宝石少年の旅記録

小枝 唯

文字の大きさ
199 / 223
【宝石少年と芸術の国】

タラント嬢

しおりを挟む
 ナイフがプツリと肌を切り裂き、ポタポタと落ちていく。雫が落ちる先にあるのは、ラピスラズリ。国石ではない。アルティアルの祭壇広場にあるはずの、国宝だ。本来ならば美しいはずの体は所々に亀裂が入り、血によって穢れている。その様子を満足そうに眺めるのは、シナバーの朱色の瞳。これだけ染まれば、あとは相手の動きを待つだけ。
 ふと視線を感じ、部屋の隅へ振り返る。檻越しに、青い瞳とローズクオーツの義眼が睨んでいる。いや、軽蔑の眼差しと言った方が正しいか。
 マリンの体は生傷だらけだった。ジオードにルルからのお守りを渡しに出たあの日以降、ここに監禁されている。1番の目的は他にあるらしいが、やはりファルベにも目が向いていた。手を出される前にと、仕留めようとしたがダメだった。全く歯が立たない。国宝から力を受けているのだ。マリンは攻撃を跳ね返されて気を失い、気が付いたらここに居た。

「何か言いたげだな?」
「……そこまで下衆だとは思わなかっただけだ。お前と同族の人間に同情するよ」

 言うことを聞かないから少しお灸を据えてやったが、さすがは長寿の耳長属。ちょっとやそっとの痛みでは、反感の意識は消えない。恋人の分まで背負っていると思っているのだろう。まあ、それが面白いのだが。
 国宝が、力を振り絞って淡い輝きを発する。それはまるで、世界の王を呼んでいるかのようだ。実際そうなのだろう。渡した道具の行方が途絶え、シナバークオーツの破壊も伝わってきた。やはり、あのマントの旅人は世界の王なのだと、確信にシナバーはニヤリと笑う。

(おそらく、王自身も、私が気付いているのを勘付いている)

 遡る事3日前。人形の目を頼りに夜を徘徊させると、祭壇広場に佇む女神像の下から、見覚えのある男装した少女と、怪しい格好をしたマントの人物が出てきた姿を捉えた。しかも、薄青い手から鉱石が生成される所まで目撃し、もしやとしばらく監視した。
 仮面は頑なに外されないため確信を持てなかったが、周囲の言動や、ただの旅人とは思えない立ち回りで目をつけた。世界の王が居るのは、嬉しい誤算。やはり早い目覚めという噂は真実だった。
 だがシナバーは、世界の王自身に興味はなかった。もちろん優れた素材だから、これ以上ないほど高額になる。しかしそれでは世界を崩壊に導く事になる。別に世界を壊したいわけではない。ただ、この世で受けられる最高級の贅沢がしたいだけ。目的はただ一つ。この国に眠る金塊だ。しかしその金塊を手に入れるためには、世界の王の協力が必須。だから考えた。1番手っ取り早く、確実な方法を。
 シナバーは血に汚れた国宝を、手作りの小箱に収める。闇色をした箱は、シンプルな作りでありながら頑丈。しかもそれだけではない。国宝の音を遮断できるのだ。正確に言えば、他の石の音で誤魔化す。そのため、今世界の王には僅かに音が聞こえただけで、もう消えているはずだ。
 シナバーは箱を手元にしまうと、マリンに振り返る。

「大人しく、いい子にしていろ」

 そう言い残し、隠しドアから外へ出ていった。マリンはその後ろ姿を奇妙に思い、訝しそうな視線で見送る。監禁されて分かったが、シナバーはアヴィダンを名乗るため、変化魔法で姿を変える。なのにあの姿、つまりアヴィダンではなくシナバーのまま、席を外したのは初めてだ。一体、何が狙いなのか。

(もしファルベの目の前に、あの姿で現れたら……)

 きっと身がすくむだろう。目を取り、傷物にした張本人なのだから、過去の傷が抉られるのは当然だ。心についた傷というのは、一度ついたら消えない。ただ傷跡になるだけだ。
 マリンは悔しそうにぐっと拳を握る。

「神様、どうかこれ以上、あの子にイタズラをしないで」

 隣に居られない今、ただ願うしかできない。
 静まる部屋に、バキバキと小さな音が聞こえ始めた。正面の壁へ顔を向ければ、よく見慣れたローズクオーツが一面を覆い、破壊してドアをこじ開けた。そこに立っているのは、愛しい人。
 ファルベはマリンの無事を左目に収めると、檻へ駆け寄った。

「ファルベ……!」
「助けに来たんだ。ルルたちに協力してもらって」

 階段の先はいくつかに別れていた。フロゥの記憶はそこからはハッキリせず、それぞれ別れて道を進んだ。ファルベも勘で選んだ道だったが、進むうち、徐々に自分の一部の気配を感じ始めた。降りきったそこは、行き止まりに見せかけた壁。ドアや仕掛けも見当たらないが、ファルベは感じる気配を信じて壁を破壊したのだ。
 檻の鍵に使われているのも、シナバークオーツ。やはり血が使われているのか、オリクトの民にとっては鼻が曲がりそうな臭いがする。
 マリンは過去、檻から解放してくれた。だから次は、自分の番だ。ファルベは痛みすら感じるシナバークオーツの鍵を握る。するとまるで焼けるような音をあげながら、煙が指の隙間から立ち上った。血の混ざった石を壊すには、他の血を入れて浄化する必要がある。ただのオリクトの民では、触っただけで破壊できる世界の王のようにはいかない。
 最後、手にグッと力を込める。頑丈だったシナバークオーツは、長い年月を終えたかのようにボロボロと崩れていった。檻の扉が開き、2人はどちらともなく抱きしめ合う。

「あぁ、ファルベ……ごめんよ、キミのそばで守れなくて」

 ファルベは顔をむすっとさせると、体を離す。乱暴に解かれた抱擁にキョトンとするマリンに、ファルベは泣き出しそうに顔をしかめた。

「バカ、私が心配したんだ! いつもいつも、無茶ばっかりして。そのくせ自分の心配はしないで……バカ、バカマリン。私だって、守られるばかりじゃないんだ」

 マリンは整った顔を悲しそうに歪めるファルベに、目を丸くする。傷付けないための行動だった。しかし結果的にその思考が、ファルベを傷つけた。盲点だった。大事な存在が傷付けば、自分が痛いというのを知っているのに。体を張って守ればいいという考えは、なんて傲慢で独りよがりか。そして、健気に立つ彼はなんて美しいのか。

「はは、困ったな。惚れ直しちゃった」
「……バカ」

 そんな反応をよこすとは予想外で、思わずファルベは顔を赤くする。まったく、この男は自分がどんな状況か分かっていない。しかしふっと可笑しそうに笑ってしまった。無茶で無謀で仕方ないが、そんな彼も好きなのは確かだ。惚れた弱みだろう。

「ルルたちも居るのかい?」
「うん、すぐに来るよ。合図をしたから」

 別れる時、全員【ルルの石】を持った。マリンを見つけた時、そして予想外の事が起きた際、投げて割る。一つが割れると、他の【ルルの石】に亀裂が走るようになっている。今頃こちらに向かっているだろう。

「シナバーが生きていたんだ。あの姿は、変化魔法を使っていた」
「やっぱり、彼なのか」
「ああ……あの時、殺しておけば良かった」
『貴方が手を、汚す必要は、無いよ』

 単調で、それでも柔らかな声が、悔しさに溢れた恨みも言葉を優しく包んだ。振り返ったファルベの視線を真似して、壊れた壁を見る。そこに、ルルとフロゥが立っていた。フロゥはほっと胸を撫で、ルルは安心しているように、虹色の全眼を細くしている。その瞳は、ファルベの次に美しいと思えた。

「ルル……やっぱりキミは、世界の王だったのか」

 ルルは何も言わずに頷く。人間よりも自然界の寵愛を受ける種族。そしてそれ以前に、マリンは相手の言動から悟るのが上手い。だからなんとなく、気づいていてもおかしくはないと思っていた。

『ファルベから、シナバーについて、話を聞いた。彼も、ここを使っていた、ようだね』
「ああ。僕が見た全てを話すよ。アイツは、国宝を使っている」

 表情の乏しいルルの顔が、僅かに驚愕の色を浮かべる。確かに、アルティアルの国宝の音は、頻繁には聞こえなかった。驚いているルルに、マリンは特殊な加工を施した箱の中に入れられていて、常にシナバーの手元にあるのを説明した。しかも彼の血で半分以上穢れているというのも。
 ルルは全てを聞き終えると、濃い色をした唇に指を添え、考え込む。フロゥたちは不安そうだ。国宝の力を味方につけられれば、手出しが難しくなる。しかしルルにその不安は無さそうだ。

『所詮は、人。人間の器に、国宝が収まるはず、ない』

 いくら魔術に長けようと、どれだけの力を持とうとも所詮は、国宝によって生かされる者。そんな存在が、母体となる力を完全に受け入れる事など不可能。世界の王でさえ、その穢れを受け、体内を犠牲にするのだから。
 ルルは救いを求めるような視線を向ける3人に、笑みを浮かべるように頬を緩める。そのうちの1人、マリンはシナバーを生かした事への未練に暗く染まっている。

『大丈夫。彼はちゃんと、裁かれる。マリン、貴方の手は、ファルベを愛する、綺麗な手だ。人形を愛でる、優しい手だ。シナバーの血で汚すには、もったいない』

 頭で声を紡ぐ音は、どこまでも優しい。マリンは青い左目をパチクリさせ、促されるように自分の両手を見る。そして、なんだか憑き物が落ちたように、ふっと笑った。
 立つと少し足が痛む。マリンはファルベに肩を借り、牢から出た。さあ、脱出をしよう。しかしそう思った時、ルルはとあることに気づく。

『アルナイトは?』
「え?」
「あれっ?」

 ずっと元気な彼女の声が聞こえない。気配も近くには無い。【ルルの石】を持った彼女も、フロゥたちと同様、合図に気付いているはずだ。フロゥは思わず、壁の外へ彼女を呼ぶ。しかし奥へ小さくこだまするだけで、返事は来なかった。

~               **              ~               **                 ~

 ルルたちと別れてから、数分経過した頃。アルナイトは【ルルの石】の美しい明るさを頼りに、怖い暗闇を進んでいく。マリンを助けたい一心で行けば、こんな暗闇へっちゃらだ。今は独りじゃないんだから、大丈夫。
 そうやって心を奮起させた彼女だが、すぐに行き止まりになった。そこは壁だが、整備された様子はなく、ガサツに掘り進めて途中でやめたように思える。仕掛けのため、というよりはただのハズレだと分かった。アルナイトはがっくりと肩を落とす。

「なぁんだ、ここはハズレだ。よし、ルルたちのトコ戻るか」

 階段は長く上りだが、普段からいろんな所を冒険する彼女の体力は充分残っている。そんな時、手に持っていた【ルルの石】が小さく震えたのが分かった。なんだと思って視線を向けると、ピシリと亀裂が走る。ファルベがマリンを見つけ、割ったのだ。
 その瞬間、暗いここでは目をつぶしそうなほどの眩しい光が溢れる。アルナイトを、美しい虹色の光が包み込む。しかし彼女は、明るい灰色の目を閉じなかった。
 声が聞こえる。優しい、女性の声。そして見える。これは目ではなく、脳から来る映像だ。
 アルナイトと同じ、灰色の目をした女性。小綺麗で上品なドレスを身につけ、絵を描いている。呼ぶと、女性は振り向いて頭を優しく撫でてくれた。抱きしめてくれた。しかしその時、腕が震えているのに、アルナイトは不思議に思っていた。
 暗い。穴。暗闇。牢屋。女性が赤い絵の具を散らばせたように赤い中に、倒れている。ジオードが居る。彼は苦しそうな顔をし、何かを、見せて──。
 【ルルの石】の輝きは、とっくに治っていた。しかしアルナイトは、まるで今体験したかのように脳裏を駆け巡った出来事に、ただ唖然と佇んでいる。

「……せんせ?」

 ポツリと呟かれた言葉に、コツンコツンと、誰かの足音が混ざる。我にかえりはっと振り向いたそこに居たのは、シナバー。彼は親しみを込めた微笑みを浮かべる。

「初めまして、いや、久しぶりだな、アルナイト・タラント嬢」

 アルナイトは灰色の目をキョトンとする。しかしその家名には、なぜか懐かしさを感じた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

私を家から追い出した妹達は、これから後悔するようです

天宮有
恋愛
 伯爵令嬢の私サフィラよりも、妹エイダの方が優秀だった。  それは全て私の力によるものだけど、そのことを知っているのにエイダは姉に迷惑していると言い広めていく。  婚約者のヴァン王子はエイダの発言を信じて、私は婚約破棄を言い渡されてしまう。  その後、エイダは私の力が必要ないと思い込んでいるようで、私を家から追い出す。  これから元家族やヴァンは後悔するけど、私には関係ありません。

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

実家を没落させられ恋人も奪われたので呪っていたのですが、記憶喪失になって呪わなくなった途端、相手が自滅していきました

麻宮デコ@SS短編
恋愛
「どうぞ、あの人たちに罰を与えてください。この身はどうなっても構いません」 ラルド侯爵家のドリィに自分の婚約者フィンセントを奪われ、実家すらも没落においやられてしまった伯爵家令嬢のシャナ。 毎日のように呪っていたところ、ラルド家の馬車が起こした事故に巻き込まれて記憶を失ってしまった。 しかし恨んでいる事実を忘れてしまったため、抵抗なく相手の懐に入りこむことができてしまい、そして別に恨みを晴らそうと思っているわけでもないのに、なぜか呪っていた相手たちは勝手に自滅していってしまうことになっていった。 全6話

聖女じゃない私の奇跡

あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。 だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。 「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。

処理中です...