」
「ん?血抜きならギルドの解体部門でしていると思うが?」
「その血が必要なら集めておいてくれっかな」
「たぶんな。カウンターに持って行って話せば取っておいてくれるだろ」

 それもそうか、と思っているうちにアレンが小窓からおい、と呼ぶ。

「オーガ、リカルド、身分証」
「ん?あぁ、街についたのか」

 そっと外を見回せば、そこは街の入り口から少し離れた場所。
 リカルドと一緒にオーガもアレンへとギルドのカードを預ける。
 魔法馬車は少ないけれど、貴族などは馬車から顔も見せないため、身分証が有ればあまり怪しまれることもない。
 ギルドのカードは、犯罪履歴が有れば色が変わる。特に殺人など犯せば真っ赤に。オーガもリカルドもその色はブルーであり、通貨に問題はない。
 あっ、とアレンへ盗賊について告げれば、中に入ってすぐに屯所へと向かうことになった。
 屯所は、なかなかの大きさで少し驚く。

「えっと、森の中で盗賊を捕まえたらしいね」
「あぁ、出してもいいのか?」

 捕まえたというには盗賊らしき人影がみじんもないオーガに対し、訝しむように兵士が見る。
 オーガが手をかざせば、ランダムで一人、何もない空間からぼてっと現れた。
 それには目を見開いて驚く兵士。

「まだ後、いっぱい居るんだけど」
「あっ、ああ!こっちに……この中に入れてくれ」

 少し連れられてオーガ達が向かえば、そこは牢屋の一つだった。
 少し狭いかもな、と思いながらそこへどんどんと盗賊を残らず出していく。
 盗賊からは、「いてーな!」「乱暴に扱うな!」「もっと大切に扱え!!」と苦情が出ていたがオーガは無視。
 むしろ、その叫んでいるうえに更に人を出して見せるから質が悪い。

「この盗賊団は……」
「何だかの剛腕?だかって言ってた気がするな……」

 本人じゃなく、ラジュールだが。
 それも、精神体の事だったのでよく覚えていない。

「それってもしかして、魔物狩りの剛腕か?」
「ああ、それだ」

 何だって!?と周りの兵士が驚きの声を上げる。
 オーガはその声にそっと顔をゆがめた。

「そのえっと、ザックス?とか言う奴は直接王都に連れて来いって言われたな」
「は?誰に?」
「ラジュール」

 ぽかん、としたアレンとリカルド。
 次の瞬間、殿下を付けろ!!!とアレンの拳が飛んできた。
 地味に、処ではない、とてつもなく痛い。

「っっっ!?」
「お前、不敬にもほどがあるぞ!?」
「知るか!俺はな、この世界に来たくて来たんじゃねーっての!!王族がなんだ!貴族がなんだ!そんなこと知るか!!」

 噛みつかんばかりにオーガが言えば、お前は!!とアレンに怒られる。
 その様子を、兵士は呆れた顔で見ていた。

「んで、あの二人は放っておいていいんですが、彼らは?」
「えっ?あぁ、魔物狩りの剛腕の一味なら、人を襲うことは早々してないだろうからな。鉱山で一年かそこら働けば自由になれるさ」

 そう言って、兵士がやはり呆れた顔で笑う。
 人数を数え、報酬をリカルドが受け取ると、オーガとアレンに声をかけた。

「用は済んだから、行くぞ」
「えっ?あぁ、終わったのか」

 ため息を吐き、リカルドの言葉を聞き漏らさないアレンがリカルドの方を向く。
 が、その最中でもオーガへの注意は怠らなかったのか、オーガの繰り出す拳を軽々と避けていた。

「くそっ」
「お前もガキみたいなことしてるなよ……」

 呆れた声でリカルドに言われて、むっとしてオーガは顔をそらす。
 なんとなくだが、リカルドたちはオーガの扱い方に慣れてきた様子もある。
 兵舎から出ると、リカルドが、報酬を手渡してくる。一人一銀貨の盗賊は、全部で35人居たらしい。
 なかなかの数だな、とも思う。けれど、巨大な盗賊団でもなくてよかったとも思った。
 百を超える数の盗賊が居れば、それはそれで問題だが。

「大銀貨3枚と銀貨5枚か。なかなかの数だな」

 そう言い名がら、馬車の所まで戻ってくると、馬車の周りには人だかりができていた。
 レティがオーガたちを見つけると、遅いわよ!!と憤慨している。

「……何でこんな事になってるんだ?」
「知らないわよ。私がこの姿になった時からずっとよ?いい加減にしてほしいわね」

 ぎろっと、レティが野次馬をにらむが、彼らは馬車に夢中でレティの事を気にしても居ないようだ。
 はぁ、とため息を吐いたオーガはそっと手を翳し、馬車をストレージの中へ仕舞う。
 それにもまた、驚きの声が上がった。

「兄さん、異空間収納持ちかい?それにしても、あれだけの大きさを仕舞えるなんてすごいねぇ!」

 一人の、暑苦しい男がオーガへとなれなれしく話しかけてくる。
 オーガは、仮面越しでもわかり訳す、嫌を示した。
 見かねたアレンがオーガの前へ一歩踏み出る。

「それぐらいにしてくれないか?こいつは、あまり目立つのが好きじゃないんだ」

 苦笑するアレンの肩をたたいて、珍しいもんを見せてもらったんだ、とその男はがっはっは、と笑う。

「俺はこの街、ルラギラのギルド長、ゴンザってんだ。お前さん、アレクラインだろう?」
「そうだが?」

 Sランク、とゴンザが言ったところでざわめきが余計に広がる。

「お前さんたちを待ってた。ちぃっと話を聞かせてくれや」

 なっ?とにぃと笑い、ゴンザがアレンの肩を抱いて歩いていく。
 オーガとリカルドは顔を見合わせて、はぁ、とため息を吐き、その後ろへと付いていった。
 連れていかれたのは、ギルドの応接室。

「んで?何が聞きたいんだ、こいつは」

 ん?と首を傾げるオーガに、さぁ?とアレンは肩をすくめる。
 リカルドも肩をすくめている。

「フルフラの街でのことだ。正直、俺はあの支店の長が気に食わない」
「……同じギルドの長がそんな事言ってていいのか?」
「あぁ。有事の時は手を取り合わなければいけないだろうが、今はなぁ?」

 はっはっは、とゴンザは笑う。

「あのフルフラのから連絡がきた。リカルド、お前をあの街から連れ出した連中が居る、とな。お前は、ギルドの規範を犯した、とな」
「俺はそんなことはしていない!!」
「だとしてもだ。お前を見つけて何もせず放逐するのも、対面が悪い。という事で、こうして話を聞こうという事になった」

 あぁ、なるほどと納得する。
 嫌いだけどもめ事を起こしたいとも思っていないから、とりあえず話聞くだけ聞いておこうというそういう事だろう。
 オーガたちが事の次第を詳細に伝えると、ゴンザはとても神妙な顔つきになる。

「うーむ……どうやら、あの女はお前さんを引きずり出したかったようだな」

 そっとゴンザの目がオーガをとらえる。
 が、オーガに言ったっては素知らぬ顔だ。

「俺を?なんで?俺ぐらいなら、腐るほどいるだろ」
「お前ほどの錬金術師なんか早々居てたまるか!!」

 すかさず否定が返ってくる。
 何故?と思うが、オーガの常識イコールONIでの常識である。

「まぁ、オーガは少々事情が有って非常識なところが有るんだ。ギルド長、悪いな」

 アレンが苦笑いしてゴンザに言えば、ギルド長何てむず痒い、ゴンザと呼べ、と訂正されてしまう。
 あまり、気にしていないようだ。

「オーガ、お前さんが持っていたとするその薬な、王都でも作れる薬師は数少ない。それを持っていた、という時点で疑われもしよう。実際のところ、どうなんだ?」

 じろり、とオーガは睨まれ、助けを求めるようにアレンとリカルドを見る。
 リカルドについては早々に首を横に振り、アレンはそっとため息を吐いた。

「……こいつが作りました」
「おい」
「やっぱりな」
「こら」

 目立ちたくない、と言っているのに。
 机の下でアレンの足をけるも、素知らぬ顔だ。むしろ、ダメージを負ったのはオーガの方。
 竜人と言うのは体が人とは違い、硬くできている。
 異世界の人間だったとして、オーガは人族、身体能力でアレンに敵いはしない。

「王都に行った後、どうするつもりだ?」
「そこで雑貨屋を開く」
「……この街で薬屋をしないか?土地も優遇するぞ?」
「断る」

 ぴしゃり、と断ってしまうオーガにおいおい、と二人は苦笑いだ。
 ゴンザは即答され、ぽかん、とした後、わっはっは、と笑う。

「小気味いいほどの断り方だな?」
「そらどーも。話がそれだけなら、帰ってもいいか?」
「あぁ。引き止めて悪かったな?この街には何泊かしていくのか?」
「いや。明日には出る」

 即断即決の男である。
 そもそも、オーガはこれと決めれば権力者に何を言われようが気にしない。
 もともと、権力に媚びる、流される性格などしていないのだ。
 自分がどんなに追い詰められようともな。

「そうか、明日には出るのならあまり関係ないかもしれないが、西のスラム街には近寄るなよ」
「ん?なんで?」
「少し前に、近隣の村が襲われてな。治安も悪くなってる。もう少し領主が考えてくれりゃあ良かったんだけどよ」

 何でも、領主はそのスラム街について見て見ぬふりをしているらしい。
 病気なども横行してきているみたいなのだが。
 ふむ、とオーガは少しだけ心に留め置こうと眼を伏せた。

「その関係もあってな……その雑貨屋が落ち着いたらでいい、薬をここまで卸してもらうことは可能か?」
「……多分?」

 オーガは少し考えた後、ふむ、と首を傾げた。

「多分って何だ、多分って」
「いや、回数制限はあるけど……転移術が有ったような……」

 暫く転移術何て使っていなかったため、忘れていた。
 多分、その術式は覚えているので使えるだろう。
 そもそも、魔法とは、イメージを魔力で現実にすることである。
 イメージがしっかりしていて、魔力が十分にあれば発動できる。
 まぁ、転移術そのものに制約が多くてオーガは使っていないが。
 そうオーガが考え込んでいると、またこいつは、と言う顔でリカルドとアレンが見てくる。

「何だよ?」
「転移術なんて使えるのは、昔の大賢者ぐらいだぞ」
「……そうなのか?」

 よくもまぁ、あんな魔法使ってたな、と呆れたようにオーガは感心した。

「転移自体は別段、コツを掴めば難しくはない。けれど、制約があって使いにくいのも確かだな」
「制約?」
「行動と回数の制限。一日に三回までしか使えないし、そもそも使用者が行った事のある場所にしか飛べない。街限定だ。それに?魔力を馬鹿みたいに食うんだよ。面倒くさい魔法だったらありゃしねぇ」

 ONIのオーガは基本的に拠点持ちのプレイヤーだった。
 そのため、そんな魔法を使うのなら【飛翔】の魔法陣が描かれた靴を履いて飛んで歩いたほうがまだ効率的だと思う。
 ダンジョンに行くにもその転移魔法ではいけないし。帰還も、ダンジョン内では使えないし。街から街の移動にも馬鹿みたいに魔力を食うのに、使って行くぐらいなら徒歩でいった方が素材も集まるしレベルも上がるし良い事尽くめだ。まぁ、PKプレイヤーが出てくる確率も多かったけど。
 全く、面倒なものだ。

「お前なぁ、それでも街の移動をするに魔獣に襲われる心配をしなくていいという点においては、平民たちも羨む能力なんだぞ?」
「そう言うもんか?」

 そう言うもんだ、と三者三様に頷かれた。

「まぁ、いいや。そういう事で。いつになるかわかんねぇけど、とりあえず出来そうなら連絡するわ……リカルドかアレンが」
「俺たちかよ!!」
「お前じゃねーんか」

 オーガはたぶん、連絡しない。
 するとすれば、この二人のどちらかだろうと、オーガ自身が思っている。
 オーガは、騒がしい暑苦しい以外このゴンザにあまり関心はなかったが、アレンやリカルドの反応を見るに、いい人そうだ、という事はなんとなくだが感じ取っている。
 基本、他人などどうでもいいのだけれど。
 アレンやリカルドが見定めるなら、と考えふと思う。

「……情を移しすぎてないか、俺」

 ぽつり、と呟くものの、その呟きを拾う者は誰も居なかった。
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