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74 報告
しおりを挟む疲れた。
ルーヴェルは宿舎への帰路を急ぎながら、ため息をついた。
あの後もシャーロット達から聞き込みをしたが、皆が皆、フローリアンに罪をなすりつけようとしていて聞き苦しかった。そうはいっても、シャーロットはアッシュに言われて動いていそうだったし、ジェームズは何も知らされていないようだった。
今日もエルンに会いに行きたい。
けれど今会いに行ったら、愚痴を吐いてしまいそうだと逡巡しながらも宿舎の中に入る。彼の前ではかっこいい自分でいたかった。
エントランスに、見知った男が居て足を止める。
「……父上」
ルーヴェルの父であるリチャードが立っていた。
「ああ、ルーヴェル。久しぶりだな。よければ食事でもどうだ?」
晴れ晴れとした顔をしている。
「ええ……。なぜここに?」
彼が歩き出したものだから、ルーヴェルも後ろをついていく。彼は振り返らずに返した。
「もうすぐで、お前が捕らえた、獣化事件の黒幕たちの裁判が始まるだろう? だから、私も出席するために来たんだ」
なるほど、と納得する。
今回の訴える側である原告は国なので、騎士団長の彼も呼ばれたのだろう。
「話は聞いている。活躍しているようだな」
満足気に話している。だから機嫌が良さそうだったのか、とルーヴェルは内心思った。
そうしてついて行った先は、オーリストでも有名なレストランだった。予約していたのだろうか、あっさりと個室に通してもらえた。
そうして雑談をし、前菜が運ばれてきたところで、リチャードは体をゆすりながら尋ねてきた。
「そういえば、どうだ? 最近は。好いた女でもいないのか? ソフィアのことは残念だったな」
彼女が辺境伯と結婚したことは、彼も知っているようだった。
ルーヴェルは少しの間逡巡する。
エルンとのことを、彼に言ってもいいだろうか。下手をしたら、別れろと言われるかもしれない。
きゅ、と胃が絞られるような心地がした。子供の頃から叩き込まれた彼への恐怖心は大人になってもいまだ残っている。
けれど、だからこそ、告げたかった。
「ええ……。最近、恋人ができました」
「そうか! こちらの女性か? どんな人だ?」
「いえ……、女性ではありません。あなたもご存知のはずですよ。エルン・リッジと言います。……私が獣になっていた五年の間、一緒に暮らしていた相手です」
ぽかん、とリチャードが口を開ける。
「……は? 何を言っている。エルンは男だぞ?」
「そうですね。それはよく存じています。五年も一緒に暮らしていたので」
「子どもが出来ない。跡取りが作れない。それでもいいのか?」
彼の剣幕に、ルーヴェルは視線を伏せる。
「ええ。……私は、あの家を出ていきたいと思っています。ですので、跡継ぎについては、弟であるルシアンにその座を譲ることにしましょう。彼は五年の間に十分育っています。私がいなくても、きっとうまくやっていけるでしょう」
見る間に父の顔が憤怒に染まっていく。
「何を言っているんだ! 気でも狂ったか?」
ルーヴェルは静かに父親を見返した。ルーヴェルの態度に、リチャードははっと息を呑む。
「私が魔獣の姿になった日のことを、私はよく覚えています。……あなたは、あれだけ私を目にかけてくれていたのに、魔獣になるや否や、放り出してしまったように感じられました。それはあなたの弱さから来るものなのかとずっと考えていました」
リチャードの唇が戦慄いていた。ルーヴェルは続ける。
「この二年、あなたと一緒に居て家を守らなければいけない重圧を感じていました。同時に、獣になってしまった長男より、未来のある弟たちの方に、将来設計の要を切り替えなければいけないという計算も、わからなくはありません。あれだけ大きな家で、歴代の騎士団長や国の要職につく人物を排出してきましたからね。家長としての重圧はどれほどのものだったでしょう」
「……ああ」
リチャードはテーブルの上で拳を握る。手の甲に血管が浮き出ていた。
「……ですが、それが息子が一番辛かった時に見捨ててしまうような無情さにつながるというのであれば、俺はそんな家からは出たいと思います。……これは、エルンとのことに関係なく、今回の件が終わったら実行しようと考えていました」
「……そうか」
リチャードの唇の端がぴくぴくと動き、ゆっくりと首を振った。
「……私にそむいたら、今後騎士団でやっていくのは難しくなるぞ」
声はかすれていて、苦しそうだった。突然の息子の離反が信じられないのだろう。
ルーヴェルは肩をすくめた。
「実力主義がまかり通らないような場所が騎士団というのであれば、私はそこを辞める覚悟も持っています。騎士団の小隊長であったという肩書さえあれば、どこででも金は稼げるでしょう」
「いつ、手や足が使い物にならなくなるかもわからない。体が欠損し、寝たきりになる奴らを見てきただろう?」
ルーヴェルの唇が引き結ばれる。
「そうなれば、剣術の師範にでもなるか、他の職業につけばいいだけです」
「……今後は、今までみたいな贅沢な暮らしもできなくなるぞ」
ルーヴェルは笑みを浮かべる。
「獣になっていた五年の間、私は郊外の小さな家で暮らしていました。……私の人生で、一番心穏やかな日々でした」
リチャードは目を瞬かせる。
彼からすると、あの五年の間、ルーヴェルは暗黒の時代を過ごしたと思っているのだろう。
「……そうか」
リチャードは二の句が告げられないようで、肩を落とし俯いた。
そのタイミングでスープが運ばれてくる。彼はウエイターに自分の分はもういらない、と告げた。
「私は私の立場からすると、お前の選択を肯定出来ない。……今日はこれで帰る」
がたん、と立ち上がり、ルーヴェルの方も見ずに去っていく。個室のドアが閉められた瞬間、ルーヴェルは盛大にため息を吐いた。
天井を見上げる。
心臓がばくばくと鳴っていた。
体がひどく重い。
認められるとは思っていなかった。それでも、息子に恋人が出来たことを喜ぶくらいはないものか。
あるわけないな、とすぐに考えを改める。
家を出ることについては、エルンには軽く告げている。彼は、心配そうな顔をしてよく話し合ったほうがいいと助言をくれた。
なんだかんだで五年間彼は仕送りを続けたのだ、とか、きっと心配すると思うよ、と言った優しい彼らしい事をたくさん言ってくれていた。
ルーヴェルはふいに胸の底に巨大な石が落とされたような錯覚に陥り、目をつむる。
エルンがついてくれていた優しい嘘を信じられていた頃は、まだ父親のことを信用していられたのだな、とぼんやりと考えた。
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