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18.複雑な気持ち
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「一体何しに来たんだ?」
リチャードは苛立ちを隠そうともせずにコールを問い詰めた。いつになく圧が強い。
「ミス・シェリー・コールドウェルをデートに誘いに」
コールは正直に答えたのだが、リチャードの顔はますます不機嫌そうに歪んだ。
「……シェリー様は不在です」
リチャードはあからさまな嘘を冷たく言い放つと、くるりと背中を向けてしまった。このままでは本当に追い出されかねない。コールはこの状況を少し楽しんでいたが、仕方なく洗いざらい話すことにした。
「待ってくれ、リチャード。私はアーチボルト伯爵と友人なんだ」
「……」
リチャードはまだ疑うような視線を向けている。
「そんな顔をするな、アーチボルト伯爵とはある読書会で知り合ったんだ。……心配するような繋がりじゃないぞ。その証拠に、オリビアから手紙が届いているはずなんだが」
「手紙……そういえば、今朝オリビア様からお嬢様宛に手紙が届いてたな……」
普通は手紙の方が先に届くはずなのだが、彼は"楽しそう"な気配を察知したらいてもたってもいられない性格なのだ。
「……お前が読書会に参加していることの方が心配だ」
リチャードの知るコールは、パーティーの招待状以外の文章は頭に入ってこないような男だ。
「読書する女の子って可愛いからさ。見ているだけで楽しいなと思って」
コールはしれっとそう白状した。同じ男として見ても、コールは正統派の美形だ。黙って本を開いているだけでも絵になっているのだろう。窓際で挿絵部分だけを読んでいる姿が目に浮かぶようだ。
「その時にたまたま隣に座ったのがアーチボルト伯爵でさ、あの人顔もいいけど、性格もすごく良くて……男でも惚れる」
最近はもうあの人目当てで参加してると言っても過言ではないね、とコールは頷きながら言った。
「あの人の前では、俺もきちんとして男でいようと思ったんだ。そうこうしてたら、相談があるって言われて」
リチャードは痛む頭を抑えた。アーチボルト伯爵の人の良さそうな笑顔を思い出す。
「婚約者の妹が悩んでいるらしいから、話を聞いてあげてほしいって言われたわけだ……」
コールは決して悪い人間ではない。
話していて楽しいし、友だち思いの良い奴だ。飾りっ気がなくて、素直。それに、誰に対しても優しい。寄宿学校時代からの貴重な友人だ。
ただし、欠点がある。それは女癖が悪いことだ。
父親譲りと揶揄われることも多いが、彼なりに"友人の恋人には手は出さない"という流儀があるらしい。が、そうでなければ、女の子には声を掛けなければ失礼だとさえ思っている節がある。優しくて話し上手な彼に、大抵の女の子はクラッとくる。
彼の悪いところは、惑わせ上手でもあることだ。
「名前を聞いたら、婚約者の名前はオリビア・コールドウェル。妹の名前はシェリー、この間会った子だってすぐに分かったよ」
「……さすがだな」
リチャードは呆れたように笑った。
「女の子の名前は忘れないよ、特に可愛い子はね」
「手を出すなよ」
「やっぱり好きなのか?」
コールは楽しそうに笑った。この男は他人の恋愛事情に首を突っ込むのも大好きなのだ。
「……俺はここに仕えている。彼女を守るという責任があるんだ」
マックス様の大切な愛娘を、この男の毒牙にかける訳にはいかない。
「でも、ここの主人はお前がディークス家の人間だって知ってるんだろう?」
「知ってるのはマックス様だけだ」
リチャードは声を落とした。
「じゃあ、シェリーは知らない?」
コールも慌てて声を小さくした。
「ああ、だから余計なことを言わないでくれよ」
「別にいいじゃないか。あの事を気にしているなら……」
コールは憤るような表情で、リチャードに詰め寄った。
「そうじゃない。でも、このままがいいんだ」
リチャードは安心させるように笑って見せた。コールは自分のことのように傷付いた表情をしている。
「……そうか、それなら私ははそろそろシェリーを迎えに行かないと。お前、シェリーのこと本当にどうも思っていないのか?」
「ああ、思ってない」
しつこいほどの確認に、リチャードはうんざりしていた。
「本当に少しも?」
コールのせいで嫌でもシェリーのことを考えてしまう。ただ放っておけないだけだ、好きだからとか、可愛いからじゃない。それに、相手はただの……。
「一度も手を出したことない?」
「……ああ」
少し開いてしまった間に、コールは疑り深いような目でリチャードの顔を覗き込む。こいつにこんな顔をされるのは癪だ。
「それなら……別に構わないか? もう昔の俺じゃない。アーチボルト伯爵と出会って私は変わったんだ。結婚して家族が欲しい」
「何を馬鹿な……」
リチャードは突然の申し出に、空いた口が塞がらなかった。アーチボルト伯爵のおかげで変われた? そんなの冗談に決まっている。
「こんにちは、突然お邪魔してすまないね。わあ、君の髪ってとても綺麗だね」
立ち尽くすリチャードを置いて、コールは早速テレサに声を掛けている。テレサはまんざらもないような顔で、にこやかに受け答えをしている。
その隙に、リチャードは慌ててシェリーの元へ向かった。
シェリーはドレスに着替え、今はアクセサリーを選んでいるようだ。真珠とダイヤを交互に胸元に当てている。外出用の深いグリーンのタイトなドレスは彼女のお気に入りだった。コルセットもいつもは嫌がるのに今日はしっかりと締められている。
「リチャード、お話は終わったの?」
鏡から視線を逸らさないまま、シェリーが問い掛けた。背筋を伸ばし、どうやら腰の後のリボンが曲がっていないかを気にしているようだ。流行りの無造作にまとめた髪から出る後れ毛が、項に沿って流れているのが見えた。
口をキュッと結んで黙ったままの彼女はすっかり大人の女性で、色気さえある。
女の子の成長は早い、とテレサが嘆いていた理由がわかるような気がした。
「……いいですか。お嬢様、あいつは口が上手い。褒められてもサラッと流してくださいね。あと、密室で二人きりは絶対にだめ、暗くなる前に帰ってくること。いいですね?」
「……大丈夫よ、少しお散歩するだけ。彼もそのつもりみたい」
最初は簡単なことを要求し、段々と大きな要求に変わるのは彼のやり口だ。騙されてはいけない。
「あのですね……」
「ねぇ、リボン曲がってないかしら? それともブラウンのドレスの方がいい?」
「……随分と気合い入ってるんですね」
「そりゃあそうよ、あの方、とてもおしゃれだわ。今日のスーツも素敵。シャツがストライプなの」
確かに、コールは昔から洒落ていた。他人と被るのを嫌い、派手なものを好む。多少奇抜であっても、地味な格好だろうと、彼が身につけるとなんでも良く見えてしまうのだ。
だからといって、普段はおしゃれにまるでほ無頓着なシェリーがコールのために張り切って着飾っているを見るのは複雑な気分だ。
しかし、このドレスはシェリーによく似合っている。
「グリーンのドレス、素敵です」
「ありがとう」
シェリーは嬉しそうに顔を輝かせて、リチャードの前でくるりと回って見せた。
「彼って本当に素敵ね。薔薇の花束をあんなにたくさん貰ったのは初めてよ。三十本ですって、テレサも感激していたわ」
「そんなに花束がお好きなら、百本でも何本でも用意しますから」
リチャードは、すっかりコールに心を奪われかけているかもしれないシェリーを遠い目をして見ていた。
「そういう問題じゃないわ。もう……!」
シェリーは呆れたように溜息を吐いた。それじゃあ、行ってくるわね、と背中を向ける。
「お待ちください!」
リチャードの鋭い声に、シェリーが驚いて振り返った。
すると、リチャードはシェリーの小さな顎を掴んで引き寄せた。そのまま、少し乱暴に指の腹を使ってシェリーの唇を拭う。彼の親指がピンク色に濡れていた。
「口紅の色が、少し強いかと」
「……この前は似合ってるって言ったじゃない」
口で言ってくれたら良かったのに、と言いかけて止めた。リチャードの顔がいつになく不機嫌だったから。
「……それじゃあ、行ってくるわね」
「ええ、お気をつけて」
リチャードは苛立ちを隠そうともせずにコールを問い詰めた。いつになく圧が強い。
「ミス・シェリー・コールドウェルをデートに誘いに」
コールは正直に答えたのだが、リチャードの顔はますます不機嫌そうに歪んだ。
「……シェリー様は不在です」
リチャードはあからさまな嘘を冷たく言い放つと、くるりと背中を向けてしまった。このままでは本当に追い出されかねない。コールはこの状況を少し楽しんでいたが、仕方なく洗いざらい話すことにした。
「待ってくれ、リチャード。私はアーチボルト伯爵と友人なんだ」
「……」
リチャードはまだ疑うような視線を向けている。
「そんな顔をするな、アーチボルト伯爵とはある読書会で知り合ったんだ。……心配するような繋がりじゃないぞ。その証拠に、オリビアから手紙が届いているはずなんだが」
「手紙……そういえば、今朝オリビア様からお嬢様宛に手紙が届いてたな……」
普通は手紙の方が先に届くはずなのだが、彼は"楽しそう"な気配を察知したらいてもたってもいられない性格なのだ。
「……お前が読書会に参加していることの方が心配だ」
リチャードの知るコールは、パーティーの招待状以外の文章は頭に入ってこないような男だ。
「読書する女の子って可愛いからさ。見ているだけで楽しいなと思って」
コールはしれっとそう白状した。同じ男として見ても、コールは正統派の美形だ。黙って本を開いているだけでも絵になっているのだろう。窓際で挿絵部分だけを読んでいる姿が目に浮かぶようだ。
「その時にたまたま隣に座ったのがアーチボルト伯爵でさ、あの人顔もいいけど、性格もすごく良くて……男でも惚れる」
最近はもうあの人目当てで参加してると言っても過言ではないね、とコールは頷きながら言った。
「あの人の前では、俺もきちんとして男でいようと思ったんだ。そうこうしてたら、相談があるって言われて」
リチャードは痛む頭を抑えた。アーチボルト伯爵の人の良さそうな笑顔を思い出す。
「婚約者の妹が悩んでいるらしいから、話を聞いてあげてほしいって言われたわけだ……」
コールは決して悪い人間ではない。
話していて楽しいし、友だち思いの良い奴だ。飾りっ気がなくて、素直。それに、誰に対しても優しい。寄宿学校時代からの貴重な友人だ。
ただし、欠点がある。それは女癖が悪いことだ。
父親譲りと揶揄われることも多いが、彼なりに"友人の恋人には手は出さない"という流儀があるらしい。が、そうでなければ、女の子には声を掛けなければ失礼だとさえ思っている節がある。優しくて話し上手な彼に、大抵の女の子はクラッとくる。
彼の悪いところは、惑わせ上手でもあることだ。
「名前を聞いたら、婚約者の名前はオリビア・コールドウェル。妹の名前はシェリー、この間会った子だってすぐに分かったよ」
「……さすがだな」
リチャードは呆れたように笑った。
「女の子の名前は忘れないよ、特に可愛い子はね」
「手を出すなよ」
「やっぱり好きなのか?」
コールは楽しそうに笑った。この男は他人の恋愛事情に首を突っ込むのも大好きなのだ。
「……俺はここに仕えている。彼女を守るという責任があるんだ」
マックス様の大切な愛娘を、この男の毒牙にかける訳にはいかない。
「でも、ここの主人はお前がディークス家の人間だって知ってるんだろう?」
「知ってるのはマックス様だけだ」
リチャードは声を落とした。
「じゃあ、シェリーは知らない?」
コールも慌てて声を小さくした。
「ああ、だから余計なことを言わないでくれよ」
「別にいいじゃないか。あの事を気にしているなら……」
コールは憤るような表情で、リチャードに詰め寄った。
「そうじゃない。でも、このままがいいんだ」
リチャードは安心させるように笑って見せた。コールは自分のことのように傷付いた表情をしている。
「……そうか、それなら私ははそろそろシェリーを迎えに行かないと。お前、シェリーのこと本当にどうも思っていないのか?」
「ああ、思ってない」
しつこいほどの確認に、リチャードはうんざりしていた。
「本当に少しも?」
コールのせいで嫌でもシェリーのことを考えてしまう。ただ放っておけないだけだ、好きだからとか、可愛いからじゃない。それに、相手はただの……。
「一度も手を出したことない?」
「……ああ」
少し開いてしまった間に、コールは疑り深いような目でリチャードの顔を覗き込む。こいつにこんな顔をされるのは癪だ。
「それなら……別に構わないか? もう昔の俺じゃない。アーチボルト伯爵と出会って私は変わったんだ。結婚して家族が欲しい」
「何を馬鹿な……」
リチャードは突然の申し出に、空いた口が塞がらなかった。アーチボルト伯爵のおかげで変われた? そんなの冗談に決まっている。
「こんにちは、突然お邪魔してすまないね。わあ、君の髪ってとても綺麗だね」
立ち尽くすリチャードを置いて、コールは早速テレサに声を掛けている。テレサはまんざらもないような顔で、にこやかに受け答えをしている。
その隙に、リチャードは慌ててシェリーの元へ向かった。
シェリーはドレスに着替え、今はアクセサリーを選んでいるようだ。真珠とダイヤを交互に胸元に当てている。外出用の深いグリーンのタイトなドレスは彼女のお気に入りだった。コルセットもいつもは嫌がるのに今日はしっかりと締められている。
「リチャード、お話は終わったの?」
鏡から視線を逸らさないまま、シェリーが問い掛けた。背筋を伸ばし、どうやら腰の後のリボンが曲がっていないかを気にしているようだ。流行りの無造作にまとめた髪から出る後れ毛が、項に沿って流れているのが見えた。
口をキュッと結んで黙ったままの彼女はすっかり大人の女性で、色気さえある。
女の子の成長は早い、とテレサが嘆いていた理由がわかるような気がした。
「……いいですか。お嬢様、あいつは口が上手い。褒められてもサラッと流してくださいね。あと、密室で二人きりは絶対にだめ、暗くなる前に帰ってくること。いいですね?」
「……大丈夫よ、少しお散歩するだけ。彼もそのつもりみたい」
最初は簡単なことを要求し、段々と大きな要求に変わるのは彼のやり口だ。騙されてはいけない。
「あのですね……」
「ねぇ、リボン曲がってないかしら? それともブラウンのドレスの方がいい?」
「……随分と気合い入ってるんですね」
「そりゃあそうよ、あの方、とてもおしゃれだわ。今日のスーツも素敵。シャツがストライプなの」
確かに、コールは昔から洒落ていた。他人と被るのを嫌い、派手なものを好む。多少奇抜であっても、地味な格好だろうと、彼が身につけるとなんでも良く見えてしまうのだ。
だからといって、普段はおしゃれにまるでほ無頓着なシェリーがコールのために張り切って着飾っているを見るのは複雑な気分だ。
しかし、このドレスはシェリーによく似合っている。
「グリーンのドレス、素敵です」
「ありがとう」
シェリーは嬉しそうに顔を輝かせて、リチャードの前でくるりと回って見せた。
「彼って本当に素敵ね。薔薇の花束をあんなにたくさん貰ったのは初めてよ。三十本ですって、テレサも感激していたわ」
「そんなに花束がお好きなら、百本でも何本でも用意しますから」
リチャードは、すっかりコールに心を奪われかけているかもしれないシェリーを遠い目をして見ていた。
「そういう問題じゃないわ。もう……!」
シェリーは呆れたように溜息を吐いた。それじゃあ、行ってくるわね、と背中を向ける。
「お待ちください!」
リチャードの鋭い声に、シェリーが驚いて振り返った。
すると、リチャードはシェリーの小さな顎を掴んで引き寄せた。そのまま、少し乱暴に指の腹を使ってシェリーの唇を拭う。彼の親指がピンク色に濡れていた。
「口紅の色が、少し強いかと」
「……この前は似合ってるって言ったじゃない」
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