17 / 28
17.再会
しおりを挟む「お嬢様、起きてください。いつまで眠ってるんですか」
ハッと目を開けると、テレサが困ったような顔で微笑んでいる。隣にはきちんと制服を着たリチャードが、いつも通り眉を顰めて立っていた。
「さっさと顔を洗って、朝食を摂ること!ああ、目は腫れていないようですね。良かった。いいですか、何度も言っていますが、朝の果物というものは……」
と、ぐだぐだといつも通りの口調で小言を言っている。何を言っているかはほとんど毎朝聞き流しているのでよくわからない。
昨夜は寝ぼけていたか、夢でも見ていたのかもしれない。
(だって、そうじゃなきゃおかしいでしょう……イライラピリピリ高慢ちきが私にキスだなんて……)
『ハッ、誰がこんなお子さまなんか……』『悔しかったら立派なレディになればいいことです』
記憶の中のリチャードに、再び怒りが込み上げてくる。
(でも、それは昔のことよ。昨夜はそのままの私でいいと言ってくれたもの。昨夜は……)
思い出すとまた顔から火が出そうになる。シェリーは慌てて頬を押さえた。
(あれは夢、あれは夢だったのよ。ああ、私ってばなんて罪な夢を見てしまったの……)
今はリチャードを意識するな、と言う方が難しい。
「……お嬢様? どこか具合でも悪いのですか?」
リチャードが心配顔でこちらを覗き込む。彼は嫌味なくらい涼しい顔をしている。ばっちりと視線を合わせて、シェリーの額に手を当てる。熱はないようですね、と、動揺する素振りも見せない。
これで、昨夜のことは夢だったと言うことが決定的になった。
(まさか、そんなこと……ないわよね。わかっていたけど)
安心したシェリーは大きく伸びをした。
「いい天気だから、少し走りたくなっちゃった。リチャード、キャッチボールでもしない?」
「いけません」
リチャードは光の速さで即答した。
「そのままの私でいいって言ったじゃない……」
シェリーが口を尖らせて抗議すると、リチャードはいつも通りの冷たい目で、ぴしゃりと返した。
「限度があります。社交界は終わっていませんよ」
「でも、こんなに良い天気……」
「そうだ、口を大きく開けて、あいうえお体操にしましょうか。外でも効果は抜群です」
「もう黙るわね」
リチャードが冗談とも取れないような提案をしてきたので、シェリーは慌てて身支度を整えはじめた。
「シェリー様にオリビア様からお手紙が届いていましたよ」
テレサは嬉しそうに、今朝届いたばかりだというオリビアからの手紙を差し出した。
「ありがとう、早かったのね。この前手紙を出したばかりなのよ」
切羽詰まった様子の妹の手紙に、姉は返事を急いでくれたのかもしれない。シェリーは嬉しくなってすぐに封を開けた。
タイミングよく、来客を告げるベルが鳴った。予定はないはずだが、そう言ってリチャードが慌てて対応に向かった。
「オリビア様、お元気そうですか?」
久しぶりに"オリビア"という名前を聞き、テレサも目を細めている。
「ええ、元気そうだわ。"シェリー、貴方も頑張ってるようね"……」
ーー貴方も頑張ってるようね。恋という感情を知るにはたくさんの男性と心を通わせてみることよ。そうして見る目を養うの。そうすれば、おのずと"この人だ!"と心が教えてくれるはず。……ダーリンに話したら、彼が信頼している友人を貴方に紹介すると言っていたわ。恋人としてではなく、友人として相談相手になってもらうのもいいかも。
「"とても行動的な人らしいから、この手紙がつく前にそっちに訪ねて来たりしてね! 楽しいデートになりますように。愛してるわ、シェリー。そうそう彼の名前は、"……」
シェリーはその名前に聞き覚えがあった。慌てて階段を駆け降りる。
そこには、いつになく不穏な表情のを浮かべるリチャードと、噂のアーチボルト伯爵の友人の姿があった。
「貴方がコール・ランベール伯爵……」
「また会えたよ、これ、受け取ってくれるかい?」
それは彼の背中に隠しきれないほどの、大きな薔薇の花束だった。目が覚めるほどの鮮やかな赤が美しい。
「……君とまた会える気がしていたんだ。私とデートしていただけませんか?」
コールはその場に恭しくひざまづくと、シェリーの左手にそっとキスをした。男性にここまでしてもらったのはこれが初めてだった。
驚いて顔を上げると、リチャードはげんなりとした表情を浮かべている。
「ねぇ、やっぱりランベール伯爵とリチャードって……「初対面です」」
知り合い、と聞こうすると、ほぼ食い気味にリチャードが答えた。
「そうなの……?」
「ですが、少しランベール伯爵とお話ししたいのです。終わったら応接室に連れて行きますから」
リチャードは既に彼を後ろから捕獲するように掴んでいた。コールも嫌がる素振りを全く見せず、されるがままになっている。
「……わかったわ、では向こうで支度をしてまいります。……伯爵」
怪訝な顔をしていると、コール・ランベールはにっこりと優雅に微笑んだ。笑顔一つに品の良さが溢れてる。
「麗しのミス・シェリー・コールドウェル……どうかコールとお呼びください」
「コール……」
シェリーがそう呼び直すと、コールは満足そうに微笑んだ。そして、そのままリチャードによって部屋の隅の方へと引き摺られて行ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい
堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」
「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」
「ああはなりたくないわ」
「ええ、本当に」
クスクスクス……
クスクスクス……
外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。
伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。
それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―
柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。
最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。
しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。
カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。
離婚届の上に、涙が落ちる。
それでもシャルロッテは信じたい。
あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。
すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる