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48 光の壁
しおりを挟む翌朝、ルーヴェルは人間の姿に戻っていたが、エルンは獣のままだった。寒いだろうと、裸の彼をしっぽと毛皮で温めていると、起きたルーヴェルは人間に戻れていないエルンを見て眉尻を下げた。
この姿では、エルンの言葉はルーヴェルには届かない。
ルーヴェルは持参した荷物の中から服を取り出して身に着け、黒板をエルンに預けた後、シーダとフローリアンを呼びに向かった。
エルンがこの姿のままでは、昨日のように他の冒険者に攻撃される危険があると判断したのだ。
いっそ首輪でもつけたら誰かのペットだとでも思ってもらえるだろうか。
そんな事を考えていると、ルーヴェルに連れられて二人が到着した。
「な……! お前、エルンなんだよな?」
ぽかん、とシーダは口を開けている。おずおずとエルンは頷きを返した。シーダの隣でフローリアンが顔を青くして見つめている。
「……なんてことを」
よろり、と後ろに下がり、口を押さえて俯いた。やはり彼は何かを知っているのだろう。ルーヴェルがそんなフローリアンの後ろに立つ。
「もしかして、何かをご存知なのですか?」
ばっとフローリアンが振り返る。いつもの余裕がある笑みとは全く違ってどこか怯えている様子ですらあった。
「……いや、そんな……、まさか……」
くん、と彼の匂いを嗅ぐ。昨日の足音が聞こえたときに漂っていた香りととてもよく似ていると思った。
「ワウ……?」
もしかして、と思って口を挟むが、エルンの声は届かない。ルーヴェルに視線を送り、黒板を借りて足を石灰の入った袋に浸そうとした時だった。
シュウウ……という音とともに、フローリアン以外の三人の周囲に光の壁が出来る。
「……え?」
壁はみるみるうちに大きくなり、部屋を覆うほどになった。唯一壁の外にいるフローリアンは眉間にシワを寄せ、辛そうに唇を引き結んでいる。
「……ごめん」
告げると、彼は踵を返して一人駆け出した。
「え!? フローリアンさん?」
シーダが追いかけようとするが、光の壁にぶつかった瞬間に弾き返された。
「は……? なんだこれ……。俺達は捕まっちまったってのか? なんで? フローリアンさん?」
光の壁を思い切り叩きながら、シーダは遠くなる背中に叫ぶ。エルンも体当たりをして壁を砕こうとしたがびくともしなかった。ルーヴェルも同様に斬りかかるが、なんともならない。
下を見ると、文字がびっしりと側面に書かれている魔術具が一つ、壁の向こう側に落ちていた。
「ワウ……」
ルーヴェルに向かって声を掛けると、彼はエルンに気がついて、視線の先を見てきた。そこに落ちている魔術具を見て、眉間にシワを寄せる。
「……以前ダンジョンで拾った魔術具と似ているな」
「ワウ……」
やはり、とエルンも頷く。それから黒板に文字を書いた。
『昨日、僕がこの姿になった時に嗅いだ匂いとそっくりな匂いがフローリアンさんからしていた』
文字を書き終わると、はぁ? とシーダが声を出す。
「なんだそれ? つまりは、フローリアンさんがエルンをそんな姿にしたってことか?」
「クゥ……」
エルンは力なく鳴いて再び黒板に文字を書く。
『わからないよ……、フローリアンさんの姿は見ていないんだから、断定はできない』
「でも、一番可能性があるのはフローリアンってことだろ?」
いつの間にか、シーダはフローリアンに対して敬称を使わなくなっていた。その様子に気付いたエルンは、じっとシーダを見つめる。
シーダの表情は怒りに満ち、歪んでいる。
「もしフローリアンだったら、ここで俺等を閉じ込めて逃げた理由に納得がいく」
「……誰かを庇っているという可能性もある」
ルーヴェルが後輩に異論を唱える。これはエルンも感じていたことだった。
「誰か?」
「自分でやった割には、彼の反応はショックを受けているようだっただろう? 彼でも制御不能なことが起きたと考えたほうが納得がいく。……たとえば、彼の兄とか」
シーダとエルンの視線がルーヴェルに集中する。
「……兄? なんでここで兄が出てくるんだ?」
彼はフローリアンと兄であるアッシュの関係を知らない。
フローリアンが言うことを聞く相手として納得ができるのはアッシュである。彼なら、エルンが嗅いだ、フローリアンに似た匂いの持ち主としても納得がいく。二人は兄弟なのだから、匂いが似ることも十分にありえるだろう。
「それはまだわからない……。ただ、昨日はずっとフローリアンは俺達と一緒にいただろう? アリバイはあるんだ。だったら、彼に似た匂いの人が暗躍をしていると考えたほうが合理的だ。彼には実際に一緒に住んでいる兄がいるんだから」
どうやらルーヴェルはフローリアンのことをきっちり調べているようで、兄と二人暮らしであることも突き止めているようだった。
「……なんで、フローリアンとお兄さんが一緒に住んでるって知っているんですか?」
シーダの顔は青くなっている。そろそろ気がついてきているようだった。
「彼が、人間が魔獣になってしまう事件の黒幕である可能性が高いからだ」
ルーヴェルは昨日エルンに話した内容をシーダにも話す。聞き終えた彼は頭をがしがしと掻きむしった。
「……くそ。もしも隊長の言っていることが本当だったら、俺は情報を流し続けたって話になるじゃないか」
かすれた声に、ルーヴェルは首を傾げる。シーダは潤んだ瞳で上司を見上げた。
「……今まで二回ほど、仕事終わりに会って食事をしていたんです。……その時、あの人、やたらと騎士団内部のことを聞いてきていて……」
声が震えている。知らなかった情報に目を丸くした。
「なるほど……」
低くなったルーヴェルの声に、シーダはひっと震えた。
「いや……、大丈夫だ。本当の機密事項は言ってないんだろう?」
彼の口調が柔らかくなる。シーダは目を輝かせて頷いた。そういえば、そもそも大切な情報は渡していないと昨日言っていたっけ、とエルンは記憶を反芻するが、黙っておいた。
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