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12 和樹
しおりを挟む「……これまで、必死に練習を続けてきたよな」
陸は確認するように問う。
雲一つない快晴の下、広場には多くのドラゴンと人が集まっていた。人は多種多様な種族がおり、犬や猫の耳がついた者もいる。ドラゴンもカラフルで赤、青、黄色……と美しい鱗が太陽の光を反射して光り輝いていた。
出場者は広場の思い思いの場所で時間が来るのを待っている。
その中の一角に、フレイと陸はいた。
「お、おう! ぜ、絶対に一位を取ってやるぜ!」
フレイの声が震えている。現在の彼はドラゴンの形状になっており、大きな身体が小さく震えていた。
陸は表情には出さないものの、内心で冷や汗をかく。
前日まで元気いっぱいだったフレイはここに来てやたら緊張しているのだ。
「フレイは今回が初めてのバディとのレース出場ですからね」
ほっほっほ、とラリが笑う。
陸が初めて公式戦に出たのは大体中学一年生くらいの頃だった。未だに公式戦前には緊張するし、フレイの気持ちはわからなくはない。
「……お前、今までレースに出たことがないのにウィング・クラッシュ・レースで優勝するとか言っていたのか?」
そわそわと落ち着かなく身動ぎをしているフレイに尋ねる。彼は目を細めて陸を睨みつけてきた。
「わ、悪いかよ! い、今まで俺の背中に乗ってレースに参加してくれるやつなんていなかったんだから、仕方ないだろ! 第一、単体でのレースなら何度も出てるんだからな!」
「この世界のドラゴンレースの主催者は大体人間ですから。人間が後ろに座って指示を出したほうが戦略性が生まれ、面白くなって興行になります。そもそもドラゴンだけでは目的地につくかどうかすら怪しいですからね」
涙目のフレイの隣でラリが補足を入れてくれる。
「ドラゴンだけでのレースだと、目的地が明確な一直線のレースしかできません。飛ぶのに必死で、戦略なんて考えられませんからね。そうすると、すぐに人々に飽きられました」
確かに、箱根駅伝では選手の走りも注目ポイントだが、監督の采配も興行としての駅伝を面白くしている要素だな、と陸は考えた。
「単体でのレースと規模が全然違うんだよ……。あっちはせいぜい一度に十体出れば多い方だったんだ」
プレイはずっとソワソワと周囲のドラゴンを見ている。何十組いるのかは分からないが、確かに緊張感は変わってくるのだろう。
「そうは言っても……、こんなに緊張していて大丈夫か?」
フレイの側面の辺りを撫でながら尋ねる。彼は何度も頷いていた。
「あ、当たり前だろ……。こ、こ、これくらい……」
ダメそうだ。
陸は自分の中学時代を思い出し、親近感を抱いてしまった。
「ふわっ!」
ふいに背中に衝撃を感じる。
振り返ると、十代後半に見える男の子がいた。
「あ、あわわわ! す、すみません! ……って、あれ?」
男の子は目を丸くして陸を見る。どこかで見たことがあるような気がして陸も首を傾げて彼を見返した。
どこだっただろう。
「……もしかして和樹君?」
思い出した名前に陸は口をぽかんと開ける。
小田和樹(おだかずき)は近所の子どもで、運動会で陸の走りを見てからというもの、ファンと言ってくれた子だった。少し伸ばし気味の黒い髪に幼さの残る顔立ち、タレ目で困ったようにいつも下げられている眉は彼を大人しそうに見せていた。
陸が小学六年生の時に彼は三年生で、これといった接点はなかった。けれど、委員会で一緒になってから、よく話しかけられていた。順調に成長していれば、現在十八歳である。
音楽が得意で、陸のテーマソングと言って、スマホで作ったかっこいい行進曲をプレゼントしてくれたっけ。陸も実の弟のようにかわいがっていた。
そんな彼は三年前に失踪していた。
父親がこしらえた借金を苦に一家に無理心中をさせようとして、まず母を手に掛けた。その後、和樹も殺そうとして部屋に足を踏み入れた瞬間、彼がいないのに気がついたのだと、父親は生きながらえて逮捕され、語っていたという。
「え? やっぱり陸さんですか? え? なんで? どうしてここにいるんですか?」
ぱくぱくと和樹は何度も口を開けしめする。陸も同じ疑問を抱いていた。
てっきり亡くなったと思っていた知り合いが生きていて、異世界で再会するだなんて誰が思うだろう。
「俺はエレベーターに乗っていたら、気がついたらここにいて……。和樹君は……」
「僕は……、二階の自分の部屋から庭に飛び降りようとして、何故かここに……」
なるほど、と顛末を理解する。ラリが言ったことが本当なら、そこでストレスが一定以上に達し、こちらに飛ばされたのだろう。
頬がほころび、彼に抱きついていた。
「よかった……! 生きていたんだな」
びくり、と和樹の体が震える。けれど彼は受け入れ、手を背中に回してきてくれた。
「僕も嬉しいです。……また陸さんに会えるなんて思っていませんでした」
感動の再会をフレイとラリが見守っている。二人の間に割って入ったのは別の声だった。
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