【完結】完璧主義な貴方の恋のお相手は、世話が焼けるくらいがちょうどいいでしょう?

桐野湊灯

文字の大きさ
18 / 28

18.複雑な気持ち

しおりを挟む
 「一体何しに来たんだ?」

 リチャードは苛立ちを隠そうともせずにコールを問い詰めた。いつになく圧が強い。

「ミス・シェリー・コールドウェルをデートに誘いに」

 コールは正直に答えたのだが、リチャードの顔はますます不機嫌そうに歪んだ。

「……シェリー様は不在です」

 リチャードはあからさまな嘘を冷たく言い放つと、くるりと背中を向けてしまった。このままでは本当に追い出されかねない。コールはこの状況を少し楽しんでいたが、仕方なく洗いざらい話すことにした。

「待ってくれ、リチャード。私はアーチボルト伯爵と友人なんだ」

「……」

 リチャードはまだ疑うような視線を向けている。

「そんな顔をするな、アーチボルト伯爵とはある読書会で知り合ったんだ。……心配するような繋がりじゃないぞ。その証拠に、オリビアから手紙が届いているはずなんだが」

「手紙……そういえば、今朝オリビア様からお嬢様宛に手紙が届いてたな……」

 普通は手紙の方が先に届くはずなのだが、彼は"楽しそう"な気配を察知したらいてもたってもいられない性格なのだ。

「……お前が読書会に参加していることの方が心配だ」

 リチャードの知るコールは、パーティーの招待状以外の文章は頭に入ってこないような男だ。

「読書する女の子って可愛いからさ。見ているだけで楽しいなと思って」

 コールはしれっとそう白状した。同じ男として見ても、コールは正統派の美形だ。黙って本を開いているだけでも絵になっているのだろう。窓際で挿絵部分だけを読んでいる姿が目に浮かぶようだ。


「その時にたまたま隣に座ったのがアーチボルト伯爵でさ、あの人顔もいいけど、性格もすごく良くて……男でも惚れる」

 最近はもうあの人目当てで参加してると言っても過言ではないね、とコールは頷きながら言った。

「あの人の前では、俺もきちんとして男でいようと思ったんだ。そうこうしてたら、相談があるって言われて」

 リチャードは痛む頭を抑えた。アーチボルト伯爵の人の良さそうな笑顔を思い出す。

「婚約者の妹が悩んでいるらしいから、話を聞いてあげてほしいって言われたわけだ……」

 コールは決して悪い人間ではない。
 話していて楽しいし、友だち思いの良い奴だ。飾りっ気がなくて、素直。それに、誰に対しても優しい。寄宿学校時代からの貴重な友人だ。
 ただし、欠点がある。それは女癖が悪いことだ。
 父親譲りと揶揄われることも多いが、彼なりに"友人の恋人には手は出さない"という流儀があるらしい。が、そうでなければ、女の子には声を掛けなければ失礼だとさえ思っている節がある。優しくて話し上手な彼に、大抵の女の子はクラッとくる。
 彼の悪いところは、惑わせ上手でもあることだ。

「名前を聞いたら、婚約者の名前はオリビア・コールドウェル。妹の名前はシェリー、この間会った子だってすぐに分かったよ」

「……さすがだな」

 リチャードは呆れたように笑った。

「女の子の名前は忘れないよ、特に可愛い子はね」

「手を出すなよ」

「やっぱり好きなのか?」

 コールは楽しそうに笑った。この男は他人の恋愛事情に首を突っ込むのも大好きなのだ。

「……俺はここに仕えている。彼女を守るという責任があるんだ」

 マックス様の大切な愛娘を、この男の毒牙にかける訳にはいかない。

「でも、ここの主人はお前がディークス家の人間だって知ってるんだろう?」

「知ってるのはマックス様だけだ」

 リチャードは声を落とした。

「じゃあ、シェリーは知らない?」
 
 コールも慌てて声を小さくした。

「ああ、だから余計なことを言わないでくれよ」

「別にいいじゃないか。あの事を気にしているなら……」

 コールは憤るような表情で、リチャードに詰め寄った。

「そうじゃない。でも、このままがいいんだ」

 リチャードは安心させるように笑って見せた。コールは自分のことのように傷付いた表情をしている。

「……そうか、それなら私ははそろそろシェリーを迎えに行かないと。お前、シェリーのこと本当にどうも思っていないのか?」

「ああ、思ってない」

 しつこいほどの確認に、リチャードはうんざりしていた。

「本当に少しも?」

 コールのせいで嫌でもシェリーのことを考えてしまう。ただ放っておけないだけだ、好きだからとか、可愛いからじゃない。それに、相手はただの……。

「一度も手を出したことない?」

「……ああ」

 少し開いてしまった間に、コールは疑り深いような目でリチャードの顔を覗き込む。こいつにこんな顔をされるのは癪だ。

「それなら……別に構わないか? もう昔の俺じゃない。アーチボルト伯爵と出会って私は変わったんだ。結婚して家族が欲しい」

「何を馬鹿な……」

 リチャードは突然の申し出に、空いた口が塞がらなかった。アーチボルト伯爵のおかげで変われた? そんなの冗談に決まっている。

「こんにちは、突然お邪魔してすまないね。わあ、君の髪ってとても綺麗だね」

 立ち尽くすリチャードを置いて、コールは早速テレサに声を掛けている。テレサはまんざらもないような顔で、にこやかに受け答えをしている。

 その隙に、リチャードは慌ててシェリーの元へ向かった。

 シェリーはドレスに着替え、今はアクセサリーを選んでいるようだ。真珠とダイヤを交互に胸元に当てている。外出用の深いグリーンのタイトなドレスは彼女のお気に入りだった。コルセットもいつもは嫌がるのに今日はしっかりと締められている。

「リチャード、お話は終わったの?」

 鏡から視線を逸らさないまま、シェリーが問い掛けた。背筋を伸ばし、どうやら腰の後のリボンが曲がっていないかを気にしているようだ。流行りの無造作にまとめた髪から出る後れ毛が、項に沿って流れているのが見えた。

 口をキュッと結んで黙ったままの彼女はすっかり大人の女性で、色気さえある。

 女の子の成長は早い、とテレサが嘆いていた理由がわかるような気がした。

「……いいですか。お嬢様、あいつは口が上手い。褒められてもサラッと流してくださいね。あと、密室で二人きりは絶対にだめ、暗くなる前に帰ってくること。いいですね?」

「……大丈夫よ、少しお散歩するだけ。彼もそのつもりみたい」

 最初は簡単なことを要求し、段々と大きな要求に変わるのは彼のやり口だ。騙されてはいけない。

「あのですね……」

「ねぇ、リボン曲がってないかしら? それともブラウンのドレスの方がいい?」

「……随分と気合い入ってるんですね」

「そりゃあそうよ、あの方、とてもおしゃれだわ。今日のスーツも素敵。シャツがストライプなの」

 確かに、コールは昔から洒落ていた。他人と被るのを嫌い、派手なものを好む。多少奇抜であっても、地味な格好だろうと、彼が身につけるとなんでも良く見えてしまうのだ。

 だからといって、普段はおしゃれにまるでほ無頓着なシェリーが張り切って着飾っているを見るのは複雑な気分だ。
 
 しかし、このドレスはシェリーによく似合っている。

「グリーンのドレス、素敵です」

「ありがとう」

 シェリーは嬉しそうに顔を輝かせて、リチャードの前でくるりと回って見せた。

「彼って本当に素敵ね。薔薇の花束をあんなにたくさん貰ったのは初めてよ。三十本ですって、テレサも感激していたわ」

「そんなに花束がお好きなら、百本でも何本でも用意しますから」

 リチャードは、すっかりコールに心を奪われかけているかもしれないシェリーを遠い目をして見ていた。

「そういう問題じゃないわ。もう……!」

 シェリーは呆れたように溜息を吐いた。それじゃあ、行ってくるわね、と背中を向ける。

「お待ちください!」

 リチャードの鋭い声に、シェリーが驚いて振り返った。

 すると、リチャードはシェリーの小さな顎を掴んで引き寄せた。そのまま、少し乱暴に指の腹を使ってシェリーの唇を拭う。彼の親指がピンク色に濡れていた。

「口紅の色が、少し強いかと」

「……この前は似合ってるって言ったじゃない」

 口で言ってくれたら良かったのに、と言いかけて止めた。リチャードの顔がいつになく不機嫌だったから。

「……それじゃあ、行ってくるわね」

「ええ、お気をつけて」

  
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

有能外交官はドアマット夫人の笑顔を守りたい

堀 和三盆
恋愛
「まあ、ご覧になって。またいらしているわ」 「あの格好でよく恥ずかしげもなく人前に顔を出せたものねぇ。わたくしだったら耐えられないわ」 「ああはなりたくないわ」 「ええ、本当に」  クスクスクス……  クスクスクス……  外交官のデュナミス・グローは赴任先の獣人国で、毎回ボロボロのドレスを着て夜会に参加するやせ細った女性を見てしまう。彼女はパルフォア・アルテサーノ伯爵夫人。どうやら、獣人が暮らすその国では『運命の番』という存在が特別視されていて、結婚後に運命の番が現れてしまったことで、本人には何の落ち度もないのに結婚生活が破綻するケースが問題となっているらしい。法律で離婚が認められていないせいで、夫からどんなに酷い扱いを受けても耐え続けるしかないのだ。  伯爵夫人との穏やかな交流の中で、デュナミスは陰口を叩かれても微笑みを絶やさない彼女の凛とした姿に次第に心惹かれていく。  それというのも、実はデュナミス自身にも国を出るに至ったつらい過去があって……

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

処理中です...