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19.デート
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シェリーが身支度に時間が掛かってしまい、随分と待たせてしまったことを詫びると、コールはとんでもない、と優しく微笑んだ。
「私の為に、綺麗にしてくれてありがとう。素敵だよ」
模範解答のような台詞にシェリーは思わずときめいた。リチャードにも聞かせてやりたいと思う。
「オリビア姉さんからは何て言われているの?」
「そうだな、オリビアというより、アーチボルト伯爵に頼まれたんだ。大切な義妹を気晴らしに連れ出してくれないかって」
シェリーはアーチボルト伯爵の人の良さそうな笑顔を思い出す。名前のイメージや姉への熱烈アプローチの噂を聞いてイメージしてた雰囲気とは少し違った雰囲気で、のほほんとした優しい人だった。
「そうなの……」
「社交界シーズンは誰しも気持ちがブルーになるものらしい」
「貴方も?」
シェリーは、心の友を見つけたように顔を輝かせた。すると、コールは申し訳なさそうに首を横に振った。
「いや、今のは一般論。私は好きだよ、食べて踊って……楽しいからね」
シェリーはすんっと冷めた表情になった。コールとは理解し合えそうにもない。
人と接することは楽しいと思えるシェリーだが、社交界となると話は別だ。まだ数回しか顔を出していないとはいえ、あのピリピリとした特有の空気が苦手だった。
コールはそれを察したようで、声を上げて笑った。
「わかってる、私みたいなのはきっと少数派だ。けれどね、楽しくしてる方が楽しいことに出会えると思うんだよ」
それはシェリーも常々思っていたことだった。コールがいうと尚のこと説得力がある。
「だから、あまり難しく考えたりしないで、もっと楽しめばいいんだ……そうだ、例えばあまり気乗りしない男性にダンスを誘われた時の断り方、知りたい?」
「ええ、ぜひ教えて」
「"あいにくですが、私は手が塞がっていますの"」
コールは両手を祈るように組むと、すました女性の口振りを真似て言った。
「そんな雑な断り方している人、見たことないわ」
シェリーが笑っていると、コールは真面目な顔で答えた。
「そうかい? 私なんてしょっちゅうこうして断られているよ」
「リチャードに怒られちゃうわ」
目を三角にしてすっ飛んでくるリチャードの顔が目に浮かぶ。
「……彼のこと、好き?」
「ええ、好きよ」
口煩いし、ピリピリしてるし、高慢ちきだけど。と、心の中で付け加えることも忘れない。
「それは恋人として?」
「まさか、彼は仕事で仕方なく私の面倒を見てるの」
「仕事じゃなかったら?」
「それは……」
誰かにそばにいてほしいとき、一緒にいてくれたのはリチャードだった。
リチャードのことは素敵な人だと思う。ナタリーの言う通り整った容姿をしているし、仕事熱心で父だけではなく家族みんなや他の使用人からも信頼されている。
文句言いながらも、いつも最後まで味方でいてくれるのもリチャードだった。たくさん苦労を掛けたけど、憂鬱な社交界デビューや舞踏会を楽しめたのも彼のおかげ。
シェリーは何も答えられなかった。彼への気持ちが思っていたより大きくなっていることに気づいてしまったからだ。
昼下がりの公園を並んで歩いていると、幸せそうな恋人同士にもすれ違う。肩を並べて寄り添い合う姿を見ていると、前はそんなこと思ったこともないのに、今では憧れる自分がいた。
「……少し待っててね」
コールはそう言って、シェリーにアイスクリームを買ってきてくれた。温かい陽射しの下で、甘くて冷たいアイスクリームが格別に美味しく感じた。
「ありがとう、アイスクリーム大好き」
「それは良かった」
そう言って、ふっと悪戯っぽく笑ったかと思うと、コールはシェリーの持っていたアイスクリームをペロっと一口食べた。
「あっ!」
シェリーが驚くと、コールは楽しそうに笑っている。したり顔だが、鼻の先にはアイスクリームがついていた。
子どもみたいにアイスクリームをつけたコールに、シェリーは思わず吹き出した。カバンからハンカチを出すと、そっと彼の鼻先を拭ってやった。
「もう、子どもみたいなことをするから」
「……あれ、このイニシャル自分で縫ったの? 今女の子の間で流行ってるんだろう。お守り代わりに、って。上手だね」
コールはシェリーの持っていたハンカチに施された"S"の縫い目をなぞりながら、感心したように呟いた。
「ああ、それは私が縫ったんじゃなくてリチャードが縫ってくれたの。上手く裁縫できなくて」
「えっ、リチャードが?」
シェリーが正直に白状すると、コールは驚いたように目を丸くした。
「……へぇ、上手く縫えてるじゃないか。これは強力なお守りになる」
コールはにやにやと実に楽しそうに笑いながら、再びイニシャルをなぞっている。
「やっぱり、二人は知り合いだったの?」
「……ああ、友人だよ」
コールは、口籠ながら"しまった"という顔で視線を背けた。
「どういうお知り合いなの?」
無理矢理にでも視線を合わそうとするが、コールはシェリーの視線から逃げるばかりだ。どうやら固く口止めされているらしい。
「それは……私の口からは言えないな」
「ふぅん……。それじゃあ、私と勝負しましょう」
シェリーはすくっと立ち上がると、目の前に流れる川を指差した。
「この石を投げて、たくさん跳ねた方が勝ち。私が勝ったら、質問に答えて」
シェリーはこの遊びが大の得意である。あのリチャードだって認める実力だと自負している。
「はっ、お嬢さん。本気で言ってるのかな?」
これに対して、コールは余裕たっぷりに返した。
「私はこの勝負で負けたことが一度もない。私が勝ったら、もう一度デートに誘ってもいいかな。……今度はディナーまで」
自慢の髪をさっと後に撫で付ける。目の前のお嬢様は知らないのだ。寄宿学校時代、負け知らずだったコールにあのリチャードが石切りのコツを教えてくれと請うたことを。
「……いいわ、その時はデザートまで用意して」
シェリーはそう言って好戦的な笑みを浮かべてみせた。
「私の為に、綺麗にしてくれてありがとう。素敵だよ」
模範解答のような台詞にシェリーは思わずときめいた。リチャードにも聞かせてやりたいと思う。
「オリビア姉さんからは何て言われているの?」
「そうだな、オリビアというより、アーチボルト伯爵に頼まれたんだ。大切な義妹を気晴らしに連れ出してくれないかって」
シェリーはアーチボルト伯爵の人の良さそうな笑顔を思い出す。名前のイメージや姉への熱烈アプローチの噂を聞いてイメージしてた雰囲気とは少し違った雰囲気で、のほほんとした優しい人だった。
「そうなの……」
「社交界シーズンは誰しも気持ちがブルーになるものらしい」
「貴方も?」
シェリーは、心の友を見つけたように顔を輝かせた。すると、コールは申し訳なさそうに首を横に振った。
「いや、今のは一般論。私は好きだよ、食べて踊って……楽しいからね」
シェリーはすんっと冷めた表情になった。コールとは理解し合えそうにもない。
人と接することは楽しいと思えるシェリーだが、社交界となると話は別だ。まだ数回しか顔を出していないとはいえ、あのピリピリとした特有の空気が苦手だった。
コールはそれを察したようで、声を上げて笑った。
「わかってる、私みたいなのはきっと少数派だ。けれどね、楽しくしてる方が楽しいことに出会えると思うんだよ」
それはシェリーも常々思っていたことだった。コールがいうと尚のこと説得力がある。
「だから、あまり難しく考えたりしないで、もっと楽しめばいいんだ……そうだ、例えばあまり気乗りしない男性にダンスを誘われた時の断り方、知りたい?」
「ええ、ぜひ教えて」
「"あいにくですが、私は手が塞がっていますの"」
コールは両手を祈るように組むと、すました女性の口振りを真似て言った。
「そんな雑な断り方している人、見たことないわ」
シェリーが笑っていると、コールは真面目な顔で答えた。
「そうかい? 私なんてしょっちゅうこうして断られているよ」
「リチャードに怒られちゃうわ」
目を三角にしてすっ飛んでくるリチャードの顔が目に浮かぶ。
「……彼のこと、好き?」
「ええ、好きよ」
口煩いし、ピリピリしてるし、高慢ちきだけど。と、心の中で付け加えることも忘れない。
「それは恋人として?」
「まさか、彼は仕事で仕方なく私の面倒を見てるの」
「仕事じゃなかったら?」
「それは……」
誰かにそばにいてほしいとき、一緒にいてくれたのはリチャードだった。
リチャードのことは素敵な人だと思う。ナタリーの言う通り整った容姿をしているし、仕事熱心で父だけではなく家族みんなや他の使用人からも信頼されている。
文句言いながらも、いつも最後まで味方でいてくれるのもリチャードだった。たくさん苦労を掛けたけど、憂鬱な社交界デビューや舞踏会を楽しめたのも彼のおかげ。
シェリーは何も答えられなかった。彼への気持ちが思っていたより大きくなっていることに気づいてしまったからだ。
昼下がりの公園を並んで歩いていると、幸せそうな恋人同士にもすれ違う。肩を並べて寄り添い合う姿を見ていると、前はそんなこと思ったこともないのに、今では憧れる自分がいた。
「……少し待っててね」
コールはそう言って、シェリーにアイスクリームを買ってきてくれた。温かい陽射しの下で、甘くて冷たいアイスクリームが格別に美味しく感じた。
「ありがとう、アイスクリーム大好き」
「それは良かった」
そう言って、ふっと悪戯っぽく笑ったかと思うと、コールはシェリーの持っていたアイスクリームをペロっと一口食べた。
「あっ!」
シェリーが驚くと、コールは楽しそうに笑っている。したり顔だが、鼻の先にはアイスクリームがついていた。
子どもみたいにアイスクリームをつけたコールに、シェリーは思わず吹き出した。カバンからハンカチを出すと、そっと彼の鼻先を拭ってやった。
「もう、子どもみたいなことをするから」
「……あれ、このイニシャル自分で縫ったの? 今女の子の間で流行ってるんだろう。お守り代わりに、って。上手だね」
コールはシェリーの持っていたハンカチに施された"S"の縫い目をなぞりながら、感心したように呟いた。
「ああ、それは私が縫ったんじゃなくてリチャードが縫ってくれたの。上手く裁縫できなくて」
「えっ、リチャードが?」
シェリーが正直に白状すると、コールは驚いたように目を丸くした。
「……へぇ、上手く縫えてるじゃないか。これは強力なお守りになる」
コールはにやにやと実に楽しそうに笑いながら、再びイニシャルをなぞっている。
「やっぱり、二人は知り合いだったの?」
「……ああ、友人だよ」
コールは、口籠ながら"しまった"という顔で視線を背けた。
「どういうお知り合いなの?」
無理矢理にでも視線を合わそうとするが、コールはシェリーの視線から逃げるばかりだ。どうやら固く口止めされているらしい。
「それは……私の口からは言えないな」
「ふぅん……。それじゃあ、私と勝負しましょう」
シェリーはすくっと立ち上がると、目の前に流れる川を指差した。
「この石を投げて、たくさん跳ねた方が勝ち。私が勝ったら、質問に答えて」
シェリーはこの遊びが大の得意である。あのリチャードだって認める実力だと自負している。
「はっ、お嬢さん。本気で言ってるのかな?」
これに対して、コールは余裕たっぷりに返した。
「私はこの勝負で負けたことが一度もない。私が勝ったら、もう一度デートに誘ってもいいかな。……今度はディナーまで」
自慢の髪をさっと後に撫で付ける。目の前のお嬢様は知らないのだ。寄宿学校時代、負け知らずだったコールにあのリチャードが石切りのコツを教えてくれと請うたことを。
「……いいわ、その時はデザートまで用意して」
シェリーはそう言って好戦的な笑みを浮かべてみせた。
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