親友の女装姿がめちゃくちゃタイプでした。

桐野湊灯

文字の大きさ
2 / 12

2.理想のタイプ

しおりを挟む

「それでまた、誠也の方が女の子に声掛けられてたってわけ」

 恭介は教室入るなり、挨拶をするよりも先に、さっき電車の中で起きたことを友人である河合優に報告した。

「ふーん」
 
 優は鏡の中の自分から目を離すことなく、眉を僅かに顰めた。これは恭介の言葉を訝しんで顰めたわけではない。前髪の流れが気に入らないらしく、朝は大体話しかけても上の空であることの方が多い。

 恭介からすると、いつもと何も変わらず、優がどこに悩んでいるのかさっぱりわからない。
 優は恭介の知っている限りの女性たち以上に美意識が高く、自他ともに認める美容男子でもある。きめ細やかな白い肌、綺麗に整えられた眉、チワワみたいに潤んだ大きな瞳に長い睫毛、ツヤツヤな唇、いつも完璧に整えている。さらに、本人曰く口角をあげることでハッピーを呼び込んでいるらしい。
 元々かなり整った顔立ちをしていて、こうして日々磨かれることでさらにアイドルばりの輝きを放っていた。
 以前から可愛い子がいると噂で聞いていた。実際に話してみると、見た目とギャップのあるさっぱりした性格とたまに吐く毒が絶妙に面白くて、何よりいい奴だった。これまで恭介の周囲にいたタイプとは全く異なるタイプだったが、今では当たり前のように一緒にいる。

「……で、朝ごはんがどうしたって?」

「お前さ、絶対に俺の話聞いてなかっただろ」

 ごめーん、と上目遣いで謝る仕草はまるで可憐な少女のようにも見える。この瞳に見つめられると、恭介は圧のようなものを感じてしまい、いつも何も言えなくなってしまう。

「そういえば、誠也は一緒じゃないの?」

「なんか途中で友だちに声掛けられてたから置いてきた」

「……で、なんだっけ?」

「俺も彼女が欲しいって話だよ」

「好きな子出来たの?」

「できる訳ないだろ、出会いも無いし……」

「じゃあ急がなくてもいいじゃん」

 優は興味を失ったようにふいっと顔を背け、再び鏡に向かいながらあらゆる角度で顔を映している。

「俺はモテたいの!」

「モテ……あー、それならそう言ってよ」

 優は恭介を宥めるような、少し憐れみを持ったような優しい視線を向けると、何やらポーチを探り始めた。

「優とか誠也にはわかんないよな、モテない男の悩みがさ」

「恭介だってモテるじゃん、男に」

 確かに後輩からは連絡先を聞かれたりすることがよくある。しかし、それは優が邪推するようなものではなく、あくまで先輩と後輩の関係でしかない。それとこれとは話が違いすぎる。

「……それをいうならお前だって男にモテるだろ」

 恭介とは反対に優は本当に男からもモテる。それも結構ガタイのいい体育会系タイプから、ほっそり爽やかな優等生タイプまで様々。どちらかというと、体育会系のマッチョの方が多いかもしれない。

「俺だってむさ苦しい男にモテるより、可愛い男の子からモテたい。まぁ、俺より可愛い子なんてそうそういないけど。でしょ?」

「……はい」

 チワワのような瞳の圧に負けて小さく返事をすると、優は機嫌よく微笑んだ。

「これあげる、少し前にサンプルでもらったやつだけど」

 優はポーチから水色のミニボトルを取り出し、周囲から隠すようにそっと手渡した。

「何? これ……」

「お肌がちゅるちゅるになる美容液。これさ、本当は誰にも勧めたくないんだよね。でも、恭介は特別だよ。せっかくビジュが良いんだから磨かなきゃもったいない」

「俺、ビジュ? 良くないよ」

「何言ってんの、彫りが深くて男らしくていい男でしょうが。顔はね?」

 優は眉を寄せて少し怒ったように言った。優は事あるごとに恭介の顔を褒めてくれる。女顔がコンプレックスだった時期があり、恭介のような男らしい顔には憧れを持ってるらしい。

「顔は、って……」

 まるで性格は男らしくないと念を押すようだった。恭介が何か言い返してやろうと口を開くと、ようやく誠也が教室に入ってきた。

「優。リップ変えた? 可愛いじゃん」

「変えたー。さすが誠也、わかってる」

 優は今日一番の眩しい笑顔で大きく頷いた。そして、再びその大きな瞳に力を入れて恭介を振り返った。

「ほら、モテる男はこういうところから違うの」 

「優はなんでそんなご機嫌斜めなの?」

 誠也は優が不機嫌なことを即座に見抜くと、いつもより幾分か優しい声で訊ねた。

「前髪」

「そのままで可愛いから大丈夫」

 流れるような誠也の言葉に、優は満足そうに目を閉じた。そして、何かを訴えるような瞳で恭介の方を見た。

「……俺も同じこと言っただろ」

 正確にいうと、同じことは言ってない。『いつもとなんにも変わらないから大丈夫』と言ったのだ。

 教室には徐々に人が集まり始めて、いつの間にか普段通りの喧騒に戻っていた。

「おはよ」

 坂口和樹があくび混じりに声を掛けた。いつもは登校時間ギリギリなのに珍しく早い方だった。相変わらず後頭部には寝癖が残っている。

(男子校だもん、これが普通だよな)

 見た目に無頓着な和樹を見て、恭介は安堵感を覚えた。

「和樹さ、今日の優どこが違うかわかる?」

 味方を得たい恭介は、試すように和樹に声を掛けた。

「いや、さっぱりわからん!髪切った?」

「……はい、これは一番ダメな答え。髪は切ってません」

 優の冷めたような言葉に、俺は一番ダメかよ、と和樹は大口を開けて豪快に笑った。

 ふと、スマホに目を落とす誠也が目に入った。画面の点滅が鬱陶しいほどの通知を知らせている。

「もしかして、やっぱりさっきの子? めちゃくちゃ可愛かったもんなー、控えめでマジで清楚な感じの子」
 
「控えめで清楚な子はよく知らない男にいきなり連絡先を渡しません」

 すぐ騙されちゃうんだから、と優は馬鹿にしたように笑った。
 
「違うよ。なんか友達が勝手に女の子に連絡先教えたみたいでさ、さっきからインスタ見てっていうけど俺そういうのやってないし」

 見せて、と言いながら優は素早くアカウント名を検索した。すぐに女の子の自撮り写真が一気に表示される。猫と私、私とパフェ、海と私……たま手料理らしきものも載せられている。

「ちょっとヤンキーっぽいけど、可愛いじゃん」

 明らかに染めたような茶色い長い髪を高い位置で結んでいる。白い歯を見せてにっこりと笑う彼女の耳には、誠也にも負けないくらいの数のピアスが輝いていた。

 誠也の好きそうなタイプだな、と本当は好みのタイプなんて知らないくせに勝手に思ったりもした。

「なんて返すの?」
 
 優は興味津々に訊ねた。

「なんも返さない」

 好みじゃないし、と誠也はそっけなく言うと、画面上の通知だけをろくに見もしないで消していった。

「お前の好みのタイプがさっぱりわからん……」

 恭介は思わず呟いた。

 清楚系も違う、ヤンキー系も違う。それなら一体どんな子が好みなんだ?

「そういえばさ、恭介は可愛い子が好きなんだよね」

「そうね、ざっくり言うとね」

 理想のタイプについてなら二時間は語れる。それについてはその場にいた全員が知っているためか、それ以上深く追求されることはなかった。

「実は俺、めちゃくちゃ可愛い子知ってる」

「え、まじで?」

 優がそんなことを言い出すのは滅多にないことで、恭介は単純に興味が湧いた。

「おい、お前……」

 ニヤニヤしながら写真フォルダをスクロールする優を見て、なぜか誠也がひどく慌てたように見えた。

「なんだかんだ言って恭介は理想高いからなー。ちなみにね、可愛い系……よりかは、綺麗系でもあるかな」

「綺麗系な子も好き」

 恭介は食い気味に答えた。

「あと口が悪い」

 下手すると手も出る、という追加情報とともに優がスマホを差し出した。

「俺は罵られるのも結構好き……え、ちょっと待って。めっちゃ可愛いんですけど……」

 なかなかの距離で写真を撮られていることに戸惑っているのか、少し困ったように眉を下げて、カメラに何か言いたそうな雰囲気を出している。光に透けるような白い肌、頬がほんのり赤く染まっている。優しそうな柔らかい目元に、スッと通った鼻筋、小さな赤い唇をきゅっと結んでいる。おそらく優の得意な加工もされいない、どう見ても完璧な美少女だった。

「待って、俺めっちゃタイプ」
「これって誠也?」

 優からほとんどスマホを奪い取る形になっていた恭介と、額をぴったり合わせるように覗き込んでいた和樹が「正解?」と、嬉しそうに声を上げた。

「この前、優の家に遊びに行ったらメイクさせてって言うから……」

「結構気に入ってたじゃん。俺って結構可愛くない? って」

「いや、本当に可愛い。もう女の子じゃん、俺もしこの子と同じ学校にいたら三回は告ってる」

 和樹はそう言いながら、自分の言葉に納得するように何度も頷いた。

「おい恭介、お前も黙ってないで可愛いとか言えよ」

 ドスっと肩を殴られる。それを見て、「ほらね、手も出るタイプ」と優が笑った。

 眉間にギュッと眉を寄せ、耳まで赤くしながら怒っている誠也と、画面の中の可憐な誠也を見比べる。

「めちゃくちゃ可愛い……」

「ね、言ったじゃん。恭介も絶対に好きだよって」

「……あんまりエロい目で見んなよ」

 恭介からスマホを取り上げながら、誠也はわざとらしく嫌がるような声で言った。

「見てないわ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 【2025/11/15追記】 一年半ぶりに続編書きました。第二話として掲載しておきます。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

後ろの席の金髪が怖い

桜まい
BL
有馬彩人はごくごく普通の高校生。 クラス替えで教室を移動すると、後ろの席は金髪ヤンキーという最悪の新学期が始まった。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ
BL
高2の月宮蒼斗(つきみやあおと)は幼馴染に弱い。美形で何でもできる幼馴染、上橋清良(うえはしきよら)の「お願い」に弱い。 「…だからってこの真夏の暑いさなかに、ふっかふかのパンダの着ぐるみを着ろってのは無理じゃないか?」 里見高校着ぐるみ同好会にはメンバーが3人しかいない。2年生が二人、1年生が一人だ。商店街の夏祭りに参加直前、1年生が発熱して人気のパンダ役がいなくなってしまった。あせった同好会会長の清良は蒼斗にパンダの着ぐるみを着てほしいと泣きつく。清良の「お願い」にしぶしぶ頷いた蒼斗だったが…。 ★上橋清良(高2)×月宮蒼斗(高2) ☆同級生の幼馴染同士が部活(?)でわちゃわちゃしながら少しずつ近づいていきます。 ☆第1回青春×BL小説カップに参加。最終45位でした。応援していただきありがとうございました!

人の噂は蜜の味

たかさき
BL
罰ゲームがきっかけで付き合うフリをする事になったチャラい深見と眼鏡の塔野の話。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

ショコラとレモネード

鈴川真白
BL
幼なじみの拗らせラブ クールな幼なじみ × 不器用な鈍感男子

処理中です...