86 / 92
85 この結婚は君を幸せにしないから
しおりを挟む「……どうあっても、私に反抗するつもりか?」
リチャードが苦々しそうに息子に尋ねる。ルーヴェルは一度だけ頷いた。
「私が私の幸せを望むことを反抗と言うのであれば」
朝の会話を思い出し、エルンは身構えてしまう。ルーヴェルは気がついたようだったが、リチャードはエルンの姿を視界に入れることなく話を続けていた。
「子どもはどうする? 男同士では作れないだろう?」
リチャードはルーヴェルに近づく。
「いいか? どう考えてもこの結婚はお前を幸せにしない。いますぐ破棄して彼のことは忘れるんだ!」
父親の怒りの剣幕に対して、ルーヴェルの瞳がどんどん冷えていった。
「子どもがいたら必ず幸せになれますか? でしたら、今のあなたが幸せに見えないのはどういうことでしょう?」
リチャードのこめかみがピクリと動く。
エルンからしても、男女で結婚をして子どもを生んで、というのが幸せの図式だと思い込んでいたことに気がついた。もちろん、子どもがいて幸せになれることはあるし、実際エルンの両親はエルンが居て幸せだとたくさん言ってくれた。
その一方で、リチャードとルーヴェルのように、関係がうまくいかなくて不幸せを感じる家族だっている。人それぞれなのだ。
更にルーヴェルは続けた。
「エルンと別れれば幸せになれますか? 私からすると、エルンと別れるほうが幸せにはなれません。第一……」
かつ、と息子が一歩前に出る。石畳に彼のブーツの足音がやけに響いた。
「それを決めるのは私自身です。あなたや、世間ではありません」
はっきりとした彼の言葉に、つん、と鼻の先がしびれた。視界が滲み、エルンは奥歯を噛んでやり過ごす。
かつて、彼を幸せにするためだと、エルンは自ら逃げ出した。彼の言葉はその時の自分に対する叱責であり、救いにも思えた。
「……将来、後悔しないように言っているのだ」
「私は、今、後悔しない道を選びたいんです」
ルーヴェルの言葉には淀みがない。
「あの……、リチャードさん」
黙っていられなくて、一歩前に出る。
リチャードはやっと気がついたとばかりにエルンを見て目を丸くしていた。エルンは胸に手を当てて続ける。
「父親としてリチャードさんが不安に思う気持ちはよくわかります……。でも、僕、まだまだ稼ぎは少ないですけれど、将来もしもルーヴェル君に何かあった時に支えられるようにがんばります!」
心臓がばくばくとうるさい。
彼なりに、きっとルーヴェルのことを心配して言っているのだろうとわかっている。
だからこそ、伝えたかった。ルーヴェルの言葉に応えたいのだ。
「確かに僕たちには子どもができない。でも、将来何が起きても、……もしもまたルーヴェル君が獣になっても、僕はずっと彼のそばにいると誓います! 彼が誰に見捨てられたとしても、僕だけは味方でいます!」
まっすぐにリチャードを見つめる。
視界が滲んで、鼻がつんと熱くなってきた。
彼はルーヴェルの生きる場所は騎士団で、彼の後を継ぐものだと思っているのだろうが、彼はどこででもやっていけると信じているし、いくらでも支える。
リチャードは唇を引き結んだ。
彼は目を細めてルーヴェルを見る。その視線には、何か言いかけたような、戸惑いと痛みが混ざっていた。
「……ずっと、そばに」
眉間にシワを寄せ、ルーヴェルの顔を見る彼の顔は普段の威厳は感じられず、力のないただ一人の壮年男性に見えた。肩は落ち、どこか途方に暮れているようにも感じる。
「……そうか」
力なく呟いて、彼は踵を返すと去っていく。
ルーヴェルはその後暫くの間、父親の背中を眺めた後、ため息をついてエルンに振り返った。
「すまなかったな……。変なところを見せて」
いつものエルンの前で見せる穏やかで優しい彼に戻っていた。
エルンの心臓がどくどくと鼓動を刻む。嬉しくて仕方がなかった。
「……僕は、かっこいいって思ったよ、ルーヴェル君」
声が震えている。
ルーヴェルはエルンに向き直ると頬を緩めた。その目が少し赤い。
彼は無言でエルンに近づいてくると、両手を広げ、ぎゅっと抱きしめた。
「……ありがとう」
「え? ええ?」
こんな往来で、とエルンは固まる。少し遠くで、女性が「きゃあ!」とさざめく声が聞こえた。
すぐにルーヴェルはエルンから体を離し、柔らかく微笑む。
「まぁ……、今後俺の立場は厳しいものになるだろうけどな。とはいえ、すっきりとした気分だ」
彼の表情は晴れ晴れとしたものだった。
「今回、ルーヴェル君はきちんと調べて、真実を裁判の場にさらしただろう? きっと色んな人が、君の価値を認めてくれるよ!」
騎士団内のことはわからないながらも、エルンは告げる。
「一つの場所で成果を出せているんだから、ルーヴェル君ならきっと、どこにいっても大丈夫だよ」
続けて告げると、ルーヴェルは嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう。君に失望されないよう、がんばるよ」
目を丸くし、エルンは即座に言い返した。
「君に失望することなんて、絶対にないよ!」
彼が魔獣になってもそばにい続けたのである。自分の恋心のしぶとさにはエルンは自信を持っていた。
ルーヴェルは複雑そうな顔をして、けれど頷きを返すと踵を返した。
「それじゃあ、俺は押収した資料をもっと詳しく調べるから……。エルン、気を付けて帰ってくれ」
告げて、彼は騎士団の詰め所まで向かう。エルンはその場に留まり、ルーヴェルの後ろ姿をずっと見続けていたのだった。
371
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません
くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、
ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。
だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。
今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。
何もしない悪役令息になってみた
ゆい
BL
アダマス王国を舞台に繰り広げられるBLゲーム【宝石の交響曲《シンフォニー》】
家名に宝石の名前が入っている攻略対象5人と、男爵令息のヒロイン?であるルテウスが剣と魔法で、幾多の障害と困難を乗り越えて、学園卒業までに攻略対象とハッピーエンドを目指すゲーム。
悪役令息として、前世の記憶を取り戻した僕リアムは何もしないことを選択した。
主人公が成長するにつれて、一人称が『僕』から『私』に変わっていきます。
またしても突発的な思いつきによる投稿です。
楽しくお読みいただけたら嬉しいです。
誤字脱字等で文章を突然改稿するかもです。誤字脱字のご報告をいただけるとありがたいです。
2025.7.31 本編完結しました。
2025.8.2 番外編完結しました。
2025.8.4 加筆修正しました。
2025.11.7 番外編追加しました。
2025.11.12 番外編追加分完結しました。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
巻き戻った悪役令息のかぶってた猫
いいはな
BL
婚約者のアーノルドからある日突然断罪され、処刑されたルイ。目覚めるとなぜか処刑される一年前に時間が巻き戻っていた。
なんとか処刑を回避しようと奔走するルイだが、すでにその頃にはアーノルドが思いを寄せていたミカエルへと嫌がらせをしており、もはやアーノルドとの関係修復は不可能。断頭台は目の前。処刑へと秒読み。
全てがどうでも良くなったルイはそれまで被っていた猫を脱ぎ捨てて、せめてありのままの自分で生きていこうとする。
果たして、悪役令息であったルイは処刑までにありのままの自分を受け入れてくれる友人を作ることができるのか――!?
冷たく見えるが素は天然ポワポワな受けとそんな受けに振り回されがちな溺愛攻めのお話。
※キスくらいしかしませんが、一応性描写がある話は※をつけます。※話の都合上、主人公が一度死にます。※前半はほとんど溺愛要素は無いと思います。※ちょっとした悪役が出てきますが、ざまぁの予定はありません。※この世界は男同士での婚約が当たり前な世界になっております。
初投稿です。至らない点も多々あるとは思いますが、空よりも広く、海よりも深い心で読んでいただけると幸いです。
また、この作品は亀更新になると思われます。あらかじめご了承ください。
ドジで惨殺されそうな悪役の僕、平穏と領地を守ろうとしたら暴虐だったはずの領主様に迫られている気がする……僕がいらないなら詰め寄らないでくれ!
迷路を跳ぶ狐
BL
いつもドジで、今日もお仕えする領主様に怒鳴られていた僕。自分が、ゲームの世界に悪役として転生していることに気づいた。このままだと、この領地は惨事が起こる。けれど、選択肢を間違えば、領地は助かっても王国が潰れる。そんな未来が怖くて動き出した僕だけど、すでに領地も王城も策略だらけ。その上、冷酷だったはずの領主様は、やけに僕との距離が近くて……僕は平穏が欲しいだけなのに! 僕のこと、いらないんじゃなかったの!? 惨劇が怖いので先に城を守りましょう!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる