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7.小人爺怪異譚【短編】
第3話 小さいおじさん
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寿々は史の連絡を受けて2階事務フロアにある男子トイレへと向かった。
手元にはスマホのライトをつけて動画を回しながらゆっくりと入口まで進む。
流石に中に人がいたら動画を回すのは止めないとなので、まずは真っ暗なトイレに向かって入口付近から声をかけた。
「・・・誰かいますか?ちょっと入りますよ・・・」
そう言いながら中に入って全てのドアが開いている事を確認し、そのまま更に中へと進んだ。
先ほど史が言っていた2階男子トイレの窓は入って左の一番奥にある。
その窓に恐る恐る近づくと窓はしっかりと閉じており、小動物一匹すら通れそうになかった。
念のためその向かいの掃除道具入れを確認しようとゆっくりとドアに手をかけ開ける。
キィィィィ・・・・と不気味な音を立ててドアが開いたが、その中も特に変わった生き物が隠れている様子はなかった。
するとすぐ後ろから、タタタタ・・!と奇妙な音がしてそちらを振り返った。
「・・・・・・」
寿々は並んだ小便器の真ん中辺りから音がしたような気がしてそちらにゆっくりと近づく。
死角になった左脇のあたりを覗き込むように光を当てたその時
タタタタタ・・・!
今度は背後の個室の方からまた同じような音がしてそちらを振り返った。
『・・・・もしかして本当に小さいおじさんがいるのか??』
そう思って再び音のした真ん中の個室にライトを当てた瞬間、便器の後ろ側に微かに小さな影がササっと動いたような気がして寿々はその動きに驚いてその場に硬直した。
『・・・考えてみれば小さいおじさんって言っていてもこれが本当に妖怪やUMAとかでなく心霊の可能性だってあるんじゃないのか??・・・どうしよう、もし今見た小さい影が本当は幽霊だったとしたら・・・』
寿々はそんな事に今更気が付いて急に震えが止まらなくなってきた。
心拍数がどんどん上がりスマホのカメラは便器の後ろを捉えたまま動けなくなっていると
「あはははは!!」
と今度ははっきりと廊下の先の方から女性の声が聞こえてドキっとしてそちらを振り返ったと同時に、便器の後ろから小さな影がタタッと軽やかに個室の上の方を舞ったかと思うと次の瞬間には入り口の方に着地して更に物凄い速さでトイレの外へと走って出て行くのを目で確認した。
「あ、待って!!」
寿々はこの動きを見て、どうもこれは幽霊ではなくやはり小さいおじさんの可能性が高いと即座に判断して急いでその後を追って廊下に飛び出した。
「うわっ!!」
飛び出した瞬間目の前に現れた人物に寿々は勢いよくぶつかり鼻の頭をぶつけ眼鏡がずれた。
「寿々さん大丈夫ですか??」
それは外から急いで駆けつけた史だった。
史はぶつかった寿々を咄嗟に抱えるように背中を支える。
寿々はずれた眼鏡で廊下を出て行った小さい影を確認すると、そこには5m程先の暗い廊下を全裸の小人が必死走りながら後ろを振りむき寿々を確認する姿がはっきりと見えたのだった。
「いた!!小さいおじさん!!」
「え?どこですか?」
史も急いで視線の方向を確認するが、一番奥非常階段の扉の一つ前、少しだけ灯りが漏れている扉の下に一瞬だけ何か動く物体を見たような気がした。
そしてその物体はそのまま灯りが漏れているその部屋の中へと急いで入っていってしまった。
二人は頷き合うと音を立てないよう、だが急いで扉に駆け寄り、勢いよく用具室と書かれた部屋の扉を開けた!
すると用具室の中にいたのは、何と引っ付きながら驚いた様子で寿々と史を見つめるやや服装が乱れた総務課の加藤綾音と見知らぬ男性社員だった。
「きゃ!え?三枝さん!!」
「!!!!!」
小さいおじさんより驚いた寿々はそれを見た瞬時にバタン!と勢い良く用具室のドアを閉め、数秒間呼吸を整えててから青ざめた表情で
「・・別のとこでやれや・・・」
と小さくぼそりと呟くと、先ほどから聞こえていた笑い声の主が加藤であった事を悟り何だかやりきれない怒りが湧いてきたのだった。
「大丈夫ですか?」
どことなく憐みのある声で史に聞かれ
「・・・んな事より小さいおじさん逃がしちゃったじゃんか・・」
色んな感情が頭の中を駆け巡りながらも、寿々は目的に立ち返る為に気を取り戻そうとした時。
「三枝さん史君!今3階で不審な動きの小さい影を確認しました!!」
と中嶋からの連絡が入り二人は顔を見合わせると、そのまま目の前の非常階段へと飛び込み3階へと急いで駆け上がった。
そして扉をゆっくりと音を立てないよう開け、寿々と史は身をかがめるようにして3階のフロアへと入る。
「・・・中嶋さん、今どこにいますか?どうぞ?」
史が小声で確認すると
「今編集部内の机の下でさっきの小さい影が再び動くのを待っています!どうぞ!」
その言葉を聞いて寿々と史も編集部の入口へと足音を立てないようにゆっくりと進んだ。
そして入口で再び身をかがめ、そろっと中を覗き込む。
児童書専門の編集部の中は非常用の照明以外は全部消され、一部だけスポットライトのように灯りがついていた。
史は立ち上がると少し背伸びして上から中嶋が左の窓際の方で身を屈めているのを確認した。
「寿々さん、左方向に中嶋さんがいますから、俺は右方向を回るように進みます。寿々さんはこのまま真っすぐのラインをそのまま動画で撮り続けてください。」
と言われ寿々は史の目を見て頷いた。
史はデカい体を丸める様にして、しかし足音は一切立てずゆっくりと編集部の中へと入ってゆく。
そして自分でもスマホを取り出し動画を撮影し始めた。
中嶋は高性能レンズのカメラを構えていたが、恐らくそれで撮影するのは困難だと判断し、その場で慎重に首からかけたストラップを外し音を立てず床に置くと、今度はスポーツ動画撮影用のこれもそれなりにするデジカメを取り出し電動式スタビライザーに取り付け本格的な動画撮影を開始した。
中嶋がその準備を終える頃には史は編集部の一番奥の机まで辿り着き、そこで意識を集中して小さいおじさんを透視してみると、中嶋がいるところから近い窓際の机の隙間辺りをゆっくりと上の方に移動する緑の光が見えてきた。
そして少しだけ頭を突き出し机の上を確認をする。
すると外からの明かりで照らされた窓際近くの机の上で、何かがタタッと飛び跳ねるような音がすると次の瞬間には自分がいるすぐ近くの机の上で、まるで厚みのある冊子をペンで叩いた時のようなタタンッという軽快な音がしたかと思うと再び辺りは静寂に包まれた。
「中嶋さん・・そこから俺のいる左奥辺りの机の上を撮影できますか?」
と史は極めて小さな声で話すと、窓際の中嶋はスタビライザーに付けたカメラをゆっくりと机の上に突き出した。
画像を下から確認する中嶋は暗視モードもあるそのカメラで音を立てないよう慎重に机の上をクローズアップさせた。
そして一瞬だけ何かを捉えたような気がしたその瞬間、中嶋のカメラの光に気づいたのか、小さい影は机の上かから転がるように床に落ち、次の瞬間には再び素早い動きでそのまま寿々のいる入口の方へと駆けだしたのだ。
「寿々さん!」
「三枝さん!!」
同時に二人に呼ばれたので寿々は思わず驚いたが、そのままカメラを構えて目の前に小さいおじさんが来るのを待機し、いよいよ小さな足音がすぐ近くまで迫ったと思ったその時。
ちょうどスマホのバッテリー20%切れのポップアップが表示され撮影は中断し、それと同時に小さいおじさんは寿々の頭上ををまるで忍者の様に飛び越えたかと思うと、その次の瞬間にはもうどこにもその姿を捉えることが出来なくなってしまった。
3人は児童書編集部の入口に集まると、一度史に透視をしてもらい小さいおじさんを探してもらったのだが、すでに2階にも3階にもその存在は見当たらず。では外の桜の樹に戻ったのかと思いそこでも透視をしてもらったが、樹の中にも周辺にもその気配は全く見当たらなかった。
時刻は夜10時を越えていたが、3人は地下1階のアガルタ編集部へ戻ると、撮った画像や動画を一通り確認する作業を開始した。
「・・・・・・寿々さんのこの動画酷すぎませんか?ブレブレで何もわかりません」
そうなのだ。あれだけ長時間動画撮影をしたというのに暗すぎたせいもあってほとんど何も確認できなかったのだ。
「くそぉ・・・やっぱスマホのカメラには限界があるよな・・・」
と悔しがる寿々に
「カメラの性能もありますが、それ以前に手元震えすぎなんですよ・・・」
と史もフォローしきれないと苦言を呈す。
「仕方ないだろう??緊張ヤバかったし幽霊かもしれないと思ったらめちゃくちゃ怖かったんだぞ!」
「・・威張るところじゃないですからそれ・・」
「じゃあ史の動画はどうなんだよ・・・」
そう聞く寿々に
「俺の方は・・・・」
と最後に3階で撮った動画を流すと。
机の上に何かがいるように見えそう・・というところでずっとピントが合わず、ボケたり戻ったりを繰り返し結局最後までその実態を捉えることはできていなかった。
頼みの綱は中嶋の動画撮影用カメラだ。
二人は黙々と確認作業する中嶋の机までゆくと後ろからその映像を一緒に眺めた。
「・・・・ふふふふふふ」
不敵に笑う中嶋は両脇の二人と目を合わせると撮れた動画を再生した。
動画は暗視モードで撮影されややチラつきがあるものの、寿々や史の撮影した動画とは比べ物にならない程クリアに映っている。
そしてゆっくりと机の下から上へと画角が動き少しアップになると、窓から差し込まれた光で一瞬だけ奥の机の上で10㎝ちょい程度の人型に見える生き物がヌッと立ち上がったかと思ったらすぐに丸くなりボールのようにな状態でそのまま机から落ちる、という映像が収められていた。
「中嶋さん!!!やった!撮れてるじゃないですか!!」
寿々はめちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいで座る中嶋の肩をバシバシ叩き。
そしてその勢いで史にも抱き着くように肩を背中に回してついでに史の背中もバシバシと叩きながら
「やったな!史!!」
と満面の笑みで笑いかけたのだった。
寿々はとりあえず中嶋から複製データををもらい、更にバックアップを取ってからPCの電源を切った。
3人が会社を出たのは夜11時を過ぎになる。
中嶋は明日朝一で取材があるのでと言うと、タクシーを使って先に帰宅してしまった。
寿々と史はもう一度裏の桜の樹の下に行き、最後にもう一度だけ史に透視をしてもらった。
「やはり戻って来てはいなそうですね」
「そうなのか・・・。もしかして俺たちのせいだったりするのかな?」
と寿々もやや心配になった。
「さあどうでしょうね・・・もしかしたら明日には戻って来てるかもしれないし。あのまま別の住処に引っ越した可能性もあるかもしれませんね」
史の言葉を聞いて寿々はふと桜の樹を見上げ暫く眺めたかと思うと
「・・・・・俺さ、本当はいいとよが第一志望じゃなかったんだよね・・・」
と6年前の入社した時の事を思い出し話し始めた。
「・・そうだったんですか?」
「本当は学生の頃から考古学がやりたくてそっちの勉強をしてたんだけど。3年から入ったゼミで信頼していた教授にな~んか上手い事使われちゃってさ。・・毎日論文の手伝いばっかさせられて。気づけば大事なフィールドワークに全然参加出来なくって。本当は将来博物館とか民間の調査会社とかに就職したかったんだけど叶わなかったんだよ・・・」
史は寿々の小さい頃の話しは何度か聞いた事があったが、社会人になってからの話は初めて聞いたのでこうやって自分に打ち明けてくれた事になんだか胸が詰まりそうな気持ちになった。
「だからさ、入社の時にこの桜の前で撮った時の写真・・・はは、俺めちゃくちゃ不細工でさ。もう目つきも悪いし一切笑ってもいないの、俺だけ。・・・・特にいい思い出もないけれど。でも今思えばそれがあったから今があるんだよなぁ・・・」
と寿々は桜の樹の幹を優しくポンポンと叩いて史の方に振り向いた。
「寿々さん・・・・」
「ん?」
「あ・の・・・・俺・・・・」
史は雰囲気に飲まれて思わずその言葉が喉元まで出かかり、口走りそうになった途端に昼間丸から言われた言葉が頭を過った。
『いっそ告って振られちゃえばいいじゃない?』
そしてハッとして我に帰り、その出かかった言葉を再び喉の奥までぐっと押し戻した。
「今日は・・すみませんでした」
突然の謝罪に寿々もきょとんとした表情になる。
しかしすぐに、
「いいよいいよ、気にすんな。そんな日もあるよ。な!」
と笑って返してくれた事で史も何となくずっと感じていた嫌な緊張が少し解れたような気がしたのだった。
「あ、お前明日から学校なんだろう?大丈夫か?もうこんな時間だけど」
と時計を見ながら歩き出す寿々に、すぐ横に止めていた自転車を押しながらついてゆく。
「明日は授業ないので問題ないです」
と言ったところでふと自分のダウンジャケットのポケットの中にあった物に気づきそれを取りだす。
「あ、寿々さん。・・これ」
史はポケットから小さなフィルムに包まれた馬の形をしたメタル製のブックマーカーを寿々に差し出した。
「ん?なんだ?」
「空港で売ってたので何となく印程度のお土産です」
と渡すと寿々は
「しおり?か?」
「スウェーデンではダーラナホースって言う幸運を呼ぶ馬らしいですよ?ほら、寿々さん運がないので」
といつもの癖で余計な事まで言ってしまい史もハッとして寿々を見た。
すると、
「俺、あまりお土産とか貰わないから・・・すげぇ嬉しい・・・」
寿々は立ち止まり想像以上に感動しているではないか。
史もその反応は想定外だったので思わず解れたはずの緊張が一気に戻り、急に胸の鼓動が早くなった途端。
「ありがとう!ちゃんと使わせてもらうよ!」
とふい向けられたその寿々の笑顔に史は今まで自覚しないように何とかギリギリ保っていた境界の壁を一瞬にして全部破壊されてしまったのだった。
手元にはスマホのライトをつけて動画を回しながらゆっくりと入口まで進む。
流石に中に人がいたら動画を回すのは止めないとなので、まずは真っ暗なトイレに向かって入口付近から声をかけた。
「・・・誰かいますか?ちょっと入りますよ・・・」
そう言いながら中に入って全てのドアが開いている事を確認し、そのまま更に中へと進んだ。
先ほど史が言っていた2階男子トイレの窓は入って左の一番奥にある。
その窓に恐る恐る近づくと窓はしっかりと閉じており、小動物一匹すら通れそうになかった。
念のためその向かいの掃除道具入れを確認しようとゆっくりとドアに手をかけ開ける。
キィィィィ・・・・と不気味な音を立ててドアが開いたが、その中も特に変わった生き物が隠れている様子はなかった。
するとすぐ後ろから、タタタタ・・!と奇妙な音がしてそちらを振り返った。
「・・・・・・」
寿々は並んだ小便器の真ん中辺りから音がしたような気がしてそちらにゆっくりと近づく。
死角になった左脇のあたりを覗き込むように光を当てたその時
タタタタタ・・・!
今度は背後の個室の方からまた同じような音がしてそちらを振り返った。
『・・・・もしかして本当に小さいおじさんがいるのか??』
そう思って再び音のした真ん中の個室にライトを当てた瞬間、便器の後ろ側に微かに小さな影がササっと動いたような気がして寿々はその動きに驚いてその場に硬直した。
『・・・考えてみれば小さいおじさんって言っていてもこれが本当に妖怪やUMAとかでなく心霊の可能性だってあるんじゃないのか??・・・どうしよう、もし今見た小さい影が本当は幽霊だったとしたら・・・』
寿々はそんな事に今更気が付いて急に震えが止まらなくなってきた。
心拍数がどんどん上がりスマホのカメラは便器の後ろを捉えたまま動けなくなっていると
「あはははは!!」
と今度ははっきりと廊下の先の方から女性の声が聞こえてドキっとしてそちらを振り返ったと同時に、便器の後ろから小さな影がタタッと軽やかに個室の上の方を舞ったかと思うと次の瞬間には入り口の方に着地して更に物凄い速さでトイレの外へと走って出て行くのを目で確認した。
「あ、待って!!」
寿々はこの動きを見て、どうもこれは幽霊ではなくやはり小さいおじさんの可能性が高いと即座に判断して急いでその後を追って廊下に飛び出した。
「うわっ!!」
飛び出した瞬間目の前に現れた人物に寿々は勢いよくぶつかり鼻の頭をぶつけ眼鏡がずれた。
「寿々さん大丈夫ですか??」
それは外から急いで駆けつけた史だった。
史はぶつかった寿々を咄嗟に抱えるように背中を支える。
寿々はずれた眼鏡で廊下を出て行った小さい影を確認すると、そこには5m程先の暗い廊下を全裸の小人が必死走りながら後ろを振りむき寿々を確認する姿がはっきりと見えたのだった。
「いた!!小さいおじさん!!」
「え?どこですか?」
史も急いで視線の方向を確認するが、一番奥非常階段の扉の一つ前、少しだけ灯りが漏れている扉の下に一瞬だけ何か動く物体を見たような気がした。
そしてその物体はそのまま灯りが漏れているその部屋の中へと急いで入っていってしまった。
二人は頷き合うと音を立てないよう、だが急いで扉に駆け寄り、勢いよく用具室と書かれた部屋の扉を開けた!
すると用具室の中にいたのは、何と引っ付きながら驚いた様子で寿々と史を見つめるやや服装が乱れた総務課の加藤綾音と見知らぬ男性社員だった。
「きゃ!え?三枝さん!!」
「!!!!!」
小さいおじさんより驚いた寿々はそれを見た瞬時にバタン!と勢い良く用具室のドアを閉め、数秒間呼吸を整えててから青ざめた表情で
「・・別のとこでやれや・・・」
と小さくぼそりと呟くと、先ほどから聞こえていた笑い声の主が加藤であった事を悟り何だかやりきれない怒りが湧いてきたのだった。
「大丈夫ですか?」
どことなく憐みのある声で史に聞かれ
「・・・んな事より小さいおじさん逃がしちゃったじゃんか・・」
色んな感情が頭の中を駆け巡りながらも、寿々は目的に立ち返る為に気を取り戻そうとした時。
「三枝さん史君!今3階で不審な動きの小さい影を確認しました!!」
と中嶋からの連絡が入り二人は顔を見合わせると、そのまま目の前の非常階段へと飛び込み3階へと急いで駆け上がった。
そして扉をゆっくりと音を立てないよう開け、寿々と史は身をかがめるようにして3階のフロアへと入る。
「・・・中嶋さん、今どこにいますか?どうぞ?」
史が小声で確認すると
「今編集部内の机の下でさっきの小さい影が再び動くのを待っています!どうぞ!」
その言葉を聞いて寿々と史も編集部の入口へと足音を立てないようにゆっくりと進んだ。
そして入口で再び身をかがめ、そろっと中を覗き込む。
児童書専門の編集部の中は非常用の照明以外は全部消され、一部だけスポットライトのように灯りがついていた。
史は立ち上がると少し背伸びして上から中嶋が左の窓際の方で身を屈めているのを確認した。
「寿々さん、左方向に中嶋さんがいますから、俺は右方向を回るように進みます。寿々さんはこのまま真っすぐのラインをそのまま動画で撮り続けてください。」
と言われ寿々は史の目を見て頷いた。
史はデカい体を丸める様にして、しかし足音は一切立てずゆっくりと編集部の中へと入ってゆく。
そして自分でもスマホを取り出し動画を撮影し始めた。
中嶋は高性能レンズのカメラを構えていたが、恐らくそれで撮影するのは困難だと判断し、その場で慎重に首からかけたストラップを外し音を立てず床に置くと、今度はスポーツ動画撮影用のこれもそれなりにするデジカメを取り出し電動式スタビライザーに取り付け本格的な動画撮影を開始した。
中嶋がその準備を終える頃には史は編集部の一番奥の机まで辿り着き、そこで意識を集中して小さいおじさんを透視してみると、中嶋がいるところから近い窓際の机の隙間辺りをゆっくりと上の方に移動する緑の光が見えてきた。
そして少しだけ頭を突き出し机の上を確認をする。
すると外からの明かりで照らされた窓際近くの机の上で、何かがタタッと飛び跳ねるような音がすると次の瞬間には自分がいるすぐ近くの机の上で、まるで厚みのある冊子をペンで叩いた時のようなタタンッという軽快な音がしたかと思うと再び辺りは静寂に包まれた。
「中嶋さん・・そこから俺のいる左奥辺りの机の上を撮影できますか?」
と史は極めて小さな声で話すと、窓際の中嶋はスタビライザーに付けたカメラをゆっくりと机の上に突き出した。
画像を下から確認する中嶋は暗視モードもあるそのカメラで音を立てないよう慎重に机の上をクローズアップさせた。
そして一瞬だけ何かを捉えたような気がしたその瞬間、中嶋のカメラの光に気づいたのか、小さい影は机の上かから転がるように床に落ち、次の瞬間には再び素早い動きでそのまま寿々のいる入口の方へと駆けだしたのだ。
「寿々さん!」
「三枝さん!!」
同時に二人に呼ばれたので寿々は思わず驚いたが、そのままカメラを構えて目の前に小さいおじさんが来るのを待機し、いよいよ小さな足音がすぐ近くまで迫ったと思ったその時。
ちょうどスマホのバッテリー20%切れのポップアップが表示され撮影は中断し、それと同時に小さいおじさんは寿々の頭上ををまるで忍者の様に飛び越えたかと思うと、その次の瞬間にはもうどこにもその姿を捉えることが出来なくなってしまった。
3人は児童書編集部の入口に集まると、一度史に透視をしてもらい小さいおじさんを探してもらったのだが、すでに2階にも3階にもその存在は見当たらず。では外の桜の樹に戻ったのかと思いそこでも透視をしてもらったが、樹の中にも周辺にもその気配は全く見当たらなかった。
時刻は夜10時を越えていたが、3人は地下1階のアガルタ編集部へ戻ると、撮った画像や動画を一通り確認する作業を開始した。
「・・・・・・寿々さんのこの動画酷すぎませんか?ブレブレで何もわかりません」
そうなのだ。あれだけ長時間動画撮影をしたというのに暗すぎたせいもあってほとんど何も確認できなかったのだ。
「くそぉ・・・やっぱスマホのカメラには限界があるよな・・・」
と悔しがる寿々に
「カメラの性能もありますが、それ以前に手元震えすぎなんですよ・・・」
と史もフォローしきれないと苦言を呈す。
「仕方ないだろう??緊張ヤバかったし幽霊かもしれないと思ったらめちゃくちゃ怖かったんだぞ!」
「・・威張るところじゃないですからそれ・・」
「じゃあ史の動画はどうなんだよ・・・」
そう聞く寿々に
「俺の方は・・・・」
と最後に3階で撮った動画を流すと。
机の上に何かがいるように見えそう・・というところでずっとピントが合わず、ボケたり戻ったりを繰り返し結局最後までその実態を捉えることはできていなかった。
頼みの綱は中嶋の動画撮影用カメラだ。
二人は黙々と確認作業する中嶋の机までゆくと後ろからその映像を一緒に眺めた。
「・・・・ふふふふふふ」
不敵に笑う中嶋は両脇の二人と目を合わせると撮れた動画を再生した。
動画は暗視モードで撮影されややチラつきがあるものの、寿々や史の撮影した動画とは比べ物にならない程クリアに映っている。
そしてゆっくりと机の下から上へと画角が動き少しアップになると、窓から差し込まれた光で一瞬だけ奥の机の上で10㎝ちょい程度の人型に見える生き物がヌッと立ち上がったかと思ったらすぐに丸くなりボールのようにな状態でそのまま机から落ちる、という映像が収められていた。
「中嶋さん!!!やった!撮れてるじゃないですか!!」
寿々はめちゃくちゃ嬉しそうにはしゃいで座る中嶋の肩をバシバシ叩き。
そしてその勢いで史にも抱き着くように肩を背中に回してついでに史の背中もバシバシと叩きながら
「やったな!史!!」
と満面の笑みで笑いかけたのだった。
寿々はとりあえず中嶋から複製データををもらい、更にバックアップを取ってからPCの電源を切った。
3人が会社を出たのは夜11時を過ぎになる。
中嶋は明日朝一で取材があるのでと言うと、タクシーを使って先に帰宅してしまった。
寿々と史はもう一度裏の桜の樹の下に行き、最後にもう一度だけ史に透視をしてもらった。
「やはり戻って来てはいなそうですね」
「そうなのか・・・。もしかして俺たちのせいだったりするのかな?」
と寿々もやや心配になった。
「さあどうでしょうね・・・もしかしたら明日には戻って来てるかもしれないし。あのまま別の住処に引っ越した可能性もあるかもしれませんね」
史の言葉を聞いて寿々はふと桜の樹を見上げ暫く眺めたかと思うと
「・・・・・俺さ、本当はいいとよが第一志望じゃなかったんだよね・・・」
と6年前の入社した時の事を思い出し話し始めた。
「・・そうだったんですか?」
「本当は学生の頃から考古学がやりたくてそっちの勉強をしてたんだけど。3年から入ったゼミで信頼していた教授にな~んか上手い事使われちゃってさ。・・毎日論文の手伝いばっかさせられて。気づけば大事なフィールドワークに全然参加出来なくって。本当は将来博物館とか民間の調査会社とかに就職したかったんだけど叶わなかったんだよ・・・」
史は寿々の小さい頃の話しは何度か聞いた事があったが、社会人になってからの話は初めて聞いたのでこうやって自分に打ち明けてくれた事になんだか胸が詰まりそうな気持ちになった。
「だからさ、入社の時にこの桜の前で撮った時の写真・・・はは、俺めちゃくちゃ不細工でさ。もう目つきも悪いし一切笑ってもいないの、俺だけ。・・・・特にいい思い出もないけれど。でも今思えばそれがあったから今があるんだよなぁ・・・」
と寿々は桜の樹の幹を優しくポンポンと叩いて史の方に振り向いた。
「寿々さん・・・・」
「ん?」
「あ・の・・・・俺・・・・」
史は雰囲気に飲まれて思わずその言葉が喉元まで出かかり、口走りそうになった途端に昼間丸から言われた言葉が頭を過った。
『いっそ告って振られちゃえばいいじゃない?』
そしてハッとして我に帰り、その出かかった言葉を再び喉の奥までぐっと押し戻した。
「今日は・・すみませんでした」
突然の謝罪に寿々もきょとんとした表情になる。
しかしすぐに、
「いいよいいよ、気にすんな。そんな日もあるよ。な!」
と笑って返してくれた事で史も何となくずっと感じていた嫌な緊張が少し解れたような気がしたのだった。
「あ、お前明日から学校なんだろう?大丈夫か?もうこんな時間だけど」
と時計を見ながら歩き出す寿々に、すぐ横に止めていた自転車を押しながらついてゆく。
「明日は授業ないので問題ないです」
と言ったところでふと自分のダウンジャケットのポケットの中にあった物に気づきそれを取りだす。
「あ、寿々さん。・・これ」
史はポケットから小さなフィルムに包まれた馬の形をしたメタル製のブックマーカーを寿々に差し出した。
「ん?なんだ?」
「空港で売ってたので何となく印程度のお土産です」
と渡すと寿々は
「しおり?か?」
「スウェーデンではダーラナホースって言う幸運を呼ぶ馬らしいですよ?ほら、寿々さん運がないので」
といつもの癖で余計な事まで言ってしまい史もハッとして寿々を見た。
すると、
「俺、あまりお土産とか貰わないから・・・すげぇ嬉しい・・・」
寿々は立ち止まり想像以上に感動しているではないか。
史もその反応は想定外だったので思わず解れたはずの緊張が一気に戻り、急に胸の鼓動が早くなった途端。
「ありがとう!ちゃんと使わせてもらうよ!」
とふい向けられたその寿々の笑顔に史は今まで自覚しないように何とかギリギリ保っていた境界の壁を一瞬にして全部破壊されてしまったのだった。
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少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
騎士×妖精
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
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