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87 やっぱり両思い
しおりを挟む久しぶりのエミールとの食事は楽しかった。カルムが現在のギルドマスターになっている話や、ミリアに三人目の子どもが生まれた話、今回の事件についてなど、話題はつきない。
あの五年の間、一度も訪ねなかったことをエミールは謝ってくれたが、子どもが生まれたばかりでいそがしかったことは想像にかたくない。その上、王都から徒歩で二日かかる距離に住んでいたのだ。これまでにエミールがずっと魔獣化について調べていたことを思えば、わだかまりなんてなかった。
そうして、夜になり解散し、エルンと二人きりになった後、彼はルーヴェルの服の裾をちょんと引っ張ったのだった。
「あの……、よかったら、今晩僕の部屋に泊まっていかないかい? ……まだ、別れたくないな」
大通りの隅で、そんなことを言いながら上目遣いで見つめてくるものだから、ルーヴェルは固まってしまった。
どくどくと心臓が高鳴る。
そんな自分を悟られたくなくて、とっさに視線をそらしてしまった。
「そうだな……。なら、泊めてもらえるか?」
昨日から、エルンと別れたくなくて必死に貴族の家を調べていたのだ。疲労も溜まっている。それでも、もう少し一緒にいたかった。
彼の部屋は相変わらずホッとする。淡いランプに照らされた薄暗い室内で、エルンはブランデー入りのホットミルクを作ってくれた。上から少しシナモンがかかっており、香ばしくて美味しい。
エルンのほうはハチミツを入れただけのホットミルクのようだから、ルーヴェルのために特別に作ってくれたようだ。
ほわ、と温かい液体が胸の中に入ってきて、ルーヴェルの心が温まっていく。
ルーヴェルが気に入っただろうかとちらちらと見てくる眼の前の恋人が愛おしい。
黙ってエルンを眺めていると、彼は頬を赤くしつつも、ふにゃりと笑った。
「それ、ルーヴェル君好きかなって思って、買ってきたんだ」
そういえば、シナモンはこれまでこの部屋では見たことがなかった。
彼がどんな顔をしてこれを買ったのかと思うと、ルーヴェルの頬もほころぶ。
「今日のルーヴェル君、本当にかっこよかったよ。資料をつきつけたところとか、見ていてドキドキしちゃった」
幸せそうに彼が笑うが、言われたルーヴェルからすると、少し不思議な気がした。
「……そうか?」
「うん! 普段からかっこいいって思ってるけど、今日はいつも以上にかっこよかったよ!」
エルンの瞳がキラキラ輝いている。
そんなことを言えるのは、自分の凶暴な本性を知らないからだ、と咄嗟に思ってしまい、気まずくて俯いた。
未だにエルンを監禁して犯す夢を見てしまう。特に、フローリアンのことを考えて胸を痛めているエルンを見た後にこの夢を見て、申し訳ない気持ちになってしまった。
情が深いエルンが、憧れの教授であるフローリアンを心配するのはわかるし、そこに恋愛感情はないはずだ。
それなのに、彼の情が自分以外の人に向けられているのを見ると、独占欲で身が焼かれそうになってしまう自分がいる。
「……ルーヴェル君?」
エルンが不思議そうな顔をして首を傾げている。
慌ててルーヴェルは口角をあげた。
「いや……、あまりにも俺のことを綺麗に見てくれているから、驚いたんだ」
「え?」
エルンが首を傾げている。苦笑を浮かべ、ルーヴェルは首を振った。
「いや……、いい。そろそろ帰らせてもらうな」
ここにいると、甘えてしまいそうだ。
ルーヴェルが立ち上がると、エルンがその手を掴んだ。
「……あ、あの、明日は、早いのかい?」
頬が赤く染まっており、手も震えている。
いったいどうしたのだろうとルーヴェルはエルンの顔を覗き込んだ。
「その……、よかったら、ちょっとだけ……、していったりしないかなって」
精一杯の勇気を絞り出して誘っているのであろう彼の瞳は潤んでいて、ぎゅっと心臓を掴まれたような心地になった。
「……ルーヴェル君、僕の体じゃ、やっぱり興奮しないかな」
不安そうな声に、思わず回り込み、彼を抱きしめる。
「そんなわけはない」
「……じゃあ、なんで抱いてくれないの……? リチャードさんの前ではああ言ってくれたけど、やっぱり男の体には興奮しなくて、ただ一緒にいたいだけとか……、かな? 僕も一緒にいたいけど、やっぱり、触ってほしいよ」
腕の中で絞り出される声に、びくりと体が跳ねる。
途端に夢の中で監禁してしまった時の光景が脳裏によぎった。
ああやって、自制が効かなくなるのが怖いのだ。
「……まさか。ただ、忙しかったし」
その先を言いたくはない。
エルンは一度ルーヴェルから離れ、濡れた瞳を向けてきた。そんな目で見つめられると、じくじくと胸が痛む。
「ルーヴェル君は、僕で興奮してくれる?」
ぐ、と言葉に詰まる。その反応をどう取ったのか、エルンが絶望を表情ににじませた。
「違……! その、興奮するから、困るんだ」
慌てて彼の肩を掴む。
エルンはきょとんと首をかしげた。
「……君が、二年前に姿を消してから、たびたび君を監禁する夢を見るようになってしまったんだ。……だから、その、君を傷つけたくなくて」
自分でも何を言っているのだと思い、頭を抱えたくなる。
暫くの間エルンは目を瞬かせ、それからばっと顔も体も真っ赤に染めた。
「え……、えぇ……? 僕を、監禁?」
頬が緩み、どこか喜んでいる風でもあった。
なぜだ、とルーヴェルが頭を抱えていると、えへへ、とエルンが微笑んだ。
「つまり、それだけ僕と一緒にいたかったってことなのかなって思うと……嬉しくて」
ふやけた表情からは、本気で言っていることが察せられる。
「……は?」
ぽかん、と口を開ける。エルンは焦ったように説明をし始めた。
「あ、いや、その、僕もルーヴェル君と一日中二人で居たいって思うことがたくさんあって……。監禁とまではいかないけれど、ルーヴェル君がずっと一緒にいてくれたらなぁって思っていたから、ある意味両思いなのかなぁって」
それはどうだろう。
咄嗟に思ったが、口には出せなかった。
「……その、監禁だぞ? 外に出られないように、鍵をかけて……」
自分でも何を言っているのかと考えながらも、言葉の説明をする。エルンは唇を尖らせた。
「それくらい知ってるよ……。それに、ルーヴェル君はそうやって考えていても、本当にはしないだろう?」
まっすぐな瞳を向けられ、けれど頷きにくかった。
夢の中の自分はそれで心が満たされてしまっていたのだ。
同時に、その自分に絶望を覚えていたのも事実で、その気持ちがあって、こうしてエルンが受け入れてくれる限りは、きっと自分は暴走しないだろうと思えた。
「……そうだな。ずっと二人きりでいたいとは思っているが」
ふふ、とエルンが笑う。
「やっぱり両思いだ」
あまりにも彼が嬉しそうなので、ルーヴェルはそういうことにしようと思ったのだった。
ひどく心が温かい。
「……君を、抱いてもいいか?」
再び抱きしめて耳元で尋ねる。エルンがびくりと震え、コクコクと頷いた。
今更緊張したのだろう。
すぐに帰ってくるから、絶対に帰らないでと言いおいたエルンをベッドに座って待つ。
上下水道が共有のものであるこの部屋はこういう時不便だった。
いっそ家を買って二人で暮らそうかと、自分の貯金額がいくらだったか考え始めた頃、エルンが戻ってきた。
そうして、ルーヴェルも準備を済ませ、ようやくベッドに入れたのだった。
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