魔物娘たちの御主人様!

yoake

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序編

第0話 当たりではない

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彼の名前は、大平おおたいら 太郎たろう 22歳。

ごくごく平凡なオタク青年で童貞だ。

その趣味と童貞ならではの妄想を生かして、売れないエロ系の作家として貧乏ながらも細々と人生を謳歌しているある意味で幸せな男である。

童貞をこじらせた性癖というものは日に日に成長して大変な事になるが、残念ながら彼も例外ではなく今では立派な変態紳士である。

なにせ若い娘から熟女まで。
貧乳から巨乳まで。というかおっぱい大好き。
細いのも筋肉もぽっちゃりも無問題。
熟女のぽっちゃりたるんだお腹なんて第二のおっぱいだよね☆とは彼の持論である。
最近では魔物娘も美味しく頂ける自信あり。

とにもかくにも、凄まじい無節操さである。

そんなタロウは今日も行きつけのコンビニでスナック菓子やインスタントラーメンなどを何個か仕入れると、コンビニ袋をぶらぶらさせながらのんびり家路についていた。

作家の癖なのか道すがらいつもの妄想を巡らせながら、ついでに作品のアイデアにならないかなとタロウは考える。

「魔物娘達とウハウハするのとか楽しそうだよな~」

そうタロウが呟いた瞬間、一瞬で世界が暗転したかと思うと眼前から男の声で元気な「返事」が返ってくる。

「――はい、喜んで~!」

「…………」

黒スーツを着たサラリーマン風の人物が、茶色い紙袋をすっぽりと頭に被った格好で佇んでいる。
紙袋には視界用に二つの小さな穴が開いているだけ。

「…………なにこれ」

タロウは思わず呟く。

「もーやだなー。お客様が魔物娘とウハウハする世界に行きたいと仰られたので、こうやって私がお伺いさせて頂いたんじゃないですかー」

妙に底抜けに明るい営業トークで意味の分からないことをのたまうサラリーマン風の男。

「今、ちょうど貴方様にピッタリの魔物娘とウハウハし放題な異世界があるんですよー」

「……あんた誰? ってのは野暮だよね……」

「ですよねー」

サラリーマン風の男がヘラヘラと応える。

「異世界転移物ですか?」

「イエスです」

「あるんすね。こういうの……」

オタク趣味を持つタロウにとって異世界転移系のファンタジー物語など王道中の王道である。
今やこうやって現実に見せられてしまった以上、無様に慌てふためくこともできなかった。

「とりあえず。……拒否できます?」

「またまたー。本当に「行きたくない」人の所には私達はやってきませんよ」

サラリーマン風の男は最後に少しだけ声のトーンを落としてさらりとのたまう。

「(確かに……興味はあるにはあるけどさ)」

タロウは心の中で呟く。

「嘘を言ってもしょうがないから言うけど。普通に考えて「怖い」よね。見知らぬ世界に行くのは」

「ですが、それが漢のロマンってものでしょう。今いる世界では絶対に味わえない楽しみがあると思いますよ。もちろん「命がけ」ではございますが」

「命がけ……。いやー俺ってあんまり欲が無いんですよね。今の貧しい生活でも満足してますし」

「でも妄想しますでしょ? 何人もの女性を侍らせたり大軍を指揮したり、誰にも成し得ない英雄譚を成し遂げる。男の子なら誰でも一度は夢見るものです」

「それは……まあね。書くだけでなく自分がそれを体現できるというのは最高に面白くて楽しいとは思うよ。でも、命がけってのはやっぱり怖いよね。というか命をかけてまでそんなことやりたくないかなー」

「そこはご安心を! 異世界に旅立つ皆様には特別サービスを行なっております!」

サラリーマン風の男はそう言うと、どこからとも無く一冊の小冊子をタロウに手渡す。

表紙には「チート一覧表」と記されていた。

「チート……」

「この世界でのオタク系なタロウ様には理解しやすいだろうと思い、こう記載させて頂きました。一般的に言うなれば「特殊能力」ですね。でもタロウ様なら「チート」の方が分かりやすいでしょう?」

「……確かに」

タロウは小冊子をペラペラとめくる。
そこには様々なチートな特殊能力が羅列されていた。
それはもう「ふざけた」ものばかりである。

・勇者属性

・MP消費量1/2

・攻撃力2倍

・自動回復

果ては不老不死まである。
しかしタロウはすぐにあることに気がついた。
チート能力の横に数字が書いてあるのだ。
しかも、強力そうな能力であるほど高い数字だった。

「能力の横に書いてある数字は何ですかね?」

「ああ、それは「徳ポイント」です」

「徳ポイント?」

「ええ。タロウ様が元の世界で積み立てた徳。つまりは善い行いをした数字ですね」

「……はあ」

「その数字を参考にして、その範囲内でチート能力の付与サービスをさせて頂いております。ちなみにタロウ様の徳ポイントは30ポイントですね」

「……30」

タロウはもう一度チート欄を確認してみると、タロウの徳ポイントはあまり高くないことがすぐに分かった。
不老不死などは150ポイント必要であり、タロウの徳ポイントを全振りしても足らない有様である。

「30ポイントってのは少ないのでは……」

「いえいえ、お客様の年齢ですと平均より上ですよ? むしろ悪いこともせず堅実に生きてこられたようで関心です」

「はあ、どうも」

タロウは再度、チート欄を見ながら考える。
自分のポイント内で異世界で役に立つ特殊能力はどれか。
どれとどれを組み合わせれば得か。
その能力は本当に役に立つのか。
異世界では魔物も出るだろうし、命をかけての戦闘も行わなければならないはずだ。
自分の命がかかっている以上あらゆる状況を考えてはみるが、とてもではないがパターンが多すぎて絞り切れない。

待ちに待った新作RPGを買ってきて、自分のキャラのステータスを振り分ける画面で悶々と悩み続けているような状態だった。

「……すみません。やっぱり辞めるというのはできませんか?」

「うーん。困りましたねー。辞めることは可能には可能なんですが、残念ながら異世界転移というのは一方通行のみでして。今の状態ですと元の世界にはもう「生きて」帰れないんですよ。はい」

「……は?」

「いえ、ですからタロウ様は既に「死んでいる」んです。死んでこの世界の狭間に到達し、そして異世界転移という形で次の世界にて現状維持のまま「生き返る」わけです」

「でも辞めることは可能なんでしょ?」

「ええ。それは一応は可能です。ただし異世界転移を中止して通常の生死プロセスに戻ることになりますが」

「……生死プロセス?」

「えーとですね。簡単に言えば「生まれ変わり」が行われます。現在の徳ポイントを使用して、どこかの世界に生まれて新しい人生を赤ん坊として1から再出発です。つまりタロウ様として元の世界には帰れません」

「――ちょ、ちょっとふざけんなよ!!」

「まーでも、その年齢で徳ポイントも平均的ですし、最低限は「人間のような」知的生命体としては生まれ変われますよ。残念ながらその他のオプションなどは付けられそうにないですけども。しかし虫とかに生まれ変わるよりは徳ポイントも稼ぎやすいので確実に勝ち組ですね。いよ! 人生バラ色!」 

「――いやいやいやいやいや!」

タロウはぶんぶんと頭を左右に振りながら抗議する。

「やり直しとか勘弁! 俺は結構、今の生活が気に入ってるんだって! しかもこのまま生きていけば更に徳ポイントも溜まって来世はより楽ができるんだろ!?」

「だからこそです。通常の生死プロセスなどに移行せず、このままタロウ様として異世界に行かれることをお勧め致しますよ。難しい話は省かせて頂きますが、タロウ様が行かれる異世界はそれなりに問題のある世界です。そこでタロウ様には特権として徳ポイントの減点が停止されます。徳ポイントが貯まることがあっても「減る」事はありません。つまりやりたい放題に生きて頂いて結構なのです」

「……やりたい放題」

「ええ。つまりは私達がご用意した娯楽施設と考えて頂いても結構。もちろんデメリットもあります。内容に関わらず死んでしまえば、そのまま通常の生死プロセスに戻って頂くことになりますから」

「つまり、デメリットといっても通常の生死プロセスに戻るだけか……。最悪でも人間並みの知的生命体で人生をやりなおしというわけだな」

「むぐぐ」とタロウは唸る。

「教えてもらえるならば聞きたいんだが、今の俺ってどれぐらいの徳ポイントで生まれてきたとか分かるのかな?」

「えーと……」

そう呟きながらサラリーマン風の男は中空を少しだけ眺める。

「……はいはい。前世でも真面目に生きられたようで、今世の貴方は芸術才能に若干のボーナスがついておりますね」

「……なるほど。それでエロ作家として細々と生きられるわけか。でも、死ねば次の人生ではそのボーナスは無しと」

「そうなりますね。裸一貫でスタートです。でもボーナスはあくまでボーナスですから努力次第でなんとでもなりますよ。とにもかくにも知的生命体として生まれるのが第一ですから」

「うーん。もっと異世界に行くメリットとかは無いのかな?」

「――もちろんありますとも! 残念ながら内容は言えませんが「達成目標」というのがありまして、これを達成された場合には、なんと「徳ポイント100」を贈呈! しかも「元の世界へ帰還サービス」まで付いております! あ、もちろん年齢を重ねていたとしても今の状態で帰還できますよ!」

「――帰れるのか!?」

「ええ、帰れます。達成すればですがね」

サラリーマン風の男の嫌な言い回しにタロウはすぐに気がつく。

「ちなみに今までの異世界転移者で「達成目標」をクリアした人の割合は?」

「ふふふ。タロウ様は鋭いですね。ざっくり言えば10人中1人といったところでしょうか」

「微妙な数字だな」

「ただ誤解されたくないのですが、その他の9人が惨めに死んだというわけではありません。チート能力を得て異世界に行くわけですから、ある意味で超能力者状態です。そこでの暮らしが楽しくて自由気ままに人生を謳歌してしまう方達が大半だというわけです。ただし人生の生き方は性格によるものなので最後まで幸せに生きられたかは微妙ですが、だいたいは寿命を全うされる方が多いです。まー、もちろん敵対者などに殺されてしまう方もいますが、その割合は同じく10分の1程度ですかね」

「そういえば、ふと気になったんだが。チート能力を貰ったら俺の現在の徳ポイントは消費されてしまうんだろ? それだと達成目標のクリアをしなかったら大変な事になるんじゃ……」

「その点はご安心を。あくまで「参考値」としてその範囲でこちらが勝手に能力付与サービスをさせて頂くだけです。徳ポイントを実際に増減させることができるのは、タロウ様の世界で言うところの神仏のみですから。はい」

「えーと、つまり俺の徳ポイントは減らないってことでいいのかな」

「ええ、そういうことです。異世界で失敗なさっても徳ポイント30のまま生死プロセスに移行します」

「……むぅ。ここで辞めたら徳ポイント30を使って即座に生まれ変わり。異世界に行けば徳ポイントの減点を気にすること無く、より貯めることが可能で更には達成目標のクリアで徳ポイント100加算と、俺の今の状態のままで元の世界への帰還ときた。ちなみに、もし失敗しても辞めた時と同じ条件になるだけ。いや、途中まででも徳ポイントが稼げるのはかなり大きい。ぐぬぬ……これだけ利点があると挑戦しない理由が見つからないな……」

「ですよねー」

嬉しそうに応えるサラリーマン風の男。

「なんでこんなことするのか……なんてのは聞かないほうがいいよね」

「はいですー。ま、それは聞かれても企業秘密としか言えませんが。ただ、これはあなたの願望に応えているという部分もありますので、あまり深く考えず「異世界旅行のチケット」が当たったと思って存分に暴れ……ではなく楽しんで来て下さいませ」

「これが「当たった」とは思いにくいなー。……はぁ。分かりました。やれるだけのことはやってみます」

タロウはため息混じりにまたチート一覧表を眺める。
しかし、やはりなにがなにやら決め切れない。

「……どんなチートを持って行けばいいのやら」

「それならば、こちらで特別に選定させて頂いた「特別サービスセット」はいかかですか?」

「……そんなものがあるんですか?」

「こちらとしましてはタロウ様の願望は把握しておりますので、その願望に役に立つチート能力を徳ポイント内で選択させて頂きました。しかもセットサービスということで小物ですが何個か余分に無料追加をさせて頂いてますので、そのまま選択するよりお得ですがいかがです?」

「じゃあ、とりあえずどんなのか見せてもらってもいいですか?」

「もちろん」

そう言ってサラリーマン風の男が一枚の紙をタロウに手渡す。
そこにはチート名とその能力の解説と徳ポイントの必要参考値、そしてセットサービスとして無料追加されている何個かの能力などが綺麗に記載されていた。

「……これはまた」

その内容にタロウは苦笑いを浮かべる。
そこには大まかに3つの特殊能力のセットが書かれていた。

1つは攻撃系の能力セット。

1つは女性とウハウハしやすくする為のサポート系の能力セット。

最後の1つは当たり前と言えば当たり前の異世界人と会話、文字判読などの為の「言語」セットである。

タロウは初見では思わず「悪くない」と思ったが、何度も見なおす度にもはや「なるほど」と納得してしまうほどのセットだった。
限られたポイントの中で、確かにタロウの願望をサポートする為の能力が選ばれている。
女性とウハウハしたいがゆえのサポートセット。
しかし、魔物もいる異世界ゆえに自分の身も守らなければならないので、その為の攻撃系の能力セット。
そして言語能力。

先程までのタロウの思案では、「武装を軽く扱える」+「筋力増強」+「自動回復」で巨大剣を豪快にぶん回す戦闘タイプ。
もしくは「詠唱速度UP」+「消費MP減少」+「連続魔法」で魔法を連発しまくる魔導師タイプ。
とかを考えてみたが、残念ながらこれらはこれだけで徳ポイントを使いきってしまう。

ここは思い切って厨二病っぽく、「見た物を燃やす魔眼(左目)」で眼帯装備とか、「右腕に魔神が宿る」で右腕に包帯を巻くとかで悩んでみるが、それぞれ能力単体で高ポイントを消費するのでサポート系を揃え切れずにバランスがとても悪い。
色々と考えてみるもタロウの生来の心配性ゆえか、どうにも生き残る自信には繋がらなかった。

そんな中でサラリーマン風の男に提案された攻撃系に属するであろう能力セットはタロウにとっては盲点だった。
完全に思案した物よりも斜め上の能力で、今こうして提案されて初めてこれが「攻撃」に用いれることを改めて認識した程だ。
むしろ使い方によっては攻守共に生かせる可能性が高い。

残念ながら現在の緊張状態に置かれたタロウには、自らの発想力でチート能力一覧からヒーローらしく「――これだ!」という感じでこのぶっとんだチート能力を選び出すことなど不可能だった。
なにせタロウはヒーローではなくただの一般人なのだから。

「(……さらに無料で追加まであるのか)」

チート能力の基本セットには、サービスとして何点か小さいながらも気の利いたサポート系能力が更に3つ程が「無料」で追加されており、しっかりとお得感が増している。

「……悪くない。じゃなくて、むしろこれがベストチョイスだよね」

「気に入って頂きありがとうございます」

サラリーマン風の男は紙袋を被った頭を丁寧に下げる。

「でもさ、この能力は相手を倒しきれない場合には、やばいんじゃないの?」

「それは他の攻撃特化能力においても同じですよ。大剣だろうと大魔法だろうと魔眼だろうと、効かない相手が出てきてしまった場合には、ただの「がらくた」と化してしまいます。ですが、私より提案させて頂いた能力は「逃げる」事にも使えます。生存戦略としてはタロウ様の好みに合うと思うのですが」

サラリーマン風の男の言う通りだった。
どんな攻撃能力でも相手に効かなければそれでお終いなのだ。
これが先程からタロウが「生き残る自信」を抱けない理由だった。

ゲームなどで敵との属性が合わずに役に立たなくなるキャラがいても、他のキャラに交代してしまえばいいが現実ではそうはいかない。
現実で、もしタロウがその状況に陥れば手も足も出ずに死なねばならないのだ。

少々のチート能力を得たところでタロウの本質は一般人である。
絵物語のヒーローのように全てが上手くいく保証など何も無いのだ。

だからこそタロウが欲しかったのは、勝てないならば「逃げる」ことにより負けないこともできる。
というヒーローらしからぬ泥臭い方法だったのかもしれない。

「俺を変な世界に放り込んで、なぶり殺しにしたいわけではないんですね」

「当然です。タロウ様が異世界で楽しまれるためのサポートではありますが、それと同時に私達はタロウ様の「達成目標」のクリアを期待しております。なればこそ私達は全力かつ本気でサポート案を考えております」

「……このチート能力セットの提案を見る限り、その意気込みは伝わってきましたよ」

「そう言って頂けると嬉しいです。タロウ様の徳ポイント内でバランス良く選定させて頂きました。少し心許ない部分にはセットサービスということで無料にて追加させて頂きました。どの能力も応用なされば、さらなる使用方法も発見できるかもしれません。全てはタロウ様次第です。でも、私は信じております。タロウ様なら異世界を楽しみながらも、いつかはかならず「達成目標」をクリアされるであろうと」

「……大丈夫かな」

「大丈夫ですとも!」

「さっきも言いましたけど、やれるだけはやってみます」

「――はい! その心持ちで大丈夫です。それでは早速ではありますが、異世界転移を行なって宜しいでしょうか?」

「――え!? あ、はい! 宜しくお願い致します」

タロウはペコリと頭を下げる。

「では、最後に御礼のご挨拶を。この度は当異世界転移をご利用頂き誠に感謝申し上げます。どうぞ異世界を存分にお楽しみ下さいませ。そして、願わくば、かの異世界をお救い賜れん事を心より切にお願い申し上げ奉ります」

サラリーマン風の男がそう言いながら深々と一礼すると、タロウの視界は音もなく暗転した。
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