使用人の我儘

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最後の夜

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 冷静になって、色々考えてみた。
 まず、相手は誰なのか。俺のよく知る相手。屋敷にいた使用人だろうか。でもあまりに身分が違いすぎる。それなら俺でも……。はい、性別ですよね。わかってはいるんですけど。わかってはいても、秋尋様が結婚するのであれば家柄初め高スペックな女性でないとと思ってしまう。自分のことを棚にあげて。

 ただ、そこまで親しくない相手と婚約するというなら、わざわざ身分の低い相手を選ばないはず。そして秋尋様の周りをうろちょろしている俺に、その心当たりはない。これはもう当日までわからない気がする。

 あと、もうひとつの謎として、秋尋様が俺に事前に話してくれたってこと。フるためなのかと思ったら、約束の日までそんな様子はなさそうだし、夜も俺の部屋に来てくれる……。

 これは、俺を試しているのでは? お見合いをぶち壊すかどうかを。むしろ、邪魔してくれというフリなのでは? でなかったら、わざわざお見合いがあることを、伝える必要などない。何かしら用事を言いつけて、その日は追い払ってしまえばいい。約束の日は誕生日ではなくその前日らしいし。

 お見合いをぶち壊し、俺からプロポーズ。翌日二十歳の誕生日にはラブラブなバースデーパーティを。という流れ。
 ……ちょっと無理がありすぎるか。

 でもそんな、重大な日に俺がその場にいないなんてありえない。
 お店の場所を教えてくれないというのは、逆にチャンスでもある。あとをつけて、偶然を装って目の前に現れればいい。
 いや、いいわけない。どんなアイデアだ。3歳児の思考回路だってもっとまともだ。

 日に日に元気のなくなる俺を見て、秋尋様は何か言いたそうにしていたけれど、発言を撤回することはなく……。あっと言う間に、決戦前夜。明日はついに、俺に絶望が訪れる日……に、なるかもしれない。

 そう。あくまで婚約する『かも』なんだ。
 俺の秋尋様をお断りするなんて、それはそれで癪に障るけど、婚約がなくなってくれるのなら是非もない。理由なんてどうでもいい。理想としては、相手は秋尋様を気に入ったけど秋尋様が俺のほうを選んでくれるってことかな。想像するだけで幸せになれるよね。

「朝香」
「あ、秋尋様!?」

 ノックもせずに扉が開いていた。したけど俺が気づかなかった可能性もある。へこみすぎてシーツをもみくちゃにしながらベッドの上を転がっていたから。

 今日は、近づいてこない。この距離がきっと、心の距離だ。

「明日には婚約するというのに、使用人などの部屋へ来ていいのですか?」

 口をついて出た言葉にビックリした。
 俺が秋尋様に、こんなイヤミな台詞を吐いてしまうなんて。
 せっかくお部屋に来てくださったのに。

「そうか。では戻る」

 案の定、踵を返そうとする秋尋様に焦って、それを止めようとして、ベッドから転がり落ちてしまった。シーツが絡まって上手く起き上がれなかった。

「何をしてるんだ、お前は」
「ううう……」

 呆れながらも手を貸そうと近づいてきてくれる秋尋様。お優しい。
 手の温かさも、この視線も。明日からは他の者にむけられるのかもしれないのか。たまらないな。しんどすぎて。

 でも無事に捕まえることができてよかった。転げ落ちたのは作戦ではなかったけど、結果的には幸いした。

「秋尋様……」
「起きがったのなら手を離せ」
「嫌です」

 命令だとは言わなかったから、本心ではないと思いたい。
 そもそも、何か用があって部屋に来てくれたんだろうし……。

「今日が最後になるかもしれないんです。一緒にいたいです」
「なら、何故僕の部屋へ来なかった」
「心がザワザワして、それどころではなかったからです。それに……閉じ込めて、どこにも行けないようにしてしまいたくなります」

 逃さないように、でも痛まない程度の強さで手を握る。

「行かないでほしいのか。明日」
「はい」
「残念だが、それは無理だ。ただ……。お前の言うとおり、今日が最後になるかもしれないから、僕から来てやった」
「秋尋様」

 来てくれた理由は、秋尋様なりの慈悲だった。優しいのか、残酷なのかわからない。でも会えて嬉しい気持ちのほうが大きいから、優しいと言える。

「何か言っておきたいことはあるか?」
「好きです」
「数えきれないくらい聞いた」
「抱きたいし、抱かれたいです」
「お前が抱かれる時は準備が必要だったんじゃないのか?」
「そんなこと言ってられません。わかるでしょう」

 コンドームを使って部屋を暗くして、汚いところは欠片も見せず、抱かれたあとは余裕がないほど抱き倒してしまえばいい。ダルくなって、明日はやっぱり行かないとか言ってくれるかも……なんてことは、まあないだろうけど。

「今夜は……。手加減してくれ。明日、起き上がれなくなっても困るからな」

 釘は刺されたけれど、拒否はされなかった。
 そう言われて手加減ができるとでも?

「優しく、触れ。命令だぞ」
「……触れって命令されるの、久しぶりです」
「最近はお前から触ってくるしな」

 顔を見合わせて笑った。でも、どこか物悲しい感じの笑いだった。
 触れ。命令だ。そんなやりとりが懐かしくなるほど、たくさん肌を重ねてきた。そして今日、これが最後になるかもしれない。

「今までで一番、気持ちよくします。俺を選んでもらえるように」
「本当に優しくだからな」

 どこか疑わし気な視線を向ける秋尋様をベッドに引きずり込んで乗り上げた。
 服を脱がしながら露わになっていく肌を指先で辿り、自分の唇を舌で湿らせてからキスをする。

 まだ。今この時は、秋尋様はまだ俺の恋人なのに。そのはずなのに、なんだかとても背徳的な感じがした。
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