吸血令嬢の犬

永久保セツナ

文字の大きさ
2 / 4

第1話 吸血令嬢とある執事の出会い

しおりを挟む
『吸血鬼、マーカラ・フォン・ブラッドルージュを退治した者には報奨金500万マエンを支払う』

 そんなおふれが出された頃から、マーカラとその従者たちの住む古城は毎日のようにお祭り騒ぎであった。
 その城は、とある王国のはずれにひっそりと佇んでおり、石でできた壁一面には何の植物とも知れない蔦が這っている。

 古城の女主人、マーカラ・フォン・ブラッドルージュは、紛れもなく吸血鬼である。
 ただ、人の血を飲まず、牛や豚など城で飼育している家畜の血を飲んで過ごすようになってもう200年ほど経つのに、人間たちはそれでも彼女の存在を許すことはなかった。
 ヴァンパイアハンターたちは朝昼は城壁を登って侵入を試みてはマーカラの従者たちに蹴落とされ、夜に正々堂々とマーカラを退治に来る者は女主人が直々に相手をして蹴散らす。
 ただ、マーカラは決して人間を殺さず、遊ぶだけ遊んでから優しく城の外に放り出し、「今日もいい運動をした」と伸びをしながら棺に戻るのであった。

 さて、そんなある日のこと。
 空が血の色に染まる夕暮れに、古城の扉を叩く者がいた。

「わたくしはレオス・ローズブレイドと申します。ここで働かせてください」

 マーカラは棺の中で眠っている真っ最中。
 古城で働く従者たちは当然このレオスという男を警戒する。

「この城の噂については、王国の者なら当然知っているはず。どうしてここで働きたいのか、志望動機を聞きたい」

 メイド長のアリス・ルミエールは、レオスと面接をすることにした。従者の控え室で、テーブルを挟み、向かい合うように椅子に座ってレオスの言い分を聞くことになったのだ。

「わたくしは人間と一緒に過ごすことに、もう疲れてしまったのでございます。執事として様々な主人に仕えてきましたが、人を人とも思わぬ非道な扱いを受けてまいりました。しかし、こちらのお城の主は従者の扱いもよく、傲慢なヴァンパイアハンターたちにも丁重な扱いをする善き吸血鬼だとお伺いいたしました。そんな方の元で働きとうございます。どうか、わたくしを雇っていただけないでしょうか」

 レオスという男は一息にそう言って、はあとため息をこぼす。この男がどれだけ苦労してきたかが伺えるような口調であった。
 アリスはそんなレオスを見つめて、じっと長考する。

「メイド長、ひとまず仮採用ということで様子を見てみては?」

「しかし、妙な人間を受け入れてお嬢様の身に危険が及ぶのは避けたい。もしかしたらトロイの木馬かもしれんぞ」

 マーカラの父親から娘と古城を託されているメイド長、アリスは慎重に考えたかった。

「どうしたの、アリス? お客様かしら」

 しかし、そこへ当の張本人、マーカラが棺から目覚めてやってきたのである。

「これはお嬢様、おはようございます。ここで働きたいという人間がやってきたので就職面接をしていたところでございます」

「あら、私を殺そうとする人間は珍しくないけど、私に仕えようとする人間なんて変わってるわね。いいわよ、採用で」

 マーカラのあっさりとした回答に、アリスは目をパチクリさせる。

「しかし……よろしいのですか?」

「仮に私の命を狙っているとしても、そんな簡単には不意打ちされるような私じゃなくってよ」

 当然、自分を殺そうと懐に入り込む賊の可能性はマーカラも考えている。その上での余裕であった。

「ありがとうございます、マーカラ様。レオス・ローズブレイド、この身を粉にして働く所存でございます」

「よろしくね、レオス」

 マーカラは優雅な微笑みを浮かべて、新しい従者を受け入れた。
 その後、夜になるまでに、レオスはこの城での働き方をすっかり覚えて、まるで何年も城で働いていたかのような熟練した執事になった。

「さすが、もともと執事だっただけのことはあるわね」

「恐れ入ります」

 レオスは礼節のある丁寧な態度でマーカラに接した。
 その視線は、マーカラの首筋や心臓のある場所などをそっとなぞる。

(吸血鬼を殺すなら首をはねるか心臓を突くかだが、なかなか隙を見せないな……)

 そう、レオス・ローズブレイドもまた、マーカラの賞金首を狙ったヴァンパイアハンターなのである。

 そこへ、「おーい、レオス! なんか伝書鳩が来てるぞ!」と従者の一人が白い鳩を差し出した。
 レオスは鳩の足にくくりつけられた手紙を読み、「……そうか」と紙片を畳んでポケットに入れたのであった。

〈続く〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...