オカルティック・アンダーワールド

アキラカ

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13.鬼神怪奇譚②

鬼神伝説

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 1月30日




 その日寿々すずは一人都内大学のキャンパス内にある民俗学の教授の部屋を訪ねていた。


 目の前の扉には〖総合文化研究科・研究室〗と書かれている。
 寿々は軽く扉をノックすると中から「どうぞ」と声が帰ってきた。

「失礼します」

 扉を開けて中へ入ると、四方を本棚と色々な工芸品。また本棚に入りきらなかった本や資料などが入った段ボール箱が所狭しと置かれ、その合間からチラッと見える机で50代くらいの男が古い書物を念入りに調べているのが見えた。

幸田こうだ先生お久しぶりです」

 寿々がそう声をかけると、幸田と呼ばれた男は眼鏡をくいっと持ち上げ寿々の方を見た。

「おおお、三枝君!待っていたよ」

 幸田はゆっくりと席を立ちあがると狭い研究室の隙間を縫うように机から出てきて、これまた座る隙間もない応接ソファに置かれた段ボールをどかしながら

「いやいや、散らかっててごめんね。とりあえずここ、座って!」

 といいながらもう一つ向かいのソファに置かれた段ボールもどかした。
 そして

「まさか三枝君から頼み事をされるなんてねぇ」

 とその向かい側に幸田は腰を掛ける。



 幸田は1年前に大和で論文を載せる際に担当をしていたのが寿々だったのだ。
 その時はそれほど深い話をする事もなかったのだが、幸田も寿々との仕事のしやすさに感心し是非また論文を発表する時は寿々に担当をお願いしたいと切望していたくらいだった。


「そうかぁ・・・・三枝君は今は大和から異動してしまったのか・・それは残念だ」

 寿々からもらったアガルタの名刺を見ながら、幸田はぼそりと呟いた。

「そうですねぇ。今はアガルタ編集部で超常現象や心霊やオカルト類の記事を扱ってます」

 寿々も最近は前ほどアガルタの名刺に抵抗もなくなり、今はどんな立場であれしっかりとアガルタの名を語れるようにまでは成長していた。

「という事は今日はそういう心霊やオカルトの類での取材って事になるのかな?」

 と幸田が聞くと。

「・・いえ。ちょっと今個人的に調べている事がありまして。是非とも先生の知恵をお借りしたいと・・・」

 寿々もいつになく真剣な目で幸田に訴える様に言うと、頭を下げた。

「どうしたんだい、そんなに改まって」

「・・・・先生はその。鬼神おにがみについてはご存じでしょうか?」

 と頭をゆっくりと上げながら目をジッと見つめ質問をした。


「・・・・鬼神おにがみ。・・・・・・・伝承は各地にあるけれど。一般的には鬼神きしんと呼ばれ。と発音する場合は見えない精霊や恐ろしい神という意味を持つ存在になるね。ゆえに伝承は多岐に渡るけれど・・・・。その鬼神がどうしたって言うんだい?」

 幸田は寿々の真剣な目をしっかりと見ながらゆっくりとそう答えた。

「では・・・鬼神というものに〖アグル〗という名前がついている伝承とかってあるんでしょうか?」

 寿々も自分なりにネットで色々と検索をしてみたものの、いまいちそれに該当しそうな話が見つからずどうにもお手上げになり、幸田を訪ねたのだ。

「アグル・・・アグル・・・・」

 そう言うと、幸田はソファから立ち上がり本棚へと向かう。
 そして暫くブツブツと呟きながら本を取り出してはこれは違う、これも違うと出した本をその辺ぽいぽい置いてはまた別の本を本棚から抜き出した。


「う~ん・・・その名前と一致するものは僕の持つ資料からは見つからないんだけど」

 そう言いながら幸田は数冊の本を開きながら寿々へ差し出した。

「まずはこれ・・・阿黒あくろ王」

 そう言って一冊の本を開きながら指を指す。

「この阿黒王はまたの名を悪路あくろ王とも悪来あくる王とも呼ばれている。どういう人物かと言えば、鎌倉時代以降の文献に度々登場してくる伝説上の蝦夷の族長の名前であると言われているけど、どれもこれも重要なことと言えば坂上田村麻呂に討伐された存在だという事なんだよ」


「坂上田村麻呂・・ですか?あの征夷大将軍の・・」

 寿々も歴史は一通り勉強してきたつもりだが、坂上田村麻呂と言えば桓武天皇に仕え二度に渡り征夷大将軍を務めた存在という一般的な事くらいしか知識は無かった。

「そう。征夷大将軍。読んで字の如し。まさに蝦夷を征討するための指揮官として設けられた官職だよね。坂上田村麻呂は京都から東北まで幅広くその名を残している。有名な話だと〖田村語り〗や〖坂上田村麻呂伝説〗、または〖鈴鹿の草子〗では大嶽丸おおたけまるという鬼神を討ち取ったという伝説があって後世にも広く伝えられているんだけれど。この大嶽丸はあくまでも伝説の存在なんだ。でもこの伝承そのものが坂上田村麻呂を稀代の英雄として大きくさせたのは言うまでもない」 

 そこまで話すと部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
 幸田がそう答えると、事務の女性が寿々と幸田にお茶を出してくれた。

 寿々は軽く頭を下げると女性は再び外へと出て行ってしまった。


「もう一つ。坂上田村麻呂と蝦夷に関して大事な事があるね」


「・・阿弖流為アテルイですか・・・?」


「うん。阿弖流為とは8世紀から9世紀にかけて今の岩手県奥州市辺りで活動していた蝦夷の族長と言われているけれど。延暦21年に胆沢城いさわじょう造営とともに征夷が終結すると、阿弖流為と同士磐具いわぐの母禮モレは坂上田村麻呂に降伏し、その後京都朝廷にて処刑されている。その時坂上田村麻呂はこの二人を奥陸へ返すように朝廷を説得したのだが、それは聞き入れられなかった」

 幸田はそう話ながら、坂上田村麻呂の古書を数冊寿々の差し出した。

「良ければこれを貸してあげるからゆっくりと読んでみるといい」

「ありがとうございます」

 寿々はその一冊を手に取り少しだけ中を覗いた。

「・・・・・最初に言っていた悪黒あくろ王ですが。つまりそれは蝦夷のリーダーの俗称という事になるんでしょうか」

 寿々は古書を眺めながら静かに幸田に聞いた。

「そうだね。悪黒あくろ王、悪来あくる王・・これらは個人名ではないのは間違いない。・・・また阿弖流為アテルイもこれも正式名というよりかは俗称という可能性の方が高いと言われている」

 幸田は少しだけお茶を飲み一息入れると
「当時の蝦夷の言葉や生活を知る文献は本当に少ないのだが・・・。蝦夷の一派アイヌ民族の言葉を借り、アテルイをアテリィと読むと仮定してそこから読み解くと。アは座る、テはここ、リは高い。つまり高位に座す。という意味になる。つまりはリーダーという事だね。・・・・・そして、ア=座る、クル=人。アクルも座る人。これも恐らく同じ族長という意味と捉えれれる事ができるかもしれない。そしてアクル(阿来)、これが訛ってアグルと読み取ることもできなくはない・・・」

「つまりアグルという存在がいたとして。考えられるのは蝦夷のリーダーであり、朝廷に征討された無念から鬼神になった存在かもしれない・・・ってことですか?」

 寿々は幸田の話を信じられないといった顔をしている。

「まぁあくまでも僕の資料と僕が知りうる知識から読み取るとその可能性が考えられる、というだけの話だからね」

 と幸田は念を押した。


「・・・あともしよろしければ追儺ついなについてもお聞きしてもいいですか?」

 寿々は続けてそう言った。

「追儺?・・・どうしたんだい三枝君。君は鬼退治でもしようと言うのかい??」

「いえ・・そういうわけでは・・・。ただちょっと興味があって調べていて・・・」

 幸田はその寿々の雰囲気をとても興味があって調べているだけには見えず、しかし寿々があまりにも真剣に質問をするので、本能的にこれは自分もちゃんと対応しないとな。とそう感じたのだ。

「・・・そうだね。追儺は旧正月の大晦日。今年はちょうど来月の16日になるかな・・・?その日に疫鬼や疫神を払う儀式になる。つまりは今で言う節分だね。中国では大儺たいだと言われ、他にも鬼遣おにやらい儺遣なやらいとも呼ばれているけれど・・・・。古く中国では方相氏ほうそうしと呼ばれる役職が宮中を回って鬼を追い払う儀式だったのだが、それが日本に伝わり、時代が進むと不思議な事にこの方相氏は追い払う存在だったはずが追われる立場へと変わってしまったんだ。そしてその見た目も4つの目を持つ恐ろしい鬼神として払われる立場になった・・・・。元々は公儀として鬼を払う役職だったのに人々からの歪んだ思想にあてられたというべきか・・・。まぁ本当に皮肉な話だけど鬼払いの神様が鬼にされて人々から疎まれる存在へと変わってしまったんだ。また柳田國男はこの追儺が子供たちが遊ぶ鬼ごっこの起原だとも書き記している。とはいえ、最近はその古式を再興し方相氏と鬼を分け儀式を行う文化が戻ってきているけどね」


 寿々は蝦夷の話しといい方相氏の話といい、本当に人々の都合によって『悪』とされ制圧されてきた全ての怨念が鬼神おにがみとなってしまったのではないか・・・そう思えて仕方が無かった。




 寿々はその後、幸田から借りた古書を大事に鞄にしまうと

「先生本日はお忙しい中本当にありがとうございました」
 とソファから立ち上がって丁寧にお辞儀をした。

「いやいや、お役に立てたか分からないけれど」

 と幸田は手をヒラヒラと振る。

「ではお借りした本は必ず返却しに来ますので、また改めてご連絡させて頂きます」

 そう言うと寿々は幸田の研究室を後にした。









 午後3時

 寿々は昼休憩を挟んでからアガルタ編集へ遅めの出勤をした。

 席を見るとすで史が仕事を開始している。


「おつかれ」

 寿々は静かに挨拶をすると自分の席についた。

「寿々さんお疲れ様です。・・今日は今から出勤になるんですか??」

 史はタイプを打ちライティングの作業をしながらチラッと寿々を見る。

「ああ、そう。ちょっと今日は午前中用があったんで」



 寿々と史は先日のドッペルゲンガーの一件から数日が経ち、すっかり元の関係性に戻ったように見えた。
 勿論お互い色々と思うところは沢山あるのだが、やはりそこは二人共感情を抑え何とか日常を過ごしていた。


 寿々はコートを脱いでそれを椅子の背面へとかけるとちょうど机の上に置いた鞄に手があたり、その勢いで落ちると中に入ってた幸田から借りた本が床へ飛び出してしまった。

「やば・・」

 寿々は急いで本を拾う。
 史もそれを手伝うように自分の足元に滑ってきた一冊を拾い上げた。

「・・・・鈴鹿の草子」

 史は古書の表紙を読みながら不思議そうに呟く。

「借りものだから・・・大切にしないとなのに、まったく俺は・・」
 寿々はそう言いながら本を拾い、史が持つ最後の一冊を返してもらおうと手を伸ばすと、史は何の断りもなくその一冊を開き中を読み始めた。

「おいおい史。それ人から借りた大事な本なんだから返してくれよ」
 と寿々は呆れた顔をしながら手を伸ばす。

「・・・・坂上田村麻呂・・・」

 そう呟くと史は本を閉じそのまま寿々へと返した。
 寿々は受け取った本をもう一度鞄へしまい、机の下へと置く。

「・・・・・・・・」

 史は作業の手をすっかり止めジッと寿々を見つめた。

「・・・何、何か言いたい事があるのか?」

 と寿々も少し嫌そうに聞くと。

「・・・いや。今の本の話しを聞いてもいいのかな、と」

 史はそう言いながらもだいぶ聞きたそうな顔をしている。

 しかし寿々は鬼神おにがみの件に関しては史に話さない方が絶対にいいだろうと思い今までもずっと隠してきたのだ。
 何故ならばそのきっかけが史のストーカーに刺された事によるものだからだ。

 もしそれを話せばまた心配するだろうし、何よりもこの問題がまだ自分の中でどれだけ事実なのかさえわかっていないのだ。以前見たイタコの祖母の夢も鬼神おにがみアグル、自分の双子に兄についても何一つとして不明なままだ。

 もしかしたらいつかは話す時が来るのかもしれないけれど。
 それはまだ今ではない。そう思い寿々は心の奥深くに全てを押し込んだ。

「・・・聞かれても話す事はないよ」

 と寿々は少し冷たく史に返す。

「そうですか・・・・」
 と史は納得したように答えたのだが。

 もう一度寿々の方に向きなおすと

「一つ言っておきますが。俺寿々さんがそういう、何かを隠しているのすぐにわかるんですよね・・・。言いたくない事を無理矢理聞こうとはしませんが・・・・・言わなくちゃいけない時は絶対に教えてください」

 そう言って少しだけ笑うとモニターへ向き直り作業へと戻った。

「・・・・・・・・」
 寿々はその言葉を聞いて、そんな事が絶対に来なければいいとそう思った。


 そして
「・・・あ、そうだ」

 と急に話題を切り替えた。

「なんですか??」

 史も急に寿々が声を大きくするものだから本気でびっくりしている。

「史、来月からもう学校は休みになるんだっけ??」

「そう・・ですけど」

「どうしようかなぁ・・・」

「?」

 史は寿々が何を悩んでいるのかさっぱりわからなかった。

「ほら、前に有給をとるかもって話したろ?それを編集長に相談したらちょっと予定が変更になって。2月の半ばくらいに群馬のとある有名な占い師の取材をしてそのあと俺は有給を使ってそのまま実家に帰る予定になったんだよ。んで、史もインタビュー取材なら同行させてもいいと思うから、もし行けるようなら・・・」

「行きますよ!行くに決まってるじゃないですか!!」

 史は寿々の話しを遮って史は椅子をぐっと寿々に近づけてきた。

「・・近い近い・・」

 寿々は史を制止しながら椅子を下げ離れる。

「え?俺もその取材のあと寿々さんの実家に行けるんですか?」

 などと聞かれるものだから

「行けるわけ無いだろう!お前は日帰りだ。取材場所も北高崎だから終わったら高崎駅から一本で帰れるしな」

 そう言われて史は酷く落ち込んだ。

「・・・群馬日帰りとかむしろハードすぎるじゃないですか。てか電車で行くんですか??何時間かかるんですか??」

 と急に悪態をつく。

「お前群馬馬鹿にするなよ。特快なら渋谷から2時間かからないからな!余裕で往復できる」

 史はそれを聞いてもつまらなさそうな顔をしている。

「・・・お前なぁ。嫌なら行かないくてもいいんだぞ?」

「嫌なわけないじゃないですか!行きますよ、自腹切ってでも行きます!」

 史はムキになって返した。

 するとそこへ電話が鳴り、目の前の菊池が電話をとるとそのまま史に電話を向け

「史君、ライターの朝霧さんから依頼された仕事についてだって」
 と言われそのまま史は受話器を菊池から受け取った。



「・・もしもし。変わりましたはだです」

 そう言いながら史は話し始める。


「・・・朝霧さんって確か現代妖怪の記事の・・・?」
 と寿々が思い出しながら一人呟いた。

 現代妖怪の記事についてはレイアウトなどは寿々がメインでやってはいるのだが、記事の内容に関しては史自身が元々面識あるライターさんに仕事を依頼してコンタクトをとっているので寿々は直接朝霧との面識はなかった。


「・・・え?どういう事ですか?なんでそこでそうなるんですか??」

 と急に話が拗れだしたようだ。

「・・・はい。・・・はい。・・・・・・・・・は?ですか??」

 その名前を聞いて編集部一同が一斉に史に注目した。

 とりわけ丸の目の色が急に変わって明らかに怒っているようだ。


「・・・・・わかりました。ではこちらから連絡を取って直接内容を聞いてみます。・・・いえ、朝霧さんはちょっとそのまま待機でよろしくお願いします・・・・」


 そう言うと史は受話器を置いた。

 そしてその椅子にもたれると眉間に皺を寄せ大きなため息をついた。

「・・・・はぁ~・・・・」

「どうしたんだ??朝霧さん何て?」

 寿々も雰囲気から嫌な予感しかしなかった。

「・・・朝霧さんに頼んでいた記事ですが、急遽出せなくなったとのことです」

「ええ??それってどういう・・・」

「どうやら朝霧さん、松下さんの動画制作会社の専属スタッフの一人になってたみたいで事務所に所属している以上無断で仕事をとるなって注意されたそうです。なのでもし何か言いたい事があるなら直接俺のところに許可を取りに来いって松下さんが・・・・」

「は?」
 と寿々が言おうとした瞬間それに被せるようにして


「はぁああああああああ??????」
 と丸が大声で席を立ちあがった。

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