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20 シーダ
しおりを挟む「また、植物が繁茂してる……」
何度も来ているので、三階までは苦労なく入ることが出来た。
エルンの方を見てルーヴェルが首を傾げる。
「植物が、こんなに日光の少ないところでこんな短期間で繁茂するのはなかなかないんだ。どこかに大量の肥料が持ち込まれたとかなのかな……」
ふと、嫌な予感がする。
このダンジョンには町人ですら入るようになったと聞いた。であれば、そうした町人の死体を養分に……、と考えてエルンは首を横に振った。
その時だった。
「……危ない!」
いきなり炎の玉が飛んでくるものだから、エルンは結界魔法を張ってルーヴェルを守る。
「お前たちは何者だ! なぜここにいる! そこの魔獣はなんなんだ!」
エミールが以前言っていた討伐隊だろう。もう入っていたようだった。
しかし、半数が怪我を負っており、中には瀕死の状態の人もいた。
「僕達は善良な一般市民です! 危害を加えるつもりはありません!」
両手をあげ、降参の意思を示すと、一人が歩み出てきた。
「ここは危険だ。今すぐ出ろ。……後ろの魔獣は君の連れか?」
二十代半ばに見える男の顔が甲冑から出てきた。金の髪に紫の瞳を持った精悍な顔つきをしていた。髪は短く切り揃えられ、口の端に切り傷がある。
「……はい」
「もしかして、元は人間なのか?」
「そうです。彼は危害を加えることはけしてありません。むしろ、僕を守ってくれる優しい人です」
彼は眉間にシワを刻んだまま、エルンとルーヴェルを交互に見ていた。
「……そうか。君の名前は? 顔を見た覚えがあるんだが、どこかで会ったことがあるだろうか?」
彼は首を傾げながら尋ねてくる。けれど、エルンからすると男の顔に見覚えがなかった。
「エルンです。僕の方に記憶はありませんが……。……あなたは?」
男は納得していなさそうにしながらも、名を名乗った。
「俺は、シーダと言う。国から編成された討伐隊の中の一人だ」
やはりか、とエルンは頷いた。
「討伐の帰りですか?」
「ああ……、しかし、四つ目の怪物が襲ってきて、やむなく撤退しているんだ」
彼の後ろの人々に視線を移す。みんな悔しそうな顔をしており、中には泣いている人間までいた。
「……あの、もしかして人が死んだのでしょうか?」
討伐隊は城の騎士で構成されている。本来はルーヴェルもあちら側にいたのだろう。
そんな彼らがこんなに涙を流しているのはおかしいと思ったのだ。
シーダはゆっくりと首を横に振った。
「いや……、けれど、仲間の一人が後ろの獣みたいになってしまってな」
「……一緒に帰ってこなかったんですか?」
なんとなく、ルーヴェルの方に近寄る。シーダは諦めた顔をして首を振った。
「あいつは俺達を襲ってきた……。だから、やむなく置いて一時撤退をしたんだ」
「……なるほど」
ルーヴェルと目を見交わす。お互い、その獣が襲ってきた理由に心当たりがあるのだ。
「僕達はその理由を研究するためにここに来ました。僕は個人で植物学を研究しています」
「しかし……、今の状態で中に入るのは危険だ。その四つ目の獣もいつ君に牙を剥くかわからないんだから」
「彼はそんなことしません」
すぐにエルンはルーヴェルをかばって前に出る。けれど、シーダは苦しそうにうめいた。
「俺達の仲間だってそんなことをする奴じゃなかったんだ」
彼の真剣な顔に、エルンは唇を引き結ぶ。以前のルーヴェルが自分に牙を向いた時のことを思い出したのだ。
「……それでも、僕は謎を解明して、ルーヴェル君を元の姿に戻したいんです」
シーダは、目を瞬かせてルーヴェルに視線を移した。
「……そうか、あなたが、ルーヴェルさんなんですね」
どうやら、彼はルーヴェルのことを知っているらしかった。
苦しげに瞳を細め、唇をきつく結びながらうなだれる。
エルンは静かに息を吐き、大人しくなったシーダの横をすり抜け、討伐隊の方へと歩み寄った。彼らは大なり小なり怪我を負っている。
「……治療系の薬や魔道具は持っていないんですか?」
尋ねると、今度は討伐隊の中の一人が返した。
「ヒーラーがやられたんだ。……その上、薬も魔道具もすべて切れてしまった」
ここは三階で、地上に出るにはその装備では心もとないだろう。
エルンは彼らに向かって杖を構えると、回復魔法を唱えた。
「……っ」
温かい光が彼らを包む。
「体力を最大まで回復させました。これなら地上まで行けるでしょう。お気をつけて」
再びルーヴェルを促し、先を急ぐ。
しばらく歩いたところで、後ろからドタバタとした甲冑の音が聞こえてきた。
「おい、待て!」
「……はい」
まだ何かあるのかと振り返ると、シーダが一人で立っていた。
「心配だからついていってやる」
「……え」
目を瞬かせる。ワウ、とルーヴェルも一度鳴いた。
「あの……、でも危険ですよ」
「だから行くんだよ。他の奴らは一度帰って、より強い隊列を組んで戻って来る。それまでに、あんた達に何かあったらいけないだろう」
それはそうなのだろうが……。エルンは眉間にシワを寄せる。
それに、とシーダはルーヴェルを見た。
「俺も置いてきた仲間のことが心配で、一時撤退には内心反対してたんだよ。だが、ただのアタッカーの俺が回復役もいないのに一人で探索を続けても野垂れ死にするだけだ。そんな時にあんた達が来たんだ。悪いが、乗っからしてくれないか?」
なるほど、と納得をする。
エルンはルーヴェルの方を見る。彼もエルンを見て、コクリと頷いた。
「わかりました。それでは、一緒に行きましょう」
返すと、シーダはホッとしたように頬を緩めた。
「よかった。……ところで」
シーダはルーヴェルの正面に回ると立ち止まる。ルーヴェルも足を止めた。
「俺のこと、覚えていらっしゃいますか?」
瞳には少しの期待が込められている。ルーヴェルはゆっくりと首を横に振った。途端にシーダは残念そうな顔になったが、笑って肩をすくめた。
「そうですよね……。二つ歳が離れていれば、そんなもんですよね。俺、ルーヴェル先輩と同じ闘士コースだったんです」
エルンは目を瞬かせてシーダを見る。先程の威圧的な態度とはうってかわって、まるで犬が懐いた相手に見せるような愛想の良さだった。
「……ということは、僕達の後輩ってこと?」
「アンタも同じ高校ならそうだな。……とはいえ、俺の方はあんたのことは知らないんだが」
どうやらシーダはエルンに対しては不遜な態度のままいくようだった。
シーダはルーヴェルに憧れの瞳を向ける。
「先輩、実技大会で二年連続優勝していたじゃないですか。俺、その大会は毎回先輩に負けていたんです」
「……ワウ」
困ったようにルーヴェルが唸る。優勝者が何人倒しているかは知らないが、ルーヴェルからするとたくさんいる挑戦者の中の一人でしかなかったようだった。
その大会はエルンも覚えている。
ルーヴェルは遥か遠くでキラキラと輝いているように見えたものだったし、優勝した彼にソフィアが駆け寄り、熱い抱擁をかわしていたものだった。
思い出すと、心臓がチクリと痛む。
シーダは肩を竦めた。
「いいんです。後輩なんてそんなものですよね。でも、俺からしたらルーヴェル先輩は憧れなんです。だから、ルーヴェル先輩が魔獣の姿になったって聞いた時から、何かできないかって思っていたんです」
にか、と笑みを浮かべる彼は、可愛い後輩といった雰囲気になった。
「ワウ」
ルーヴェルは黒板を出して文字を書く。
『ありがとう。助かる』
「へぇ、こうやってお話できるんですね! よかった! それじゃあ、早速行きましょう!」
再びダンジョンの深部へ向かって歩き出す。現金なものだ、とエルンはそんな彼の後ろをついていったのだった。
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