この契約結婚は君を幸せにしないから、破棄して、逃げて、忘れます。

箱根ハコ

文字の大きさ
21 / 92

20 シーダ

しおりを挟む


「また、植物が繁茂してる……」

 何度も来ているので、三階までは苦労なく入ることが出来た。
 エルンの方を見てルーヴェルが首を傾げる。

「植物が、こんなに日光の少ないところでこんな短期間で繁茂するのはなかなかないんだ。どこかに大量の肥料が持ち込まれたとかなのかな……」

 ふと、嫌な予感がする。
 このダンジョンには町人ですら入るようになったと聞いた。であれば、そうした町人の死体を養分に……、と考えてエルンは首を横に振った。
 その時だった。

「……危ない!」

 いきなり炎の玉が飛んでくるものだから、エルンは結界魔法を張ってルーヴェルを守る。

「お前たちは何者だ! なぜここにいる! そこの魔獣はなんなんだ!」

 エミールが以前言っていた討伐隊だろう。もう入っていたようだった。
 しかし、半数が怪我を負っており、中には瀕死の状態の人もいた。

「僕達は善良な一般市民です! 危害を加えるつもりはありません!」

 両手をあげ、降参の意思を示すと、一人が歩み出てきた。

「ここは危険だ。今すぐ出ろ。……後ろの魔獣は君の連れか?」

 二十代半ばに見える男の顔が甲冑から出てきた。金の髪に紫の瞳を持った精悍な顔つきをしていた。髪は短く切り揃えられ、口の端に切り傷がある。

「……はい」

「もしかして、元は人間なのか?」

「そうです。彼は危害を加えることはけしてありません。むしろ、僕を守ってくれる優しい人です」

 彼は眉間にシワを刻んだまま、エルンとルーヴェルを交互に見ていた。

「……そうか。君の名前は? 顔を見た覚えがあるんだが、どこかで会ったことがあるだろうか?」

 彼は首を傾げながら尋ねてくる。けれど、エルンからすると男の顔に見覚えがなかった。

「エルンです。僕の方に記憶はありませんが……。……あなたは?」

 男は納得していなさそうにしながらも、名を名乗った。

「俺は、シーダと言う。国から編成された討伐隊の中の一人だ」

 やはりか、とエルンは頷いた。

「討伐の帰りですか?」

「ああ……、しかし、四つ目の怪物が襲ってきて、やむなく撤退しているんだ」

 彼の後ろの人々に視線を移す。みんな悔しそうな顔をしており、中には泣いている人間までいた。

「……あの、もしかして人が死んだのでしょうか?」

 討伐隊は城の騎士で構成されている。本来はルーヴェルもあちら側にいたのだろう。
 そんな彼らがこんなに涙を流しているのはおかしいと思ったのだ。
 シーダはゆっくりと首を横に振った。

「いや……、けれど、仲間の一人が後ろの獣みたいになってしまってな」

「……一緒に帰ってこなかったんですか?」

 なんとなく、ルーヴェルの方に近寄る。シーダは諦めた顔をして首を振った。

「あいつは俺達を襲ってきた……。だから、やむなく置いて一時撤退をしたんだ」

「……なるほど」

 ルーヴェルと目を見交わす。お互い、その獣が襲ってきた理由に心当たりがあるのだ。

「僕達はその理由を研究するためにここに来ました。僕は個人で植物学を研究しています」

「しかし……、今の状態で中に入るのは危険だ。その四つ目の獣もいつ君に牙を剥くかわからないんだから」

「彼はそんなことしません」

 すぐにエルンはルーヴェルをかばって前に出る。けれど、シーダは苦しそうにうめいた。

「俺達の仲間だってそんなことをする奴じゃなかったんだ」

 彼の真剣な顔に、エルンは唇を引き結ぶ。以前のルーヴェルが自分に牙を向いた時のことを思い出したのだ。

「……それでも、僕は謎を解明して、ルーヴェル君を元の姿に戻したいんです」

 シーダは、目を瞬かせてルーヴェルに視線を移した。

「……そうか、あなたが、ルーヴェルさんなんですね」

 どうやら、彼はルーヴェルのことを知っているらしかった。
苦しげに瞳を細め、唇をきつく結びながらうなだれる。
 エルンは静かに息を吐き、大人しくなったシーダの横をすり抜け、討伐隊の方へと歩み寄った。彼らは大なり小なり怪我を負っている。

「……治療系の薬や魔道具は持っていないんですか?」

 尋ねると、今度は討伐隊の中の一人が返した。

「ヒーラーがやられたんだ。……その上、薬も魔道具もすべて切れてしまった」

 ここは三階で、地上に出るにはその装備では心もとないだろう。
 エルンは彼らに向かって杖を構えると、回復魔法を唱えた。

「……っ」

 温かい光が彼らを包む。

「体力を最大まで回復させました。これなら地上まで行けるでしょう。お気をつけて」

 再びルーヴェルを促し、先を急ぐ。
 しばらく歩いたところで、後ろからドタバタとした甲冑の音が聞こえてきた。

「おい、待て!」

「……はい」

 まだ何かあるのかと振り返ると、シーダが一人で立っていた。

「心配だからついていってやる」

「……え」

 目を瞬かせる。ワウ、とルーヴェルも一度鳴いた。

「あの……、でも危険ですよ」

「だから行くんだよ。他の奴らは一度帰って、より強い隊列を組んで戻って来る。それまでに、あんた達に何かあったらいけないだろう」

 それはそうなのだろうが……。エルンは眉間にシワを寄せる。
 それに、とシーダはルーヴェルを見た。

「俺も置いてきた仲間のことが心配で、一時撤退には内心反対してたんだよ。だが、ただのアタッカーの俺が回復役もいないのに一人で探索を続けても野垂れ死にするだけだ。そんな時にあんた達が来たんだ。悪いが、乗っからしてくれないか?」

 なるほど、と納得をする。
 エルンはルーヴェルの方を見る。彼もエルンを見て、コクリと頷いた。

「わかりました。それでは、一緒に行きましょう」

 返すと、シーダはホッとしたように頬を緩めた。

「よかった。……ところで」

 シーダはルーヴェルの正面に回ると立ち止まる。ルーヴェルも足を止めた。

「俺のこと、覚えていらっしゃいますか?」

 瞳には少しの期待が込められている。ルーヴェルはゆっくりと首を横に振った。途端にシーダは残念そうな顔になったが、笑って肩をすくめた。

「そうですよね……。二つ歳が離れていれば、そんなもんですよね。俺、ルーヴェル先輩と同じ闘士コースだったんです」

 エルンは目を瞬かせてシーダを見る。先程の威圧的な態度とはうってかわって、まるで犬が懐いた相手に見せるような愛想の良さだった。

「……ということは、僕達の後輩ってこと?」

「アンタも同じ高校ならそうだな。……とはいえ、俺の方はあんたのことは知らないんだが」

 どうやらシーダはエルンに対しては不遜な態度のままいくようだった。
 シーダはルーヴェルに憧れの瞳を向ける。

「先輩、実技大会で二年連続優勝していたじゃないですか。俺、その大会は毎回先輩に負けていたんです」

「……ワウ」

 困ったようにルーヴェルが唸る。優勝者が何人倒しているかは知らないが、ルーヴェルからするとたくさんいる挑戦者の中の一人でしかなかったようだった。
 その大会はエルンも覚えている。
 ルーヴェルは遥か遠くでキラキラと輝いているように見えたものだったし、優勝した彼にソフィアが駆け寄り、熱い抱擁をかわしていたものだった。
 思い出すと、心臓がチクリと痛む。
 シーダは肩を竦めた。

「いいんです。後輩なんてそんなものですよね。でも、俺からしたらルーヴェル先輩は憧れなんです。だから、ルーヴェル先輩が魔獣の姿になったって聞いた時から、何かできないかって思っていたんです」

 にか、と笑みを浮かべる彼は、可愛い後輩といった雰囲気になった。

「ワウ」

 ルーヴェルは黒板を出して文字を書く。

『ありがとう。助かる』

「へぇ、こうやってお話できるんですね! よかった! それじゃあ、早速行きましょう!」

 再びダンジョンの深部へ向かって歩き出す。現金なものだ、とエルンはそんな彼の後ろをついていったのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

処理中です...