親友の女装姿がめちゃくちゃタイプでした。

桐野湊灯

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10.暗闇の向こう

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 久しぶりの大絶叫に恭介は大きく咳き込んだ。

「脅かさないでよ」

 自撮り用のリングライト片手に不機嫌そうな声を上げたのは優だった。と、言っても強烈なLEDの光がほとんど顔に当てられているせいで前はほとんど見えていない。

「こっちのセリフだわ」

 誠也はそう言って優のリングライトにそっと手を翳した。優は慌てたようにスマホの光に切り替えると、三人の足元を照らした。

「でもめっちゃいい写真撮れた。誠也と恭介の絶叫顔」

 真っ暗な画面に大口を開けて叫んでいる恭介がブレブレに写っていた。おそらく後ろにいる黄色い毛玉のようにぶれているのが誠也の頭だ。

「よくあんな短時間にシャッター切ったな」

「心霊写真だったらバズるな、って思って」

「消せよ」

「やだ、和樹にも送る。あとこれ、暗がりでの怪しい密会」

 まるで壁際で誠也に迫っているような写真だった。角度も絶妙に良くて、誠也の俯いた表情と、恭介の真剣な表情が余計に物語性を煽っている。

「すげぇな、なんでこんなに暗いのにはっきり顔がわかるの?」

「暗いところでは自然とフラッシュ焚ける設定にしてあるから。これで外カメで撮るとめっちゃ盛れるんだよ」

 ほら、と自信と誠也のツーショットと呆れている恭介を撮って見せる。

「へぇ、すげー」

 素直に感心しきっている誠也に、「後で送るからね」と優が機嫌よく言った。

「後でちゃんと消せよ?」

 恭介の言葉はまるっきり無視して、優は何やら高速で何かをスマホに打ち込んでいる。

「っていうか、優はここで何してんの?」

「お気に入りのリップ忘れちゃったみたいで」

 そう言って、優は素早く机の中を探った。あった、と小さく呟いた。

「えっ、一人で来た?」

「雨もこんなに降ってて、外は雷も鳴ってるのに?」

 何を言ってるんだ、とでもいう風に二人の顔を怪訝そうに見る。

「そうだよ、ちょうど原先生いたから開けてって頼んだ。二人は? まさか本当に密会?」

「「違う」」

 思わず揃ってしまった声に、お互いの顔を見合わせる。

「そうなの? 最初に遠目で見たときは、いよいよ幽霊見ちゃったのかもって焦ったけど。近くで見たら男二人だったからさ、うちの教室でどんないかがわしい行為をしているのかと……」

「そんな訳あるか」

 恭介がそう言うと、意外とそういうこともあるみたいよ? と優は冗談か本気かわからないトーンで言った。

「恭介がスマホ忘れたんだよ……あった?」

「あった。優、俺に電話したんだ?」

 着信履歴が一件、時間は少し前だった。

「したよ、原先生が恭介と会ったって言うから」

「やっぱり夜の学校って怖いよな」

 恭介は親しみを込めて優の肩を抱こうとすると、不本意だとでもいうように上手く避けられてしまった。

「こいつ、一人で行けないってめっちゃビビってんの」

 間髪入れずに誠也が恭介に告げ口をした。

「恭介、幽霊とか宇宙人とか信じてるタイプだもんね」

 優はわざとらしく優しい声で、それでいて憐れむような目で恭介を見た。完全にバカにしている。

「誠也だって実は結構ビビってただろ」

 足音が近づいてきた時、不安そうに恭介のシャツをキュッと掴んでいたことにも気付いていた。

「……っ! あれは恭介がいちいち脅かすからだろ」

「はいはい、いちゃいちゃしないで」

「「してない」」

「……冗談だよ。ていうか、そんなに否定されると逆に怪しいんですけど」

 優はニヤニヤと笑ってしまう口元を隠すように両手で覆いながら二人の顔を見比べた。

「俺は優が意外と平気なタイプってことがびっくり」

 誠也の言葉に、恭介も何度も頷く。

「俺も。結構ビビりだと思ってたから」

 例えば、優は飛ぶ虫が全部苦手だ。それがたとえ色鮮やかな美しい蝶でも、小さなてんとう虫でも、自分に向かって飛んできたのならいちいち大きな悲鳴をあげる。
 
「俺がビビリなのは否定しないけど……そういうのは平気。本当に怖いのは人間」

 優がそう言うと、妙に説得がある。確かにそうだよな、としみじみ頷いた。

「でもさ、優が入ってきた時まじでビビった。俺もしかしたら恭介のシャツ掴みすぎて千切ったかも」

「俺も。叫びすぎてまだ喉痛い。シャツは千切れてないけど、誠也に殴られすぎて痣まみれかもしれない」

 こことか、と太ももを指差す。誠也は少し笑って、何やら聞こえないような声で文句を言った。

「俺もここ何年かで一番叫んだよ、原先生も聞こえたんじゃない? あれは職員室まで響いててもおかしくない」

 そう言って三人で顔を見合わせて笑った。

 帰るか、と誰からとでもなく歩き出す。あんなに怖がっていたこともすっかり忘れていた。
 
 雨はすっかり止んでいて、遠く空に月明かりがぼんやり滲んで見えた。

「俺さ、教室に入る前に向かいの廊下歩いてる優が見えたの。でも、絶対ヤバい奴だと思って」

「あー、俺はちょうど見えなかったんだよな」

 誠也が何か思い出したようにフッと笑った。

「……? それ、多分俺じゃないよ」

 優は不思議そうに首を傾げた。

「だって俺一人だったし、誰も見てないからエレベーター使ったんだよね。だから……」

 エレベーターは職員室の真横に設置されていて、部活動などで怪我をした生徒か教師しか使えないというルールがある。いつも通り階段を使うなら向かいの廊下を歩いてこなければいけないのだが、エレベーターを使うなら教室のすぐ近くで止まるので、当然歩いている姿が見えるはずもない。
 
「向かいの廊下なんて通ってないよ」
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