1 / 12
1.理想の青春
しおりを挟む
いつになく電車の中は混んでいて、少し息苦しいくらいだ。座ることは最初から諦め、どうにか快適なスペースを確保すると青野恭介は小さくため息をついた。
近くに座ったカップルの会話が嫌でも聞こえてくる。どうやら付き合って一ヶ月らしい。二人の記念日に彼女がお弁当を手作りしたのだが、失敗してしまったので見せるのが恥ずかしいと言うのだ。
爆発しろ、なんて物騒なことは思わない。だけど、俺だったらウィンナーを焦がしても全然気にならない。失敗した卵焼きなんてむしろ食べたい。
高校生になったら自然と彼女ができるものだと思っていた。中学生まではクラスで一番背も高く、そこそこモテる方ではあったと自負している。あの頃の自分はまだ子供で、考えもまだまだ甘かったのだと思う。野球一筋の生活の中で、なんなら硬派な男を気取っていた。
たとえ男子校に通っていても出会いなんていくらでもあると思っていた。だが、それが三年経った今でも浮いた話のひとつもない。
「……あの、これ私の連絡先なんですけど」
お友達になりませんか、とかか細い声で小さく折りたたんだメモを差し出される。
(そうそう、たとえばこんな風に)
今の時代、スマホ同士で簡単に連絡先を交換できるのに、なんと古風なことだろう。透き通るような白い肌に、艶やかな長い黒い髪が揺れてる。彼女の後ろの方で女の子が数人固まってこちらを見ていた。がんばれ、と口が動いている。
「あー、俺携帯持ってない」
ごめんね、とスマホを片手に爽やかに微笑んだのは杉浦誠也だった。
そんな断り方あるかよ、と呆れていると電車が大きく揺れた。思わずよろめく恭介を片手で受け止め、誠也は不機嫌そうな声を出した。
「ちゃんと掴まっとけよ」
同じ男からしても思わずついて行きたくなってしまうような、ほんのり甘い香水の香りがする。この香りがすると、もしかしたら誠也が近くにいるのではないかと探してしまうほどで、もうこの香りを"誠也の香り"と言っても過言ではない。
「……ごめん」
杉浦誠也とは偶然にも三年間同じクラス。雰囲気は正反対な二人だったが、なぜか妙に馬が合った。今では軽口を言い合うような仲で恭介はこの関係を心地良いと思っていた。
「お前も悪い男だよな」
スマホを指差して恭介は周りに聞こえないように小さく呟いた。誠也はふっと笑った。
「好みのタイプじゃないから」
朝日に照らされて一際明るく見える茶色い髪に、同じ制服を着ているとは思えないほど上手く着崩した制服。気の強そうな瞳が楽しげに揺れている。背は恭介の方が少し高い。しかし、身長が人より高いことなんてなんの役にも立たないと思い知らせてくれたのが杉浦誠也だった。
「みんな、こんなヤンキーのどこがいいんだ。俺の方が尽くすし、絶対悲しませないのに」
さっきの女の子はまだ俯いたままだった。
はいはい、そうだね。と、誠也は恭介の言葉を適当に受け流しながら、自然と二人は向き合うような形になった。
(顔がめちゃくちゃいいのはわかってるけどさ……)
すーっと伸びた鼻筋に、薄い唇。どこからどう見ても整っている顔立ちをまじまじと見つめながら、恭介はこの世の不公平さを恨んだ。それに、最初に出会った頃よりもイケメン度合いに拍車がかかっているようように思える。そんなことを考えながら、誠也はふと思い出したことがあった。
「そういやさ、誠也って一年の時はずっとチャリ通学じゃなかった?」
「チャリは疲れる」
「あー、そうだよな」
自転車通学から電車通学になる生徒は多い。特に学校の前の坂道が急でキツいため、現役の運動部以外は大概挫けてしまう。
駅に着くと、一斉に人が降りて電車の中はガラガラに空いていく。その様子をなんとなく横目で見ながら人波に上手く混ざりこむように電車を降りた。一駅先の学校の女子生徒が、明らかに誠也に向けて手を振った。誠也は気づかないフリをしていたようだが、それに恭介は気付いていた。
「もしかして、知り合い?」
「いや、知らん子……だと思う、多分」
ひどく曖昧な答え方だった。何か気まずい理由でもあるのか、ただ覚えていないだけなのか、本当の理由はわからない。
恭介はにっこり笑って言った。
「もしも俺が女の子だったら、お前には絶対に引っ掛からない」
それを聞いた誠也は少しびっくりしたような表情をして、形のいい口の端を少し歪めて笑った。
「そうか? でも、俺がもし女だったら、お前の方が俺に惚れてると思う」
誠也がもしも女の子だったら、と想像して少し可笑しくなる。きっとこのままの雰囲気だろう、教室の後ろで気怠そうに手を振る姿が容易に浮かぶ。
「ないない、絶対ない。だってヤンキー怖いもん」
「で、女になった俺もお前に惚れてるだろうな」
「いーや、絶対ガタイのいいマッチョでイケメンな先輩と付き合ってるな」
誰だよ、それ。と、階段で小さく息を上げながら、くだらない妄想に声を上げて笑う。
「お前、絶対一度はそいつにボコボコにされるだろうな。俺の女とどういう関係なんだって難癖つけられて」
「それはある」
下げていた視線を上げると、雲一つない青空が開放的に広がっていた。ジワっと汗ばんだ頬を手で拭う。同じように眩しさに目を細めた誠也の横顔を見ていた。
どちらかが女でも男でも、友達同士でいることに変わりはないんだな。と、思ったがあえて口には出さなかった。そんな些細なことだが、恭介はなんだか嬉しかった。
近くに座ったカップルの会話が嫌でも聞こえてくる。どうやら付き合って一ヶ月らしい。二人の記念日に彼女がお弁当を手作りしたのだが、失敗してしまったので見せるのが恥ずかしいと言うのだ。
爆発しろ、なんて物騒なことは思わない。だけど、俺だったらウィンナーを焦がしても全然気にならない。失敗した卵焼きなんてむしろ食べたい。
高校生になったら自然と彼女ができるものだと思っていた。中学生まではクラスで一番背も高く、そこそこモテる方ではあったと自負している。あの頃の自分はまだ子供で、考えもまだまだ甘かったのだと思う。野球一筋の生活の中で、なんなら硬派な男を気取っていた。
たとえ男子校に通っていても出会いなんていくらでもあると思っていた。だが、それが三年経った今でも浮いた話のひとつもない。
「……あの、これ私の連絡先なんですけど」
お友達になりませんか、とかか細い声で小さく折りたたんだメモを差し出される。
(そうそう、たとえばこんな風に)
今の時代、スマホ同士で簡単に連絡先を交換できるのに、なんと古風なことだろう。透き通るような白い肌に、艶やかな長い黒い髪が揺れてる。彼女の後ろの方で女の子が数人固まってこちらを見ていた。がんばれ、と口が動いている。
「あー、俺携帯持ってない」
ごめんね、とスマホを片手に爽やかに微笑んだのは杉浦誠也だった。
そんな断り方あるかよ、と呆れていると電車が大きく揺れた。思わずよろめく恭介を片手で受け止め、誠也は不機嫌そうな声を出した。
「ちゃんと掴まっとけよ」
同じ男からしても思わずついて行きたくなってしまうような、ほんのり甘い香水の香りがする。この香りがすると、もしかしたら誠也が近くにいるのではないかと探してしまうほどで、もうこの香りを"誠也の香り"と言っても過言ではない。
「……ごめん」
杉浦誠也とは偶然にも三年間同じクラス。雰囲気は正反対な二人だったが、なぜか妙に馬が合った。今では軽口を言い合うような仲で恭介はこの関係を心地良いと思っていた。
「お前も悪い男だよな」
スマホを指差して恭介は周りに聞こえないように小さく呟いた。誠也はふっと笑った。
「好みのタイプじゃないから」
朝日に照らされて一際明るく見える茶色い髪に、同じ制服を着ているとは思えないほど上手く着崩した制服。気の強そうな瞳が楽しげに揺れている。背は恭介の方が少し高い。しかし、身長が人より高いことなんてなんの役にも立たないと思い知らせてくれたのが杉浦誠也だった。
「みんな、こんなヤンキーのどこがいいんだ。俺の方が尽くすし、絶対悲しませないのに」
さっきの女の子はまだ俯いたままだった。
はいはい、そうだね。と、誠也は恭介の言葉を適当に受け流しながら、自然と二人は向き合うような形になった。
(顔がめちゃくちゃいいのはわかってるけどさ……)
すーっと伸びた鼻筋に、薄い唇。どこからどう見ても整っている顔立ちをまじまじと見つめながら、恭介はこの世の不公平さを恨んだ。それに、最初に出会った頃よりもイケメン度合いに拍車がかかっているようように思える。そんなことを考えながら、誠也はふと思い出したことがあった。
「そういやさ、誠也って一年の時はずっとチャリ通学じゃなかった?」
「チャリは疲れる」
「あー、そうだよな」
自転車通学から電車通学になる生徒は多い。特に学校の前の坂道が急でキツいため、現役の運動部以外は大概挫けてしまう。
駅に着くと、一斉に人が降りて電車の中はガラガラに空いていく。その様子をなんとなく横目で見ながら人波に上手く混ざりこむように電車を降りた。一駅先の学校の女子生徒が、明らかに誠也に向けて手を振った。誠也は気づかないフリをしていたようだが、それに恭介は気付いていた。
「もしかして、知り合い?」
「いや、知らん子……だと思う、多分」
ひどく曖昧な答え方だった。何か気まずい理由でもあるのか、ただ覚えていないだけなのか、本当の理由はわからない。
恭介はにっこり笑って言った。
「もしも俺が女の子だったら、お前には絶対に引っ掛からない」
それを聞いた誠也は少しびっくりしたような表情をして、形のいい口の端を少し歪めて笑った。
「そうか? でも、俺がもし女だったら、お前の方が俺に惚れてると思う」
誠也がもしも女の子だったら、と想像して少し可笑しくなる。きっとこのままの雰囲気だろう、教室の後ろで気怠そうに手を振る姿が容易に浮かぶ。
「ないない、絶対ない。だってヤンキー怖いもん」
「で、女になった俺もお前に惚れてるだろうな」
「いーや、絶対ガタイのいいマッチョでイケメンな先輩と付き合ってるな」
誰だよ、それ。と、階段で小さく息を上げながら、くだらない妄想に声を上げて笑う。
「お前、絶対一度はそいつにボコボコにされるだろうな。俺の女とどういう関係なんだって難癖つけられて」
「それはある」
下げていた視線を上げると、雲一つない青空が開放的に広がっていた。ジワっと汗ばんだ頬を手で拭う。同じように眩しさに目を細めた誠也の横顔を見ていた。
どちらかが女でも男でも、友達同士でいることに変わりはないんだな。と、思ったがあえて口には出さなかった。そんな些細なことだが、恭介はなんだか嬉しかった。
1
あなたにおすすめの小説
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
BL
主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
推し変なんて絶対しない!
toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。
それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。
太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。
➤➤➤
読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。
推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。
【2025/11/15追記】
一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)
幼馴染が「お願い」って言うから
尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。
「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」
里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。
★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2)
☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。
☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる