この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。

箱根ハコ

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02 願い

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 ルーヴェルはエルンからの問いかけに、頭を掻きながら返す。

「水を飲みに行った帰りに、緑の光が見えたから。……エルンはここで何をしているんだ?」

 ルーヴェルは周囲を見渡しながら返す。

「ここは、ヒカリゴケの群生地だよ。本来は太陽の光を跳ね返して光っているはずなのに、ここには日光は届かない。にもかかわらずここのヒカリゴケは地上のヒカリゴケ以上に輝いている。つまり、自分から発光するように独自の進化を遂げているんだ。その結果、こうしてヒカリゴケを食べるカガヤキムシも集まってきていて……」

「……そうか。きれいなものだな」

 エルンが語りそうになったところをルーヴェルは苦笑して遮った。

 あ、とエルンは口をつぐむ。学生時代から熱心に植物の研究を続けてきたため、エルンはいつしか変わり者として知られるようになっていた。中でも、キノコや苔類には目がなく、それが今回のダンジョン討伐のパーティ入りした理由の一つにもなっていた。

 そんなエルンには、つい植物学について長々と話すという悪癖があった。最初は興味深く聞いてくれていた相手も、あまりにもマニアックかつ、長い話になると徐々に顔がひきつってくる。そして、気づいた頃にはすでに遅く、そっと距離を置かれてしまうこともしばしばあった。

 こうしたことが積み重なり、学生時代には親しい友達を作ることができず、エルンはいつも一人で過ごしていた。

 ルーヴェルも、パーティを組んだ最初のうちはエルンの話を聞いてくれていたというのに、最近ではこうして適当なところで話を遮るようになっている。

「……そうだね。とはいえ、ここには魔獣はいないよ。よかったらこのきれいな景色を堪能していくと良いよ」

 エルンは再び笑顔を作り、ルーヴェルに優しく、願望を込めて告げた。もう少し一緒にいたかったのだ。

「そうだな。こんな光景は地上では見られないし……、今の気分からするとちょうどいいな」

 ルーヴェルは頬を緩ませる。

「ついに明日は、サセニアがいるとされている十階にたどりつくんだもんね」

 エルン達は地下十階へと下る階段の近くをキャンプ地とし、もうすぐ眠るというところだった。もしかすると明日、サセニアとの戦闘となるかもしれないと思うと、ルーヴェルも落ち着かないのだろう。
 そうしてしばらくの間、二人は黙ってヒカリキノコが発する優しい光を見続けていた。

「……ルーヴェル君は、王様に何を願うんだい?」

 怪物サセニアを討伐したら、王は何でも一つ願い事を叶えてくれると言っていた。ルーヴェルはエルンに視線を移すと、優しく微笑む。

「ソフィアとの結婚だな」

 彼の言うソフィアこと、ソフィア・ローゼンは彼の幼馴染の公爵令嬢だった。王の次に位の高い公爵の娘は、騎士団長の長男からすると高嶺の花なのだろう。

 ルーヴェルとソフィアは高校の同級生で、周囲から見ている限り両思いだった。それが、身分の差により、結婚を進められないでいる。それがわかるから、余計にエルンは何も言えなくなるのだ。

 エルンは己の中で育ってしまった恋情を一生口にしないと決めていた。その理由こそが、彼のこの恋心である。
 彼の即答に、エルンは傷む胸を押し殺して笑顔を浮かべる。

「……そうか。うまくいくといいね」

 エルンの気持ちなどわからないであろう彼は、照れくさそうに頷いた。

「ああ。……エルンは何を望むんだ?」

 エルンは再びヒカリゴケに視線を戻した。

「僕からしたら、この冒険そのものがご褒美みたいなものなんだ。……毎日、見たことがなかった植物を見られて……。こんなことを言ったら怒られるかも知れないけど、楽しいんだ」

 採集箱にはこの旅で採取した植物でいっぱいになっている。かえってそれを更に詳しく調べるのが楽しみだった。
 ルーヴェルは苦笑する。

「エルンらしいな。欲がない」

「僕には植物の謎を調べている間が一番幸せだから……」

 エルンは思案するように唇に人差し指を軽く当てた。この感情を分かち合える友人は、これまで一人もいなかった。本当はそんな友達が欲しいとずっと願っていたが、周囲にはそのような人がいないのが現実だった。

 その代わりとして、エルンは一人で植物学の論文を書き続け、それをアカデミーと呼ばれる、国の研究機関の植物学専門の教授に送り続けていた。そうして、その論文が教授に気に入られれば、研究室に招き入れられ、本格的な研究を進められるかもしれないという希望を抱いていた。

「そうだ。この国一性能がいい顕微鏡をねだろうかな。よりいい論文が書けるようになるかもしれない」

 エルンのひらめきに、何が面白かったのかルーヴェルは声を出して笑った。

「この命がけの旅の報酬が顕微鏡だなんて、本当に面白い奴だな」

 旅を始めた当初は、お互いに気を使った会話しかできなかったが、今ではルーヴェルはこうしてエルンを面白がるくらいには関係が構築されている。

 エルンは何が面白いかわからなくて首をかしげるが、悪口を言われたわけではないので、笑ったまま黙ってヒカリゴケを見つめていた。

「そろそろ、戻ろうか。皆が心配する」

 ルーヴェルはエルンの肩を軽く叩いて踵を返す。エルンも彼の後ろについていった。
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