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40 二人きりの夜
しおりを挟む「陸」
慌ててフレイは荷物を持って小走りにテントの外へと向かう。外には陸以外いなかった。
「あの二人は?」
「先に宿に戻ってるって。今日は俺とフレイが同室だ。……さっきフェルディが今日は絶対和樹と一緒の部屋で寝るんだってきかなくて」
陸は肩をすくめる。
これから二人きりになるのだと思うと、何故かドクリと心臓が脈打った。
「そっか。飯はどうする? ここの名物料理ってなんだっけ?」
動揺を悟られるのが恥ずかしくて、出来るだけなんでもないように軽く返す。
「そうは言っても、あんまり金は出せないからな。今日は和樹君達はスポンサーとの食事会で別行動だし、二人での食事だからな」
発情期のために宿に余計に二泊してしまっているから二人の所持金はカツカツである。
「じゃあ、市場で適当に買って宿で二人で飯食おうぜ!」
歩きながら提案する。大体の宿は食料の持ち込みは許されていた。
「いいな! 早速市場へ行こう」
フレイの提案に、陸は笑って返す。
彼の笑顔を見て、明日までずっとお互いだけの時間を過ごせるのだと実感し、頬が緩んだ。
市場は街の中心部にあり、陸達が取った宿からは徒歩五分程度といった好立地だった。これならば作りたてを買ったとして温かいうちに宿で食べられる。
食材を売る市場の中に、惣菜を扱っている屋台が点在していた。この地方でよく取れるという鹿の肉を串焼きにしたものや、鳥のスープ、黒パン、チーズと購入していった。
「なぁなぁ! 陸! 揚げパンも売ってる! この地方のパンはやたらデカいんだな! これも買おうぜ!」
フレイは楽しそうに陸の隣であれも食べたい、これも食べたいとはしゃいでいる。彼の無邪気な笑顔につい陸も頬が緩んでしまった。
「食べ切れるか?」
言いながらも屋台の店主に一つ注文をする。すでに素揚げにされたパンにたっぷりと砂糖をまぶしてくれ、大ぶりの木の葉に包んで渡してくれた。
この地方では陸の顔ほどもある大きな葉に食事を包むのが一般的のようで、スープは木製の容器に入れられたものの、他のものは大抵こうして木の葉に包み、ヒモで止めたものを渡してくれていた。
「もちろん!」
いつもの爽やかな微笑みでフレイは他の食べ物も物色し始める。これだけ買ってもレストランで食べる食事代の半分にしかならない。
やたらはしゃいでいるな。
ほほえましい気持ちになり、陸は後ろからついていく。購入した食べ物を風呂敷のような、大きな布の四辺を包み袋状にした入れ物に入れていった。
「陸」
ふいに袋を持っているほうとは逆の手を掴まれ、そちらを見るとフレイが安心したような顔をしていた。
「びっくりした。後ろ振り返ったらいないんだもん」
指と指を絡ませ、再び踵を返す。当たり前のように恋人繋ぎをされて驚いてフレイをまじまじと見た。
「……ふ、フレイ?」
尋ねてみると、彼は何事もなかったかのような顔をして振り返る。
「なんだ?」
視線で繋がれた手を見る。
「はぐれないように繋いどこうぜ! どうせ誰も見てねぇんだし」
あっさりと返され、気にしているのは自分だけのような気がして気恥ずかしくなる。実際、フレイと陸が手を繋いでいても気に留める人はだれもいない。
そういえば、以前の世界で亮太とこうして外を出歩くのに憧れていたな。
不意に思い出し、頬を緩める。今では亮太に対して未練はないが、シチュエーションに対する憧憬はなくなっていない。
どくどくと高鳴る胸をおさえつつ、フレイの顔を斜め後ろから眺める。なんとなく耳が赤いような気がするのはランプの灯りのせいだろうか。
フレイからしたらなんでもないことなのだろうと思うと虚しさを覚えるが、今くらいは羨望していた状況を楽しんでもいいか、と陸はあえて振りほどかず、フレイの後ろを軽い足取りでついていった。
諸々の食事を買い込み、二人で部屋に戻る。明日も長距離を走ることになるので酒は買わず、ぶどうジュースと水を購入した。
ベッドの上にローブを広げ、そこに食べ物を並べる。飲み物は危ないので備え付けの小さな机の上に置いておいた。
購入してきたパンや惣菜は、いくつかハズレもあったが概ね当たりだった。
「陸! これ食べてみろよ! 美味いぜ!」
子どものようにはしゃぐフレイに面映ゆい気持ちになる。
ふいに、彼から食事を受け取った際に指先が触れた。ビクリと震え、とっさに手を離す。
「……あっ」
ぽとりとフレイが勧めてくれたオープンサンドがローブの上に落ちた。明日も着るものなのに、とあわてて陸はパンを取る。残念ながら、サンドの上に乗っていたオリーブと鶏ハムが布の上にシミを作ってしまっていた。布巾を取ってきて拭う。
「悪い、ちゃんと受け取ったの確認すればよかったな」
フレイも同様に布巾でぽんぽんとローブを叩いてシミ抜きをする。無事に片付け終わり、再び食事を再開する。
「なぁ、陸。触られるの苦手なのか?」
もぐもぐと、今度は鳥の香草焼きを食べながら尋ねられ、つい顔をしかめてしまった。
「別にそういうわけじゃないけど……」
「そうか?」
フレイはフォークを置き、陸が何も持っていないのを確認してから陸の手に触れる。また払い除けたくなったが先にフレイが手を掴んできた。
「……なんだ」
ついつい顔がゆがむ。フレイは得意そうに笑った。
「セックスもしたことあるのに、こういうのは駄目なんだ」
「こういうのって……。なんか、これだと恋人同士みたいだろ」
つい唇が尖ってしまう。
「そうか? ……恋人じゃなきゃ、こういうのしちゃだめか?」
フレイが上目遣いで伺ってくる。こちらの世界ではこういうものなのだろうか。その割にはラリとフレイや、自分の間でこれまでに手をつないだことはなかった。
「……俺の世界では恋人とか……、家族とか、親しい間柄じゃないとしない」
手を離そうとすると、更に握り込まれる。指と指を絡め、まるで恋人同士のような繋がれ方をした。
「こっちでもそうだけど」
あっさりと返され、ますます陸は頬を引きつらせる。
「……いいじゃん、ちょっとくらいさ」
フレイが甘く微笑む。どれだけ夢を見させれば気が済むのだ。
「あのさ、前も言っていた、俺が簡単に絆されそうだから不安って話だったら、心配しなくてもいい。俺はフレイなら出来ると思っているから、この時期になってもお前とパートナーでいるんだ」
けれど、期待だけを出来ない辺り、過去の経験が邪魔をしているのだろう。
彼はどこか不満そうに唇を尖らせていた。
フレイが陸の恋心を使って引き留めようとしているのは察している。今だけだと、彼の戦略に乗っかる事もできるだろう。しかし、陸は自分の心のままならなさも知っている。亮太に仕事として接せられていたとわかった時の苦しさも忘れていない。
陸は明るく見えるように口角をあげる。
「俺とお前はいいバディ! それでいいだろう?」
ぎゅ、ぎゅ、と手を握り返してから振り払う。そうして食事を終え、別々のベッドで眠りについた。
その日の夜、陸は章介の夢を見た。
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