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しおりを挟む「すまないセドリック、私には何の言語かわからなかったのだが……」
「僕も聞いた時にはわかりませんでした。それを『理解した』のは、魂が入れ替わってからです」
「!」
「エドガーが昨日入れ替わっていた時に言っていた自己紹介を覚えていますか?、ある程度の時間がたつと僕ができるようになったことは何となくできるようになっているから僕のふりをすることはできる、と。それと同じ事がもし僕に起こったのだとしたら……僕が聞いたのはおそらく『エドガーが異世界で使っていた言葉』ではないかと」
「なるほど……そういうことか」
難しい顔をして黙り込む3人。
その横で俺は、今言われたことを反芻していた。
一昨日来ていた令嬢の中にいたのは、俺と同じ日本人。
そして言われた言葉を考えると、それは--。
「ここから僕が考えたことなので、おかしいと思ったら指摘してください。彼女は僕に言いました--貴方も転生者なんでしょ? と」
「転生者……だと?」
「はい。彼女はエドガーと同じ異世界で暮らした記憶を持つ、転生者である。そういうことだと思います」
「……」
ためらうように口を開くお父様に、セドリックは首を振った。
まだ言うことがあるというように。
「そして本来であれば--僕はエドガーと入れ替わるはずで、そのことも彼女は知っていた、もしくは推測出来た、のではないかと」
「!!」
『……やっぱり、そうなるか……』
昨日散々考えたこと。
遠い記憶にある話では、異世界の人間が死んだときに魂を入れて生まれ変わる……そういう転生モノが何個もあった。
俺という存在はいわば変則的。そんなことは言われないでもわかっていたが、実際セドの口からその言葉が出るのは重い。
何故なら、それはセドリックが本来は死んでいたことを指し示すことだから。
「お父様。僕は昨日、魂だけの存在になりました。そして僕の魂がどんな状態かも、知ってしまったんです」
「セドリック……!」
「僕はエドガーが来てくれるまで、ずっと胸が苦しかった。何かを吸い込まれていた僕の魂は……胸のところが、ぽっかりと空いているんです」
伝わってくるイメージに、俺は足裏についた紐を眺める。
このひもは常にセドリックの胸のあたりに伸びている。
その理由は。
「空いている胸のところから光が伸びていて。僕の身体に入ったエドガーに繋がっていました。僕は家族みんなが考えていた通りに……エドガーに生かされている状態なのだと思います。エドガーの魂は欠けていたりしないし、紐は僕が動くとどこからでも出ていた。多分この紐が切れてしまったら僕は魔力欠乏症を再発症して……消えるのだと思います」
「セド……セドお願い、やめて……」
「つまり僕はエドガーが生きるべき時間を、分けてもらっている。そういうことですよね?」
悲痛な声をあげるお母さまに、セドは困ったように微笑んだ。
「そこまで思ったとき、嫌だと思いました。消えたくない--そう思って、助けてくれてるエドガーに八つ当たりしそうになった時。エドガーは言いました」
「あ」
「『めんどくさいから入れ替わりたくない』って」
「そんなことを言ったのか? 彼は」
はっきりと頷くセドに、何とも言えないような顔で天井を仰ぐお父様。
そういえば昨日お母さまも少し呆れたような顔していたな??
「私が聞いたの。完全に入れ替わることもできたと思うけれど、私にすぐ相談してきたから。優しい人だとは思っていたけれど、性格を知っているわけではなかったから……少し探るつもりで」
「まあ、そうだな。私でもそうすると思う」
「なのに彼ったら、真顔で私に言ったのよ。ぶっちゃけめんどくさい、って」
「……意外とワイルドなんだな? エドガーは」
「所作はセドと同じく綺麗だったのだけど、言葉はなんていうか少し粗野だったわね。でも、やっぱり優しい人だとは思ったわ」
セドの視線を追うように、俺を見つめる3人に何とも言えない気持ちになる。
いや、うん、だってねえ。
7年も見守ってると、情は沸くんですよ。少なくとも俺はセドを失ってまで欲しいものは何もない。
ちょっとおいしいもの食べてみたいとか、魔法を自分で使ってみたいとか、そういう些細なことは思うけれど、セドはなんだかんだ俺の半身なんだと思う。
「エドガーは優しいですよ。僕に負担をかけないつもりも多分あるんだと思う。でも、なんていうか……面倒なのもきっと本気なんだろうな、って」
「そうよね……あれは本気だったわよね……」
「そう思ったら、僕、吹っ切れてしまいました。結局信じていなかったのは僕の方なんだ、って思ったら……僕は自分が恥ずかしくなりましたけど。それでも僕の身体は僕のもので、生きていいんだって」
そして夜になり、戻りたいと思ったら戻れたのだーーそう続け、セドリックは真顔になった。
「ただ、僕が僕のままで生きるためには、排除しなければいけないものがあるんだって気づかされました」
「……それが例の転生したという『彼女』?」
「はい。エドガーがその彼女を覚えていなかったので、エドガーが彼女の言葉に反応して入れ替わろうと思った、というのはないと言い切れます。だとすれば恐らくは『彼女』が僕が転生者であるはずだ、と思ったために入れ替わりが起きてしまったのではないかと思うんです」
「そんなことが果たして起こりうるのか……?」
「わかりません。でも、エドガーが入れ替わろうとしたのではない、ということだけは確かなので……原因がわかるまでは、とことん彼女を避けるべきではないかと」
そこまでセドが言い切ると、ようやく得心が言ったというようにお母さまが頷いた。
「なるほど。それで手紙を私に見てほしいと言ったのね?」
「はい。囁くようにとはいえ、接触してきた彼女です。お礼の手紙などもおそらく『日本語』を混ぜてきたり、何か符丁のようなものを書いてくるのではと思うのです」
「確かにそれは読むのはよくなさそうだな……、しかし女性の扱いとしてお礼の手紙を出さないわけにもいかないが?」
「はい。なので、僕はまだ婚約者などは考えていないことを示すことも含め、女性にはすべて同じようにお礼のみの手紙にしたいと思うんです。文章は僕が考えますが、あえて一人一人に返す手段は取らなくても済むように」
それは社交としてどうなんだろ、と思ったが背に腹は代えられない……のか?
高位貴族であることも含めているのか、セドリックには勝算があるようで動揺は見られない。
お父様は少し難しい顔をしていたが、一つ頷いた。
「確かに一人一人変えて、となると婚約者を探しているとも取られかねない。あえて義務的な手紙のみにして婚約者はしばらく作らない旨も伝えることにしよう。あまり体調不良を表に出すのは良くないと考えていたが……セドリックならば大丈夫そうだ」
「ありがとうございます、お父様」
すました顔で一つ礼をするセドに、こいつ実は女性と付き合うのが面倒なだけなのでは……? と俺が疑問に覚えたところで、お母さまが呟いた。
「肝心のその『彼女』の名前は憶えているの?」
「ええ。彼女の名前は--」
ぽつり、と告げられた名前。
俺にはまったく心当たりのない名前だったが、お父様とお母様の顔は瞬時に強張った。
セドは過剰に反応した二人の理由がわからなかったようで、首を傾げる。
「彼女……なの? つまり、そういう、こと……?」
「そういうこととは?」
「ああそうね、セドリックは知らないのね……。彼女もなのよ……」
「しかしそうか、それで『あなたも』なのか。考えてみればそうだと思うのに、言われなければ気づかないものだな……」
お父様は疲れたように、一言だけ告げる。
「彼女も『魔力欠乏症』の『生還者』なんだよ。セドリック」
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