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しおりを挟むこの日、エルンの家を訪れたルーヴェルの顔は、相変わらず曇っていた。
食費としてルーヴェルが少なくはない金額のお金を置いていってくれるものだから、ここのところのエルンの夕食はそれなりに豪華なものだった。
パンとチーズとクリームシチューと、買ってきた魚のマリネとピクルス。
以前のエルンはこれだけで満腹になっていたが、ルーヴェルはそれだけでは足りないだろうと更に鳥の香草揚げも買ってきていた。
一緒に住んでいた間はほぼすべてを自炊でまかなっていたが、今は研究もあるので夕食はもっぱら簡単な食事と店屋物になっている。
家でも宿舎でも、もっと豪華な料理が食べれるだろうに、ルーヴェルはこんな質素な店屋物も美味しそうに食べてくれるのだから、エルンは密かに嬉しく思っていた。
けれど、今日の彼はとても疲れているのか、食事を続ける手が非常に重かった。
「……大変そうだね」
彼の正面のダイニングチェアに座り、エルンは眉尻を下げる。ルーヴェルは緩慢な動作で頷いた。
「……そうだな」
重たげな口調だった。
余りこのことについては聞いてほしくないのだろう。
エルンは唇を引き結ぶ。
フローリアンのこともだが、こうしてやつれていくルーヴェルも心配だった。
「その……、何かうまくいっていないことでもあるのかい? 僕、相談位には乗れると思うんだけど……」
食事の手を止めて告げると、ルーヴェルはゆっくりと頭をふる。
「いや……、問題ない。……ありがとう」
けれど彼は己の弱いところを見せようとはせずに、緩やかに微笑むだけだった。
彼のそうしたところはかっこいいと思うけれど、今は信用されていないようで少し寂しい。
「……そっか。気になることがあったら、何でも言ってね」
「ああ……。君の方はどうだ? 無事に論文の方は執筆できているか?」
尋ねられ、つい口をつぐむ。
アッシュの研究室に忍び込むのに頭がいっぱいで、今日一日何も手につかなかったのだ。
「うん……。大丈夫だよ。ありがとう」
結局、エルンのほうもそんな濁った返事を返すだけだった。
一瞬、ルーヴェルの瞳が細められる。
けれどあえて詳しく聞こうとはせずに、再び食事を再開したのだった。
その日の夜、エルンは観測小屋に行くから、とルーヴェルに帰ってもらい、小屋に行くふりをしてそっとアッシュとフローリアンが暮らしていた屋敷を訪れた。
屋敷は主がいなくなった今でも必要最低限の召使いは雇っているようで、ところどころ窓から灯りが漏れていた。
寝静まったあたりで、まずはアッシュの部屋を探そう。そして、次に工場に行って……、と考えながら時間を待つ。最後の灯りが消えた時刻はとっくに深夜になっていた。
エルンはひっそりと飛空魔法を唱える。
以前来たことがあるので、内部の様子はある程度把握していた。
まずは一度アッシュの部屋のバルコニーに行き、そこから中に入ろうと思ったのだ。
黒いローブで全身を隠し、体を宙に浮かせる。
「……んっ」
ふいに、引っ張られるような感触がして足元を見下ろす。
ルーヴェルが呆れたような表情をして、エルンを見上げていたのだった。
「……あ、ルーヴェル君」
思わず飛空魔法を解除する。ふわり、と彼の眼の前に落ちた。彼は呆れたような、何とも言えない表情でエルンを凝視している。
「その……、偶然だね、こんなところで会うなんて……」
もちろん偶然などではないだろう。
ルーヴェルはため息をついた。
「何かするかも知れないと思って後をつけてきていたんだ。……忍び込むつもりか?」
ぐ、と唇を引き結ぶ。もちろんそのつもりだった。
「う……、その……、フローリアンさんにとって有利な証拠を見つけられればと思って……」
「もうここは俺の部下たちが捜索しているし、めぼしいものは全て押収した」
「でも、同じ植物学者の僕から見たらまた違う何かがでてくるかも知れないし……」
しどろもどろになりながらも返すと、ルーヴェルは肩をすくめた。
「そうだな……。その可能性は否定できない。とはいえ、今のままじゃただの民間人の君に正規の手続きで屋敷の中に入ってもらうのは難しいだろう」
「……そうだよね」
だから忍び込もうとしたのだ。肩を落としたエルンにルーヴェルが口を開こうとしたときだった。
「なら、家主の私が許可するから、一緒に入ってくれるかい?」
びくり、と震えて振り返る。
ここにいてはまずい相手が、涼しい笑顔を浮かべて立っていた。
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