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甘いくらいがちょうどいい
アイス2個目
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「ほら、洗面所どこだ」
「向こうです」
おれが一人で洗いに行けばいい話なのに、先輩が手を引いてくれるのが心地よくて素直に教える。
なんか子供の時を思い出すよな。手を引かれて、手を洗いに行くなんて。
先輩もそう思ったのか、洗面所に着くと母親がするように後ろから覆い被さっておれの手を洗ってくれた。
「ひ、一人で洗えます」
さすがにこの体勢は恥ずかしい。嬉しいけど恥ずかしい。ただでさえギリギリのところで耐えてるんだから、普通に歩けなくなってしまいそうだ。
「まあまあ」
後頭部にキスをされた。キス。先輩から、キス。
おれがねだった訳でもないのに。髪の毛にキスって。経験が透けて見えて妬けばいいのか、素直に喜べばいいのか。凄い複雑だ。
これっておれのこと女の子扱いしてる? それとも少しは愛しく思ってくれてるわけ?
目の前がぐるぐるしてきた。
「後輩くんってシャンプー何使ってる?」
「LUXですけど……」
「ふうん。凄いいい匂いがする」
先輩がすん、と息を吸い込んだ。匂いを嗅がれるというのは、なんだかとても変な気分になる。しかもこんな密着して……。
普通はしないよな。普通は。先輩がおれに取る態度って、明らかに後輩へのものじゃない。
おれが告白済みなせいもあるかもしれないけど。
「あの、先輩」
「ん、何?」
「実は先輩って、結構おれのこと、好きですよね」
なんとなく言ってみた一言。先輩はもう一度おれの髪を嗅いで、ぎゅうっと抱き締めてきた。
「んー……そうだな。そうかも。引っ付いても気持ち悪くないし、あんなことされても許しちゃうし」
まさかの肯定におれの方が驚いた。しかもこんな風に抱き締めてくるとか。背中温かいし、腰までべったりくっついてるし。
あ、これは。マジでやば……っ。
おれは思わずその場にしゃがみ込んだ。
「後輩くん?」
「先輩の馬鹿……。立てません……。さっきはなんとか堪えたのに」
「はははっ」
先輩が笑う。笑い事じゃありませんよ、ホントにもう。
「立てないけど別のところが勃ったってことか」
「先輩っ!」
「可愛いな、後輩くん」
今度は頬にキスをされた。そのまま、耳に、髪にキスをされて心拍数が上がっていく。
……ますます立てなくなってく。
「ちょっ、先輩! マジ勘弁してください」
「嬉しいくせに」
「嬉しいですけど……っ」
「ん?」
「応える気もないのに、やめてください。したくなります」
「んー……」
先輩が考え込む。自分に都合のいい期待をしそうになる。
だって先輩、おれのことが好きだって言ったんだ。耳や髪にキスするんだから、その好きは恋愛感情であっている筈。
「でも後輩くんは、おれを抱きたいんだろ」
「はい」
「キッパリ言うなぁ……。自分より大きい男組み敷いて、楽しい?」
「楽しいというか、欲情すると思います。大きいとか小さいとか関係ないです。先輩が好きだから……したいって思うんですよ」
屈んでいる先輩の袖を掴んで、引き寄せて口付けた。何度も何度も口付けた。
「ん、んむっ……。待て、ん……。待てって、後輩くっ……」
途切れ途切れの声が可愛らしくて、もう止まらない。大体、せっかく鎮まってきていたのを起こしたのは先輩だ。
「凄く、抱きたいです。ダメですか?」
「だから、ダメだって」
「どうして」
「口尖らすな。可愛いんだよ、馬鹿」
デコピンされた。納得いかない……。ここまで誘っておいて、好きだとか言っておいて、させてくんないなんて。
「ともかくだな、どうこうしたくはないが、俺はどうやら後輩くんが好きらしい。……ということでいいのかな?」
「聞かないでくださいよ。おれに聞いたって、そういうことでいいですよって答えしか、でません」
「じゃ、まあそういうことで」
先輩が、おれにキスをする。表面に触れるだけの柔らかいキスだったけど、さっきリビングでされたお試しの深いキスより、どきどきした。
多分愛しさを、込めてくれたからだ。
「……あの、つまり、これは……。おれ、片思いじゃなくなったってことで、いいんですか?」
「うん」
「恋人同士だって思ってもいいんですか?」
「そういうことになるな。男の恋人なんて、初めてだ、俺」
おれは恋人自体が初めてですよ、先輩。
初めての恋人が男。しかも先輩。オマケに相手も、男は初めて。やらせてくれない。かといってしたくもないらしい。
こんなので本当に恋人同士と言えるのかは謎だけど、関係が明確に、言葉で言い表せるようになったのは嬉しいな……。
「じゃあ、明日からおれと一緒に登下校ですよ」
「バイトがない日なら」
「休日はデートをしてもらうし」
「今日だって家に来てるだろ」
「たくさん、キスしますよ」
「ほどほどで」
先輩受け答えが軽すぎる。おれは真剣なのに。
「いっぱい触ります」
「ん……。うーん……。まあ、俺も、触るのは好きかな……」
頬を撫でる先輩の手に欲情する。おれがどこまで触るか判っていての答えなら、あとで絶対後悔しますよ。
「先輩はおれに、割りと甘いですよね」
「多分それが、好きってことなんだろう。甘いくらいで、ちょうどいいじゃないか」
それもそうかなぁとも思う。勘違い上等で、結果がついてくればそれでいい。
触れてるうち、キスを繰り返すうち、情が移っていつかは……それ以上、させてくれるようになるかもしれないし。
「なあ、後輩くん」
「はい?」
先輩がいきなり、おれの股間を掴んだ。
「んなっ、なんですかっ!」
「おさまったかなと思って」
「あんな風に触られて、告白までされて、おさまるはずがないでしょ」
おれはそこを庇いながら、先輩を見上げる。
大体こんな確認の仕方はない。酷い。掴み方が酷い。せめて優しく触れてくれればいいものを。
「そうだな、まだ硬かった」
「っ……」
そんな、確認するように見られると、視線に反応して余計のっぴきならない状態になりそうなんですが。
襲われたいのか、この人は。本当に……どうしようもないな。判っているようで、全然判ってないんだろう。おれがどれだけ貴方のことを好きなのか。
「一回抜くか? ズボンの上からでいいなら手でやってやるぞ」
先輩の言葉に、理性がぐらりと揺れた。
待て。よく考えろ、おれ。目先の欲望に捕われるな。
先輩がせっかくおれのことを好きだと言ってくれた。先に触らせて、気持ち悪いって思われたら……。チャンスが全部なくなる。
しかもズボンの上からって、そんなに直に触れたくないんですか、先輩。
おれなら多分、舐めるのも余裕でいけるのに。
どうせ気持ち悪いって思われるなら、おれが仕掛けてる時の方がいい。快楽でごまかせるかもしれないし。
おれのに触れて、気持ち悪いからこの話は全部なしなって……そういう先輩を想像したら、悲しくなって幸か不幸か萎えてきた。
「いえ、おさまってきました……」
「そうか。なんか何考えてるのか判る表情してんな」
「そうですか?」
「多分お前が考えてること、否定はしないぜ。男をそういう対象にするの、初めてだし、流されてるかなって思うところはある。さっきも言ったけど、どうこうしたい訳じゃないしな」
おれはすっごく、どうこうしたいですけどね!
とはいえ、したいからってできる訳でもない。無理矢理とか、先輩とおれの体格差じゃ無謀すぎる。一服盛ったりすれば話は別だろうけど、恋人に対してそれはないよな。うん……一応恋人、なんだもんな。
なんかいまいち、現実味がないのはどうしてなんだろう。先輩は好きって言ってくれたし、キスもしてくれたのに。
嬉しすぎて麻痺してるのかな。やっぱり、身体まで手に入らないと不安って……ことなのかな。自分がよく判らない。
「後輩くん? そんなにショック受けたのか? 悪いな、本当に俺も……。その、自分の感情があまりよく、理解できてないんだ」
なんだ……。先輩も、そうなのか。そんな気持ちでも、おれと恋人同士になってもいいって、思ってくれたんだ……。
それくらいでこんなに嬉しいなんて、おれ相当単純だ。
「いえ、平気です。先輩が恋人になってくれた、それだけで嬉しいですから」
おれはもう平気だということを示すためにゆっくりと立ち上がった。
「そういえば……シャワー、どうします? ちょうどそこですけど」
意図せず洗面所に連れてこられたので、その横が風呂場。おれが指差すと、先輩はうーんと考え込んだ。
「じゃあちょっと借りるかな」
「あとはズボンですよね……。それで帰るつもりですか? 白い液体が染みついた感じの」
「……そうだな。でも借りるって言っても後輩くんのズボンじゃ丈が短いだろうしなぁ」
上から下までじろじろと見られた。
「言っておきますけど、おれの足が短いんじゃなくて、先輩の足が長すぎるんですからね」
「何も言ってないだろ。身長の差だってあるんだし、十センチ以上」
まあそれはそうなんだけど。それにしたって先輩の比率はおかしい。さすがモデルといったところか。
「ハーフパンツならありますよ」
「多分俺が穿いたら、ほとんど短パン状態だよな……ウェストも入るかな」
「身長があるから細く見えますが、そこまで細いって訳でもなさそうですしね」
「太ってるみたいに言うな。俺のは筋肉だ。後輩くんが細いんだ」
「お、おれだって、そこまで細くないですよ! ……まあ、筋肉はそんなについてないですけど。それにハーフパンツって基本的にゆったりめだから、多少裾は短いかもしれませんが先輩でも充分穿けると思います」
「これで帰るよりは全然マシだしな。貸してもらってもいいか?」
「はい」
先輩がおれのズボンを穿く……。なんか、ドキドキするな。
洗って返さなくてもいいですよ! とか言ったら変態過ぎるか。というか何に使うかバレバレだ。
……あ。そうか。
「そのズボンはおれが洗濯して後日渡しますから、そこのカゴに入れておいてください」
「ふぅん」
にやにやと見られた。
「ちょ、親切心ですよ。下心なんて、これっぽっちも……」
ありすぎますけど。
「そこまで迷惑かけるのも悪いから、持って帰る」
くそっ。気付いているなら置いてってくれてもいいのに。先輩の馬鹿。
さすがにこれ以上食い下がれない、恥ずかしすぎて。
「じゃ、ハーフパンツと大きめのシャツと、紙袋持ってきます」
「よろしく頼むよ、後輩くん。俺はその間にシャワー浴びてるから。あと、さっき後輩くんに引っ付いてたから、お前の服にもアイスついちまった。悪いな」
「え。あ、本当だ。ついでに着替えてきちゃいます」
「ああ」
「バスタオルはそこにありますから」
「サンキュ」
おれは洗面所を出て二階に上がった。着替えはおれの部屋にある。
とりえあず着替えるか。先輩に白い液体をつけられた……って字面だけ見ると凄い卑猥だ。
そういえばシャワーを浴びたら、汚れた衣服は身につけないよな。もしかして先輩トランクス姿で待ちかまえてるんだろうか。それとも、曇りガラス越しに先輩の姿が見える状況とか。どっちにしても、心臓と下半身には優しくない。
もうさー。オイシイけど、どういう拷問だろう。手を出せないんだから、生殺しだ。
おれはなるべく妄想しないようにしながら、クローゼットを物色し始めた。
適当に大きめのシャツを見繕って、なるべくウェストが緩く、裾が長いハーフパンツを探す。
シャツなんかは割りとフリーサイズも着るから問題ないけど、さすがにズボンはワンサイズ上とかまず買わないから、ちょっと不安。穿けるといいけどな。
あとは適当な紙袋を持って洗面所に戻ると、先輩は案の定トランクス一枚で堂々と立っていた。
ちょっとは気にして欲しいと思う。そんな格好でおれの前に出るのが、どういう意味を持つのか。
頭をバスタオルでばさばさとワイルドに拭く姿すら、かっこよくて胸がきゅうっとするのに。いや、これはどっちかというと、乙女っぽい思考かもしれない。まあ乙女は勃たないけど。
「先輩、シャツも持ってきました。あとズボンと紙袋です」
「ああ。そうだった。上半身裸で帰るのもまずいよな。いくら俺がいい身体しているとはいっても」
なんという自信。まあ、実際いい身体してるんだ。
甘い物をあれだけ食べていて無駄のない筋肉がつくって、どんな肉体構造しているんだろう。同じ男として羨ましい。
「そんな格好で町中に出たら、ファンの女の子たちは大興奮ですね」
「俺のことなんて、知らない奴はまったく知らないんだから、普通に変態だと思われるだけだろ」
先輩がシャツを着ながら呆れたように言う。長めのシャツだけど、先輩が着るとチラチラ足がのぞいて、なんだか凄くえっちだ。
先輩はモデルといっても、確かにそこまで有名という訳じゃない。本人が言っている通り、知らない人はまったく知らないだろう。
でも問題はそこじゃないんですよ。
「おれは、他の人に先輩の肌見せたくないですし」
「たかが上半身くらいで。嫉妬か?」
「はい」
先輩はからかうような口調だったのに、おれは大真面目に言ってしまった。言ってから、あ、と思ったが遅かった。
「やー……。なんかそうもストレートに言われると、照れるな」
「おれも恥ずかしいです……」
でも事実だから仕方ない。少なくともおれは先輩の裸に欲情するし、そう感じるのがおれだけじゃないってことも、なんとなく判る。
先輩は男前フェロモン出てるし、絶対に女もその手の男もおかしな気分にさせると思う。
「まあ、でも後輩くんに嫉妬されるのは、なんか……悪くはないかな、うん」
そんなことを言われて、頬が熱くなる。ちょっと照れたような感じがまた。
言っていることも何気可愛いし、おれはもうどうしたらいいか。
「あ。これズボンやっぱちょっときついな。ギリだ。丈は平気そうかな」
先輩はおれの気も知らないで、ハーフパンツから綺麗に伸びた足を見せびらかしてくるし。
うわー。本当に足長い。羨ましい。悔しいんだか欲情してんだか判らなくなってきた。
「似合いますよ」
一人で焦っているのも恥ずかしかったので、おれは興奮を抑えてさわやかに笑ってみせた。
本当にさわやかに笑えていたかは謎だ。スケベ心丸出しの顔をしているかもしれない。
でも実際似合っているのは確かだし、自宅でモデルのファッションショーが見られるのはとても贅沢だ。しかも着ているのはおれの服。
先輩が着ると、安物なのにブランド品に見える。本当に服って、着る人間次第だな。
「じゃあこれ、借りていくな」
「はい」
「……見物料」
「はい?」
「だから、お前じろじろ見過ぎなんだって。取るぞ、見物料」
先輩が意地悪く笑った。確か前にも言われたなぁ……これ。
でも、それは仕方ない。見るよ。普通見るだろ。
「こっ……恋人から、見物料とるんですか」
ちょっと反撃してみた。どもってしまったのが情けない。
「そうだな。じゃあ特別に、お前はいくらでも、ただで見ていいよ」
恋人だって言葉を否定しないでくれたのが嬉しかった。しかもお許しつき。そんなこと言われたら、際限なく見ちゃいそうだ。
「じゃ、いっぱい見ます」
「うん」
「おさわりは?」
「それは無しの方向で。てか案外むっつりだな、後輩くん」
「おれ割りとオープンだと思うんですけど」
「そういやそうだな。やっぱ見た目のせいか」
先輩は見た目からしてエロそうだ。なんかもう、エロオーラが漂ってる。
そう感じるのが、おれだけだったらいいのに……。
「よし、それじゃティータイムの続き続き。アイス、まだあるんだろ?」
「……はい」
そしておれの一番のライバルは、やっぱり甘い物なのだった。
「向こうです」
おれが一人で洗いに行けばいい話なのに、先輩が手を引いてくれるのが心地よくて素直に教える。
なんか子供の時を思い出すよな。手を引かれて、手を洗いに行くなんて。
先輩もそう思ったのか、洗面所に着くと母親がするように後ろから覆い被さっておれの手を洗ってくれた。
「ひ、一人で洗えます」
さすがにこの体勢は恥ずかしい。嬉しいけど恥ずかしい。ただでさえギリギリのところで耐えてるんだから、普通に歩けなくなってしまいそうだ。
「まあまあ」
後頭部にキスをされた。キス。先輩から、キス。
おれがねだった訳でもないのに。髪の毛にキスって。経験が透けて見えて妬けばいいのか、素直に喜べばいいのか。凄い複雑だ。
これっておれのこと女の子扱いしてる? それとも少しは愛しく思ってくれてるわけ?
目の前がぐるぐるしてきた。
「後輩くんってシャンプー何使ってる?」
「LUXですけど……」
「ふうん。凄いいい匂いがする」
先輩がすん、と息を吸い込んだ。匂いを嗅がれるというのは、なんだかとても変な気分になる。しかもこんな密着して……。
普通はしないよな。普通は。先輩がおれに取る態度って、明らかに後輩へのものじゃない。
おれが告白済みなせいもあるかもしれないけど。
「あの、先輩」
「ん、何?」
「実は先輩って、結構おれのこと、好きですよね」
なんとなく言ってみた一言。先輩はもう一度おれの髪を嗅いで、ぎゅうっと抱き締めてきた。
「んー……そうだな。そうかも。引っ付いても気持ち悪くないし、あんなことされても許しちゃうし」
まさかの肯定におれの方が驚いた。しかもこんな風に抱き締めてくるとか。背中温かいし、腰までべったりくっついてるし。
あ、これは。マジでやば……っ。
おれは思わずその場にしゃがみ込んだ。
「後輩くん?」
「先輩の馬鹿……。立てません……。さっきはなんとか堪えたのに」
「はははっ」
先輩が笑う。笑い事じゃありませんよ、ホントにもう。
「立てないけど別のところが勃ったってことか」
「先輩っ!」
「可愛いな、後輩くん」
今度は頬にキスをされた。そのまま、耳に、髪にキスをされて心拍数が上がっていく。
……ますます立てなくなってく。
「ちょっ、先輩! マジ勘弁してください」
「嬉しいくせに」
「嬉しいですけど……っ」
「ん?」
「応える気もないのに、やめてください。したくなります」
「んー……」
先輩が考え込む。自分に都合のいい期待をしそうになる。
だって先輩、おれのことが好きだって言ったんだ。耳や髪にキスするんだから、その好きは恋愛感情であっている筈。
「でも後輩くんは、おれを抱きたいんだろ」
「はい」
「キッパリ言うなぁ……。自分より大きい男組み敷いて、楽しい?」
「楽しいというか、欲情すると思います。大きいとか小さいとか関係ないです。先輩が好きだから……したいって思うんですよ」
屈んでいる先輩の袖を掴んで、引き寄せて口付けた。何度も何度も口付けた。
「ん、んむっ……。待て、ん……。待てって、後輩くっ……」
途切れ途切れの声が可愛らしくて、もう止まらない。大体、せっかく鎮まってきていたのを起こしたのは先輩だ。
「凄く、抱きたいです。ダメですか?」
「だから、ダメだって」
「どうして」
「口尖らすな。可愛いんだよ、馬鹿」
デコピンされた。納得いかない……。ここまで誘っておいて、好きだとか言っておいて、させてくんないなんて。
「ともかくだな、どうこうしたくはないが、俺はどうやら後輩くんが好きらしい。……ということでいいのかな?」
「聞かないでくださいよ。おれに聞いたって、そういうことでいいですよって答えしか、でません」
「じゃ、まあそういうことで」
先輩が、おれにキスをする。表面に触れるだけの柔らかいキスだったけど、さっきリビングでされたお試しの深いキスより、どきどきした。
多分愛しさを、込めてくれたからだ。
「……あの、つまり、これは……。おれ、片思いじゃなくなったってことで、いいんですか?」
「うん」
「恋人同士だって思ってもいいんですか?」
「そういうことになるな。男の恋人なんて、初めてだ、俺」
おれは恋人自体が初めてですよ、先輩。
初めての恋人が男。しかも先輩。オマケに相手も、男は初めて。やらせてくれない。かといってしたくもないらしい。
こんなので本当に恋人同士と言えるのかは謎だけど、関係が明確に、言葉で言い表せるようになったのは嬉しいな……。
「じゃあ、明日からおれと一緒に登下校ですよ」
「バイトがない日なら」
「休日はデートをしてもらうし」
「今日だって家に来てるだろ」
「たくさん、キスしますよ」
「ほどほどで」
先輩受け答えが軽すぎる。おれは真剣なのに。
「いっぱい触ります」
「ん……。うーん……。まあ、俺も、触るのは好きかな……」
頬を撫でる先輩の手に欲情する。おれがどこまで触るか判っていての答えなら、あとで絶対後悔しますよ。
「先輩はおれに、割りと甘いですよね」
「多分それが、好きってことなんだろう。甘いくらいで、ちょうどいいじゃないか」
それもそうかなぁとも思う。勘違い上等で、結果がついてくればそれでいい。
触れてるうち、キスを繰り返すうち、情が移っていつかは……それ以上、させてくれるようになるかもしれないし。
「なあ、後輩くん」
「はい?」
先輩がいきなり、おれの股間を掴んだ。
「んなっ、なんですかっ!」
「おさまったかなと思って」
「あんな風に触られて、告白までされて、おさまるはずがないでしょ」
おれはそこを庇いながら、先輩を見上げる。
大体こんな確認の仕方はない。酷い。掴み方が酷い。せめて優しく触れてくれればいいものを。
「そうだな、まだ硬かった」
「っ……」
そんな、確認するように見られると、視線に反応して余計のっぴきならない状態になりそうなんですが。
襲われたいのか、この人は。本当に……どうしようもないな。判っているようで、全然判ってないんだろう。おれがどれだけ貴方のことを好きなのか。
「一回抜くか? ズボンの上からでいいなら手でやってやるぞ」
先輩の言葉に、理性がぐらりと揺れた。
待て。よく考えろ、おれ。目先の欲望に捕われるな。
先輩がせっかくおれのことを好きだと言ってくれた。先に触らせて、気持ち悪いって思われたら……。チャンスが全部なくなる。
しかもズボンの上からって、そんなに直に触れたくないんですか、先輩。
おれなら多分、舐めるのも余裕でいけるのに。
どうせ気持ち悪いって思われるなら、おれが仕掛けてる時の方がいい。快楽でごまかせるかもしれないし。
おれのに触れて、気持ち悪いからこの話は全部なしなって……そういう先輩を想像したら、悲しくなって幸か不幸か萎えてきた。
「いえ、おさまってきました……」
「そうか。なんか何考えてるのか判る表情してんな」
「そうですか?」
「多分お前が考えてること、否定はしないぜ。男をそういう対象にするの、初めてだし、流されてるかなって思うところはある。さっきも言ったけど、どうこうしたい訳じゃないしな」
おれはすっごく、どうこうしたいですけどね!
とはいえ、したいからってできる訳でもない。無理矢理とか、先輩とおれの体格差じゃ無謀すぎる。一服盛ったりすれば話は別だろうけど、恋人に対してそれはないよな。うん……一応恋人、なんだもんな。
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嬉しすぎて麻痺してるのかな。やっぱり、身体まで手に入らないと不安って……ことなのかな。自分がよく判らない。
「後輩くん? そんなにショック受けたのか? 悪いな、本当に俺も……。その、自分の感情があまりよく、理解できてないんだ」
なんだ……。先輩も、そうなのか。そんな気持ちでも、おれと恋人同士になってもいいって、思ってくれたんだ……。
それくらいでこんなに嬉しいなんて、おれ相当単純だ。
「いえ、平気です。先輩が恋人になってくれた、それだけで嬉しいですから」
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「じゃあちょっと借りるかな」
「あとはズボンですよね……。それで帰るつもりですか? 白い液体が染みついた感じの」
「……そうだな。でも借りるって言っても後輩くんのズボンじゃ丈が短いだろうしなぁ」
上から下までじろじろと見られた。
「言っておきますけど、おれの足が短いんじゃなくて、先輩の足が長すぎるんですからね」
「何も言ってないだろ。身長の差だってあるんだし、十センチ以上」
まあそれはそうなんだけど。それにしたって先輩の比率はおかしい。さすがモデルといったところか。
「ハーフパンツならありますよ」
「多分俺が穿いたら、ほとんど短パン状態だよな……ウェストも入るかな」
「身長があるから細く見えますが、そこまで細いって訳でもなさそうですしね」
「太ってるみたいに言うな。俺のは筋肉だ。後輩くんが細いんだ」
「お、おれだって、そこまで細くないですよ! ……まあ、筋肉はそんなについてないですけど。それにハーフパンツって基本的にゆったりめだから、多少裾は短いかもしれませんが先輩でも充分穿けると思います」
「これで帰るよりは全然マシだしな。貸してもらってもいいか?」
「はい」
先輩がおれのズボンを穿く……。なんか、ドキドキするな。
洗って返さなくてもいいですよ! とか言ったら変態過ぎるか。というか何に使うかバレバレだ。
……あ。そうか。
「そのズボンはおれが洗濯して後日渡しますから、そこのカゴに入れておいてください」
「ふぅん」
にやにやと見られた。
「ちょ、親切心ですよ。下心なんて、これっぽっちも……」
ありすぎますけど。
「そこまで迷惑かけるのも悪いから、持って帰る」
くそっ。気付いているなら置いてってくれてもいいのに。先輩の馬鹿。
さすがにこれ以上食い下がれない、恥ずかしすぎて。
「じゃ、ハーフパンツと大きめのシャツと、紙袋持ってきます」
「よろしく頼むよ、後輩くん。俺はその間にシャワー浴びてるから。あと、さっき後輩くんに引っ付いてたから、お前の服にもアイスついちまった。悪いな」
「え。あ、本当だ。ついでに着替えてきちゃいます」
「ああ」
「バスタオルはそこにありますから」
「サンキュ」
おれは洗面所を出て二階に上がった。着替えはおれの部屋にある。
とりえあず着替えるか。先輩に白い液体をつけられた……って字面だけ見ると凄い卑猥だ。
そういえばシャワーを浴びたら、汚れた衣服は身につけないよな。もしかして先輩トランクス姿で待ちかまえてるんだろうか。それとも、曇りガラス越しに先輩の姿が見える状況とか。どっちにしても、心臓と下半身には優しくない。
もうさー。オイシイけど、どういう拷問だろう。手を出せないんだから、生殺しだ。
おれはなるべく妄想しないようにしながら、クローゼットを物色し始めた。
適当に大きめのシャツを見繕って、なるべくウェストが緩く、裾が長いハーフパンツを探す。
シャツなんかは割りとフリーサイズも着るから問題ないけど、さすがにズボンはワンサイズ上とかまず買わないから、ちょっと不安。穿けるといいけどな。
あとは適当な紙袋を持って洗面所に戻ると、先輩は案の定トランクス一枚で堂々と立っていた。
ちょっとは気にして欲しいと思う。そんな格好でおれの前に出るのが、どういう意味を持つのか。
頭をバスタオルでばさばさとワイルドに拭く姿すら、かっこよくて胸がきゅうっとするのに。いや、これはどっちかというと、乙女っぽい思考かもしれない。まあ乙女は勃たないけど。
「先輩、シャツも持ってきました。あとズボンと紙袋です」
「ああ。そうだった。上半身裸で帰るのもまずいよな。いくら俺がいい身体しているとはいっても」
なんという自信。まあ、実際いい身体してるんだ。
甘い物をあれだけ食べていて無駄のない筋肉がつくって、どんな肉体構造しているんだろう。同じ男として羨ましい。
「そんな格好で町中に出たら、ファンの女の子たちは大興奮ですね」
「俺のことなんて、知らない奴はまったく知らないんだから、普通に変態だと思われるだけだろ」
先輩がシャツを着ながら呆れたように言う。長めのシャツだけど、先輩が着るとチラチラ足がのぞいて、なんだか凄くえっちだ。
先輩はモデルといっても、確かにそこまで有名という訳じゃない。本人が言っている通り、知らない人はまったく知らないだろう。
でも問題はそこじゃないんですよ。
「おれは、他の人に先輩の肌見せたくないですし」
「たかが上半身くらいで。嫉妬か?」
「はい」
先輩はからかうような口調だったのに、おれは大真面目に言ってしまった。言ってから、あ、と思ったが遅かった。
「やー……。なんかそうもストレートに言われると、照れるな」
「おれも恥ずかしいです……」
でも事実だから仕方ない。少なくともおれは先輩の裸に欲情するし、そう感じるのがおれだけじゃないってことも、なんとなく判る。
先輩は男前フェロモン出てるし、絶対に女もその手の男もおかしな気分にさせると思う。
「まあ、でも後輩くんに嫉妬されるのは、なんか……悪くはないかな、うん」
そんなことを言われて、頬が熱くなる。ちょっと照れたような感じがまた。
言っていることも何気可愛いし、おれはもうどうしたらいいか。
「あ。これズボンやっぱちょっときついな。ギリだ。丈は平気そうかな」
先輩はおれの気も知らないで、ハーフパンツから綺麗に伸びた足を見せびらかしてくるし。
うわー。本当に足長い。羨ましい。悔しいんだか欲情してんだか判らなくなってきた。
「似合いますよ」
一人で焦っているのも恥ずかしかったので、おれは興奮を抑えてさわやかに笑ってみせた。
本当にさわやかに笑えていたかは謎だ。スケベ心丸出しの顔をしているかもしれない。
でも実際似合っているのは確かだし、自宅でモデルのファッションショーが見られるのはとても贅沢だ。しかも着ているのはおれの服。
先輩が着ると、安物なのにブランド品に見える。本当に服って、着る人間次第だな。
「じゃあこれ、借りていくな」
「はい」
「……見物料」
「はい?」
「だから、お前じろじろ見過ぎなんだって。取るぞ、見物料」
先輩が意地悪く笑った。確か前にも言われたなぁ……これ。
でも、それは仕方ない。見るよ。普通見るだろ。
「こっ……恋人から、見物料とるんですか」
ちょっと反撃してみた。どもってしまったのが情けない。
「そうだな。じゃあ特別に、お前はいくらでも、ただで見ていいよ」
恋人だって言葉を否定しないでくれたのが嬉しかった。しかもお許しつき。そんなこと言われたら、際限なく見ちゃいそうだ。
「じゃ、いっぱい見ます」
「うん」
「おさわりは?」
「それは無しの方向で。てか案外むっつりだな、後輩くん」
「おれ割りとオープンだと思うんですけど」
「そういやそうだな。やっぱ見た目のせいか」
先輩は見た目からしてエロそうだ。なんかもう、エロオーラが漂ってる。
そう感じるのが、おれだけだったらいいのに……。
「よし、それじゃティータイムの続き続き。アイス、まだあるんだろ?」
「……はい」
そしておれの一番のライバルは、やっぱり甘い物なのだった。
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「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
【完結】愛されたかった僕の人生
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お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
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独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
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邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
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