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83 戦う意志
しおりを挟むカタリ、と立ち上がるとルーヴェルは手元の資料に視線を移した。
「魔術具量産のための資金援助のお願い。アッシュ・ラヴァレー……。被告のアッシュがシャスヴァリー伯爵に送った手紙ですね。彼はアッシュの工房の隣の屋敷に住んでいて、よくアッシュに資金援助をし、魔術具を売って儲けたお金を受け取っていたようですね。証拠として、彼が個人的につけていた帳簿から、彼への献金の記録が見つかりました」
そういえば、アッシュの魔術具工場としている建物の隣に大きな館があった。
個人的につけていた記録とは、ウォークインクローゼットの中に入っていたあの帳簿のことだろう。
どこか得意そうにシーダが耳打ちをしてくる。
「シャスヴァリー伯爵って、ルーヴェルさんとフローリアンが一昨日一緒にいたってタレコミを入れた人なんだよ。フローリアンの立場を悪くしようとしたんだけど、仇になったな」
得意げに笑う彼に視線を向ける。
「ルーヴェルさん、なんでシャスヴァリー伯爵が自分の顔を知っているのか不思議に思ったらしいんだけど、それもアッシュが以前教えていたようなんだ。隊長がオーリストに来た当日に」
そういえば、アッシュはルーヴェルのことを気にしていたな、とルーヴェルと再会した日のことを思い出す。
「で、シャスヴァリー伯爵にルーヴェル隊長のことを教えたところ、彼が独自に調査していて、その時直接顔を見たってわけ。お互い後ろ暗いところがあるから、騎士団や警察の情報は知っておきたかったんだろうな」
シーダの説明に、エルンは納得して頷きを返した。
原告席でルーヴェルが重い口調で続ける。
「色々中身は省きますが、人間を魔獣にする魔道具を売ることも書いてありますね。確かに、商品化すれば色々と使い道はありそうだ。……体が殺されなくても、魔獣になってしまえば人間は社会的に死にますからね」
実感の伴った言葉にエルンの心が痛んだ。
周囲がざわめく。
アッシュの証言を裏返す強烈な証拠だった。
「更に、シャスヴァリー伯爵の家を捜査したところ、シャーロットが書いたと思われる研究ノートも発見されました。こんなこともあろうかと、こちらに保管しておいたんですね。用意周到なことだ。それとも、逮捕された際にすぐに動いたんですかね」
皮肉げに笑うと、彼は一冊のノートを取り出す。
「フローリアンが人間も魔獣化してしまう危険性があると報告をあげ、その理論を使って魔道具に転用するまでの実験記録です。これらの資料を、追加で提出させていただけますか?」
五人の裁判官は即座に頷く。中の一人、上等な紋章のついた老人が返す。
「よかろう」
彼が裁判長だと、最初に説明を受けていた。
ほ、とエルンは胸を撫で下ろし、シーダに視線を向ける。
「よくあんな資料が見つかったね」
「ああ……。ルーヴェルさんが昨日からアポ取ろうとしたけど、ずっと拒まれていて……。朝、強制捜査に踏み切ったんだよ。相手は貴族だから、これで何もなかったら、ルーヴェルさんはクビになっていたかもな」
それだけの危険なことをやってのけたのか、とエルンは息を呑み、ルーヴェルを見つめる。彼はすました顔をして席についた。そんな息子を、リチャードは憎らしそうに見つめている。
彼からしたら、今朝告げていた、もみ消すという言葉が意味をなさなくなったのだ。思惑が外れたといったところだろうか。
どくどくと、エルンの心臓に喜びが湧き上がっていく。
少なくともこれでルーヴェルと別れる心配がなくなっただろうし、なによりフローリアンの状況がかなり良くなった。
あとは、彼に悪意がなかったと証明されれば無罪もありえる。
つい、神に祈るように両手を胸の前であわせた。
裁判官が立ち上がり、フローリアンに視線を移す。
「では、最後にフローリアンさん、陳述をお願いします」
「はい」
彼が立ち上がる。
教授陣の視線が集中した。
「……頼むぞ、フローリアン……。戦ってくれよ」
隣でシーダがぶつぶつ呟いている。エルンは彼に視線を向けた。
「……フローリアンさんは、まだアッシュさんをかばおうとしているのかい?」
「わかんねぇんだよ……。ただ、一昨日話した時には、まだ愛しているって言っていたし、罪を全て被ろうと思っていても不思議じゃねぇ」
ひぇ、とエルンはフローリアンを見つめる。
これでフローリアンがアッシュを庇うために、アッシュの陳述を補強するような事を言ってしまえば、せっかくルーヴェルが新たにつきつけた証拠も意味がなくなってしまうかも知れない。
アッシュが偽造した、全てフローリアンが魔道具の開発を指導したという資料も提出されてしまっているのだ。
祈るような気持ちでフローリアンを見つめていると、彼は振り返った。そしてエルンと視線があうと、にこりと笑い、すぐにまた裁判官の方へと向き直った。
「……私はずっと兄のことを愛していました。一人の男性として、です」
場がどよめく。隣でシーダも息を呑んでいた。
「更には、彼は私をアカデミーに入れ、高い学費や日常の生活費を賄ってくれていました。……その恩に報いるため、私は必死になって彼の儲けに繋がるような技術を開発してきました。……今回の騒動のもととなった、魔獣化する技術もその一部です」
エルンは祈るような気持ちで、組んだ両手に力を入れる。余計なことは言わなくていい。ただただ、彼に利用されていたと、ダンジョンの中で語ってくれたことをここでも言ってくれればいいのにと願った。
「この技術が、私が思いも寄らない進化を遂げた時、私は彼に計画の中止を願い出ました。けれどそれは、聞き入れてもらえず、被害は広がり続けました」
「なっ……」
アッシュが苛ついた声を出す。てっきり彼はフローリアンなら自分への愛で罪を全て被ってくれるとでも思っていたのだろう。
裁判官の一人が口を挟む。
「それは、事前に提出されていた資料と食い違います。あなたの主張を裏付けるものはありますか?」
フローリアンは微笑み、エルンの方を振り向いた。
「私と兄が夜の観測小屋で言い争いをしているところを目撃した者が、今回傍聴に来てくれています。エルン・リッジ君。急で申し訳ないけれど、証言をお願いできないかな」
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