婚約破棄を企てます!

宮野 楓

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婚約破棄を企てます!

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「ねぇ、なんとなく親の言いなりに結婚ってなんか腹立たない?」

 僕の婚約者はいつも唐突だ。

「なに? マリッジブルーにでもなったの、マリー」

「なんか腹立つのよ」

 幼いころに結ばれた婚約で、もうすぐアカデミーを卒業する僕たちはそろそろ結婚の話が上がる頃合いだった。
 別に喧嘩もしなければ、仲も悪くない。マリーとはこのまま結婚して、子どもを授かって、幸せな家庭を築けると思っていた僕にとっては衝撃的な言葉だった。

「僕はマリーが好きだよ。マリーも僕が好き。だから結婚する。それでいいんじゃないかな?」

「確かにウィルは好きよ。結婚してもいいとさえ思っているわ。でもね、それとこれとは別なのよ」

 どう別なんだ。そう思いつつ、ウィルはマリーの言い分を聞くことにした。

「何に腹が立つんだい?」

「親の言いなりって部分。最近なんかお父様はマリーがお嫁に~とか言ったり、お母さまは結婚するのならばこれくらいの教養は、って煩いのよ。だったら結婚なんて辞めてやるって思うでしょ」

 思いません。
 心の中で返事を返しながら、思いを変える気がなさそうなマリーを見て、どうしようか思案する。
 どうやら僕のことは嫌いではないらしい。
 それが大前提なので、そこがひっくり返っていない事は良いことだが、要はマリーは反抗したいだけのような気がする。
 そんな時ふと幼い頃、牛乳が好きで飲みたい飲みたいと駄々をこねたウィルを見かねた、姉であるウィンリィの言葉が頭を過った。
 そんなに牛乳が好きなら、毎日飲み続けなさい。なら嫌いになるわよ。
 牛乳好きのウィルはなるものかと思っていたが、本当に毎日3食飲ませ続けられたら本当に嫌になった。
 でも意地を張って飲み続けたが、一週間でウィンリィに敗北宣言した。
 マリーも同じ状況にしたら? と思い、ウィルはあることを提案した。

「じゃあさ、婚約破棄するって親に言う?」

「何でよ! ウィルと結婚はしたいのよ! 勘違いしないで」

「もちろん本当に、じゃないよ。僕もマリーを愛している。マリーと結婚したい。でも親の言いなりが嫌なんだろ? だったら一芝居打たない?」

「それ最高の案だわ! 要はお父様とお母さまを謀ろうっていうのよね♪」

 マリーの機嫌は浮上し、小躍りしそうな勢いだ。
 本当にご両親に言って誤解されて婚約破棄を事実にされると面倒なので根回しを頭の中フル回転させ考えながら、嬉しそうなマリーを見て嬉しくなる。
 今は一週間に一度、お互いの家を行き来してこうやってお茶を飲むだけだが、結婚したらいつも隣にマリーがいるのだ。こんな幸せはないだろう。
 その為にもこのミッションを完璧にこなさなければ、とウィルは改めて気合を入れなおす。

「急に婚約破棄したいって言っても信憑性ないだろう。まずは僕たちの不仲説を流すのが始めだと思うんだ」

「ふむふむ。確かにこうやってお茶飲んでて、婚約破棄しますって信じてもらえないわよね」

「だからマリーと仲が悪いフリをまずするべきだと思うんだ」

「あれね! 最近流行の【薔薇姫】の小説みたいに無視したり、ノート破いたり、階段から突き落としたりする悪役令嬢を演じればいいのね!」

 後半は危険すぎる。と思いながらウィルは首を横に振る。

「その小説は婚約者が別の女性といたから嫉妬に駆られてだろう。だから内容が過激だ。だけど僕らはそうじゃない。ま、最初の無視するは採用だけどね」

「じゃあどうするのよ。ちょっと悪役令嬢楽しみだったのに! あ、でも階段から突き落としたらウィルがケガしちゃうもんね。それは確かにダメだわ」

「心配してくれてありがとう。まずは無視から始めよう。週一のお茶会もなし。手紙のやり取りもなし。パーティのエスコートもなし。確か一週間後にマリーのお友達主催のパーティあるよね。この辺で違和感出てくるんじゃないかな」

 何せ今迄マリーにべったりくっ付いていたウィルだ。一週間も離れればそれはそれは噂になるに違いない。
 お茶会は週一だが、アカデミーでは常に一緒に行動しているし、科目が違っても終わればマリーの傍に戻る徹底ぶり。挙句、手紙のやり取りは最低でも1日に3回は行っている。
 このすべてを断ち切ると言っているのだから、使用人なら恐らく一日で違和感に気が付くと思う。
 だが全てはマリーと結婚するための手段と思えば、耐えられそうにないが耐えて見せるとウィルが決意する。何せマリーの癇癪は早めの対策が一番被害が少ない。

「なるほどね。そのあとはどうするの?」

「状況で決めるよ。だからマリーは完全に僕を無視して見せて? あ、ちなみにパーティには別のエスコート役を用意なんかしないでね」

「でもそれじゃあ一人で入場じゃない」

「友人の気軽なパーティだから大丈夫だよ。だから僕以外にこの可憐な手を握らせないで」

「うぅうう……もぅ。分かったわよ!」

「そして無視すると恐らく、どうしたんだい? とか聞いてくる人がいると思うんだ。だけど全部こう答えて、『なんでもないわよ』って」

「それだけでいいの? 婚約破棄したいとか言ったほうがいいんじゃないの?」

「それこそ【薔薇姫】を思い出してほしいな。匂わせる程度でいいんだよ。そしたら周りが勝手に妄想してくれる。だろう?」

 マリーはふむふむ、と納得している様子だ。
 ウィルはこの期間に両家に結婚の意思と、マリーと一芝居打っている事を包み隠さず話して、何となく乗ってもらえればいい。
 両家ともノリのいい両親だ。きっと引き受けてもらえるだろう。

「分かった。ウィルの言うとおりにするわ」

「ん。じゃあ、今からスタートだね。マリー。一週間後、またこっそり連絡入れるから。それまで僕も無視するけど、浮気しないでね。マイレディ」

 ウィルは席を立ってすぐさま、マリーの生家・ウィルの実家へと馬車を走らせ事情を説明した。
 案の定、両家とも面白そうに笑い、確かに刺激もたまには必要よねぇなんてマリーの母上は笑いながら言い、ノリがノリを呼んでマリーに内緒で結婚の日付まで決めてしまった。
 花嫁衣裳作成はもう最終段階まで入っているらしいし、マリーの為に一週間我慢すればそれで結婚まで秒読みだ。ちょっとしたサプライズも出来そうでウィルも楽しくなってきた。
 そしてウィルとマリーの無視生活は始まりを告げた。
 使用人は一日で気が付くと思っていたが、学園内の親し気な奴らも一日で気が付いた。
 そして打ち合わせ通り「なんでもない」とすべての疑問に同じ返事を返せば、まぁ尾ひれがつくわつくわで、三日でどんどん面白い話になっていった。
 火のないところに煙が立たないというが、確かに火は立てたが、なんかあちこちに引火しまくって本来の火元より引火したほうが燃え上がっていないか、とウィルは頭を抱えた。
 執事に調べさせた報告書に目を通しながらウィルは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ねぇ聞きました。ウィルフレッド殿下とマリー・ウェストン公爵令嬢の婚約破棄!」

 木陰で涼みながら報告書に目を通していたウィルに気が付かず、近くのテーブルでお茶を飲みながら噂話を始めた令嬢方がいた。
 筆頭リアンヌ・メイスン公爵令嬢と取り巻き5名だ。リアンヌはマリーの次にウィルの婚約者候補と噂されていた人物だ。
 まぁウィルがマリー大好きで速攻でマリー以外と婚約しません! と幼き頃に父に進言したので、婚約者候補にもなったはずないのだが、煙は立てようと思えば無理して立てられるという事でもあろう。

「これでリアンヌ様がウィルフレッド殿下の婚約者ですわね」

「マリー様には荷が重すぎると思っていましたもの。きっとウィルフレッド殿下もリアンヌ様とお言葉を交わせばすぐ魅了されてしまいますわ」

 メイスン公爵令嬢の腰巾着令嬢達はこれでもか、とリアンヌ・メイスン公爵令嬢を持ち上げる。
 ウェストン公爵家とメイスン公爵家、二大公爵家。マリーが落ちたらリアンヌという思考回路は間違いではないだろう。政治的には。

「おほほ。皆様、少し急ぎ過ぎですわ。婚約破棄にも時間がかかるというもの。ウィルフレッド殿下の伴侶として……次期王妃としてきちんと構えねばね」

 どちらが急ぎ過ぎだ、とウィルは思う。
 確かにウィルは第一王子だ。だが立太子もしていないし、第二・第三王子もいる。必ずしもウィルが立太子するとは限らないのだ。
 可能性が高いだけに過ぎない。それも初めに生まれたから、という理由だけで。

「さすがはリアンヌ様。確かに騒ぎ立てすぎも良くありませんわね。ここは静観し、余裕を見せるのも必要ですわね」

「確かに余りにもせっつきすぎればウェストン公爵家側が何を言うか分かりませんわ。付け入る隙を見せない事も王妃の器とも言えましょう」

 好き勝手盛り上がってくれちゃってる令嬢方にウィルは辟易する。
 例えマリーがいなくても、なんて考えたくもないが、いなかったとしてもリアンヌ令嬢は選ばないだろう。政治的にメイスン公爵家を選ぶだけで、それは立太子の件と同様で必ずしも候補はリアンヌだけではない。ただ一番血統がいい。それだけだ。
 始めはマリーのちょっとした気まぐれで始まった嘘の婚約破棄のフリだが、案外この行動のお蔭でメイスン派の過激派がしゃしゃり出てきて面白い状況になっている。
 二大公爵家の勢力も均等化させねば王家として国が維持できない。案外、危険因子の炙り出しに役に立っている為、マリーに会えないのはすごく寂しい。何だったら今も令嬢の会話を盗み聞きしつつマリーへ愛を込めた手紙を認めている。もちろん約束通り送らないが、一週間後に全部渡すつもりだ。
 その令嬢方の元にマリーがやってくるのが見えて、ウィルがぎょっと目を見開く。
 何故ここにマリーがやってくるのだ。

「こんにちは、ウェストン公爵令嬢」

「お茶会にお呼びいただきありがとうございます。リアンヌ・メイスン公爵令嬢」

 これはちょっと危険すぎてウィルも看過できなくなった。
 お茶会は嫌味を言い合う場だけではない。毒を盛る機会もある。挙句、今のお茶会の茶器はすべて銀を使用したものではない。
 しかしマリーも王妃の教育を受けている身。ウィルは立ち上がろうとして、座った。
 確かに立太子していないのだから第一王子に過ぎないウィルだが、可能性として立太子する可能性が高い。そうなった場合はマリーは王妃だ。
 この場を凌げなければ、今後マリーはすぐに儚くなってしまうだろう。王室とは悲しいが、そういう所なのだ。
 もちろんマリーをそうするわけにはいかないので、ウィルは軽く上を向いて目で合図を送る。ウィルの傍には常に何人も護衛がいるので一部向かわせただけだ。
 しかしマリーはお茶会に参加したものの、お茶にもお菓子にも手を付けず会話だけでその場を後にした。
 もちろんリアンヌ・メイスン公爵令嬢の取り巻きはお茶もお菓子も勧めたが、さらっと躱していくその姿にウィルは笑みを浮かべずにはいられなかった。
 やはり運命の人はマリーだけだ。
 もう三日も話していないが我慢できない。今すぐ駆け出して抱きしめたい衝動に駆られる。
 そしてウィルは我慢に我慢を重ねながら過激派をこっそり説得、もとい始末しながらパーティの日を迎えた。
 マリーは約束通りエスコート役を誰にも頼まず、一人で堂々と入場してきた。
 先回りしてパーティ会場の隅に隠れていたウィルはその姿さえ愛おしく思える。
 周囲は婚約破棄だ、なんだ言っているが、誰にもやらない。本当ならば婚約者がいない女性は父親にでもエスコートしてもらって入場する。
 一人で入場はかなり勇気がいる行動なのだ。私にはだれにもエスコート役がいません、と言っているようなものだからだ。
 だがマリーは笑顔で嫌味も聞こえているだろうに、そんな事顔に出しもしない。綺麗な笑顔を浮かべている。貼り付けたものじゃない。単純に楽しんでいるのだろうと思う。
 この嫌味飛び交う場すら、だ。

「皆様、本日は我が娘コーデリアの誕生日を祝うパーティに参加いただき感謝申し上げます」

 マリーの友人であるコーデリア・ロント伯爵令嬢の父であるロント伯爵がパーティの始まりを告げる挨拶をする。

「そして、この度その祝いの日に、この場を慶事を発表する場として提供出来る事、至極光栄でございます。ウィルフレッド殿下」

 さぁ音楽が鳴ってダンスかと思っていた貴族たちは、ウィルフレッド殿下の名に驚きを隠せなかった。
 マリーですら知らなかったのだから驚いて、声も上げられなかった。
 ウィルフレッドは隠れていた会場の端からロント伯爵の隣まで移動する。

「この度は誕生日おめでとう、ロント伯爵令嬢。今日は君が主役なのに、別の発表をすることを許してください」

「ウィルフレッド殿下より祝いの言葉を賜り感謝いたします。慶事の発表をされる日が誕生日であること、何より縁起の良い日になると思います」

「ありがとう。さすがは我が婚約者マリーの友人だと思うよ」

 周りはウィルがマリーを婚約者と呼んだことでざわっと軽いざわめきが起こる。
 が、さすがは貴族。これから王族であるウィルフレッド殿下が慶事を発表するとのこと、ぐっと押しこらえている。

「さぁ皆、パーティ開始の前に発表がある。近々陛下よりもお言葉を賜るが、私、ウィルフレッド・ゼブランとマリー・ウェストン公爵令嬢との婚姻が整い、春の時期に式を挙げることを宣言する」

 婚約破棄から一転の結婚式の発表に貴族はもはや声を抑えずにはいられなかった。
 マリーも婚約破棄という一芝居という事は分かっていたが式までの発表とは思わなかったのだろう。驚いた顔をして、目に軽く涙を浮かべている。
 ウィルはそんなマリーに向けて手を伸ばした。

「愛おしい僕の婚約者、マリー。さぁ僕の手を取って」

 マリーはふらふらと会場の真ん中にいるウィルの元に寄ってきてその手を取る。
 それを見たロント伯爵は、騒めく会場を整えるべくパンっと手をたたく。

「大変喜ばしい発表に拍手を。殿下、ウェストン公爵令嬢、臣下として大変喜ばしく思います」

 ロント伯爵が拍手を送ればそれに乗るように周囲から拍手が沸き起こる。
 マリーはウィルと結婚できないと思っていたわけではないだろうが、実感が湧いてきたのか、雰囲気に吞まれたのか、笑顔を浮かべて涙を流していたので、ウィルはそっと手で拭ってやった。

「ねぇ、マリー。僕はこの一週間死ぬほど寂しかったよ」

「私もよ、ウィル」

「親なんか関係なく、君を僕の物に……結婚してくれるかい?」

「えぇ! もちろんよ、ウィル。あれからお母さまもお父様も煩くなくなったけど、でも逆に寂しくなったわ。ウィルも無視するから、まるで私の世界からウィルが消えたみたいでとても寂しかった。もう嫌よ。あんな思い」

「無視とかはマリーが言い出しっぺなんだけどねぇ。だけど僕も、そうかな。マリーが傍にいてくれないと心配でどうにかなりそうだった」

 ウィルとマリーが手を取り合えば、それを皮切りに音楽隊が音を奏で始める。
 二人は目線を合わせて互いに微笑み、そしてワルツを綺麗に踊りきった。

「愛してるよ、マリー」

「私もよ、ウィル」

 パーティ後、ウィルが一週間会えなかった分認めた手紙をマリーに渡せば、マリーから同じように手紙を渡されてまたお互い笑いあった。
 ウィルは自身の姉、ウィンリィの言葉にあった毎日続ければ嫌になるわよって言われた言葉を思い出し、苦笑する。
 確かにマリーの親への癇癪には効いたが、マリーには効きそうにない、と。
 何せお互い一週間手紙を認め合っても会えなかった事を嘆き、今後ずっと一緒にいられることに喜びを覚える。
 こうしてマリーのちょっとした親への反抗期は収まり、春の月を待ちわびながらウィルとマリーは手をつないだ。
 毎日続ければ嫌になることもあるが、毎日続ければ深まるものもあるのだ。

 ウィルはそっとマリーに口づけて、今度姉に教えてやろうと思った。
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